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ラベンダースクワラン  作者: はとりべ みこと
四月
3/19

20年の片想い

 服部もえは天城依玖に恋をしていた。


 もえが生まれてから20年間ずっとそばで見守ってくれていたいっくん。

 生まれて初めて言った言葉はママより「いっくん」が先だった。

 幼稚園生の時には「もえ、いっくんとけっこんするの」

 小学生の時には友達より依玖と遊びたかったし、初恋を知ったのはもちろん依玖だった。15歳離れた依玖を追いかけていたせいで中学や高校の時はクラスの男子は子供っぽくて嫌いだった。

 もえがいっくん大好きと言い続けたおかげで依玖はもえが自分に好意を持っていることを知っていたが、 悲しいことに全く相手にされなかった。


 もえが中学に上がった頃、依玖は大学を卒業し実家から出て一人暮らしを始めた。今までは玄関を開けて隣の家に行けばすぐ会えた依玖が突然いなくなってしまうことに耐えられずもえは三日三晩泣いた。依玖はそれを見越していたのか、実家からぎりぎり歩いて行けるくらいの距離に部屋を借りていた。依玖から何時でも遊びに来ていいよと言ってもらい、もえは学校の無い土曜と日曜は依玖の家に入り浸った。いつ依玖の家に行っても依玖には彼女がいる気配が全くなかったため、もえは私のせいかな?と感じたこともあったが依玖は優しく笑顔で向かい入れてくれたので気にしない事にした。依玖に彼女が出来たらおそらく発狂してしまうだろうからもえにとっては好都合だった。良くも悪くも恋する乙女は最強なのだ。


 依玖は高校のころからずっと音楽活動をしていた。クラスメイトとバンドを組んでいろいろやっていたのはもえも知っていたし、もえが高校生に上がるときに知り合いと一緒に『malama』というバンドを結成した。依玖からそのことについて連絡がきたときからもえは依玖とメンバーの作業の邪魔にならないように家に行ってもいい日を確認できるようになる程には成長していた。細々と動画配信サイトに音楽をアップしていた『malama』がひょんなことからバズり、一躍有名になってからは音楽レーベルから声がかかりメジャーデビューするにまで至った。その影響で依玖は忙しくなり以前より会えなくなってしまったが、それでも空いている時間を見計らって月に2、3回は依玖の家に押しかけていた。なかなか会えなくてかなり寂しい思いをしていたが、依玖は新曲をいつも誰よりも先にもえに聞かせてくれていたので我慢できた。

 依玖と会えない時間を活用すべく、自分磨きを極める事を決意したもえは、依玖が昔から好きだと言ってくれた自慢の長くウェーブした黒髪の手入れを丁寧に行い、メイクを勉強し、お菓子作りや料理も出来るように努力した。その甲斐あってもえはかなり女子力が高い分類の女子になれたが、それでも依玖は全く振り向いてはくれなかった。

 去年の4月に大学生になってからは、もえは親元を離れ一人暮らしを始め、幼いころからよく行くケーキ屋でアルバイトを始めた。昔から通っていたので店長とは顔見知りで安心だったし、なにより時給が良かった。その頃にはデビュー当初のような忙しさはなくなっており、もえが依玖に会える頻度は元に戻っていた。それからは度々バイト先のケーキを差し入れするという口実で再び依玖の家に入り浸っていた。結構な頻度でケーキを持って行っていたが一度も余っているのは見たことがなかったのでおそらく他のメンバーが食べているのだろうと思っていた。『malama』の依玖以外のメンバーについては、ほかに二人いるということ以外はもえは世間の人と同じくらい何も知らなかった。依玖以外に興味がなかったのもあるが、依玖が特に語ろうとしなかったため深く追及することも無かったのだ。



* * *



 もえは、今日の夜ご飯はどうしようか考えながら夕暮れの家路を一人歩いた。


 今日も告白断られちゃったなあとぼんやり考えながら歩いていると、ふと、もえは背後からこちらをじっと見るような嫌な視線を感じた気がした。


 ―そういえば最近この辺に不審者が出るって噂あったっけ…


 もえは肩から下げていた『malama』のグッズであるトートバッグをぎゅっと抱きしめ、少し恐怖を感じながらも勇気を出してパッと勢いよく後ろを振り返った。振り返った先には影のように真っ暗な猫が道の右側に立っていた電柱の影からこちらをじっと見つめていた。黒猫はもえの方を見ながらにゃあ、と一声鳴くともえの前を横切って狭い路地へ逃げて行った。もえはなんだ、猫かとほっと息をついたが、何処かの国では黒猫が自分の前を右から左に横切って行くのは不吉だという迷信があったことを思い出した。


 -でも、まあ、ここは日本だもんね。


 もえは考えをかき消すようにふるふると首を振ると、のんきにまた前を向いて歩き始めた。


 そのもえの後姿を先程の黒猫が路地裏からじっと見つめていた。



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