ダンジョン運営物語9
レイチェルは懐から赤い魔石を取り出した。
それは、魔力結晶の小石、現代では、ダンジョンギルドが、ダンジョンを用いてしか作り出せない魔石だった。
「――今、緋竜の憤怒を解き放つ、赤き豪雷で宙をも染めよ!」
レイチェルの呪文とともに現れたのは、小さな太陽のような光だ。
凝縮された火球であり、内部で爆縮を繰り返している。
「早く隠れるのですわ!」
レイチェルたちは急いで曲がり角の向こう側へと姿を隠した。
ゆっくりと進む赤白い輝きは、ダンジョンの煉瓦の壁に当たると、より一層輝きを増す。
暗闇全てを追い払わんとする真っ白な光を放つ。
そして、強力な爆音が響いた。遅れて、鉄の蒸発する音がする。
曲がり角の影に隠れていたパーティーメンバーにも身を焼きそうな熱風が襲ってきた。
魔力結晶の大きさ的には大魔術一回分しかない。
しかし、大魔術に対しての防御を考慮していないダンジョンの壁には十分な破壊力を持つ。
「……収まりましたわね」
熱風が冷め、周囲に温い空気が漂い始めた頃、レイチェルたちは曲がり角の先を覗き込んだ。
そこには熱によって焼け爛れ、ポッカリと穴の空いたダンジョンの壁があった。
その先には、見知らぬダンジョンの通路が続いている。
「穴の先にダンジョン通路、やりましたわね。おそらく、これで、第一層と緑湯城の通路が繋がりましたわ」
ダンジョンの壁に穴を空けるという奇策。
レイチェルたちのパーティーは見事にこなして見せたのであった。
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ダンジョンの壁に穴を開けられた、という報告を聞いた時、ゼノンは何かの冗談かと思った。
それが事実だとわかったのは、ウィピルチカの陰鬱そうな顔を見た時だ。
「やってくれたね。最悪な事態だよ」
忌々しそうにウィピルチカは言う。
ゼノンたちは急いでダンジョンに空いたという穴を見に来ていた。
道中の罠を停止させながら、ゼノンたちはダンジョンの中を進んで行く。
穴の前に来た時、そこにはサラが居た。
「見事に穴が空いておるわ。ここ最近では見なくなった大魔術によるものと聞いておる」
穴は高温で溶かされた跡がある。火炎の魔術によって穴が空いたことは全員にとって一目瞭然だった。
「トラブルが多すぎるね。今回のダンジョン運営は……」ウィピルチカが続ける。「まるで、誰か内部の協力者でもいるんじゃないかね? そうでなければ、こんな連続して問題が起こるものか」
その場が凍りつく。ウィピルチカの発言は、まるで誰かに宛てているようだ。
ゼノンは裏切り者から存在を悟られてはならない立場である。瞬時に、事実と真逆のことを言ってしまった。
「パターンを固定化しすぎたのかも知れませんね。交易路を封鎖して、街を苦しめる。そこから、対策の必要なモンスターを用意して、壁は破壊されないことを前提に一枚で区切ってしまう。全て、マニュアル化されている方法です。今回、奇策を用いて突破されたものは、今までダンジョンギルドが繰り返し仕組んできたことだ。で、あるからこそ、勘付かれたのかもしれません。オレ達のやり方に」
自分で述べているうちに、ゼノンは半分くらい真実が紛れているような気がした。しかし、同時に、問題の多さから有り得ないだろうとも思っていた。
そもそも、アンリエッタを通してレイチェルがポーションを集めていたという話は、特におかしかった。
あれは、ダンジョン運営サイドしかしらない、まだ起こっていない事態に対しての予見が含まれている。
レイチェルは、おそらく黒と見て間違いないだろう、とゼノンは思った。
ダンジョンギルドの裏切り者と繋がっているのは明白だ。
代わりにだが、アンリエッタは白だ。アンリエッタはゼノンが述べたでっち上げの嘘を信じた。
ポーションの値上がりを知らないアンリエッタは、レイチェルに利用される形でパーティーに入っており、裏切り者と直接の関わりは無いと考えられた。
三人目の宗次郎というメンバーのことは、ゼノンにとって未知数だ。今の時点では、わかりようがない。
ゼノンと関係があり、レイチェルとも関係があり、裏切り者と無関係のアンリエッタが、ゼノンの中で重要度を上げている。
『踊る白骨亭』の店長から聞かされた裏切り者の捜索。するべきことは、レイチェルのパーティーを調べることだとゼノンは確信した。
(その前に、壁に空いた穴と木刀の問題が残っているが……)
ゼノンが考え込んでいると、ウィピルチカが言った。
「とりあえず、なんにせよ、だ。この大穴を空けた冒険者たちを生きて帰すわけにはいかないね。サラ、悪いけど、ダンジョンの最下層から、アレを連れてきて貰っても良いかい。ゼノンは、ちょっと残ってもらえるかい? 例の件で話し合いたいことがあるんだ」
「なんじゃ? わしだけ除け者かのう。まあ、良い。緊急時ゆえ、特に気にせず、言われた通りにしてやる」
それだけ述べるとサラは急いで最下層へ向かった。
例の件と言われて、ゼノンは木刀のことだと思う。
そして、サラがいなくなり、ゼノンとウィピルチカの二人だけになると、ウィピルチカは突然、ゼノンを壁に押し付けた。
反撃する間もなく、ゼノンの首筋に赤い刃を突きつける。
「ボクが気付かないとでも思ったかい? 裏切り者について君って何か知っているよね?」
ゼノンはゴクリと唾を飲み込んだ。
「さて、君が裏切り者について知っていることを、全部ボクに話してもらおうか?」
「いったい、何のことだ?」
「とぼけるのはいい加減にしてくれよ。ボクたちには時間が無いじゃないか。ダンジョンに穴が空けられたんだ。そこから、トゥルスと緑湯城の交易路が復活している。ボクたちが妨害するとしても、これがどういう意味か君にはわかっているだろう? 君は裏切り者については知っている。けれど、裏切り者と手を組んでいるわけじゃない。そう見立てているよ。ゼノンって反応に出るタイプなんだね。自覚した方が良いかもしれないよ」
「待ってくれ。何がなんだかさっぱり話が見えてこない」
「大魔術が使われたと知って、君はどうして魔石の横流しを可能性として追わなかったのかな? パターンの固定化があったことで、こちらの手法がバレたとして、大魔術で壁を壊すためには、ボクたちダンジョンギルドの保有する魔力結晶が必要なのに、さ」
「…………」
「でも、君が裏切り者だとボクは考えていないんだよね。その反応の良さに免じてなんだけどね」
ウィピルチカは突きつけていた刃物を仕舞った。
「ボクはね。情報交換がしたいんだ。君が掴んでいる情報とボクが掴んでいる情報を、ね。そして、できれば、これからも協力して欲しい」
話を聞いていて、ゼノンは悩んだ。
今の会話からわかったことは、どうやらウィピルチカも裏切り者を探しているらしい、ということだけだ。
ウィピルチカを信じるか? 否か?
もし、裏切り者であるのならば、事態は上手く進んでいるのだ。ここで、ウィピルチカが強引に迫る理由が見つからない。
信じるには心ともなかったが、ゼノンとウィピルチカが同陣営ならば、時間がないということも彼女の言うとおりだった。
ゼノンはウィピルチカを信じることにした。
「オレは、踊る白骨亭の店長に言われて、裏切り者を探すように頼まれています。ダンジョンに潜む裏切り者の正体は、まだ、わかりませんが、レイチェルのパーティーのレイチェルが黒、アンリエッタが白、宗次郎が灰色だと思っている。それ以上は、まだ何も……。アンリエッタと個人的に繋がりがあるので、これから世話になろうと考えてるけど」
「なるほど、ね。どういう経緯で君が裏切り者を知っているのかわからなかったけれど、これで納得がいった。店長を通じてだったんだね」
「ウィピルチカはどうして裏切り者を?」
「ボク自身がダンジョンギルドの上層部だからだよ。店長に要請を出せる立場と同列だね。……えっとね、今のは秘密で頼むよ。ここでは、みんなと同じダンジョン運営のスタッフだから」
突然の告白に、ゼノンは素直に驚いた。
同時に、一応の納得もする。
ウィピルチカが本当に上層部なのかについて確証はないが、嘘を吐く理由も見つからない。
「ボクはね。サラが黒だと確信しているんだ」
ウィピルチカの一言にゼノンは驚く。
そして、思わず反論する。
「いえ、オレはサラだけは無いと思っている。彼女には、動機が無い」
ゼノンはサラとの出会いを思い出していた。