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ダンジョン運営物語8

 次の日がやってきた。


 アンリエッタの背中には、布に包まった長剣がひと振り縛り付けられている。


 例の盗品だった。


 アンリエッタは悩みに悩んだ結果、この盗品をダンジョンに持っていくことにしたのだ。


 鉱山の入口付近、冒険者ギルドが建てた簡易宿舎が見えてくる。


 そして、待ち合わせで待っているレイチェルたちの姿も……。


 一瞬だけ、アンリエッタは立ち止まったが、すぐにレイチェルたちの元へと歩き出した。


 「おはようございます」


 表情には出てないはずだ。そうアンリエッタは信じていた。


 「おはよう。良く眠れたかしら?」


 レイチェルはいつものように挨拶を返してきた。それを見て、アンリエッタはホッとしていた。


 「少し眠れていませんが、大丈夫なハズです」


 本当は一睡もできていなかったが、そんなことを言っても仕方がないとアンリエッタは思っていた。

 

 「ふむ、アンリエッタ殿、無理は禁物でござるよ」


 そんな言葉を投げかけてきたのは、レイチェルのパーティーの宗次郎(そうじろう)だ。レイチェルと同じく前衛の剣士である。蓬莱(ほうらい)の民族衣裳に身を包み、長い髪を結ってまとめており、彼の長身と相まって柳のような人物だ。


 アンリエッタは本当に大丈夫です、と一言だけ言った。


 「とりあえず、二人共準備はよろしくて? 集まったことですし、ダンジョンに潜りますわよ」


 アンリエッタにとって、これが初めてのダンジョンだった。





◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□




 暗くてジメジメとしたダンジョンの中は、煉瓦などが敷き詰められて綺麗に整えられている。


 もともと広い坑道だったものを交易路として発展させたものだから当然と言えば当然だった。


 その中をランタンの灯を頼りに三人が進んで行く。


 「止まってください。暗闇の先に何かがいます」


 いち早くアンリエッタがそれに気付いた。


 パーティーはゆっくりと前に近づき、明かりを寄せると、それは緑色の毒性を持つスライムだった。


 ドロリとした液体のように地面を這い、じりじりとアンリエッタたちに迫ってくる。


 「左右に避けて、ワタクシが倒しますわ」


 レイチェルの一言でアンリエッタと宗次郎が左右に割ると、その真ん中から『炎の矢』が飛び出してきた。


 『炎の矢』と呼ばれる魔術はメジャーな攻撃魔術だが、その種類は多岐に渡る。


 単純な火炎の矢を飛ばすものから、周囲の物体を燃焼させる熱風だったりと様々だ。


 レイチェルの放った『炎の矢』は、溶解するほど熱せられた鉄針を高速で投げつけるものだ。


 それは速度があるゆえに先端は固く、末端は柔らかく液体のように形を変える。


 命中するとスライムの傷口は熱さによって焼け爛れ、速度で押し込まれた溶解鉄がスライムの体内で冷えて固まる。


 スライムの半透明の身体に、銀色のつららが内から外へ何本も突き刺さっていた。


 スライムのコアまで到達しており、スライムはその身体を維持することができずに絶命している。


 一瞬の出来事だ。


 魔術師でありながら、前衛よりも速く魔術を行使できるレイチェルの実力が伺い知れる一瞬だった。


 「瞬殺、とは、さすがでござるな」


 宗次郎(そうじろう)は抜いていた刀を仕舞った。


 アンリエッタは口を半開きにしたまま、今の出来事の残像を振り返っている。


 味方で良かったと、恐ろしくも頼もしい仲間に心の底から感心していた。


 「しかし、気になることが一つ……」


 宗次郎は訝しんだ表情だった。


 「その魔術、使える回数は限りがあるのでござろう?」


 「確かに制限は決まっておりますわ。ですが、今回の目的を達成するまでは、十分ですの」


 鍛冶鉄の魔女(スチール・ウィッチ)と二つ名で呼ばれる彼女の魔術は金属で武器を作る魔術を基本にしている。


 その過程に鍛造があることで、彼女は熱と炎の魔術を間接的に行使できるのだ。


 とはいえ、金属ありきの魔術である。ゆえに、彼女の持つ金属が尽きた時が魔術の尽きる時だった。


 彼女は豊富に金属を持ち込んでいるが、『炎の矢』のように金属を投げて使い捨てる魔術を行使し続ければ、いずれ彼女の魔術は尽きる。


 宗次郎の懸念はそこだった。


 「大丈夫、と申しておりますのに。そんな心配そうな表情でワタクシを見ないで下さる?」


 「いやはや、豪気なのは頼もしいでござるが、拙者も見せ場が欲しいゆえ、次の機会には某に任せて欲しいでござるな」


 「ここのスライム、金属腐食の特性がありますわよ? ご存知でして?」


 「無論でござろう。拙者をなんだと思ってござるか」


 アンリエッタは知らなかった。


 そもそも、アンリエッタは敵を倒す戦力として、二人に期待されていない。


 そのことを、本人は苦い思いで自覚していたが……。


 「そこから三歩目、罠のスイッチがありますよ。宗次郎さん」


 アンリエッタはすぐさま警告した。


 「おっとっと! いやあ、アンリエッタ殿は目利きが優れておるな。まるで、罠が事前にわかっておるようでござる」


 宗次郎はひょいっとその場を立ち退いた。


 アンリエッタは危機に対する目利きを買われてレイチェルのパーティーに誘われていた変わり種だ。


 レイチェルや宗次郎のような熟練の冒険者でも持たないアンリエッタの危機察知能力は、父親と住んでた街が砂漠化によって滅んだ時に、気が付くと身に付いていた能力だった。


 「ちなみに、どういう罠であったのかわかるでござるか?」


 「おそらく、左右から槍で串刺しにする罠だと思います」


 それを聞いた宗次郎はわざとトラップを踏んでみる。


 答え合わせのつもりだった。


 すると、アンリエッタの言ったとおり、左右から鋭い槍が飛び出て、暫くすると壁の中に戻っていく。


 「いやはや、凄いでござるな。もはや未来予知の領域でござる」


 「ワタクシの言ったとおりでございましょう? アンリエッタはどんな冒険者よりもパーティーに誘う価値があったって」


 レイチェルと宗次郎はアンリエッタの危機察知能力に感心していた。


 だが、当のアンリエッタは、それだけでは何もできないことを自覚している。


 もし、危機察知能力だけで、全てが上手く行くのなら、父親を死の砂漠から完璧に救い出せていたはずだった。


 危機を察知する能力と、危機に対処する能力は別のもの、ということをアンリエッタはよく知っていた。


 「これで全てが上手く行くのなら……」


 そもそもレイチェルの武器屋から剣を盗むことなどなかった、という言葉をアンリエッタは飲み込んだ。





 それからそのあとは、アンリエッタのパーティーは順調にダンジョンの奥へと進んでいく。


 途中、何度かスライムに道を塞がれたが、その度に、レイチェルの魔術がスライムを瞬殺していた。


 道中の罠はアンリエッタが事前に察知し、一度もまともに引っかかることはない。


 宗次郎だけ何もしていないようだったが、それは仕方なのないことだった。


 「目的地はそろそろでござるか?」


 「はっきりとはわかりませんが、おそらくそうですわ」


 「かなり一層の奥まで来たように思いますが……」


 レイチェルたちのパーティーは、特殊な攻略の仕方をしていた。


 途中にあった下層への階段も無視して、奥に奥にと進んでいる。


 それは、彼女たちには特殊な目的があったからだ。


 今日のダンジョン攻略は、通常の冒険者のように下層を目指すものではない。


 もっとダンジョン攻略において、大きな意味を持つものだ。


 「だんだんと緑湯城の方向に進めなくなってきたでござるな。レイチェル殿、もうこの辺りで良いのでは?」


 「そうですわね。おそらく、この一帯の壁が、一層におけるトゥルスと緑湯城の区切りですわ」


 ゼノンたちダンジョンギルドが用意したダンジョンは全部で五層ある。


 ダンジョンの下層に降りるほど、罠とモンスターが強くなる。


 トゥルスと緑湯城の交易を断つという戦略上、当然ながら、ダンジョンの中腹を経由しなければ、トゥルスと緑湯城を繋げる道は存在しない。


 その道は三層から現れる。もちろんのこと、一層目の簡単なフロアでトゥルスと緑湯城を経由できる道をダンジョンギルド側が用意するわけもない。


 しかし、その壁はどうなっているか?


 ダンジョンの壁は魔力回路が張り巡らされており、通常の破壊手段では破壊出来ないよう強化されている。


 外側や内側からダンジョンを破壊する手段が存在するのなら、冒険者など回りくどい手口を使わずに、軍隊が総力をあげて壊される可能性があるからだ。


 しかし、強靭な壁だからこそ、壁というのは無駄がなく、ダンジョン内部に、敷き詰められるように配置されているのだ。


 魔力結晶が希少化したことで、大魔術を行使できる手段が乏しくなった現代、ダンジョンギルドは、壁の破壊を恐れることなく、ダンジョンを構築している。


 「では、今からダンジョンの壁を破壊しますわ」


 ダンジョンの壁が無駄なく敷き詰められているからこそ、たった一枚の破壊で、街と街を繋ぐ交易路は蘇るのだ。

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