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ダンジョン運営物語5

 

 ゼノンがワインセラーのドアをノックすると、中から「どうぞ」と若い女性の声がした。


 扉を開けると、微弱な風がこちら側に吹き抜けてくる。ぬるい温度だったが、これから暑い季節に突入しようとするトゥルスの街を考えれば、十分に心地良い風と言えた。


 アーチ状のトンネルのような部屋に、ワインの詰まったオーク樽が奥まで並んでいる。


 少しばかり手狭な部屋だった。内装をまともにすれば、切り揃えられた白煉瓦の美しい部屋になっただろうが、客を迎える空間として使える広さの部屋ではない。惜しくも倉庫に利用したのだろう。


 アンリエッタは業務のチェック表らしきものを抱えて部屋の中心に立っていた。


 「すみません、ゼノンさん。お連れの方がいらっしゃるのに、わざわざ呼び出してしまって……」


 「悪いけど、話は早いほうが好ましい。それこそ人を待たせたままだからさ」


 「ごめんなさい。用件はダンジョン攻略に使うための回復ポーションを分けて欲しいという話です。ゼノンさんなら、幾つか持っているのではないかと」


 「確かに持っているけど……。売却用の商品だから、タダでは譲れないな」


 そもそもゼノンは回復ポーションを売る気がなかった。近い将来、値段が高騰することがわかっていたからだ。


 ダンジョンを造るということは、流通の一部を塞き止めることに繋がる。現在、トゥルスの近くに現れたダンジョンは、ポーションの原材料を輸入できなくしていた。


 つまり、今は溢れるほど在庫があるように見えているトゥルスのポーションは、ダンジョン攻略が始まりしばらく経つと、枯渇する未来が待っている。


 ゼノンがトゥルスのポーション事情について詳しいのは、それが今回のダンジョン運営の肝になる戦略だからだった。


 ゼノンが運営を任されたダンジョンは、トゥルスの近くにそびえ立つ旧鉱山のトンネルをもとに作られている。


 鉱山としての機能はすでに無いが、掘られた洞窟を利用して、山の反対側に抜けるトンネルが開通している。


 そのトンネルが公共の交通路として整備されており、トゥルスの街と、異国の街でありポーションの原材料の殆どを輸出している緑湯城みどりゆじょうを繋ぐ交易路となっていた。


 ゼノンの担当するダンジョンは、それを封鎖する楔となる。


 無論、他にもポーションの原材料を仕入れることのできる交易路は数個存在しているが、大きく距離が空いていることと、ダンジョンギルドのインターセプトが完了しているため、トゥルスの街が気付く頃には手遅れになっている予定だ。


 そのため、回復手段を絞られた冒険者たちは、今まで順調に攻略していたダンジョンで死亡率が上がり始める。


 この辺りまで状況が進めば、回復ポーションの値段が急激に高騰することは決まっていた。


 ゼノンの抱えている回復ポーションは、将来的に金と換えられる資金源だ。


 特にゼノンは裏切り者を探さなければならないという密命を受けている。個人的に使える金銭は後々重要になる。


 アンリエッタにポーションを売るのは躊躇われた。


 「値段は通常の1割り増し出します。どうですか? 売っていただけませんか?」


 「……んー? なんか、不自然に思えるんだけど」


 高く買おうとする姿勢が、明らかにおかしかった。


 アンリエッタは病気の家族を養っている貧乏少女である。お金を出して高く物を買うやり方は、彼女の人物像と結び付かない。


 ゼノンには、アンリエッタの背後から見えない何者かの気配が感じられた。


 ゼノンの知らない未知の気配だ。


 つい先ほど聞いた『裏切り者』の話が、ゼノンの脳裏によぎる。


 アンリエッタの背後を調べたいとゼノンが考えるのは当然だった。


 (問題は、踏み込むべきか、様子見するか、どちらを選択するのかだけど……)


 無視するのは躊躇われ、手を出すには恐ろしい。


 今後、ゼノンが何かを考えるときに今聞いた話は必ず尾を引いてくる。とはいえ、ゼノンが行動することで裏切り者に尻尾を掴まれでもしたら終わりだ。


 ならば、無視せずに、手を出さなければ良いとゼノンは考えた。


 「その話、本当なの?」


 「ええ、もちろんです」


 「でも、美味しすぎる話だ。何か裏がありそうで怖いんだけど」


 まずは不信感を植え付ける。


 アンリエッタが自らの意思で、その人物を調べ、ゼノンに報告したくなるように。


 ゼノンは自分で動くのではなく、アンリエッタを使って不審者を調べようとしていた。


 「裏なんて無いと思います。信用できる人だと思いましたし……」


 「やっぱり誰かに頼まれてそういう買い方をしていたんだね。君のお金で」


 「……あの。ゼノンさんは何か知っているんですか? 私が誰かに頼まれてポーションを買おうとしていたこと、まだ言ってませんよね? なのに知っている様子ですよね」


 どうやら、大当たりのようだとゼノンは思った。アンリエッタの背後に、ポーションの買取を頼んだ誰かがいるのは確定している。


「聞いた以上は知らないよ。ただ、ちょっと昔、小耳に挟んだ話があって、在庫を太らせて安く買うっていう商人の手口を聞いたことがあるんだ。まず、儲け話をでっち上げるんだよ。 これこれを買えば、それを商人の自分が高く買って儲けさせてあげるってね。そこで在庫を抱えさせた段階で、やっぱりあの話は無かったことにしてくれって言い出す。


 するとどうなるか。君のような人が大量のポーションの在庫を抱えたまま、身動きがとれなくなる。そんなことになったら、ポーションに使ったお金を回収できなくて困るだろう?


 そこで商人が天使のような顔で、私のせいで損をさせてしまったから、無理矢理にでもお金を出して買ってあげるなんて言い出す。ただし、格安で。在庫を抱えてしまった人は、大損を少しでも減らそうと、その商人に売り渡す。こうして商人は欲しかった物を安く仕入れることができるという話だ。……アンリエッタは似たようなケースに嵌っていたりしないかい?」


 「…………。」


 (絶句しているということは、少しくらい当てはまるみたいだな)


 無論、ゼノンが今話した商人の話こそがでっち上げの作り話だった。細かく指摘できる穴がある。そもそも、大前提からして、ポーションは本当に値上がりするのだ。だが、そんなことをアンリエッタは知りようがない。


 「言っといてなんだけど、疑い深くてすまないね。その人は本当に信用できる人なのかもしれない。ただ、自分なら鵜呑みにしないってだけだから」


 「どうしましょう? 私、もう幾つかポーションを買ってしまったのですが……」


 「儲けさせてくれるのは、本当かも知れないよ。君自身がその人についてよく知れば良いんだ。信用できるかどうか。相談くらいだったら聞いてあげるから、とにかくオレは今の君にポーションを売ろうと思えないよ」


 「ありがとうございます。もう、何がなんだか……。とにかくレイチェルさんのことを調べてみないと……」


 レイチェルという名前をゼノンはしっかりと覚えた。


 「ポーションの話は以上で良いかな? じゃあ、オレは人を待たせたままだから、席に戻るけど」


 「はい。大丈夫です。ありがとうございました」


 「じゃあ、またね」


 そう言うとゼノンはサラのところに戻るため、ワインセラーを出て行った。




◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□





 (ちょっと遅くなったから怒ってるかな? まあ、料理とかも届いているだろうし、大丈夫だろ)


 そう思いながら、保管庫から店内の方に戻ってきたゼノンは、変わり果てた様子の酒場を見た。


 そこはこの世の地獄であった。


 いや、最初から地獄だったわけではない。少なくともゼノン達が入店する前までは平和だったはずなのだが……。


 酒場にいるほぼ全員が床に突っ伏して倒れていた。それは、まるで一面に(しかばね)の転がる呪われた風景にも見えた。酒と吐瀉物が混じり合って嫌な臭いが漂っている。惨状の真ん中に金棒を振り回す二人の鬼が暴れていた。


 よく見るとそれは鬼ではなく、酒瓶を持って顔真っ赤で暴れ回る二人の美女だった。


 「このアタクシとタメ張れる奴がこの街にいたとは驚きましたわ。姉ちゃん、貴方の名前はなんて言うのかしら?」


 ドワーフの女が近くにあった酒樽をブン投げると、緋竜がそれを片手で軽々とキャッチする。


 ドワーフの女――アンリエッタにポーションの仕入れを頼んでいた武器商人のレイチェルは、サラとどちらが酒を多く飲めるか勝負をしていた。


 レイチェルの容姿は緋竜に負けず劣らず見目麗しい姫君であった。もっともその本性は、男社会で揉まれた職人でもあるため、姫と呼ぶには荒々しい気質だが……。


 彼女から纏う風格からは酒によってお嬢様の雰囲気が消し飛び、職人としての本性が現れ、女性の色気からは程遠くなっている。


 ちなみにレイチェルが投げた酒樽というのは大きいサイズの酒樽であり、とてもじゃないが普通の人間は片手で掴むことができない大きさだった。


 中身がまだ半分ほど残っていた酒樽を受け取った緋竜は飲み干して後ろの山に――すでに酒樽が高く積み上がってできていた山の頂上に、振り返りもせず後ろに投げて見事にすっぽり被せてみせた。


 「このわしに名を聞くか。良いじゃろう。今の酒に免じて教えてやる。わしの名はサラ。人はわしをドラゴンと呼び恐れおののく」


 「あらぁ? 酒に免じてですって? 姉ちゃん、何か勘違いしてるんじゃありませんの? 今のは果たし状ってやつでしてよ。てめえを酔い潰してやるっていう宣告みてーなもんよ」


 レイチェルの迫力は人々に恐れを感じさせるのに十分な強烈さがある。サラはそんな女傑を相手に楽しそうに酒を飲んでいた。彼女は強者との戦いを何よりも好む。


 「くっくっくっ、お主こそ何を勘違いしておる? わしが酔い潰れるなど有り得ぬのじゃから、先ほどの酒はただの貢ぎ物じゃ。それを果たし状とは馬鹿の戯言よ」


 「へぇ? 貴方にはこれが戯言に聞こえるですって? どうやら酔いが回って脳みそがちゃんと動いてないみたいだですわねえ。自分のことをドラゴンなんて言っちゃうあたり、もう前後がどっちかすらもわからなくなっているんじゃありませんの?」


 「ハッ。酔いとは罪なものじゃな。どんな無礼を働いても酒のせいにできるのじゃから。しかし、まあ、それも良かろうて。酒に弱い者を許すことも強者の務めじゃろう」


 「…………」


 「…………」


 「「おい! 誰か早く次の酒を持って来い!!」」


 だが、誰も答えなかった。屍累々だった。


 そして、酒豪の二人とゼノンの目が合った。


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