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ダンジョン運営物語4

 

 数瞬、ゼノンの頭は真っ白になった。


 その言葉の意味を遅れて飲み下すと同時に、ゼノンの頭は高速で回転し始める。


 今のは、どの意味で言われた言葉なのか?


 協力を求められているのか? 疑われているのか? 揺さぶられているのか?


 確かな事実は、自分は何も知らないということだ。


 「どういうことです? 説明を頂けませんか?」


 「…………」


 店長は笑顔を崩さないまま黙ってゼノンを見つめている。その目は少しも笑っていない。


 沈黙を続けるということは、相手の反応を伺っているからだとゼノンは考える。つまり、ゼノンから情報を引き出したいのだ。値踏みと言ってもいい。今、ゼノンは店長から、君自身はいくらなのかと問われている。


 正確な値を悟られると駆け引きができなくなる。とはいえ、安く買い叩かれると見向きもされなくなる。


 「どうやら冒険者の手に何かが渡ったようですね。それはいったいなんですか?」


 ゼノンは考えた末に自分自身の言い値として提出したのはこの発言だった。


 「……どうして冒険者に何かが渡ったと思ったのですか?」


 「オレがダンジョンギルドで担当しているのは冒険者の相手です。そのオレに話を持ちかけたという時点で冒険者が絡んでいるのは想像に難しくありません」


 協力を求められているのなら、冒険者の相手をする自分のポジションが協力に便利だから。


 疑われているのならば、ダンジョン運営をしている自分のポジションに近い位置で裏切りが発生したから。


 ゼノンの仕事はダンジョンギルドが用意したダンジョンを運営することだ。その内容は冒険者の相手をすること。ゼノンの関われる範囲で裏切りが発生したのなら、裏切って手を組む相手がそもそも冒険者くらいしか存在しない。


 「冒険者という点についてはわかりました。しかし、どうして、何かが渡ったと思ったのですか?」


 「裏切り者がいるとわかっていながら、事件の解決している様子がないからです。それは、裏切り者の一部を捕まえただけで他に残っているか、もしくは、裏切った痕跡だけ発見できているかのどちらかだからだと思います。どちらにせよ、裏切り者が発覚したということは、事件が起こった後でしょう。そして、現在進行形で続いているからこそ、こうしてオレと貴方は話している。オレと話をするという時点で奇妙なんですよ」


 ゼノンは言葉を区切ってひと呼吸する。


 「ダンジョンギルドにはオレや貴方のようなダンジョン運営をサポートする役割よりも、裏切り者に対処するのに適した部門があります。にも関わらず、貴方がオレに話を持ちかけたのは、専門の部門の人員では足りていないから貴方に話が回ってきたのだと想像できます。いえ、もっと言えば、なりふりかまっていられないのでしょう。ダンジョンギルドが無理やりにでも解決しようとして、かつ、ダンジョンギルドを裏切ってでも得る価値のあるものといえば、ダンジョンギルドが保持している秘密の財産のいずれかだと思われます。それが、外に流出したと考えました」


 「……なるほど、ちなみに何が流出したと思いますか?」


 「全く想像がつきません。そもそも形のあるものが流出したのかも不明です。ですので、そろそろ詳しく話して頂けませんか?」


 「ちなみに、ゼノン君、さっきから自分が疑われている可能性を考えて発言していますよね。君に話が来たという表現じゃなくて、僕に話が回ってきたと表現しているあたり、自分のことをダンジョンギルド側から無意識に遠ざけてませんか?」


 「貴方が何も話してくれないので、自分の立場が不明瞭なんですよ……。これ以上はいくら叩いてもオレからは何も出ません。いい加減、本題に移りませんか?」


 ゼノンは自分の考えを晒すのはここまでだと決めた。これ以上は憶測を続けることになるうえ、ゼノンが欲しい情報がいつまで経っても手に入らない。差し出すものとしても十分出したはずだった。


 「先日、物資運搬を担当している部署から裏切り者が出たそうです。そこから芋づる式に何人かの裏切り者を捕まえることができました。が、全員捕まえるまでには至らず、途中で行き詰まったようです」


 「……続けてください」


 「裏切り者は外部の何者かに情報を横流ししていたらしく、ダンジョン運営に関係する情報が外に漏れました。そのうちの一つは今の貴方が担当しているダンジョンです。近々、貴方のいるダンジョンに情報を持った敵が攻めてくるかもしれません」


 「それは冒険者と考えて良いのですか?」


 「ダンジョンを攻略しようと攻めてくるのは冒険者以外にいませんよ。もっとも、人族ではなく人外かもしれませんが」


 「そういう意味で言ったのではありません。オレは内側から攻略される恐れがあるのか聞きたいんです」


 つまり、ゼノンと同じダンジョンを運営する側から襲われるのかという問いだ。裏切り者がまだ残っているのなら、それはゼノンの近くに潜伏していてもおかしくない。


 「そういう意味では、両方からですね。君のいるダンジョンの情報を冒険者に流している誰かがいる。そして、いつかやって来る冒険者が、その情報を頼りに君のいるダンジョンを攻略しようとするでしょう。君はそれを阻止しなければならない。これが、僕から貴方に伝える上からの指令です」


 「……話を詰めましょう。敵方の目的はなんですか? 何のために裏切り者はダンジョンを冒険者に攻略させるのですか? どう考えても内側から食い破る方が証拠を出さず楽に奇襲できるのに」


 「僕たち運営側からは手出しができない物がひとつだけあるじゃないですか。魔力結晶を生成するための本物のダンジョンコアが。僕たちには触れられなくとも、冒険者は触れることができる」


 「本物のダンジョンコアですか……」


 ダンジョンギルドの最も重要な秘密の一つが魔力結晶を作り出すダンジョンのシステムそのものだった。ダンジョンギルドのメンバーでも詳細を知る者は少なく、秘密は固く守られている。


 ゼノンが知っているのは、ダンジョンのどこかに隠された部屋があり、冒険者用フェイクコアと別に本物のダンジョンコアが隠されていることと、自分を含めたダンジョンギルドのメンバーの大半が隠された部屋に入ると、魂が消滅するということだけだ。


 ダンジョンギルドは魔力結晶生成の秘密を守るため、ギルドに加入したメンバーに呪術を施す。その呪印そのものがダンジョンギルドメンバーの証となる。


 ちなみにゼノン達ダンジョン運営のメンバーは隠しダンジョンの正確な位置を知らされていない。ダンジョンを作成するメンバーと運営メンバーは切り離されているため、運営メンバーが隠しダンジョンの位置を知るためには自身で探すしかないだろう。


 「やっと話が見えてきました。それと、場合によっては、オレが先に隠しダンジョンを発見してしまうのもアリってことですね?」


 「そのあたりは貴方に任せますよ。ゼノン君、ちなみにですが、本業のダンジョン運営の方もちゃんと行ってください。もし、冒険者の死亡率が悪く、魔力結晶を必要量集めることができなければ、この街は砂漠化によって滅びます。貴方本来の業務を、裏切り者を探すためのカモフラージュだと考えずに、両方しっかりこなしてください」


 「……それ、めちゃくちゃ難題ですよ」


 「わかっています。しかし、飲んでもらいます」


 「…………」


 両立させるということは、自由に動ける場所と時間が限られるという意味だ。


 「それともう一つだけ、伝えておかなければならないことがあります」


 「これだけでもお腹一杯なんですが、この上まだ何かあるんですか?」


 「ええ、そうです。ダンジョンギルドが保管していた聖剣のオリジナルが裏切り者の手に渡りました。おそらくダンジョン攻略に使われるものと思われます」


 「聖剣というと、勇者が魔王を討った時に使われた聖剣のことですか?」


 「そうです。その聖剣で間違いありません」


 「……そもそも、どうして、そんなものをダンジョンギルドが管理していたのかわかりませんが、恐ろしく面倒なオマケが付いてきますね。今回のミッションは」


 所持者に多大な祝福を与える勇者の聖剣。それを持った冒険者が攻めてくるとすれば、今あるダンジョン程度では阻止することはできないだろう。


 「攻め込まれた時点で、そもそも負けなんでしょうかね。今の状況を聞いた限りですが……」


 「そのあたりの判断は僕にはわかりかねます。ダンジョンを運営しているゼノンさん自身がよくわかっていらっしゃるかと」


 「……聖剣は確かに厄介ですが、逆に言えば裏切り者の証拠を向こうが保持しているということ。攻め込まれる前に見つけてしまえば、対処の仕様がありますね」


 聖剣はダンジョン攻略をするための切り札になり得る。だからこそ、相手はここぞという時まで取っておくはずだった。ならば、相手はずっと証拠を抱えた状態で潜伏していることになる。


 その証拠をいち早く見つけ出すことが事態の打開に繋がるとゼノンは考えていた。


 「……ゼノンさん、他に質問はありますか? 無いようならば、僕からの用件は以上になります。あとは、よろしくお願いしますね」


 店長はソファーから立ち上がる。そして、室内から出ようと扉に手をかけようとしたところで思い出したように言った。


 「そうそう、忘れるところでした。うちで働いているアンリエッタが、君に話たいことがあるそうです。待たせる傍ら、ワインセラーで仕事を頼んでいますので、戻る前に寄っていって頂けませんか?」


 「……すでに、サラを待たせたままなのですが、そちらはお願いできますよね?」


 「もちろんです。彼女は僕に任せてください」


 「わかりました。戻る前に寄っていきます……」


 「では」


 店長はバタンと扉を閉じて出て行った。


 残されたゼノンは肺の奥から深いため息を吐く。ただでさえ、新しい相棒を――しかも人外を連れて歩いて回っているのに、次から次へと用事が積み重なっていくことに疲れが溜まっていた。


 少しの時間だけ頭を真っ白にしてぼーっとしたあと、気合を入れ直してゼノンは立ち上がった。


 「次はアンリエッタか……」


 それだけ呟くとゼノンはワインセラーにさっさと向かうことにした。

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