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ダンジョン運営物語3

 

 ゼノンは、メニュー表と睨めっこする緋竜のご機嫌取りをどうするか悩んでいた。


 酒場に入った時にやってしまった失敗が尾を引いているのか、赤毛の美人さまは難しい表情で沈黙している。アンリエッタに案内され、席に着いてからずっと緋竜は黙り込んでいる。


 『躍る白骨亭ダンシング・スケルトン』は、人族の街でも珍しいタイプの酒場だ。相棒が珍しがったり面白がったりしてくれて、そこから色々会話も弾むだろうと考えていたゼノンは、予想外の展開に冷や汗をかいている。


 というのも、彼には会話をスムーズにできない事情があった。竜種は人族と違う生き物だからだ。今は人族のような姿をしているサラだが、人外であり、文化も感性も違う。接し方には注意を払うようにと上から念を押されているため、ゼノンの方からなかなか会話を切り出せずにいる。


 だからこそ、ゼノンはサラが話し始めてくれるのを待っていた。相手が始めた話題がタブーということは有り得ないからだ。


 しかし、そんなゼノンの悩みとは違い、緋竜は緋竜で全く別のことで悩んでいた。


 (まずいのう。話には散々聞いておったが、実際の酒場に来るのは初めてじゃからなぁ。振る舞い方や勝手がわからんぞ。ひとまず様子見をしておるが、なんぞ、奇妙な沈黙が生まれておる。……ええい、ゼノンよ。お主はなんか喋らんかい! そもそも竜が人族の酒場で酒なんぞ飲んだことあるか、わしが迂闊に動けないでいることに気付けえ!!)


 「ゼノンさん。ご注文は決まりましたか?」


 いったんお冷を取りに行ったアンリエッタが戻ってきた。手際良く二人の前に水の入ったコップを並べると、すぐさま注文を聞く体勢に移る。


 慣れているゼノンは条件反射的に色々頼み始めてしまった。緋竜は状況の変わった様子を見て、いよいよ強い疎外感を感じ始める。


 (やばい、ゼノンとあの娘がなんかよくわからんやり取りをしておる。色々聞くタイミングを逃したわ。というか、あの娘、来るの早過ぎやせんか?)


 実際に来るのが早かった。それは、アンリエッタはアンリエッタで、早いうちにゼノンからチップを回収したいという目的があるからである。ゼノンが情報料として支払うチップはアンリエッタにとって重要な収入源だったのだ。


 だが、緋竜はそんなことなど知らない。


 知っているのは、昔、村の守護竜として村人と酒を飲み明かした時に聞いた、オヤジの酔っ払いトークだけだ。その時の経験から緋竜は次のような推理をした。


 (まさか、あの娘はゼノンに惚れておるのか!?)


 アンリエッタが聞けば卒倒しそうな勘違いを緋竜はしていた。ちなみにゼノンが聞けば上辺で否定しつつも、モテ期の到来だと心の内で勘違いするだろう。


 (前に一度、一緒に酒を飲んだハゲオヤジは、酒場のねーちゃん三人くらいは自分に惚れておるとのたまっておったな。どう考えても正気の沙汰ではないと思っておったが、まさか酒場はそんな奇跡のようなことが起こる場所なのか?)


 酔っ払いは伝説を語るが、真実は語らない。緋竜は間違った人族の知識に振り回されていた。


 だが、アンリエッタに関しては彼女自身にも問題がある。アンリエッタは普段からゼノンが来店すると真っ先に出迎え、出来るだけ長く彼と一緒に居ようとしていたのだから。


 飲み客の殆どは緋竜と似たような勘違いをしていた。さすがに酒場の同僚は彼女の真意を知っていたが、今日来店したばかりの緋竜にわかるはずもない。


 「ところでサラは何か欲しいものはあるか? 一応、後からでも頼めるけど……」


 一通り注文の終わったゼノンは緋竜に尋ねる。考え事に没頭していた緋竜は慌てて何が欲しいか考えた。


 「……そうじゃなぁ。とにかく酒かのう。一番強いやつじゃ」


 「……? わかった。じゃあ、一番強い酒を頼んでおくぞ」


 緋竜の慌てふためく様子を見て、ゼノンは不審に思う。いったい何を慌てることがあるのかと考えた末に、ようやくここで緋竜が酒場に不慣れなのではないか、という答えにたどり着いた。


 そうとわかれば、ゼノンは悩む。ゼノンは緋竜をフォローしなければならない。そのためにできることをゼノンは考えた。


 (……やっぱり、先に店長と話しておくべきだよなぁ)


 『躍る白骨亭』の店長はダンジョンギルドの息が掛かった味方である。彼の協力があれば何かあっても揉み消すことが可能だ。もっとも従業員はごく普通の街の人族であるが、店長の言うことであれば多少の無茶は聞いてくれる。


 緋竜絡みで何か問題が起こる前に、話を通しておくべきだとゼノンは判断した。


 ゼノンの行動は早かった。というより、他の全ての問題と比べた時、解決するべき優先順位が一番高かったので、先に済ませてしまいたかったのだ。


 「サラ、すまない。少し席を外すぞ」


 そう言ってゼノンは立ち上がる。


 「なぬっ!? ちょ、ちょっと待つのじゃゼノンよ。お主、わしを置いてどこに行く気じゃ? お主がわしをここに誘ったじゃろうに」


 「酒を飲む前に、先にここの店長と話をしなければならない。ほら、ここがどういう場所か来る前に話しただろ? その関係上、どうしても必要だ。心配するな、あとは料理と酒が運ばれてくるだけだから、オレが戻ってくるまで食べて飲んで待っていたら良い。それだけだから。すぐに戻ってくる」


 彼の取った行動に間違いはなかった。だが、しかし、問題だったのはゼノンと注文を取り終えたアンリエッタが、二人並んで奥に消えていくという想像力を掻き立てる後ろ姿を緋竜に見せたことだった。


 (あいつ、女と店の奥に消えて行きおったわ……)


 今までの二人の様子から、緋竜はよからぬ想像をしてしまった。そして、そういうことかと疑えば、緋竜は次々と悪い方向に推理を重ねてしまう。


 (まさか、わし、女と会うためのダシに使われたのではなかろうか?)


 そう考えた途端に、緋竜の中で怒りの炎が静かに燃え上がった。


 屈辱である。


 ゼノンにまんまと騙されたという屈辱と、自分のような美人より、どこにでもいる町娘を優先されたという屈辱だ。


 基本的に竜種であるサラはプライドが高い。そこを刺激されれば彼女は簡単に燃え上がってしまう。


 「あの、アナタはさっきの男の知り合いですの?」


 一人になった緋竜に話しかけてくる人族がいた。


 かなり美形のドワーフの女だった。一国の姫君を名乗れそうな美しさである。


 生気と自信に満ち溢れた青の眼は緋竜を真っ直ぐに見つめ、ウェーブ掛かって腰まで届く金髪は癖があるものの柔らかい髪質だ。赤い布地のドレスは黒い刺繍が細かく施されており、優雅で上質。それを着こなす様子は、絵画の中で微笑む上流階級のお嬢様のように美しかった。


 緋竜はそんな令嬢が何の用かと思った。


 「そうじゃが、なんか用でもあるのかのう?」


 「ええ、あの男は錬金術師と伺いました。実はアタクシ、この街に来たばかりの商人でして、ポーションの仕入れ先を探しておりますの。もし、よろしければ、紹介していただけません?」


 「なるほどのう。残念じゃが、本人は用事で奥に引っ込んでしまった。すぐに出てくるとは言っておったから、少し待っていると良い」


 「ええ、見てましたわ。貴方を置いてあっちの女の子と二人きりで消えていくところ。あのお二人はこの酒場じゃ有名な関係らしいですの」


 「……あやつらの関係は有名なのか?」 


 「ええ、そりゃあ、もう」


 ドワーフの女は楽しそうに言った。


 緋竜はよりいっそう不機嫌になった。


 「貴方のような美しい方を放っておいて、あっちを選ぶのはよくわかりませんが、フラれてしまったものはどうしようもありませんわ。あの男は諦めたらいかが?」


 「……なんじゃと?」


 振られただと? このわしが? 緋竜は腹の底から怒りが吹き上がるのを感じていた。それは緋竜にとって信じられない言葉だった。だが、客観的に見れば、自分は確かにそのように見えるのかもしれないとも自覚している。


 緋竜は苛立ちのぶつける先を無意識に探し始めていた。だが、理性が緋竜の暴走しそうな無意識にブレーキをかけている。その結果、もう、なんでも良いから、とにかく早く酒が飲みたいと緋竜は思っていた。


 「お客様。お待たせしました」


 ちょうどそこでタイミングよく、給仕が緋竜の分の酒を持ってきた。だが、グラス一杯分の酒を見て、緋竜はがっかりした。


 (なんじゃ、あの量は。全然足りんぞ?)


 確実に飲み足りなくなることがわかっていた緋竜は、さっきのゼノンとアンリエッタのやり取りを思い出して、給仕に追加の酒を頼むことにした。


 「お主よ。悪いが全然足らぬゆえ、もっと酒を持ってきてくれぬかのう?」


 「ご注文の追加ですか? わかりました。同じもので良いですか?」


 「駄目じゃ。樽で持って来い」


 「樽ですね? ……えっと、た、樽ですか?」


 「そうじゃ。よく馬車とかに樽で積んでおるじゃろう? あれをそのまま一つ持って来るのじゃ」


 この言葉を聞いた瞬間、給仕が彼女をマークしたのは当然のことだった。


 そして、この一連の流れを近くで見ていたドワーフの女は面白がった。


 「あっはっはっはっ! すごい酒豪がいたものですわ!」


 そして、悪魔の提案がドワーフの口から放たれた。


 「これだけ凄まじい酒豪様がいらっしゃるなら、せっかくですわ。酒場にいる全員巻き込んで、誰が一番酒を飲めるか勝負しません?」


 「ほほぉ、それは良いのう。望むところじゃ。受けて立とう」


 「あの、えっとお客様。当店でそのようなことをされては困るのですが……」


 「良いから、お主は黙って樽で酒を持って来い」


 「大丈夫ですって、何かありましたら、アタクシが責任を取りますので」


 「いえ、そういう問題ではなく――」


 「「良いから早く持って来い!!」」


 「――……はい。」


 こうして、狂乱の宴が始まることになった。






◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



 ゼノンは事務室に来ていた。部屋にいるのは彼一人だ。


 飾り気の全くない灰色煉瓦の石部屋は、飲み客のいるホールとは違い、どこか無機質な寒さを残している。天井の四箇所からぶら下がるランプと暖炉が明るく室内を照らし、室温は快適なハズだが、居心地はあまり良くなかった。壁際に木箱が積み上げられているあたり倉庫代わりにも使われているのだろう。部屋の奥には事務机が置かれており、卓上には書類が散乱していた。


 その手前に低めの長机があり、両脇に向かい合って座るためのソファーがある。


 ゼノンはソファーに腰掛けると、長机の上にあった接待用の灰皿やカップ、コーヒーメーカーなどを机の隅に避けた。場合によっては机に書類を広げるかも知れないからだ。その時に邪魔になるのが嫌でゼノンはテーブルの上を簡単に片付けたのだ。


 (まさか、店長の方がオレに用事があったとはな。サラを待たせたままっていうのが不安だけどしょうがない……)


 さきほど、キッチンのところで店長を見つけ、サラの件を簡易的に頼んだところ、他に話したいことがあるから部屋に行ってて欲しいと促され、すぐに席に戻ろうと予定を立ててたゼノンは、予想を裏切られる形で時間を消費することになった。


 おそらく長話が始まるだろう。店長が誰もいない部屋にゼノンを誘った理由は長く話したいか、見られるとマズイ物を見せたいからだ。どちらにせよすぐには戻れない。


 サラの身に何事もなければ良いが、とぼんやり物思いに耽っているところで店長が部屋に入ってきた。


 まだ若い店長だった。


 さっぱりと短く揃えた清潔感のある茶髪に、温和そうな表情浮かべた好青年に見える。しかし、目付きは鋭く深く、青い瞳の奥に滲み出る知性の冴えが見え隠れする。


 おそらく今まで出会った人物の中でも優秀な部類に入るだろうとゼノンは推測していた。


 年齢に似つかわしくない役職に就いている事実もそれを証明している。『躍る白骨亭ダンシング・スケルトン』の店長は経験を積んで、あらゆるトラブルに対処できる人物が選ばれる役職だ。


 ゼノンは知らず知らずのうちに居住まいを正していた。目の前の人物は決して軽んじられない。


 店長は静かにゼノンの向かい側に座る。そして、口を開いた。


 「実はダンジョンギルドに裏切り者がいます」


 笑顔を絶やさず、とても穏やかな声色で述べた。

 

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