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ダンジョン運営物語2

 

 トゥルスの街を二人の人物が歩いている。


 一人は黒髪黒目の平凡な錬金術師だった。名前はゼノン。ダンジョンギルドに所属しているダンジョン運営のメンバーで、トゥルスの街の近くに造られたダンジョンを管理運営しているスタッフの一人だ。


 もう一人は緋色の髪に黄金の瞳を持つ絶世の美女だった。名前はサラ。最近ダンジョンギルドに加入した新入りのメンバーで、ゼノンにダンジョン運営をノウハウやルールを教わっている見習いだ。


 トゥルスは街全体の建物が白煉瓦で構成されている。冷たく味気ない煉瓦の色彩を、看板の茶色や、植木の緑色や、露天商が積み上げたリンゴの赤色などが彩って、街に生活感を出している。


 「塔と橋を積み上げるような街を造るのは容易ではないはずじゃの。この街の職人は建築技術に長けておるな」


 さきほどそこの露天で買ったリンゴを咀嚼しながらサラは街の感想を述べていた。この街の人々は人族の中でも珍しい住居で生活している。高い山に隠れ住んでいた彼女にとって、人の生き方や感性は興味深いものが多い。


 彼女は街を歩けば何かわかるかと思っていたが、何もわからなかった。錬金術師がこの街にくる前に言った「美味い料理と陽気な酒を出すところ」とは、つまり酒場のことだ。酒場が重要だという理由が見付けられないでいる。


 彼女はリンゴをかじりながら隣を歩く錬金術師に尋ねた。


 「……ゼノンよ。酒場に案内するのは、まあ良いじゃろう。わしがお主に案内を頼んだのじゃからな。しかしな、酒場が重要と言うのは色々考えてしまう」


 そもそも彼女には酒場とダンジョン運営の間に関係性が感じられなかった。ならば、単純に酒を飲みに行こうということなのかもしれない。


 酒を振舞うということの意味を緋竜は考える。


 まず間違いなく好意的な感情の現れだ。仲良くしようとしてくれているのだろう。


 しかし、もし、それが慰めという気遣いの現れであるならば、彼女は屈辱を感じずにはいられない。


 彼女は不幸な出来事がきっかけでダンジョンギルドに加入することになった。だから、そういう自分を慰めるために美味い酒と食べ物を馳走して元気を出してもらうという考え方は、人族として一般的であり、常識的な考え方だ。


 ならばこそ彼女は気に入らない。彼女は人族ではない、竜だ。


 たとえ絶望の淵にいたとしても、やるべきことが定まったならば、全てを薙ぎ倒して滅ぼす生き物だ。


 竜種の強さに対する誇りに泥を塗られた気がして、彼女は不機嫌だった。


 「いやいやいや、サラ、誤解しないでくれよ。酒に酔わせてどうこうなんていう下心は無いから」


 「……おおう、わしの予想の斜め上を行くゲスな反応が返って来たのう。お主、そんなことを考えておったのか?」


 「いや、だから考えて無いって言っただろ?」


 「本当に考えて無いならその言葉自体が出てこんわ」


 だが、彼女としてはそちらの方がマシだった。弱者と侮られるよりは、彼女の美しさに当てられ下心丸出しで酒を飲ませようとする輩の方が好感が持てる。


 もっともいくら酒を煽っても酔いつぶれる訳が無いという自信があるからこその好感だが……。


 「そうじゃなくてだな、男と二人きりで酒場に行くって言ったらそういう警戒するもんじゃないのか? いや、そもそもそういう常識を教えるみたいな話だったな。というわけで、そんな考え方があると覚えておいてくれ」


 「お主は馬鹿か? そんな古臭い人族の常識は流石に知っておるし、飲み合ったらわしよりお主が先に潰れるに決まっとろうが。……ああ、そういえば、お主はわしの酒の強さを知らんのか。ひとまず三十人抜きは楽勝と思っておくが良い。それでも挑むというのであれば、返り討ちで殺すまでよ」


 「酒で殺すって初めて聞いたな……。ああ、いや、話が逸れているな。酒場に行くのは、本当にそこがダンジョン運営に重要な場所だからだ」


 「ほう? それはどう重要なのじゃ?」


 「せっかくだから当ててみてくれ。ちなみにノーヒントだから一発で当てるのは無理だと思う。適当に答えてみてくれ」


 言われてサラは考えてみた。


 酒場というのは人が集まる場所である。ならば、人や情報が違和感なく集まれるから重要なのだろう。


 「酒場は人が集まる場所じゃからのう。密会の場に使いやすい。ゆえに、大事な場所と言ったのはそういう訳じゃろ?」


 「全然違う、かすりもしてない。そもそも密会をするなら、ダンジョンの中で行えば問題ないし、オレらのようなギルドの下っ端が大物と接点を持つことが有り得ない。あくまでオレらの相手は冒険者で、政治関係の大物とやり取りするのは上の仕事だ」


 「ならば普通に街の情報屋と交渉するための窓口かのう?」


 「そうだな、どうも酒場を人と情報が集まる場所って前提で考えているようだから、それ以外で考えてみてくれ」


 「……それ以外じゃと酒と食べ物しかないぞ?」


 「まさしくそれだよ。酒と食べ物」


 「いや、酒と食べ物が重要って、流石にそれは有り得んじゃろ」


 「その通りだ。だから、つまり、酒と食べ物が直接関係している訳じゃない。……ほら、そろそろ答えが出てこないか?」


 酒と食べ物が直接関係ないならば、由来や産地などの出処に意味があるのだろう、と彼女は考えた。


 「酒と食べ物の仕入れ先かのう?」


 「ご名答。これから行く酒場の流通ルートが重要なんだ」


 それらしい答えにサラは納得する。……しかけたのだが、それはそれで新しい疑問が湧いてくる。


 「ダンジョンの運営と酒場の流通ルートに一体何の関係があるのじゃ? 接点がわからんのじゃが?」


 「砂漠化の話は覚えているか?」


 「無論じゃとも。大陸で起こった砂漠化を解決するために魔力結晶が必要で、魔力結晶を生成するためにダンジョンが必要と言っておったな」


 「その通りだ。現在進行形で砂漠化は大陸のいたる所で起こっているが、被害者が出ないようにダンジョンギルドがなんとか食い止めている。その過程でダンジョンギルドには特殊な特権があるんだけど、何かわからないか?」


 「……それは、さっきの流通の話と関係あることじゃな?」


 「その通りだ」


 サラは流通と砂漠化の関係性について考えてみる。


 砂漠化は大陸中で起こっている現象だ。ならば、流通も小さい規模ではなく大陸規模で考えてみるべきだろう。大陸規模で流通を考えた時に、重要になるのは物資を輸送するための街と街を繋ぐ道だ。


 では、砂漠は物資を輸送するための道として利用できるだろうか? そこまで考えた時に、彼女は答えを得た気がした。


 「……まさかお主らは砂漠を利用して、流通そのものを自分たちの都合の良い形にしておるのか?」


 「その通りだ。砂漠はオレ達が治療すべき災害だが、どこから治療するかはダンジョンギルドが選べるからな。砂漠化で虫食いになったところにダンジョンで蓋をすると、うまい具合に孤立した地域が作れる。そうなれば、街は流通が途絶えるから、ダンジョンを無視することができない。冒険者たちは必ずダンジョン攻略に踏み切るってわけだ」


 「なるほどのう。……まて、影響はそんな程度で収まらぬはずじゃろう?」


 「そうだ。ダンジョンギルドの協力があれば、ダンジョンを素通りすることができる。つまりダンジョンギルドは流通の有利不利を操作できるんだ。これは一つの権力になる。酒と食べ物を仕入れるという名目で、大陸中に好き勝手に物資を輸送しているんだよ。ダンジョンギルドは」


 「……ならば、これから行く酒場というのは」


 「流通の特権によって作られた物資の補給拠点だ。何か必要な物があれば、まずそこを通して手に入れる。そして、有事の際に脱出も手伝ってくれる。覚えておいたほうがいい」


 二人は『躍る白骨亭ダンシング・スケルトン』と書かれた看板が掲げられている店に到着した。ビアジョッキとワインボトルのシンボルマークが店頭の装飾に使われていて、入口前にはメニューの書かれた立て看板が置いてある。


 窓は小さく中の様子は伺えないが、外まで陽気な笑い声が聞こえてきた。どうやら、昼間にも関わらず上機嫌の酔っぱらいがいるらしい。


 とてもではないが、自らを『魔王の意志を継ぐ者』と名乗り、各地にダンジョンを展開するテロリストの潜伏場所には見えなかった。


 まあ、それはそれとして、とゼノンは頭を掻きながら言った。


 「サラの故郷がどこなのかは知らないけど、ここならきっと懐かしい味にも出会えると思うぞ。ほら、この店は、ダンジョンギルド絡みで優秀な仕入れルートがあるからな。大陸各地の酒や料理を楽しめるっていう売りがあるんだよ。それで、そう、きっとお前も満足してくれると思う」


 「……ふんっ」


 騙されていた。


 やはり慰めるつもりだったのか、と彼女は思い至る。そうでなければ、ここまで自分に都合の良い舞台は整わないだろう。今までの話は全部ここに連れてくるための言い訳だったのだ。


 (しかし、まあ、ここまで念入りにされたのでは、許してやらんこともないな)


 彼女は認めてやることにした。この男は自らを手玉に取って酒の席に着かせてみせたのだと。ならば、食って飲んでみせるのが、ゼノンに対する礼儀となるだろう。


 「ところで、お主は酒に詳しいのか?」


 「え? ……いや、悪いが、あんまり知らないな」


 「そうか。ならば、わしが教えてやろう」


 教えられることがあったことに緋竜は思わず笑みをこぼした。他人には教えない秘蔵の味を彼女は振舞うつもりでいた。


 「ついでにお酌もしてやる。わしのような美人の注ぐ酒じゃ。むせび泣くほど喜ぶが良い」


 「……一応、言っておくけど、金払うのはオレなんだぞ?」


 「うるさいのう。なんか、こう、もっと気の利いた反応くらい返したらどうじゃ?」


 彼女は頬を膨らませながら酒場の扉を開けた。





◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□





 静かに酒を飲む雰囲気ではなく、明るく賑やかな内装だった。各地に流通ルートを持つ酒場というだけあって、飾っている雑貨は他国的で見たことのない文化の物が多い。


 ごちゃごちゃしているとも見れる装飾を、茶色に統一させることで落ち着きを持たせようとしている。もっとも酔っぱらいの熱気と笑い声が酒場全体の空気を盛り上げているため、あまり落ち着いてなどいないのだが……。


 酒場という場所は、緋竜が言っていた通り人と情報の集まる場所でもあった。食事と酒は人の口を軽くするのにあつらえ向きで、ゼノンは街の噂や人を探すのにも『躍る白骨亭ダンシング・スケルトン』を利用している。


 店内に入ったゼノンは、まず馴染みの給仕であるアンリエッタを探した。アンリエッタは彼がトゥルスの街で世話になっている情報の仕入先の一つだ。


 本職としての情報屋ではないため、特別な注文はできないが、街の噂話や人探しなど軽い情報なら事足りる。それに『躍る白骨亭ダンシング・スケルトン』の従業員という部分がゼノンにとって都合が良かった。


 アンリエッタはカウンターの奥で作業をしていた。栗色の髪と目を持つそばかす顔の少女だ。短い髪の彼女は、サラなどと比べるとどこにでもいる地味な女性だった。


 彼女はゼノンたちに気付いたようだった。作業を他の給仕に頼むと、入口前で待つゼノンたちのもとにやって来る。


 「いらっしゃいませ。ゼノンさん。お久しぶりですね」


 待ってました、と言いたげな彼女の出向かいに、横に並ぶサラがどういう関係なのかと訝しむ。アンリエッタにとって、ゼノンは噂話を教えるだけで高いチップをくれる上客だからこその歓迎なのだが、緋竜はそんなことなど知らない。


 それが悪い方向に転がることになるとは、この時のゼノンは知る由もなかった。


 「ああ、アンリエッタ、久しぶり。調子はどうだい?」


 「ええ、店の方はおかげさまで繁盛していますよ。ほら、あちらの方には盛り上がったお客様もいらっしゃいますし、お酒もたくさん注文してくださいます」


 という挨拶からダラダラと十分くらい雑談が始まったものだから、サラのこめかみに血管が浮き出るのも無理はなかっただろう。


 その間、サラは立ちっぱなしだった。アンリエッタは気付いているものの、チップ欲しさに緋竜を無視し、ゼノンはすぐに切り上げるつもりだったのだが、何か情報が無いかとつい夢中で探りを入れてしまった。


 「のう、小娘よ。会話が盛り上がっているところ悪いのじゃが、そろそろその辺で一度区切って貰えると助かるのう」


 この言葉を真横で聞いたゼノンが青ざめたのは言うまでもない。相棒に対して気が回らなかった反省と、それにアンリエッタを巻き込んでしまったという負い目がゼノンにアンリエッタを庇わせた。


 「ああ、アンリエッタ、オレのお喋りで仕事を引き止めて悪かったな。すぐに案内してくれないか?」


 (いや、ゼノンよ。こやつは確信犯じゃぞ? 自分の意志で止まっておったし、謝るならわしに謝らんか)


 「いえ、こちらこそ申し訳ございません。ただいま、お席にご案内いたします」


 (こやつはこやつで白々しいのう。わかっておったろうに)


 サラは気分に水を差されたようで不機嫌になった。

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