8、トップチーム
8、トップチーム
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
薄暗い森の中を疾走する一つの影。
茂みを掻き分け、木の枝をくぐり、倒木を飛び越える。
何かに追われている訳ではない。
その証拠に後ろには全く注意を向けていない。
ただ前を見てひた走る。
それはASスーツを纏ったクリスだった。
そのクリスが足元をちらりと見る。センサーがあったのだ。
それを横目に更に百メートル走ったところでクリスはやっと足を止めた。
そして時計をチラリと見る。
「残り、二百、この先は、無いと、祈るか……」
乱れた息を整えるように大きく息を吸っては吐き出す。
そうしてからクリスはインカムに手を添えた。
トンッ! トンッ!
マイクを人差し指で軽く叩く。
それが済むと、今度は右手を前に翳した。
そこに光の粒子が集まり、サーフィンのようなボードが現れる。スラスターボードだ。
それに跨がり、再び深呼吸をする。
まるでカウントダウンするかのように。
一回……二回……三回……。
周りでは鳥の囀りだけが静かに響いている。やがて、
「さて……行くか!」
自分を鼓舞するかのように力強く呟くと、クリスは睨み付けるようにしてキッと前方を見据えるのだった。
※
ここはヴィンランド郊外の森の中。
クリスのいる地点より二百メートルほど先の崖下にASの駆動音が静かに響いていた。
ASを纏っているのは四人の男達。
「あーあ……どうせなら、こっちが攻める側なら良かったのになぁ……」
一人の男が呟く。
「ぼやくな」
「でも隊長、俺待つの苦手なんですよね」
「まだ開始の合図があって十分しか経ってないだろう」
「もう十分の間違いですよ。ひよっ子ども……まさか迷子になってんじゃねぇだろうな?」
「フラッグにはビーコンがあるんだ、それはないだろう」
と言いつつも隊長が苦笑いを浮かべる。
口では否定したものの、ひよっ子ならあり得ると思ったのだ。
それはトリニティ・クラウン入校三ヶ月目、訓練艦に搭乗前の最後の実技試験だった。
試験内容は小隊同士の模擬戦。
但し、相手は正規の軍人だ。
生徒側が攻め込み、敵のフラッグを奪うか全滅させれば生徒側の勝ち。
それができなければ相手側の勝ちという訳だ。
もっとも歴代の生徒で勝ったチームは一つもない。
いくらトリニティ・クラウンの生徒達が優秀とはいえ、相手は職業軍人。些か荷が勝ち過ぎているというものだろう。
「しっかし、俺達が態々出張る必要なんてあったんですか? 隊長」
「相手はトリニティ・クラウン歴代最強って噂のチームだからな」
「だからって、これはやり過ぎでしょ?」
「違いない」
他の部下達がくくっと笑う。
試験会場はここの他にも三ヶ所あり、それぞれ2チームづつが交代制で配置されていた。
だが、今ここにいるのは軍でもトップクラスのチームなのだ。
おまけに隊長はAS技能教練会、格闘部門個人戦二位の猛者。
その時、遠くで森の鳥達が一斉に飛び立つ音が聞こえた。
「やっとお出ましか?」
隊長が空中に投影されたマップを見ると、光点が三つ、真っ直ぐここに向かって来るのが確認できる。
「なんだ、時間を掛けた割には何の策もなしかよ」
「やっぱり迷子だったんだろ?だから慌ててんだ」
「どうします、 隊長?」
「一機足りんのは隠れて狙ってくるって事だろうが、策とも言えん策だな」
「じゃあ、大人の世界の厳しさを教えてやりますか!」
「シャルル、お前は念のためフラッグを守れ」
「はっ!」
「ビル! マークス! 行くぞ!」
「「了解!!」」
掛け声とともに隊長のASが静かに浮き上がる。
そしてそのままホバリングで森の中へと向かおうとした。その時、
〃ピーーーーーーッ!!〃
「なにッ!?」
突然センサーの警告音が鳴り響いた。
崖から飛び降りたクリスが空中で月白を纏い、四人の真っただ中に着地したのだ。そして、
ドカッ!!
「がはっ!?」
クリスの掌底をまともに喰らい、シャルルが吹き飛んだ。
意識を刈り取られ、ASが光の粒子となって消える。
それには目もくれず、クリスが腰の二刀をサッと引き抜いた。
ギンッ!!
左右から斬り掛かったビルとマークスの剣を二本の短刀が受け止める。
だが動きの止まったクリスの背中に向け、隊長が手に持った長剣を振り上げ……、
「シャーリー! 援護ッ!!!」
ドンッ!! ドンッ!!
『分かってます!』
「ちぃ!?」
オルティアの叫び声が響くと同時に隊長の背中に二発の弾丸が命中した。
舌打ちと共に慌ててその場を離れる。
今のでダメージメーターの半分近くを持っていかれたのだ。
そこにオルティアが斬り掛かった。更に、
「待たせたな、クリス!!」
遅れて参陣したアレックスがトマホークを振りかぶってビルに斬り掛かった。
マークスがそれに一瞬気を取られる。
その隙にクリスの姿がフッと消えた。
「ばか……な……」
マークスがガクンと膝を突き、そのまま横倒しに倒れた。
ブーストターンで脇に回り込んだクリスに短刀を打ち込まれたのだ。
「オルティア!!」
「オッケー!!」
「なっ!? こいつ等!!」
マークスをも倒したクリスが即座に隊長に斬り掛かった。
途端に隊長の顔から余裕の表情が消える。
クリスが二刀。
そしてオルティアも二刀。
左右から四本の刀が斬りつける。
反撃するにも防御するにも手が足りない。
それならと渾身の一撃を叩き込もうとすれば、逸早く反応したクリスがスッと距離を摘めて二刀で受け、オルティアが後ろから斬り掛かる。
慌てて剣を引けば、空かさずクリスが突いてくる。
アイコンタクトなどまったくない。
なのにピッタリ息の合った連携。
この三ヶ月、アインスに仕込まれた二人の剣技と連携は防御など不可能な域に達していた。
それはまるでトルネードに翻弄される木葉のようだった。
あっという間にダメージが蓄積していく。
そして、
〃ビーーーーーッ!!〃
隊長のASからブザーが鳴り響いた。
ダメージが一定量に達し、撃墜判定されたのだ。
それは戦闘開始から一分にも満たない早業だった。
「うそだろ……!?」
アレックスと剣を交えていたビルがだらりと腕を下げた。
戦意を失ったのだ。
それはクリス達、トリニティ・クラウン側の勝利を意味した。
そして同時に、トリニティ・クラウンの生徒が正規軍人を破った初の快挙でもあった。
「やったーーーッ!!」
オルティアが喜びのあまりクリスに抱きつく。
それを隊長は呆然と眺めていた。
「隊長……」
「やられたな。大佐 (アインスのこと)が強いと言うだけある。しかし、何故だ?」
「センサーの事ですか?」
隊長の呟きにクリスが答えた。
「そうだ。あの最初の不意討ち。あれがなければここまで一方的ではなかっただろう」
「周囲にセンサーを設置していたのは分かっていました。そして森の生き物を誤検出しないよう、サーモではなく、金属探知モードにしている事も。だから走ったんです。背後の二百メートルに近付くまで」
「走った? ASを解除してか?」
「はい」
「ふっ、それでか……」
隊長が合点のいった顔で呟いた。
模擬戦開始から十分以上、攻撃を仕掛けて来なかった理由はそこにあったのだ。
完全に作戦負け。
いや、技量でも負けた。
完敗とはこのことだった。
「さてクリス、今日はご馳走にしましょ。なに食べたい?」
「やっぱりステーキかな?」
「オッケー! ステーキね」
「あ、でもオルティア的には肉より野菜の方がいいのか?」
「なに言ってんのよ、バカね。美人は太らないって天の法則知らないの?」
「そうか?最近服がきつくなったって言ってたよな?」
「なっ!? あ、あれは服じゃなくて胸よ! クリスがいっぱい揉むからでしょ!」
「ちょ!? 揉んでない! お前、人前でなに言ってんだ!!」
「いいえ~揉んでます~~~! 寝惚けたふりして揉んでます~~~!」
「あ、あれはホントに寝惚けてたんだ!てか、一回だけだろ!! そもそも、オルティアが俺に抱きつくから……」
「だって、クリスって良い匂いするんだもん」
「それで被害者面するな!」
「べ、別に被害を被ったなんて言ってないじゃない。私はただ胸を揉まれたって事実を言っただけよ」
「揉んだんじゃなくて、揉んでしまっただ!」
「おんなじよ!」
「ニュアンスが違う!あれは不可抗力で……」
「な~にが不可抗力よ。頬擦りしながら、「うーん……おっぱい? 」 とか言ってたくせに!」
「言ってない!!」
「言いました~~~! 髪の毛すんすん嗅ぎながら言いました~~~!」
「そ、そりゃ良い匂いがするなって抱き枕みたいに抱き付いたのは認める。だが、おっぱいがどうとかは断じて言ってない!!」
「なによ!私が嘘ついてるとでも言うの? 自慢じゃないけど、私はクリスに嘘をついた事なんて一度もないわよ!」
「嘘つけ、嘘ならついたじゃないか!」
「は……? 私が? いつ?」
「一昨日の朝だ」
「一昨日……?」
「俺がおはよって声掛けたら、如何にも今起きましたって顔でおはよって返してきたけど……本当は俺が声掛ける前、クッションを股に挟んでスリスリしてただろ!」
「あ、あれは嘘じゃなくて誤魔化……見てたの!?」
「気付かないとでも思ったのか?」
「ぎゃーーーーーーッ!? バカ!死ね!死んでしまえ!!」
「お、おい!?剣を抜くな!?斬れる!斬れる!!」
「はいはい! 夫婦漫才はそれくらいにして……皆さん見てますよ?」
シャーリーに指摘されて二人がハッ!?と天を仰いだ。
今の一部始終を観測気球でライブ配信されてた事に今更ながら気付いたのだ。
その息の合った仕草が可笑しくてシャーリーとアレックスがクスクス笑う。
敵対した先輩達も同様だった。
※
そんなクリス達のいる試験会場から遠く離れた地点。
ヴィンランドに隣接するコックスベースのとある一室。
「あ、あのバカ共……」
観測気球からの映像を見ながら教官のウォーカーが小声でふるふると震えていた。
何故なら最後の実技試験とあって、校長はおろか、軍の要人が何人も見学していたのだ。
「なんだ、あれは? ふざけ過ぎにも程があろう」
校長が不愉快そうに呟く。
「も、申し訳ありません。後で私からきつく指導しておきます」
A組担当という事もあり、教官のウォーカーが恐縮しながら頭を下げた。だが、
「んな無粋なことすんな。 元気があっていいじゃねぇか」
それを笑い飛ばす一人の男がいた。
皆の視線が一斉に声の主に向く。
それは元『パッタイ』の司令官、アルザック・バカラだった。
その横にはアインスの姿もある。
「で、ですがバカラ准将、トリニティ・クラウンはエリート育成機関ですぞ? あのようにふざけた……」
「俺が知ってるエリートってのは、どんな修羅場でもああやって笑っていられる奴だけどな」
そう言ってバカラがにやりと笑った。
そしてその一言で校長始め、誰もが口をつぐんでしまう。
教官はもちろん、校長ですら先の大戦では第一線に出なかった関係で何も言い返せなかったのだ。
「ま、全部が全部あんなんじゃ隊としての規律は保てねぇけどな。だが、強ぇ奴がやる分にはいい。そりゃ余裕の現れってこった。そんでそれは部下達の緊張を解す。要はムードメーカーってやつだな。だよな、アインス?」
「はい」
「つー訳だ。だから放っとけ。あれは長所だ。 分かったな? 」
「……承知しました」
「よし!……ほんじゃま、俺は帰るか」
「准将!? まだ試験は始まったばかりですぞ……?」
「俺が来たのは見てぇ奴がいたからだ。そんでもう見終わった。 もう用はねぇ。 そんじゃな!」
そう言い残すとバカラはひらひらと手を振って部屋を後にするのだった。
※
「おっ疲れ~!」
「どうでした?」
「バッチリ!」
ジャスミンの質問にオルティアが満面の笑顔で答える。
基地に帰還したクリスとオルティアはアレックス達と別れ、そのまま整備室へと直行した。
パナとジャスミンに模擬戦の結果を報告する為だ。
実はこの度、オルティアのASはスロットを増設し、格納領域を増やす改造を施していた。
その結果、クイックアクセスでのスラスター設定を月白と同じ五つに増やす事ができたのだ。
勿論、クリスが五つだから五つしか設定していないが、容量的にはあと五つは増やせる。
これでオルティアの載るFⅢ-Oカスタムもソフト的には第二世代に全く遜色のない性能となった訳だ。
もっとも、調整の難しさや整備コストも飛躍的に跳ね上がった訳だが、それはそれ。
そしてもうひとつ。
「スラスターもいい感じだったわ。今までよりキビキビ動ける」
「重心低いからブーストターンが安定したよ」
クリスとオルティアが先の模擬戦を振り返った感想を口にした。
それはL&Cカンパニーの新型スラスターの事だった。
それもクリスとオルティア専用にと特別にチューニングされた一品。
元々はテストパイロットであるオルティア用だったのだが、オルティアの父の意向でクリスにも供給されたのだ。
「二人とも、後で解析するんで、データはここにコピっといて!」
そう言ってパナがスティック状のメモリーを2本差し出す。
目印なのだろう、にっこり笑った猫のイラストが描かれていた。
「分かった。でもその前に……クリス、ちょっといい?」
「うん?」
背中のスラスターを限定解除したオルティアが、左から右に向けてサッと右手を振った。
空中にスラスター調整用パラメーターを呼び出したのだ。
それを覗き込む形でクリスがオルティアに身を寄せる。
「クイックアクセスの近接3(獣化用のスラスター設定)なんだけど、……今のスラスターなら足の出力上げられるんじゃない?」
「ああ……確かにそうだな。10%くらい上げてみるか?」
「そんなに一気に?」
「たぶん行けると見た。ま、一回それでやって、バランス悪そうなら落としていこう」
「オッケー。じゃあ、後で試してみましょ」
「それより背中の割り振りだけど、あれなら直進だけでなく左右にも……」
真剣な顔でパラメーターの議論をかわす二人。
それをパナがぼーっとした顔で見とれていた。
「どうしたんです、パナ?」
「ねぇ、ジャスミン……?」
「なんですか?」
「オルティアとクリスくんって……絵になるよね」
「……そうですね」
ジャスミンがクスッと笑う。
確かにスタイルの良い美男美女が真剣な表情で何かに打ち込む姿は絵になった。
「あ、そうだ……」
そこでなにか思い出したのか?ジャスミンがカバンからカメラを取り出した。そして、
パシャ!
「「うん?」」
突然のシャッター音にクリスとオルティアが振り向く。
「あ、ごめんなさい、邪魔しちゃって。実は社の広告で使うから、新型スーツ着てる二人の写真頼まれてたの……」
「広告写真!? ちょ、ちょっと見せなさい!!」
ASを解除したオルティアが慌ててジャスミンに駆け寄った。
広告写真ということは世間に出回るのだ。自分の気に入らない写真はNGだった。だが、
「ま、まぁ……これならいっか……」
オルティアが満更でもない顔でにまりと笑った。
「どれどれ?」
そのオルティアの表情を見て気になったのか、クリスもカメラを覗き込む。
「あれ? 俺達こんな真面目な顔してた?」
「えぇ、それはもう真剣に……」
「二人とも顔とスタイルいいから、すんごい様になってたよ?」
「はは、サンキュー」
「とても「うーん、おっぱい?」とか言ってた人には見えないね」
「パナぁ!?」
「あははッ!!」
「ねぇ、ジャスミン……これ、貰える?部屋に飾ろっかなと思って」
「いいですよ。じゃあ広報に頼んで、データじゃなくてA4くらいの写真に起こして貰いますね」
「あは、ありがと!」
オルティアが喜びを露に微笑んだ。
この写真がよほど気に入ったのだろう。
「そうだ、ジャスミン。 それとパナも。二人とも夕方は暇?」
「夕方……? うーん……」
「実は私達、まだレポート終わってないんです」
「レポート?」
「自由研究の課題だったんですけど、あっちもこっちも手を広げた結果、データを収集するのに手間取っちゃって……」
「その期限が、実は明日なんだよね。あはは……」
「明日って……終わるのか?」
「後は整理するだけですから、今晩中には終わりますよ。ただその関係で夕方はちょっと……」
「そっか……シャーリー達と打ち上げでカラオケ行くから、良かったらって思ったんだけど……」
「マジで!? 残念~!」
「気持ちだけいただいておきますね。楽しんできてください」
「わかった。じゃあ、クリス……お昼の前にちゃちゃとパラメーター決めちゃいましょ」
「おう!」
※
「オルティア」
「なーに?」
「前から思ってたんだけどさ……パナって、ワービーストだよな……?」
基地のゲートを抜けるとクリスがそんな事を尋ねてきた。
「やっぱ分かるの?」
「なんとなく雰囲気が? それにヴィンランドでは珍しい小麦色の肌だし」
「ふふ、実は彼女……戦後の難民政策で母親と二人、ヴィンランドに移って来たのよ」
「北から……じゃないよな? 北ならスクヤークやツインズマールに来るだろうし」
「南とは聞いてるけど詳しくは……。それで、家にお手伝いさんとして雇われて……何だかんだで両親に気に入られて住み込みになって……だから小さかった頃はパナと姉妹みたいに育ったのよ」
「それでいつも仲良いのか」
「そーゆーこと。まぁ、お母さんが死んじゃってからは出て行っちゃったけどね。それよりどうする? 待ち合わせまで時間あるけど、お茶でもしてる?」
「いや、それよりちょっと寄りたいとこあるんだけど……」
「うん、いいわよ。いこいこ!」
どこに行くのかは知らないが、オルティアが屈託のない笑顔でクリスの手を取った。
そしてクリスの案内でバスに乗り、商業施設の立ち並んだ通りを降りて歩くこと十分。
「クリス……ここって」
オルティアが驚いた顔でクリスを見た。
立ち止まったのが、なんと宝石店だったのだ。
「給料三ヶ月……手を付けずに取っといた。取りあえず、婚約指輪なんてものを贈りたいと思って……」
「ホント!?」
「って言っても、大したもん買えないだろうけど……」
クリスが苦笑いを浮かべる。
トリニティ・クラウン卒業後は士官扱いだが、今は正規の軍人ではない関係でそこまで高給ではなかったのだ。
だがそんなのは関係なかった。
「嬉しい……」
オルティアがクリスの腕にぎゅっと抱きついた。
金額なんて関係ない。
クリスから婚約指輪を贈ってもらえる。
その事実がなにより嬉しいオルティアだった。
※
「いやぁ、歌った歌った」
「クリスって、歌も上手いのね」
「普通だろ? カラオケなんて、よっぽど音痴じゃない限り上手く聞こえるもんだよ」
カラオケ後。
シャーリー達と別れた二人は、まだ時間的に早かったのもあって徒歩で帰宅していた。
散歩がてら夜風に当たろうとオルティアが言い出したのだ。
楽しくお喋りしながら並木通りを歩き、商業施設の区画から住宅街に入ると前方に公園が見えてきた。
その公園に差し掛かった時、
「ところでさ……」
と、クリスが突然真面目な顔で、それでいてオルティアからは顔を背けながらポツリと呟いた。
「うん?」
「……その……俺、本当に言ってた?」
「あぁ、あれ? ふふ……うん、言ってたよ」
「マジかぁ……」
「まぁ、完全に寝ぼけてたからね~」
「逆ギレか……なんか、ごめんな。あの時はヒートアップしちまって……」
「お互いにね。なんだろ……人前で言われると恥ずかしいからかな? お家じゃもっと恥ずかしいことシてるのにね」
「それも暫くお預け……明後日からはアレックスと同室かぁ」
「なんか、ずっと一緒だったから寂しくなっちゃうね」
オルティアがクリスの腕に抱きつきながらクスッと笑った。
そして左手をスッと持ち上げる。
視線の先、薬指には光輝く指輪があった……。
「ねぇ、クリス……」
「うん?」
「今日と明日……いっぱい甘えていい?」
「いいけど……ちょっかい出すぞ?」
「うん、いーよ」
オルティアがニコッと笑って頷き返した。
クリスに甘えられる最後の週末。
三ヶ月間の基礎訓練を終了した二人は、いよいよ来週……休み明けには訓練艦に搭乗するのだった。