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トリニティ・クラウン  作者: たじま
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7、来訪者


7、来訪者




「あれがヴィン・ランドですか」



バイザーに表示されていたマップを消し、エアバイクに跨がったまま遠くヴィン・ランドを望む一つの影。

青み掛かった銀髪をポニーテールに束ねた女で、ジーパンにTシャツというラフな格好とは裏腹に、乗っているのは正真正銘の戦闘バイク、サイクロン。

その余りにもミスマッチな女がニヤリと笑った。


「ふふん……私が来たと知ったら、クリスくん驚くでしょうね。今から楽しみです」



そう。

なんとそれはツインズマールにいるはずのクリスの姉……シンとアクミの間に生まれた娘、リズレット・ロンドだった。







ピンポンピンポンピンポン!!



日曜日の午後。

授業で出された課題も済ませ、紅茶を飲みながらクリスとオルティアがテーブルに広げた雑誌を仲良く眺めていると、玄関チャイムがけたたましく鳴り響いた。


「誰だろ……?」


二人が顔を見合わせる。

1階ホールのモニター付きインターホンではなく、玄関のチャイムが直に鳴らされたからだ。



「誰かが入れた勧誘かもな。俺が出るよ」

「うん、よろしく」



ひらひらと手を振るオルティアに見送られながらクリスが立ち上がると、それを急き立てるように再びチャイムが鳴り渡った。



「はい、どちら様ですか?」



クリスが扉の向こうに声を掛ける。

だが扉の向こうからは返事がない。

「……?」と不審に思ったクリスが覗き穴から外を伺うと……なんと見慣れた顔の女性がニヤニヤ笑ってこちらを見ているではないか。



「姉さん!?」

慌てて鍵を解除して扉を開ける。すると、


「クリスくん!!」

リズレットが叫びながら抱きついてきた。



「あはは、おっ久しぶり~~~ッ!!」

「な、何でこっちに? てか、それより姉さん離れて……」

「んもぅ……ナニを恥ずかしがってるんですか、水くさいですねぇ」

「いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ、ナン……」


そこでリズレットの言葉が途切れた。

何故ならリビングの向こうからちょこんと顔だけ覗かせたオルティアが、じ~~~っ!と、無言でこちらを見ていたのだ。


にまぁ~!!

ビクッ!?


「ティちゃん!!」

「えッ!?」

「ティちゃ~~~ッん!!」

「ちょ……誰、きゃあ!?」


パッと靴を脱ぎ捨てたリズレットが、今度はオルティアに抱き付いた。

そのまま、ぎゅっと抱きしめながらオルティアの背中をパンパン叩く。


「あはは、クリスくんの結婚宣言の時以来ですね! 私ですよ私、リズレットですよ、ティちゃん!」

「ティちゃん!? てか、リズレットさん!?」

「もう、リズレットさんナンて他人行儀な。リッちゃんでいいですよ!」


そう言ってにっこり笑うリズレットだった。







「しかし、来るなら来るで一言言ってくれよ」

「ふふん、サプライズですよサプライズ」



そう言って出された紅茶を優雅にいただくリズレット。

さっきのはしゃぎっぷりからは想像もできないお淑やかさだった。


「でも、よくここが分かったわね」

「話せば長くなりますが、とにかくイロイロあってナンとかここまで来れました」

「色々?」

「イロイロです。ホント、大変だったんですから」

「まぁ、船で三日は掛かるしな」

「いえいえ、ヴィン・ランドまでは大変じゃなかったですよ。ナニしろサイクロンで来ましたんで丸っと一日コースです」

「一日!?」

「え……? 直線で1000キロ以上はあるわよね?」


クリスとオルティアが顔を見合わせる。

普通なら定期船を使い、クラックガーデン経由で三日の行程だ。

それをたったの一日で走破したと言う。

丸っと一日と言っていたから、きっと大した休憩も取らずに、道無き道を最短距離で駆け抜けたのだろう。

ワービーストの体力恐るべしだった。



「じゃあ……何が大変だったの、リッちゃん?」

オルティアが首を傾げながら尋ねる。


「聞いてくださいよ。あれはそう……私がヴィン・ランドに着いた直後のことでした」


そう言ってリズレットは飲み終わったカップをソーサーに戻し、腕を組んで静かに両目を閉じると訥々と語り出すのだった。







ヴィン・ランドの各門には検問所がある、

船以外で街に出入りする際、どこの誰かを申告する為のものだ。

申告といっても大袈裟な審査等は一切なく、ゲートに立つ警備員に市民カードを見せてカードリーダーに読み込ませるだけの簡単な手続きだ。

それは各都市で手配された犯罪者かをチェックする為のものであり、もし万一ここで申告せずにヴィン・ランドに入ると重い罰則が課せられる事になっている。

なので普通の人間は検問所を通るし、カードを読み込ませた時点でゲートが開く。

なのだが、



ピーーーッ! ピピ、ピーーーーーーッ!!



北門にある検問所に突然、警笛の音が高らかに響き渡った。

リズレットがASを纏った警備員達に囲まれたのだ。

なぜなら……、



「お、お前! それサイクロンじゃないか!!」


乗っていたのが普通のエアバイクではなく、戦闘バイクだったからだ。(イメージ的にはTシャツ、ジーパンの女が検問所に戦車を乗り入れた感じ)

だがリズレットはキョトンとした顔で首を傾げている。

ナニをそんナニ騒いでるんです?

そんな顔だった。



「まぁ、サイクロンですね」

「何で一般人がそんなのに乗ってる!」

「ナンでと言われましても……これ私の私物ですし……」

「私物!? そんな話し聞いた事ないぞ!」

「 許可証は? それを証明する物はあるのか!?」

「そんなのある訳ないじゃないですか」

「ないだと!? ならバイクを降りてちょっとこっちに来い! 一時、身柄を拘束させてもらう!」


「えぇ!? マジッすか!?」







ヴィン・ランドにあるとあるマンション。

広い間取りで部屋数も多く、日当たりもよい。それだけに少々お高いマンション。

そのマンションの一室では今、この部屋の主であるアインスが遅めのランチを取り終えたところだった。

配信されたニュースを読みながら珈琲を一口啜る。

少し濃いめに淹れた珈琲に砂糖を少々がアインスの好みだった。

それを舌で味わいながらこくんと喉に流し込む。

その時、部屋の電話がピリリと鳴った。

珈琲片手に立ち上がったアインスが表示されたコール先を見て眉をひそめる。

相手がコックスベースだったのだ。

珈琲カップを置いて通話ボタンを押す。すると、画面には部下の恐縮した姿が映し出された。



「お休みのところ申し訳ありません、大佐」

「なにかあったのか?」

「実は……フル装備のサイクロンに乗った若い女が北門で拘束されまして」


フル装備のサイクロンに乗った、若い女……?

それを聞いた瞬間、アインスの頬がピクリと引きつった

そんな非常識な事をする一人の女に心当たりがあったのだ


「それで……?」

アインスが冷静を装いながら先を促す。


「その女が大佐を呼べと」


やっぱりか……。

アインスが眉間に皺を寄せながら瞼を押さえる。


「あの……大佐?」

「いや、何でもない。そいつは間違いなく俺の知り合いだ。これから行くから手荒な真似はするな。北門だな?」

「はい。ご足労おかけします」





「いやぁ、助かりましたアインスさん」


サイクロンをコックスベースに預け、代わりに貸し出されたエアバイクに跨がりながらリズレットが申し訳なさそうに笑った。



「思い付きでヴィン・ランドに来るからそうなるんだ」

「だってサイクロンなら充電無しでひとっ走りでしたんで……まさか入口で拘束されるとは……あっはっは」

「まったく……ほら、ここがクリス達のマンションだ。あと俺の連絡先。 バイクはちゃんと駐車場に停めろよ? 駐禁取られると後で面倒だ」

「分かってますって。それよりサイクロンの充電、お願いしますね!」






「……てな感じで、アインスさんがいなかったら今頃牢屋に入れられて大変な事になってましたね。あ、ティちゃん、紅茶のおかわり貰えますか?」

「うん」

「だいたいですね……」



カップをソーサーごとオルティアに差し出し、次いでケーキにフォークを入れるリズレット。

それを横目にクリスがスッと席を立った。電話に着信があったのだ。



「サイクロンがナンでダメだって話しですよ。そりゃ、水と食料の他にもガトリング砲やバルカン砲や機雷、はてはミサイルまで積んでますよ? あと調子に乗って私のお気に入りの武器ナンかも出して自慢しちゃいましたよ?でもそれがダメって、そんなのヴィン・ランドの都合じゃないですか?そんなの押し付けられたって、私の心のサイクロンエンジンは益々熱く吠え滾るばかり!むしろ逆効果です!私を説得したいなら神様でも連れて来いってんですよ。あっはっは!!」



「あぁ、それでか。納得したわ」

「ナニが納得ナンです、 クリスくん?」

「お母さん(アクミのこと)から電話。姉さん出せって。スッゴい怒ってるぞ?」

「なな、ナンですとぉ!?」



物凄~く嫌そうな顔で受話器を受け取ったリズレットが胸に手を当てて、スーッと大きく深呼吸した。

心を鎮めているのだ。

そしてクリス達にくるっと背中を向けると笑顔を浮かべて、


「も、もしも~し……? リズレットで~す」

と、小声で会話を始めた。

どうやらモニターで面と向かって話しをする勇気はないらしい。


「……あ、えーと……そ、その件に関しましてはですね……ナンと言いますか、こう、棚からぼた餅と言いますか……は? いえいえ、そのような事は…………はい。……はい。 ……いや、ごもっともですはい。そこは私も深く反省している次第で…………え!? ちょちょ、待ってくださいミーちゃん(アクミのこと)、ちょろっとだけ私の話をですね…………」



受話器を持ちながらペコペコと頭を下げるリズレット。

話を聞かれたくないのだろう。そのままパタンとドアを閉めて寝室へと消えていった。



「……リッちゃんって、トラブル気質?」

「トラブル気質って言うか……シリアスな場面で、やっちゃいけないことを、うっかりやっちゃうタイプ?」

「あぁ……なるほどね」

「でも、持ち前の明るさで大事にならないんだから得だよな」

「ふふ……そうね」


リズレットの笑顔を思い浮かべてつい苦笑する。

確かに、あの顔と性格ならなんとなく許されちゃうんだろうな?と思ったのだ



「取りあえず、夕ご飯でも作ろっか」

「そうだな」




一時間後。


「うぅ……」

「終わった?」

「ミーちゃんが終わったと思ったらパパさんに代わりまして……どうもサイクロンの件でキングバルト軍に連絡が行っちゃったみたいで、こってり、ぎっとり、背脂たっぷりのトリプル豚骨チャーシューてんこ盛りニンニク増し増しで絞られました」

「胃もたれしそうね」

「きっとあの門番の仕業ですね……帰りにリズレット・キック炸裂で走馬灯に叩き込み、サイクロンで引き摺り回してべろんべろんに酔わせてやりましょう」

「止めときなって。また父さんに連絡いくぞ」

「うっ……それは困りますね……まさかこの私が泣き寝入りするしかないとは……ナンたる」

「自業自得だと思うぞ?」

「それよりほら、ご飯できたから食べましょ」

「おぉ!? これはまたナンと見事な出来映えのザ・洋食! さすがティちゃん!ドレッシングまで手作りとは分かってますね!」

「あ、それ作ったの俺な」


「は……?」


「いや、だからそれ作ったの俺」


「く、クリスくんが料理!? 」

「そんな驚く事か?」


「豚肉と牛肉の区別もできなかった、あのクリスくんが!?」

「うるさいな」


「レタスとキャベツの見分けもできなかった、あのクリスくんが!?」

「うるさいよ」


「ブロッコリーが緑になる前に収穫したのがカリフラワーだと頑なに信じていた、あのクリスくんが!?」

「ああ、もういいだろ!」


「パプリカの赤は苺味、黄色はレモン味だってずっと騙されてた、あのクリスくんがぁ!?」

「それは姉さんが悪いんだろ!!」


「そ、そうなんだ……?」

「……昔の事だ、昔の」



お腹を押さえながらふるふると笑いを堪えるオルティアから顔を背け、ぶっきらぼうに答えるクリスだった。







「ところで姉さん」

「ナンですか?」

「何しにきたの?」

「ナニって、クリスくんとティーちゃんの顔を見に来たんですが?」

「それだけ?」

「それだけですが?」


ブロッコリーにフォークを突き刺し、ふるふると振りながら平然とした顔で答えるリズレット。

それを見てクリスが安堵の笑顔を浮かべた。

ひょっとしたら家族にも言えないような事でも相談にきたのかな? と、心配していたのだ。



「ならいいや。てっきり、なんかあったのかと思ったよ」

「まぁ? ナンかあったと言えばあり、なかったと言えばあるんですけどね……」

「何それ?」

「うーん……どーしよっかなぁ? これ、言っちゃおっかなぁ……」(チラリ)



〈言いたいんだろうな〉

〈言いたいのね。クリス……?〉

〈分かってる〉



「姉さん、気になるから教えてよ」

「え~? そんナニ知りたいですか~?」

「そりゃ、まぁ……」

「もう、仕方ないですねぇ……なら教えてあげましょう」



そう言ってリズレットが静かに立ち上がった。

そして腰に手を当てると胸を反らし、大きく息を吸い込む。


「実は……私も、婚約しましたッ!!」

「……ふーん」

「って、ナンですかぁ!? その淡白な反応は!?」


ふんす!と鼻息荒く得意満面なドヤ顔から一転、テーブルを両手で叩いてリズレットが身を乗り出した。

せっかくのサプライズ発表だったのに、クリスの反応が冷めたものだったからだ。



「もっとこう、イロイロあるでしょう! 「え!? 誰と婚約したの!?」とか、「どんなプロポーズされたの!?」とか、そんな私の心を満足させるような熱いリアクションが!!」

「いや……姉さんの事だからどうせ、「姉より先に弟が結婚ナンて許されると思いますか? いいえ、許されません! そうでしょう? そうですよね!」って、感じで自分からリオンに迫ってったんだろ?」



「な!? そ、それは……」

リズレットが驚いた顔で後ず去る。

一語一句、声のトーンまでクリスが完璧に再現してみせたのだ。



「どうやら図星みたいだな」

「……ふ、ふん。どーせ図星ですよ。…… ホント、そういう妙に鋭いとことかパパさんそっくりですよね、クリスくんは」



そう言ってストンと椅子に腰掛けると、不平タラタラな顔でソッポを向くリズレットだった。







食事も風呂も済ませ、冷たいドリンクを飲みながらの近況報告に趣味の話。

途中ゲームを挟んで盛り上がり、再びお茶をしながらヴィン・ランドで流行りのファッションやお勧めのショップ等、あれやこれやと会話も弾み、気づけば時刻は夜の十ニ時を回っていた。



「ナンかすみませんねぇ、クリスくん」

「気にしなくていいよ。じゃあ、オルティア……姉さんとよろしく」

「うん、おやすみ~」

「おやすみ」



ソファーに毛布を持ち込んで横になったクリスに手を振り、オルティアが寝室の扉をパタンと閉めた。

すると、



「さて、クリスくんもいなくなったところで……」

「うん?」

「さっそくガールズ・トークをしましょう」


リズレットがそんな事を言ってきた。



「ガールズ・トーク?」

オルティアが首を傾げながらベッドに潜り込む。

すると空かさずその横にリズレットも入り込んできた。



「ガールズ・トークですよ、ガールズ・トーク。先ずはティちゃん、クリスくんとはどんな出会いだったんですか?」

思ったより真剣な顔でぐいぐいとリズレットが尋ねる。



「クリスとの出会い? うーん……クラスで同じ班になって……」

「ふんふん」

「どっちが強いか模擬戦しましょって、ケンカを売って……」

「ほうほう、それで?」

「それで……手も足も出ずに負けちゃったってところかな? これでも腕には自信あったんだけどね」

「あはは、クリスくん強いですもんね」

「うん」

「でも、そんなクリスくんにも弱点とかありますから、そこを衝けば、案外簡単に勝てますよ」

「えっ!? そんなのあるの?」

「あるんです。実はここだけの話、クリスくん……射撃が大の苦手です」

「あぁ……」

「って、どうしたんですティちゃん!? そんな遠い目をしちゃって!?」

「それね……私も苦手だから意味ないかな」

「へ……? ティちゃん、射撃苦手ナンですか?」

「うん。クリスに引けを取らない腕前」

「…………」

「……リッちゃん?」

「おっと、すみません。ついフォローの言葉も見つからず固まってました。あれレベルじゃ絶望的な腕前ですね。なら射撃は諦めてクリスくんの癖から攻撃を先読みする作戦でイキましょう」

「癖?」

「癖です。 クリスくん、近接で斬り合いの最中に突然鋭い突きとかしてきませんか?」

「うん、するする。薙ぎ払いからの斬り上げかと思ったら突いてくるとかね」

「あれね、突く時は剣先がスッと上がるから分かるんですよ」

「うそ!? 全然気づかなかった……」

「まぁ、一瞬ですけどね。今度じっくり見てみるといいです」

「うん、そうする」

「そうしてください。ではいい感じに舌も暖まってきたところで……いよいよ本題に入りましょう」

「本題?」

「ここからはクリスくんには聞かせられないような、まさにガールズの、ガールズによる、ガールズの為のイケイケスペシャルトークタイムです」

「そう改まれると……なんか緊張するわね……」

「では僭越ながら私からティちゃんに質問です」

「う、うん……」

「ティちゃんって……」

「うん」

「クリスくんと付き合うようになって……胸がきゅん!てなることあります?」


「は……?」


「胸が締め付けられるように切なくなるという乙女ちっくなあの現象です」

「うーん、そういうのって……片思いとかでなるヤツでしょ? 私、そういうの飛び越えていきなり付き合っちゃったからなぁ……」

「そうナンですか?」

「うん。会ったその日にえっちもしちゃったし」

「そそそ、そうナンですか!?」

「うん。だから胸キュンってのはないかな。「あー、もう!」って感じで愛しくなって、ぎゅ!って抱きついちゃうのは現在進行形であるけど」

「あ、そーゆーのはあるんですね」

「うん。でもなんで?」

「いえ……その、実は私って……恋愛とかそういうのに疎くてですね……」

「うん」

「勢いで婚約したのはいいんですけど……そういった感情がないと、相手ががっかりするのかな?と思いまして……」

「がっかり?」

「具体的には、初えっちで乙女ちっくな反応も示さない私を見て、リオンくんががっかりしないかと……」

「そんなこと心配してんの?」

「はい」

「うーん、杞憂だと思うけどなぁ。だって、リッちゃん初めてなんでしょ?」

「その……初めてです。はい」

「なら心配いらないんじゃないかな? 嫌でも乙女ちっくな反応になるから」

「そうナンですか?」

「うん。 私もその……抱かれる前はけっこう余裕あるつもりでいたんだけど……」

「いたんだけど?」

「いざ抱かれると、頭の中真っ白になっちゃって……」

「ほぅ、真っ白に?」

「それで上も下も分からないくらい意識が飛んじゃって……」

「意識が飛んじゃって!?」

「自分でも恥ずかしくなるくらい、大声で喘ぎながらクリスに抱きついて……」

「ああ、喘ぎながら!? そ、それで?」

「そのままイッちゃった」

「……ナンか……生々しいお話ですね」

「それでその時、クリスが優しく抱き寄せて頭を撫でてくれたの……その時思ったわ。あぁ……これが女の幸せなんだろうな。って」

「女の幸せですか?」

「うん。今までの私からは考えられないことよ? だって一人で生きていくんだってずっと心に決めてたのに、その瞬間を境に、この人になら甘えてもいいんだって思って……そしたらクリスのことが愛しくて愛しくてしかたなくなって……ぎゅ!って抱きついて……いっぱいキスをおねだりして……こんなの私のキャラじゃないって思ってるのに止められなくて……」

「キャラじゃないのに……止められない?」

「そ。 きっと目もうるうるで、声も震えてたんじゃないかな? もう恋する乙女丸出しね」

「乙女丸出し……」

「リッちゃんって、私に似てると思うのよね」

「私がティちゃんに?」

「何でもそつなくこなす、できる女? 私の場合はそうありたいって気張ってただけで、リッちゃんの場合はホントに何でもできるって違いはあるけどね。でも、そんな端から見たら可愛げのなかった私でも、クリスに抱かれるだけで、こんなに変われたんだから大丈夫よ」

「因みにその、どんナニ変わったんです?」

「甘えん坊になったかな?」

「じゃあ、今の女の子らしいティちゃんはクリスくんに抱かれたから?」

「あはは……そーゆーこと。愛する人ができると女はここまで変わるんだっていう良い例ね。安心した?」

「私も……変われますかね?」

「きっとね。因みに、リオンさんってどんな人なの?」

「リオンくんですか?えーと、族長さんのお孫さんで……強くて、優しくて……クリスくんに引けを取らないくらいイケてる男です」

「なら、尚更心配いらないんじゃない?クリスに似て優しいなら、例えどんなリッちゃんでも笑って受け入れてくれると思うよ?」

「そうですかね?」

「うん。だからありのままでいいの。心配無用よ」

「そ、そうですよね。えへへ、やっぱりここに来て良かったです。向こうじゃこんなこと相談できる人がいなくて」

「ひょっとして、それがここに来たホントの目的?」

「クリスくんには内緒ですよ?」

「ふふ……うん、分かってる。……ところでさ……」

「ナンです?」

「私も一つ気になってた事があるんだけど……」

「いいですよ?ナンでも聞いてください。お礼にナンでも答えますから」

「真面目な話になっちゃうけど……クリスって、ツインズマールではどんなだったの?」

「どんなとは?」

「模擬戦の相手もいなかったって聞いたけど」

「あぁ……そう言う事でしたら、確かに孤独でしたね」

「やっぱりそうなんだ。……強すぎたから?」

「強いってのもありましたけど……実はクリスくん、軍でそこそこの奴に眼を付けられたんですよ。出目金は杭で打たれるってヤツですね」

「出目金?」

「あからさまに他より秀でてると目潰し喰らって凹まされるって意味です。よく言いません?」

「あぁ……」


それって『出る杭は打たれる』じゃないの?と喉まで出かかったが空気を読んで黙っておく


「それで?」

「それでそいつが部下の中隊長をけしかけましてね。でもそれをクリスくんが返り討ちにしちゃったんです……。そしたら負けた腹いせに奴ったら、パパさんの息子相手に本気になれるか。わざと負けさせたんだよ。なのに調子に乗って手に負えん。ナンて吹いて回りましてね」

「なにそれ!酷くない?」

「でしょ? まぁ……見る者が見れば、どっちが強いかナンて分かるから意味無いんですけどね……でも分かるからこそ、クリスくんと立ち合おうナンて人がいなくなっちゃいましてね。正規の軍人が負けちゃうと格好つきませんからね」

「……そうね」

「おまけに、唯一仲の良かった友達に痛ましい事件が起きまして……」

「痛ましい事件?」

「痛ましい事件です。それからは私達ともあまり模擬戦しなくなっちゃったんですよ。一人で黙々と型稽古ばかり。だからクリスくんがこっちに行くって言い出した時も止められませんでした」

「そうだったんだ……」

「でもまぁ、クリスくんはこっちに来て正解でしたけどね」

「ふふ、そうね。私と出会えたし」

「これからもクリスくんのこと、お願いしますね」

「それはこっちのセリフ。だって私もクリスのおかげで居場所ができたんだもん」

「そうナンですか?」

「うん。それに……」

「それに?」

「こんなに気さくに話せる友達ができたし!」

「うふふ、私も嬉しいですよ」

「これからもずっと、よろしくね」

「はいです!」




「ところで……」

「うん……?」

「やっぱり、痛いんですか?」

「あぁ……そりゃあ、初めはね……ギッチギチだし」

「ギッチギチ!?」

「返しがついてて、敏感なところ抉ってくるし」

「えぐッ!? え……? ちょ、その話、もっと詳しく……」




こうして乙女達の夜は更けていくのだった。








翌朝。


「本当に帰るの?」


マンションの前でバイクに跨がるリズレットにクリスが念を押した。

数日は滞在するものと思っていたリズレットが、「朝ごはん食べたら帰りますよ?」と事も無げに答え、ホントに駐車場からバイクを引っ張り出してきたのだ。

因みにクリスとオルティアの二人はこのまま登校するつもりなのだろう。既に制服を着ている。



「だってクリスくんとティちゃん、学校あるでしょ?」

「まぁ、そうだけど……せっかくだから観光でもしてけばいいのに」

「それはそれで引かれますけど、今回はクリスくんとティちゃんの顔を見に来ただけですからね。 それじゃ!」



リズレットはそう言って笑いながら手を上げると、そのままアクセルを吹かして走り去ってしまうのだった。



「……なんか、風みたいな人だったね」

リズレットが見えなくなると、オルティアがポツリと呟いた。


「いつもの事だけど、あの元気さには感服するよ。……ところで、オルティア」

「なに?」

「昨日遅くまで話し声が聞こえたけど……何話してたんだ?」

「あぁ、あれ? うーん、いろいろだけど……」

「だけど?」

「うふふ……な、い、しょ! さ、クリス……私達も行きましょ!」



そう言ってオルティアはクスッと笑うと、クリスの手を取って歩き出すのだった。







ギン! ギン、ギン! ギンッ!!



剣激の音が響き渡る。

練兵場の中央で白と水色のASが二機、鋭く剣を斬り合っていた。クリスとオルティアだ。

月曜日の放課後。

いつもなら二人の連携を深める為のペアスケーティングの練習をする日なのだが、この日はクリスの要望で模擬戦をする事になったのだった。



二人の得物は二本の短刀。

つまり間合いはまったく同じ。

二人は距離を取る事もなく、その場に根が生えたかのように互いに腕を振るう。

元々近接戦闘には定評のあったオルティアだけに、アインスの指導を受けるようになってからはメキメキと上達し、今ではアレックスでも歯が立たない程の腕前に成長していた。



そのオルティアが鋭く斬りつける。

クリスが右手で受ける。

だが、その受けた隙を狙ってオルティアがもう一本の剣で突いてきた。

それを右足を引いてスッとかわし、そのままくるっと回って一回転すると右手を下から斬り上げる。

遠心力の乗ったそれを、オルティアが胸を反らして避ける。

その時、オルティア視界の端にクリスの左手がチラリと見えた。

斬り上げたのとは反対の手。

攻撃を繋ぐ為に続けて攻撃してくるであろう左手。

その剣先が、ツイッと上がった。



〈あ、これか……〉



リズレットに教わったクリスの癖。

突きを出す時は、剣先が僅かに上げるというクリス独特の癖。

リズレットに聞いていなかったら見逃したであろう一瞬の動作。

それを見た瞬間、オルティアは避けるでも身構えるでもなく、スッと上体を前に傾けていた。



「え……!?」



左手を突き出し掛けたクリスの動きがピタリと止まる。

短刀の先をちょんと叩いてタイミングを外され、そのまま意図も簡単に懐に入り込まれてしまったのだ。

そして、



ちゅ!



オルティアの唇がクリスの頬にちょんと触れた。

そしてクリスを見つめながらにっこりと微笑む。



「ふふっ……私の勝ち~!」



満面の笑顔を浮かべるオルティアの手から二本の短刀が消えた。

勝負は終わったと判断したのだ。

そこで初めて、クリスは負けたのだと悟った。

同じく武装解除して苦笑いを浮かべる。



「なんか……あまりに見事過ぎてボケっとしちゃったよ」

「クリスの癖を突いたからね」

「癖……?」

「うん。昨日、リッちゃんに教えてもらったの」

「え!? そんなのあるのか? どんな癖?」

「剣を突き出そうとする直前、剣先がスッと上がるのよ。今までは全然気づかなかったけど、知ってると身体って案外動くのね。自分でもビックリしてるわ」

「ビックリって……キスする余裕まであったじゃないか」

「だって懐に入った瞬間、クリスったらビクッて固まったから。つい可笑しくなっちゃって……えへへ」



悪戯っぽく笑うオルティアを見てクリスの顔にも笑顔が溢れる。

確かにあの一瞬、自分はビクッと固まった。

それをしっかり見られていたのだ。もう笑うしかない。



「まぁ……とにかく今日は完敗だな」

「いえい!」

「でも次は負けないぞ!」

「うん、そうして」

「なんで嬉しそうなんだよ」

「だって、やっぱりクリスは強くないとね」



そう言ってクリスの腕に抱き付き、満面の笑顔を浮かべるオルティアだった。









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