6、シャーリーの憂鬱
6、シャーリーの憂鬱
「お父様! それでは約束が違います!」
夜のコンラット邸にシャーリーの焦りを含んだ声が響き渡った。
シャーリーの目の前には困惑した顔の父親が座っている。
「お爺様は卒業までは待ってくれると、確かに約束してくださいました! なのに、なぜ急に……」
シャーリーの言葉が途切れる。
シャーリーはコンラット家の為、卒業したら然るべき相手と結婚するよう命令されていた。
命令したのは祖父。
コンラット家では祖父の意向は絶対だ。
なら、せめて相手は自分で決めたい。
そう願って祖父に掛け合い、コンラット家に相応しい相手であることを条件に夫の選択権を得た。
期限はトリニティ・クラウン在校の一年間。
なのに祖父は入校一ヶ月で約束を反故にし、勝手に見合いの席を設けたのだった。
「シャーリー……お前も分かってるだろう?父上は一度言い出したら何を言っても聞かない。それに招待状はもう出してある。気持ちは分かるが……いいね?」
父親が念を押すが、シャーリーは返事ができなかった。
本当なら嫌だと突っぱねたいが、言うだけ無駄なのが分かっていたからだ。
シャーリーの頬を涙が溢れ落ちる。
約束が反故にされたからではない。
心に秘めた相手にすまないと思う気持ち。
そして、その相手とは決して結ばれないのだという悲しみから涙が頬を伝ったのだった。
※
「晩餐会の招待状?」
クリスとオルティアが顔を見合わせる。
場所はツインズマールの出先機関である大使館の一室。
時刻は午後の2時過ぎ。
前日の夜にツインズマール大使である次狼から話があると電話を貰い、部屋に案内されて早々、そう打ち明けられたのだった。
「そうだ。大使である私と君宛に届いた。もっとも私はおまけで、君が目当てだろうね」
「ツインズマール大使の次狼さんがおまけって……差出人は誰なんです?」
「デビッド・コンラットさ」
「コンラット……?」
「君と同じクラスの……シャーリー・コンラットの祖父に当たる人物だ。ヴィンランドでは大物だな。もっとも……過去はともかく、ここ数代は将軍職も評議員も輩出していないがね」
「それがどうして俺なんかに招待状を?」
「晩餐会と称してはいるが、これはシャーリー嬢のお見合いだよ。ひょっとしたら、婚約発表まで兼ねてるかも知れないね」
「婚約?」
「えぇッ!? ああ、あの……婚約って、クリスとシャーリーが!? わた、私が……」
「落ち着いてくれ、オルティア。君とクリスが婚約したのは知ってるよ。だからクリスだけでなく、君も呼んだんだ」
「次狼さん、断る訳にはいかないんですか?」
「君の今後の事を考えるなら招待に応じた方がいい。それに、君が既に婚約している事を知らしめる為にもね」
相手が相手だけに用事があるからとは断れない。
仮病ならまたの機会を設けられるだけだ。
だから一度出席して自分の立場をはっきりさせた方がいいと次狼は言っているのだ。
それにコンラット家の晩餐会である以上、ヴィンランドでは名の知れた者達が出席するはずだった。
クリスが卒業後、ヴィンランド軍に所属するのかツインズマールに帰るのかは知らないが、その人脈は今後の人生で得難い物になるはずだった。
「分かりました。次狼さんもいるなら心強いですし、招待に応じます」
「うん。君達の服とドレスは既に用意してある。出発は五時半を予定しているから、それまでゆっくりお茶でもしながら、どの衣装を着ていくか選んでいてくれ」
「あ、次狼さん!」
踵を返して退室しようとする次狼をクリスが慌てて呼び止めた。
シャーリーのお見合いと聞いて、アレックスの顔が頭を過ったのだ。
「……オルティアの他にもう一人、連れて行ってもいいですか?」
※
「どうだ、シャーリー。ハリスに、ベルナールに、マクレガン。匆々たるメンバーだろう?」
晩餐会の会場。
祖父のデビッドが得意気な顔でシャーリーを見た。
それに対し、シャーリーが苦笑いを浮かべる。
デビッドがこれはと選んだ者達。
それは軍の司令官を務めた家や評議員の子息達だった。
だがそこにシャーリーへの心遣いはない。
何せ上は三十代後半と思われる人物から下は若くても二十代後半。優に十は離れているのだ。
おまけに約束を反故にしたのに、それについての釈明はまったくない。
だから笑顔を浮かべてはいるが無言で抗議の態度を示していたのだが、デビッドの方はそんなシャーリーの態度などまったく頓着がなかった。
いずれはシャーリーも自分に感謝するだろうと信じて疑わないのだ。
そんな二人に執事の一人が近づきスッと頭を下げた。
「ご歓談中失礼します。ツインズマール大使、野々宮 次狼様、並びにクリステル・ロンド様、ご到着されました」
「クリスさんが!?」
執事の言葉にシャーリーが驚きの声をあげた。
さすがにここでクリスの名は予想外だったのだ。
それを見てデビッドがふふんと笑う。
「驚いたろう? 今回の本命じゃ。ここでキングバルト軍の重鎮、ロンド家と血縁関係を結べれ……ば……」
だが、そこでデビッドの言葉が途切れた。
クリスがドレス姿の女性を伴っていたのだ。
それが誰なのか気づいたデビットがスッと眼を細める。
「あれはリース家の娘ではないか。おまけに……」
オルティアから視線を外し、今度はその後ろに控える男を忌々しそうに睨み付けた。
まるで護衛のように従っているのは、なんとアレックス・ハートランドだった。
いつも孫に纏わりついている、鬱陶しい男。
「お館様、お客様です」
「分かっておるわ!」
執事に窘められたデビッドが、直後には社交用の笑顔を浮かべた。
別の執事に案内されたクリス達がこちらに近づいてきたのだ。
「お招きありがとうございます。コンラット様」
次狼が恭しく右手を差し出す。
その手を取ってデビッドも満面の笑顔を返す。
「いや、ようこそ御出くださいました、野々宮殿。そちらがキングバルト軍の大英雄、シングレア・ロンド殿のご子息ですかな?」
「お初にお目にかかります。クリステル・ロンドです」
「コンラット家当主、デビッド・コンラットです。いや、しかし良い男振りじゃ。シャーリーよ、確かトリニティ・クラウンではクラスメートじゃったな?」
「はい。ようこそいらっしゃいました、野々宮様、クリスさん。それにオルティアとアレックスも」
「ロンド殿、ひょっとしてそちらは、リース家のご令嬢ですかな?」
デビッドと目が合い、軽く会釈をするオルティア。
自己紹介がまだなのもあるが、オルティアとしても不愉快オーラ丸出しでジロリと見られたら会話を交わす気にならなかったのだ。
「先ほどはロンド殿がリース嬢をエスコートしておったようじゃが、どういったご関係ですかな?」
「婚約者です」
「は……?」
「先日、彼方にも了承を得ました。卒業したら結婚する予定です」
「なんと!? 既にリースと……いや失礼、リース家と婚約を交わしていたとは……そ、それは……その、目出度いですな」
「ありがとうございます」
「いや、これでリース家は安泰ですな。羨ましい」
デビッドが努めて笑顔を見せる。
忌々しいが顔に出す事はできない。ツインズマール大使も一緒なのだ。
「お館様、トンプソン様が御出なさいました。
「おっと、では失礼して……皆さん、今日は楽しんでいってくだされ。では……」
そう言い残し、デビッドは踵を返した。
そのままシャーリーを伴ってそそくさと足早に去っていく。
〈リースめ、商いに長けとるだけに手も早い……〉
忌々しくて腸が煮えくり返るとはこの事だった。
※
「ふぅ……」
二人が去ってすぐ、アレックスが小さく息を吐いた。
デビッドにジロリと睨まれて萎縮していたのだ。
まぁ、招待されてもいない身としては肩身が狭いのは仕方がない。
「しかしクリス……お前、ホント度胸あんな」
「そうか?」
「そうかって……俺はあの眼に睨まれるだけで肝が冷えるけどな。オルティアはオルティアでしれっと流してたし……」
「まぁ、パーティー自体に馴れてるってのもあるけど……クリスがいるからね。私は楽なもんよ」
そう言って緊張するアレックスをくすくす笑うオルティア。
「でも言っちゃなんだけど、威圧感はなかったと思うぞ? シャーリーには悪いけど」
「あれで?」
「正直、うちの族長と比べたら……ねぇ、 次狼さん」
「スフィンクス様の眼光はあんな物ではありませんな」
「キングバルト軍って、実はめっちゃ怖いとこなんだな……」
二人の話を聞いてアレックスが苦笑いを浮かべた。
あれが小物扱いされるところっていったい……。
「なにビビッてんのよ! あれを倒す為に来たんでしょ? もっとシャキッとしなさい、シャキッと!!」
「いや、倒してどうすんだ」
「倒すのよ!パンチでもキックでもいいから、とにかくぎゃふんと言わせてやんなさい!」
「お前な……だいたい、お嬢の気持ちも分かんないのに俺一人が……」
「あぁ、もう!そんなの聞かなくても分かるでしょう! 」
オルティアが苛立たし気に首を振る。
ここまできて未だに覚悟の決まらないアレックスに焦れているのだ。
そんなオルティアを横目にクリスがアレックスの前にスッと立った。
「アレックス……」
「な、なんだ?」
クリスのあまりに真剣な眼差しに思わずアレックスがたじろぐ。
「お前はシャーリーの気持ちが分からないから……だから覚悟が決まらないのか?」
「え……? うん……まぁ……?」
「分かった。なら俺が確かめてやる」
「は……?」
「それよ!!」
アレックスが驚いて固まり、オルティアが喜色を浮かべた。
シャーリーの気持ちなんて態々確認するまでもないが、それでアレックスの覚悟が決まるならお安いご用だった。
「ならダンスの時がいいわね。あれなら二人っきりになれるわ」
「よし、それでいこう」
「決まりね。アレックス、あんたはプロポーズの言葉でも考えてなさい!」
「いや……プロポーズって……」
シャーリーの気持ちが分かったからって、あの爺様が許してくれるとは思えなかった。
何か爺様を納得させる、そんな理由がなければ……。
「取りあえず話が纏まったところで、クリス……挨拶廻りと行こうか。アレックス、君は紹介役という事になってる。頼むよ」
「は、はい」
次狼に促され一行が歩きだす。
ロンド家の子息という事もあり、皆が興味津々に此方を見ていた。
※
一通りの挨拶を済ませ(と言っても、既に一時間以上は経過していたが……)、ホッと一息ついていた時、楽器を持った人達が静かに入室してきた。
そのまま用意されていた部屋の隅へと移動し、譜面を捲ってスッと楽器を構える。
直後、会場の雰囲気を壊さないような静かな曲が流れはじめた。
「あ、始まったみたい」
オルティアが呟く。
オルティアの視線を追って会場の後ろを見れば、早くも数組のペアがダンスを踊りはじめていた。
「オルティア、ごめん……先ずはシャーリーと踊ってくるよ」
「ふふ、謝ることないわよ。じゃあ、クリス……お願いね」
「あぁ」
グラスをオルティアに預けてクリスが踵を返す。
そしてシャーリーの元へとゆっくり近づいていった。
それに気づいたシャーリーが手に持ったグラスをそっと執事に預ける。
「シャーリー、俺と踊ってくれないか?」
「ええ、喜んで……」
笑顔とともにスッと差し出されたクリスの手を取り、シャーリーもにこりと笑う。
その手をそっと包むようにして握り返すと、クリスはシャーリーをエスコートしながら会場の後方へと歩きだした。
会場中の視線が二人に注がれる。
それを楽しむかのように、二人は静かに踊りはじめた。
ゆったりと流れる曲の中を、まるで游ぐように踊る二人。
その息の合ったダンスに、お手並み拝見と高見の見物をしていた他の婿候補達からも「ほぅ……」と小さな歓声が漏れた。
「なかなか様になっておりますな」
「惜しい……あれがリースの手に落ちてなければ……」
デビットがシャーリーとの約束を反故にしてまで強引に見合いの席を儲けたのは、単にクリスが目的だった。
なのに伝を求めてやっと招待に漕ぎ着けてみれば、既にリース家に先を越されていた。
こんな事なら家の体裁など考えず、例え相手に困惑されようともさっさと縁を結んでおけば良かったと思うが、まさに後の祭りだった。
「シャーリー、そのまま聞いて欲しいんだけど」
「なんですか?」
「シャーリーはアレックスの事を好きだよな?」
「え……?」
「顔に出てるよ。自然に自然に」
クリスに諭され、シャーリーが口元を綻ばせる。
だが目元は笑っていなかった。それはクリスも同様だ。
それは、これが冗談ではない事を意味していた。
「大事な事なんだ。だからはっきり答えて欲しい」
クリスの真剣な言葉にシャーリーの喉がコクりと鳴る。そして、
「……好きです」
と、絞り出すように答えた。
今までは周りに反対されるのが分かっていたから……口に出したが最後、祖父の横槍が入るのが分かっていたから口に出せなかった想い。
それを今、初めて口にしたのだ。
「よし!」
「あの……クリスさん、いったい何を?」
「俺は何もしないよ。ただアレックスの背中を押してやるだけさ」
呆気にとられるシャーリーに満面の笑顔で答えるクリスだった。
※
「さて、シャーリー……気に入った相手はおったかな?」
ダンスも一通り終わり、ドリンクで一息ついたところでデビットが尋ねた。
会場中の視線が一斉にシャーリーに注がれる。
特に婿候補達は真剣だ。
何せコンラット家は名門中の名門。
前ほどの力を失ったとはいえ、その名声は今尚ヴィンランドでは絶大だ。
コンラットを名乗れるだけで格が上がるのだ、真剣になるのも当然だろう。だが、
「それが……」
シャーリーが俯きながら言葉を濁した。
正直、頭の中には常にアレックスがいて、他の男性と何を話したかすら覚えていなかったのだ。
「居らんのなら、儂が決める」
「ーーーッ!?」
そんなシャーリーを見てデビットがずけりと言った。
デビットとしても、名声はあるが力の伴わない今の現状に焦っていたのだ。
ここで有力な家と縁を結び、再びコンラット家の名声をヴィンランド中に響かせるのは自分の使命だとさえ考えていた。
だからその場逃れは許さない。
何が何でもここで相手を選ぶ。
そう決意していたのだ。
「あぁ、もう! シャーリーが泣きそうな顔でこっち見てんじゃない!なんとかしなさいよアレックス!!」
「なんとかっつっても……」
アレックスが口籠る。
何せ爺さんが欲しいのはコンラット家の後ろ楯となる家だ。それこそクリスやオルティアの実家のような。
だが、父親の武勲で名を上げただけのハートランド家にはそれがなかった。
将来、自分も父のように武勲をたてて力を得るかも知れない。だが少なくとも、今の自分にはそれがない。
〈将来……?〉
そこでアレックスはとある事を思いついた。
今の自分に力はない。
だが手に入れる事は出来る。
それに思い至ったのだ。
「クリス……それにオルティアも……」
「なんだ?」
「なによ?」
「お前達に迷惑かけちまうけど……いいか?」
「そんなの気にするな。お前とシャーリーの為だったら、なんだってやってやる。行け!」
「そうよ!気にせずガツンと咬ましてやんなさい!」
「分かった」
二人に背中を押されたアレックスが一歩踏み出す。
そしてスーッと大きく息を吸った。
「待ってください!!」
アレックスの大音声に会場中がシーンと静まり反った。
シャーリーに向いていた視線が一斉にアレックスへと注がれる。
それを横目にデビットがジロリとアレックスを睨み付けた。
「立場を弁えろ、ハートランドの小倅。貴様の出る幕ではないぞ」
「それは重々承知してます。だか、敢えて申し上げます! これはコンラット家にも大変益のある話です!」
いつもは萎縮して言葉も出せないハートランドの小倅が、この時ばかりは一歩も引かなかった。
それどころか、今にも掴み掛かるような眼で睨み返してくるではないか。
それを見てデビットは考えを改めた。
話しくらいは聞いてやろうと思ったのだ。
「ふん……申してみよ」
「ご老公は家の繁栄を、特に後ろ楯となる強力な家との縁をお望みと見ました」
「そうじゃ。前のサカマチのように影でこそこそと陰謀を巡らす輩が現れた時、一番頼りになるのは家と家の繋がりじゃ」
「なら、この場で一番相応しいのは俺です!」
「たわけが! 我がコンラット家は人類がこの地に降り立った時から武を司る由緒正しき家柄じゃ!前の大戦でちょっと手柄を立てた程度の家と釣り合うと思うてか!自惚れるでないわ!!」
「俺は必ず、シャーリーに男を産ませて見せます!!」
会場中がざわめく。
アレックスが何を言いたいのか理解できなかったのだ。
「何を言って……」
困惑したデビットが絞り出すように呟いた。
それから視線を外しアレックスがスッと後ろを振り向く。
デビットと同じように困惑した表情をみせるクリスとオルティアに。そして、
「クリス! オルティア! 頼む! 俺の息子に、お前達の娘をくれ!!」
「え……?」
「はい……?」
クリスとオルティアが揃って言葉を失った。
娘と言われたって、まだ子供なんて作ってないのだから当然だ。
だがアレックスは大真面目だった。
「今すぐじゃない、将来の話だ! 頼む!!」
そう言って頭を下げるアレックス。
要は自分がシャーリーに男を産ませる。
だからクリスとオルティアの間に娘が産まれたら、その娘を嫁にくれと言っているのだ。
そうなればシャーリーとの間に産まれた息子はキングバルト軍の重鎮ロンド家と、ヴィンランドの経済界に力を持ったリース家が後ろ楯となる。
その図式に逸早く気づいたのは誰あろう、シャーリーの祖父、デビッド・コンラットだった。
そしてクリスとオルティアも遅れて気づいた。
顔を見合わせ、クスッと笑って頷きあったのだ。
「分かった。アレックスとシャーリーの子だ。喜んで嫁にやろう」
「すまねぇ!!」
「うはははははははははッ!!」
直後、会場中にデビットの高笑いが響き渡った。
愉快でしょうがない。
そんな顔で天井を見上げている。
が、突然笑いを納めると、今度はアレックスをキッと睨みつけた。
「 おもしろい!! ならハートランド……いや、アレックスよ!貴様もシャーリーの婿候補と認めてやろう!!」
「あ、ありがとうございます!!」
「但し!!」
デビットはそこで言葉を切ると、今度はニヤリと笑って見せた。そして、
「あくまで決めるのはシャーリーじゃ!シャーリー!!」
「はい」
祖父に呼ばれてシャーリーが皆の前に歩みでる。
誰もが固唾を飲んで見守る中、アレックスがシャーリーの前に静かに立った。
「お嬢……じゃない、シャーリー! ずっと好きだった。頼む、 俺と結婚してくれ!!」
くす。
「シャーリー……?」
「……やればできるじゃないですか、アレックス」
「え……?」
「お爺様への啖呵、見事でしたよ?」
「じゃ、じゃあ……」
「はい。貴方の求婚……お受けします。男の子が産めるかどうかは分かりませんけどね?」
そう言って微笑むシャーリーの両目は涙でいっぱいだった。
※
「もう二十年以上も前になるが……ヴィンランドで権力を一手に掴もうとした男がいてね」
晩餐会の帰りの車内。
次狼が思い出したように、まるで独り言のように語り始めた。
クリスとオルティアはそんな次狼を見て黙って耳を傾ける。
「その男は将軍職から評議員になり、他の議員を買収して自分に都合のいいように法律を変え、政敵に強引に罪を被せて抹殺したんだ。
コンラット家は嫁の実家の口添えで辛うじて難を逃れたが、政界への道は完全に閉ざされ、息子も軍を退役させられた。
その時の苦い記憶があるんだろうね」
「だから、あんなに躍起になって?」
「自分のせいで子供や孫に迷惑をかけた。その責任を誰よりも感じてるんだ」
「そうだったんですか……」
「……家柄を鼻に掛けてるだけじゃ、なかったのね……」
「ふふ、人に歴史ありさ」
※
「クリスさん! オルティア!」
いつものように二人並んで歩いていると、後ろからシャーリーの呼ぶ声が聞こえた。
立ち止まって振り向けば、満面の笑顔のシャーリーが駆けて来るところだった。
「おはよ、シャーリー! アレックスも!」
「おはよ!」
「おはようございます」
「おはようさん!」
「そうだ、まだ言えてなかったな。アレックス、シャーリー……改めて、婚約おめでとう!」
「おめでと~! ふふん、アレックス……けっこうカッコ良かったわよ?」
「はは、サンキュー!」
「それよりクリスさん、オルティア……お礼を言わせてください。おかげさまでアレックスと添い遂げられることになりました。本当にありがとうございます」
「ああ、この恩は一生忘れねぇ!」
「そんなの気にするな」
「そうそう」
「息子はロンド家に恥じないよう、立派に育てるから、それで許してくれ!」
「二人の子だ、そんな心配はしてないよ。それよりアレックス、あの爺様とは上手くやってけそうか?」
「え? まぁ……何とか?」
「ふふ……実はお二人が帰られた後、アレックスを交えて家族一同、歓談をしたのですけど……その最中にクリスさんとオルティアのお父様から祝いの電報が届きまして……」
「それを見て爺様、すげぇ上機嫌になってな」
「まぁ、些かお酒を飲み過ぎてたのもあるのでしょうけど……早く子供を作れ作れって……」
「すっげー絡まれたよ」
「はは……爺さんも蟠りさえなければ良い人そうだな」
「あぁ」
そう言って楽しそうに語るアレックス、そして満面の笑顔を浮かべるシャーリーを見て、クリスとオルティアは自分達の決断は間違ってなかったのだと確信した。
こんな幸せそうに笑う家庭に嫁ぎ、不幸になる筈がない。
まぁ、それもお互いに子供が出来てからの話だが……。
「そんな事より~~~、シャーリー?」
「な、何ですか?」
突然、オルティアがシャーリーの手を引いてクリス達から距離を取った。
そして二人に聞こえないようスッと身を寄せる。
「……あの後、アレックス泊まってったんでしょ?」
「え……? えぇ……まぁ……?」
オルティアが小声で尋ねると、シャーリーの頬が真っ赤に染まった。
それを見てオルティアがニマ~~~!と笑う。
それはもう、興味津々な顔で。
「ふふ~ん、洗いざらい聞かせて貰うからね?」
「えぇ!?」
「クリス、アレックス、先に行くね!!」
「あ、ちょっとオルティア! そんな手を引っ張らないで……って、どこに行くんですか!?」
楽しそうに駆け去るオルティアとシャーリー。
そんな二人をクリスとアレックスは慈しみを込めた目で見送った。
あんなにはしゃぐシャーリーを見るのが始めてだったのだ。
「幸せそうでなによりだよ」
「おかげさまでな」
やがて二人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、教室へと向かって歩き出すのだった。