5、エンゲージ
5、エンゲージ
ギンッギンッギンッ! ギンッ! ギンッ! ギンッ! ギンッ!!
剣戟の音が練兵場に響き渡る。
二機のASがお互い足に根が生えたかのように一歩も引かず、その場で剣を交わし続けていた。
一機はクリスの月白。
そしてそれと互角以上に渡り合うのは、グレーにカラーリングされたFⅡカスタム。
そのFⅡカスタムを纏った男がニヤリと笑った。
「腕を上げたな、クリス!」
クリスの短刀を跳ね上げ、グレーのFⅡカスタムが一気に後退する。
「甘いッ!!」
しかし、その進路を阻むようにオルティアが後ろに回り込んだ。
長剣を一閃させる。
死角からの斬激。だが、
「うそっ!?」
オルティアの剣が空を切った。
まるで後ろに目があるかのように、グレーのASがバク転して避けたのだ。
そして着地と同時にオルティアに斬り掛かかる。
相手は片手剣。
オルティアは長剣。
一瞬の隙を付かれ懐に入られてしまった。
これでは剣が振るえない。
「オルティア、スイッチ!!」
「お任せッ!!」
防戦一方のオルティアがスラスターを使って一気に後退する。
相手は追撃してこない。
既にクリスが迫っていたからだ。
ガキンッ!!
練兵場に再び剣戟が響き渡る。
「二人の連携もいい。これは少々甘く見すぎたか?」
「二対一でも良いって言ったの……アインスさんですよ!!」
左足をスッと引き、アインスの剣を受け流す。
同時にクリスが左手を突き出した。
手のひらが光り、もう一本の短刀が現れる。
「ほぅ」
が、首を捻って避けられた。
そこに再び距離を詰めたオルティアが斬り掛かる。
クリスの左右二刀を器用に受け流し、オルティアの斬激をかわすアインス。
だが防戦一方だった。
「白星貰い!」
アインスが振るった横薙ぎの剣をバックステップで外し、着地と同時に地を蹴る。だが、
「なッ!?」
クリスが驚愕の表情を浮かべた。
アインスの顔が目の前にあったのだ。
ドガッ!!
既に反応していたアインスがラッシュでクリスを吹き飛ばす。そして、
「きゃ!?」
オルティアが足払いを受けて地面に転がった。
クリスに気を取られた一瞬の隙に近づかれたのだ。
その胸元には既にアインスの片手剣が向けられている。
「まぁ、八十点ってところか」
二人を見下ろしながらアインスがニヤリと笑った。
「くっそー! オルティアとならイケると思ったんだけどなぁ!!」
「ロートルの域に入ったとはいえ、まだ負ける気はないよ」
と言いつつも、アインスが嬉しそうに笑う。
クリスの成長が嬉しかったのだ。
それは選択授業、格闘コースでの一幕だった。
※
「だが驚いた。お前達はてっきり射撃かと思ったぞ」
「あれ……? ひょっとして技能テストの結果、知ってます?」
「格闘専任とはいえ、仮にも教官だからな。お前のまだ引ききらない顔の痣の件だって知ってるよ」
「はは、実はオルティアと話したんですけど……」
「やっぱり私達、格闘が性に合うんで……」
「いや、良い判断だと思うぞ。どんなに努力しても才能がなければ時間の無駄だからな」
「才能ないとか言わないでください!」
「そ、そうですよ! 私達だって、やればできるんですから!!」
「そうか? まぁ、なんにしても、お前達は格闘にして正解だったって事だ。二人のあの連携、あれはなかなかだ。まるでシンとアムを相手にしてるようだった」
「本当ですか!?」
クリスが喜びを露にする。
それほどアインスに誉められたのが嬉しかったのだ。その横で、
「ねぇ、クリス……シンとアムって誰?」
と、オルティアが首を傾げた。
「俺の両親だ」
「うそ、本当!? やったー!!」
だが比べられたのがクリスの両親と知った瞬間、オルティアが満面の笑顔を浮かべた。
なんだか二人の未来を暗示しているようで嬉しかったのだ。
「とは言え、まだまだだ。そこでだ……オルティア」
「はい!」
「その得物を捨てて、短刀……出来れば二刀にしてみないか?」
「クリスと同じ?」
「そうだ。クリスの型は正直完成されてる。往年のシンに迫るほどにな。対してオルティアはまだだ。さっき思ったが、お前達の連携……息は合ってるんだが隙が多い」
「隙が?」
「考えてもみろ。クリスが二刀でオルティアが長剣。間合いが違う。だから攻撃が切り替わる瞬間、俺に付け入られる。もしオルティアが短刀の間合いにいたら、俺がラッシュを決める前に斬り掛かっていただろう。そうしたら二人の攻撃が途切れる事はなかった筈だ。まぁ……結果論かも知れんがな」
「なるほど……」
「但し、今ある型を捨てるのはそれなりにデメリットでもある。在学中のペアだけの為にやることかと言われれば……」
「いえ! それならやります!クリスとは一生ペアを組みますんで!!」
「…………」
「…………」
「……あれ? どうしたの、二人とも? 急に黙っちゃって……」
「そうなのか、クリス?」
「……はい。実はもう一緒に住んでます」
「あッ!?」
自分の発言に気づいたオルティアが頬を染めて俯き、クリスが顔を背ける。
そんな二人を見てアインスが楽しそうに笑った。
「はは、どうりで息が合う訳だ……ならもう一つ。二人とも、ペアのスケーティングをやってみろ」
「ペアのって……キングバルト軍でやってる、あの訓練を? ペアで?」
「そうだ」
「クリス、あの訓練って?」
「キングバルト軍では、ASの操作訓練にフィギュアスケートを導入してるんだ。ステップやターンしながら腕を振り回すのはバランス感覚を養うのに最適だって」
「あれをペアでやってみるといい。二人で手を繋ぎ、密接した状態でホバリングしながらターンやジャンプをするんだ。初めは足や身体がぶつかって満足に滑れないだろうが、さっきのお前達を見てると、すぐに相手の呼吸や考えを察して出来るようになると思う。 恋人同士なら尚更だな。そしてそれは二人の連携に必ず役立つ」
アインスに必ず役立つと言われ、二人が顔を見合わせる。
そしてにまりと笑った。
ちょっと面白そうだと思ったのだ。
「言っとくが、リフトやデススパイラルまでやらなくてもいいからな?」
なんだか一から十まで完璧なフィギュアスケートを目指しそうな二人に、笑って釘を刺すアインスだった。
※
「クリス、まだ時間あるでしょ?ちょっと付き合って」
授業が終わり、着替えを済ませるとオルティアがそんな事を聞いてきた。
「いいぜ」
「ありがと。じゃあ行きましょ。こっちよ!」
にっこり笑ったオルティアがクリスの手を引く。
そのまま二人並んで長い渡り廊下を抜け、普段とは違う校舎に入り、自分達とは違う色の制服を着た生徒達とすれ違いながら到着したのはASの整備室だった。
「ここって、整備士コースの校舎だよな?」
「そ。ここに私の専任整備士がいるのよ。あ、いたいた!はーい!パナ、ジャスミン!!」
「あれ~……?」
「どうしたんです、オルティア」
「ちょっと頼みたい事あってね」
「ならちょうど良かった。私達もオルティアに用があったんです」
「私に……?」
「オルティア……」
「あぁ、ごめんごめん。紹介するわ。ジャスミン・リンベルとパナ・コーン。二人ともL&Cカンパニーの技術者よ」
「それって、オルティアの会社の……?」
「初めまして。AS整備士コース、A組のジャスミン・リンベルです」
「同じくパナ・コーン。よろしく、ロンドくん!」
「あれ?俺の事は知ってんの?」
「そりゃ、有名人だもんね」
「有名人?」
「オルティアの彼氏ってのもそうだけど~」
「あのガルティエに喧嘩売って、こてんぱんにしちゃったんでしょ?こっちじゃ拍手喝采でしたよ?」
「この顔見れば分かるだろ? 痛み分けだよ」
「そうなんですか?でもあれ以来、ガルティエが大人しくなったって噂ですよ?」
「それは本人が心を入れ換えたんじゃないか?それより、オルティアの用事って?」
「あ、そうだった。オルティア、何をご所望~?」
「うん、ちょっと戦闘スタイル変えようと思って。今までの近接寄りじゃなくて、バリバリの近接特化にして欲しいの」
「スラスターを?」
「そ。出来る?」
「出来ますけど……パラメーターはどう振り分けるんです?」
「うーん……そうだ、クリスと同じでいいわ。クリス、月白見せて?」
「いいぞ。ほい!」
「げげ、月白!?」
クリスからデバイスを受け取ったパナが、何故か「ははぁー!」と、デバイスを両手で掲げて崇めだした。
それをオルティアがじと目で眺める。
「パナ……? なにしてんのよ……」
「だ、だって第二世代だよ!!」
「ま、気持ちは分かるけど……端から見ると変よ?」
「はいはい! パナ、早くセットして」
ジャスミンに急かされパナが名残惜しそうにデバイスをハンガーにセットする。
すると月白が整備形態になってハンガーに現れた。
ジャスミンが手早くスラスターのパラメーターを呼び出し、そして目を丸くする。
「これって、凄く独特なチューニングですね」
「足のスラスターの出力抑えてるのは~、旋回性能上げる為かな?かな?」
「あぁ」
「でも、これだと距離を詰める時に出遅れませんか?」
「その分、背中のスラスターは直進性能に全振りしてる」
「ホントだ。凄くピーキー!でも、これだと空中戦が不利不利だね」
「パラメーターの変更はクイックアクセスで瞬時に変えられるんだ。今は近接で三種類、空中戦用に二種類あるよ」
「うわぁ……第二世代ならではの贅沢ですね」
「私のも出来る?」
「三種類が限度ですね」
「なら問題ない。とりまクリスの使用履歴から多い順に、近接二、遠距離一でいいわ」
「分かりました。オルティアのが体重も筋力もないから、クリスさんのパラメーターより30%ほど落としておきますね。後は載ってみて細かく詰めていきましょう」
「オッケー、それでよろしく!」
「じゃあオルティア、今度は私達ね。先ずはこれを見て~!」
そう言って調整はジャスミンに任せ、パナがバックから取り出したのは、
「じゃ、じゃじゃ~ん!!」
青地に白が入った競泳水着?だった。
「…………」
「あれ? 無反応?」
「なに? その水着は?」
「新作のASスーツで~す!」
「そのハイレグが……?」
良く見れば水着と違って胸から上、首廻りと肩当ては普通のASスーツのようで、袖もちゃんとついている。
違うのは腰から下だった。
「女性AS隊員にアンケートを取った結果~、戦闘時の股のごわごわ感が気になると多数の意見をいただきました!」
「それでそのハイレグ……? デザインしたの、ぜったいスケベなおじさんでしょ?」
「残念~、バルビエッタ女史で~す!」
「あの、おばはん……自分が着ないからって、なにもハイレグにすることないでしょうに。これじゃ別の意味で気になって、戦いに集中できないわよ?」
「おっと、失礼……中にこれを穿きます!」
そう言って再びバックから取り出したのは、半透明なストッキングだった。
「…………」
「あれ? これまた無反応?」
「どうツッコんでやろうか悩んでたのよ」
「これは~特殊アラミド繊維で出来たストッキングで~す。伸縮性もあって耐切創性能も抜群!なにより、まるで着けてないかのような薄薄感~!!」
「なにかの謳い文句みたいだな……」
ドスッ!!
「なにか~?」
「なな、なんでもない。それで?」
「それで~、これが今日からオルティアのASスーツになりま~す!」
「なっ!? お、お断りよッ!!」
「でもでも~近接好きなオルティアにはベストなスーツだよ~? 動きやすいし、肩から肩甲骨にかけてサポートも入ってて、腕を振り回すには最適!」
「い、や、よ!!」
「何なら色ちがいの白もあるよ~?」
「色の問題じゃないわよ!!」
「あ、言いわすれてた。これは社命だから拒否権はありませ~ん!」
「なんですって!?」
〈オルティアがあれ着るのか……ウサ耳と尻尾つけてって言ったら怒るかな……〉
「エッチ!!」
「な、なにも言ってないだろ!」
「目を見れば分かるわよ!」
なんかバレてた。
※
「はぁ、まさかあんなの着る羽目になるとは……」
オルティアがマジで落ち込んでた。
よっぽど恥ずかしいんだろう。
「でも、すごい似合ってたぞ」
「いや、まぁ……クリスに誉められるのは嬉しいんだけど……」
さっき試着してたが、正直スタイル良いオルティアが着るとめちゃくちゃ格好良かった。
「それにほら、俺もついでにって男性用の貰ったし、色もデザインもお揃いでいいじゃないか(因みに男は普通のスーツと同じくツナギ)」
……じと。←〈……クリスは私のあんな格好……他の男に見られても平気なのかしら……?〉という目。
「オルティア……?」
「なんでもない!」
「そうか? まぁ、いいや」
〈いいんかい! 〉
「それより、何で二着持ってきたんだ?」
「……一人じゃ恥ずかしいから……シャーリーも巻き込もうと思って」
「シャーリーかぁ……」
ドスッ!!
「いって!?」
「エッチ! 今、シャーリーの事想像したでしょ!!」
「ごめんごめん。それよりこの後、クラブ見学だよな?オルティアどうする?」
「誤魔化すな!」
「誤魔化してない! オルティア以外興味ないって、ホントホント」
「もう……まぁいいわ。クラブなら私はもう決めてる」
「どこ?」
「ひ、み、つ」
「なんだよ、教えろよ」
「ひ~み~つ!」
「ひょっとして怒ってる?」
「別に怒ってないけど、秘密。だって教えちゃったらサプライズにならないから」
「なんか気になるな……」
「ま、楽しみにしてて。じゃあクリス、また後で!」
「お、おう!」
そう言って手を振り、オルティアは足早に去って行くのだった。
実はトリニティ・クラウンでは二週間に一度、校外活動の一環として基地勤務者(主にトリニティ・クラウンの卒業生)を講師に招き、クラブ活動を行う事になっていた。
それがこの後あるのだ。
種類はスポーツから文系まで多種多様。
クリスとしては総合格闘術が良かったのだが、残念ながらそれはなかった。
オルティア曰く、「息抜きの為にあるクラブなのに、普段の授業とおんなじのなんか有るわけないでしょ」との事だった。
そうなると剣道か柔道辺りなのだが、クリスの求めてる格闘術とはちょっと違う気がして躊躇われた。
乗馬クラブもあったが、これもなにか違う。(ツインズマールでは馬は身近な存在)
そうこうして悩んでるうちに、当日になってしまったという訳だった。
「……取りあえず、アレックスに誘われたとこでも見に行くか……」
※
「お? 来たな……クリス!」
クリスの姿を認めたアレックスがスッと手を上げて合図を送る。
ここはテニスクラブの会場(基地内にあるテニスコート)だった。
「ここに来たってことは、決めたのか?」
「いや、取りあえず見学でもと思って……」
「そんな事言って、ホントはお前も興味あるんだろ?」
「なにが?」
「またまた……あれだよあれ」
そう言ってアレックスがクイッと親指を向ける。
そこには懸命にボールを追いかけるシャーリーや女子生徒達の姿が……。
「な? 来るもんあんだろ? なんせトリニティ・クラウンは揃いも揃って美人ばっかだ。それがどうだ? コートを走り回る度に揺れる胸! ボールを打ち返す度に舞うスカート! チラリと見える健康的な太もも! 中がスコートと 「あ……」 分かっててもドキドキすん……あ? あってなん……」
ごスッ!!!
「ごはッ!? 」
「あ、アレックスーーーッ!?」
アレックスが股間を押さえながらガクンと膝を突き、そのまま前のめりにこてんと崩れ落ちた。
白目を剥いて口から泡を吐いている。
唸りを上げて飛来したテニスボールがアレックスの目の前でバウンドし、斜め下35度の角度から股関を突き上げたのだ。
因みにボールを打ち込んだのはシャーリー。
「失礼、つい邪なオーラを感じたもので……クリスさんもお一ついかがですか?」
「い、いや……俺は別のクラブにするんで遠慮しとくよ……」
「あら、それは残念です。 おほほほほ…………」
「あ、あははははは…………」
なんかシャーリーの笑顔がめちゃくちゃ怖かったので、そそくさとテニスコートを後にした。
その後も陸上にバスケットボールにと足を運んだがどれもいまいちピンと来ない。
「後は文系か……でも音楽は興味ないし、チェスは……嫌いじゃないけど、二回もやると考え過ぎて頭痛くなるしなぁ……」
そうしてどこに行こうか悩みながらクラブ案内をパラパラ捲っていると、ふと料理クラブの文字が目に入った。
「料理か……」
なにやら意を決したクリスが踵を返して校内へと入っていった。
※
「すいませ~ん……料理クラブって、ここですか?」
クリスが案内図に記載されていた教室の扉をおそるおそる開ける。すると、
「く、クリス!?」
「あれ……?オルティア?」
オルティアがいた。
「な、なんでクリスがここに!?」
「いや……料理を習おうかと……」
「きゃあ!!」
「うそ! ロンドくんが!?」
「料理!?」
「やだ! 料理男子!!」
「エプロン似合いそう!」
「はい!これこれ!これ上げる!!」
「「きゃあーーーーーーッ!!」」
「似合う似合う!」
「ロンドくん、作りたいのはご飯?」
「和食かな?」
「洋食でも中華でも!」
「あ、ひょっとして お菓子?」
「それともケーキ?」
「なんでも教えてあげるよ!」
「ねぇ、なになに?」
撒かれた餌に群がる鳩のような女子達にあっという間に取り囲まれるクリス。
クリスも別に女子が苦手な訳ではないのだが、さすがにこのテンションにはついていけない。
「あ、あの……オルティア!助けてくれ!」
「そりゃ、クリスがこんなとこ来ればそうなるわよ……」
と溜め息つきながらも女子生徒達に弄ばれ始めたクリスを助けるべく、オルティアは腰を上げるのだった。
「はぁ……助かったよオルティア」
「どういたしまして。……で?」
「うん?」
「なんでクリスがここに?」
やっと落ち着いて席に着くと、オルティアがすぐさま尋ねてきた。
あまりにも予想外だったのだろう。
「いや、将来必要になるかと思ってさ……」
「私がいるのに?」
「ほら、赤ちゃんができたらさ……」
「は……?」
クリスの言葉に思わずオルティアの思考が止まる。
なんか突拍子もない単語が出てきたような……。
赤ちゃん……?
「よく、つわりとか授乳で家事どころじゃなくなるって言うだろ?」
「あ、あぁ……うん、まぁ……言うわね」
「そん時、役に立つかと思ってさ」
「じゃあ……ひょっとして、私の為……?」
「だって、一人で全部は大変だろ」
「う、うん……」
オルティアの頬がだんだんと赤く染まる。
平然と、それでいて爽やかな顔で言われ、オルティアの方が照れてしまったのだ。
「あ、あの……それじゃ……お願いします?」
「おう!」
※
「しかし……なんでオルティアが今さら料理なんかと思ったら、ケーキが目的だったんだな」
放課後。
二人並んで歩きながらクリスが思い出したように呟いた。
取りあえずという事で、今日はオルティアと同じコースに参加したら、それはケーキ作りのコースだったのだ。
「ケーキってほら、作っても一人じゃ食べきれないでしょ?だから敬遠してたのよね。でも今は食べてくれる人がいるから」
「で、サプライズか」
「うん。バレちゃったけどね」
そう言ってにっこり笑う。
クリスの驚く顔が見れなかったのは残念だが、クラブ活動までクリスと一緒の時間を過ごせるのは、それはそれで嬉しいオルティアだった。
「今日はチョコケーキだったけど、今度はイチゴとかのフルーツ系にチャレンジするらしいから期待してて」
「あぁ。楽しみにしてるよ。 ところでオルティア……」
「なーに?」
「あそこでにこやかな顔してこっちを見てる人……知り合い?」
「え……? って、パパ!?」
クリスの指差す先、マンションの入口を見てオルティアが驚きの声をあげた。
いつも仕事で忙しい筈の父親が軽く手を振っていたのだ。
「やぁ、元気そうだね」
「いったいどうしたの?」
「そりゃあ、娘から「好きな人できちゃった。 いま一緒に住んでる」 なんてメール貰ったら、父親としては気になってしょうがないだろう?」
「あっ!? そ、そうか。そうよね。えーと……じゃあ、さっそく!彼が……」
「まぁ、落ち着きなさいオルティア。取りあえず立ち話もなんだ。自己紹介は中に入ってからにしよう」
そう言って慌てるオルティアを見て可笑しそうに笑う父親だった。
「パパ、今日はご飯食べてけるの?」
「いや、この後社に戻るからお茶だけでいいよ」
オルティアにそう断ってから父親がテーブルの向こう、クリスをスッと見た。
父親としては当然だが、相手を見極める為に少々視線は厳しい。
「さて、君がオルティアの彼氏でいいのかな?」
「はい。挨拶が遅れてすみません。ツインズマールから来ました、クリステル・ロンドと言います」
「私がオルティアの父、タイラー・リースだ……うん? ロンド? ツインズマール? ひょっとして君は……」
「本物よ。クリスのお父さんはあのシングレア・ロンド。ASは月白。私、第二世代なんて初めて見たわ」
「驚いた……どこの馬の骨とも分からない輩だったら追い出す気でいたのだが……これでは文句の付けようがない」
「ふふん、気に入ってくれて良かったわ」
オルティアがカップに紅茶を注ぎながら微笑んだ。
持ち帰ったチョコケーキをテーブルに並べ、そのままクリスの横に腰掛ける。
「気に入るもなにも……入校二日目ってのは些か驚いたがね。どんな出会いだったんだい?」
「模擬戦したのよ。それで完敗」
「オルティアが?」
「そ。まったく歯が立たないとはあの事ね」
「そうか? 互角だったと思うけど」
「そう思ってるのはクリスだけよ。私はいっぱいいっぱいだったわ。それでその時、私ヘマしちゃってちょっと怪我したの。怪我っていっても大した事なかったんだけど、でもクリスがすごい心配してくれて……それで、そのあと打ち解けて……話してみると、すごく楽しくて……それに、勝ってもそれを全然鼻に掛けないのよ? それでその……好きになっちゃった」
「ふふ、幸せそうでなによりだよ」
「えへへ」
「クリスくん」
「はい」
「オルティアと一緒に住んでるって事は、結婚を前提とした付き合い……と解釈していいのかな?」
「はい。卒業したら結婚を申し込むつもりです」
「うむ。それを聞いて安心した。君は誠実そうだ、その言葉に偽りはあるまい。なら一つクリスくんに打ち明けよう」
「はい」
「オルティアは……実は前妻の子でね」
「え……?」
「いや、離婚とかではなく、小さい頃に亡くなったんだ。私達は全然気にしていないのだが、オルティアは新しい妻と弟に気を使ってね。早く独り立ちしたかったんだろう。トリニティ・クラウンに入ったのもそういう事さ」
「そうだったんですか……」
それで納得がいった。
クリスと同い年なのにしっかりしている訳だった。
「そんな娘だから、私はオルティアの幸せを第一に考えたい。だからクリスくん……オルティアが望むなら……オルティアを幸せにしてくれるのなら、ツインズマールに連れてくなりなんなりしてくれて結構だよ」
そう言って父親はクリスを静かに見つめた。
娘を本当に幸せにしてくれる男かどうか見極めているのだ。
それが分かるからクリスも父親から目を逸らさなかった。そして、
「……ツインズマールに帰るかどうかはまだ決めてませんが……でも、オルティアは必ず幸せにしてみせます」
穏やかな顔で堂々と宣言した。
それを受けて父親の顔にも笑顔が溢れる。
「ふふ、頼むよ」
「はい」
「さて……聞きたい事も聞けたし、言いたい事も言った。邪魔者はこの辺りで退散しようかな」
そう言って席を立つ父親。
紅茶は口にしたが、ケーキには手を付けていなかった。
出されたケーキが二つだったので遠慮したのだろう。
そんな優しさを持った父親だった。
「もう……邪魔じゃないわよ」
「はは、ごめんごめん。 それよりオルティア、たまには家に帰っておいで」
「うん。今度クリスとお邪魔する」
「楽しみにしてるよ。ではクリスくん、また」
「はい」
「見送りは不要だよ。じゃあ」
「うん。バイバイ、パパ!」
パタン。
「……いい人だな」
扉が閉まると自然とそんな感想が口をでた。
「うん。私の自慢のパパ……」
そう言ってクリスの腕に抱きつく。
父親を誉められたのが何より嬉しかったのだ。
「それよりその……」
「うん?」
「結婚って……」
オルティアが真面目な顔でクリスを見つめた。
結婚なんて初耳だったのだ。
「あぁ、なんかごめん。オルティアに言う前に言っちゃって。でも本当だ。俺……もうオルティア以外は考えられないくらい好きになっちゃったんだ。だから結婚して欲しいんだけど……ダメかな?」
「……ううん、 全然ダメじゃない!」
オルティアが巻き付けた腕に力を込めた。
クリスの肩にそっと頭を預ける。
目には溢れそうな涙をいっぱい貯めて。
今までの感じからクリスも結婚を意識してくれているのは分かっていたが、はっきりクリスの口から結婚して欲しいと言われて感情が溢れだしたのだ。
「まぁ……さっきも言ったけど、卒業してからの話しだけどな」
「うん……」
「そうなると……あっちにも一言言っとくか」
「あっち……?」
オルティアが涙を拭いながら首を傾げる。
「実家だよ。オルティア、電話借りても?」
「う、うん」
オルティアの頭をポンと叩き、クリスがモニターに歩み寄った。
受話器を持ち上げ、市外電話をかけるべく交換局の番号をタッチする。
『はい、交換局です。どちらにお繋ぎしますか?』
「ツインズマールをお願いします。番号は……」
実家に電話するのだから当たり前だが、淡々とした口調で話すクリスをオルティアはドキドキした気持ちで見守った。
〈ご、ご両親に挨拶かぁ……って、制服じゃない! と言うかこんな顔で!?(ぐちゃぐちゃな涙顔)〉
「クリス! ちょっと待っ……」
「あ、姉さん?」
「遅かったぁ!!」
慌てて洗面所に駆け込み顔を洗う。
制服の乱れたところがないかチェックし、ついでにブラシを入れてニコッと笑顔。
「よし!」
これで準備万端。だが、
「じゃあ、父さんも母さんもいないんだ?」
そんな声がリビングから聞こえてきた。
『きーくんとえっちゃん (弟と妹)連れて買い物に行ってます。もうちょいしたら帰ってくるんじゃないですかね?』
「じゃあ、いっか。また後で電話するよ」
『ナニか火急な用なら、私がひとっ走り行ってきますよ?』
「いや、後で大丈夫。……でもそうだな、姉さんにだけ伝えとくわ」
『ナンです? 』
「俺、彼女できた。卒業したら結婚するから」
『ナンですとぉーーーーーーおッ!? 』
「姉さん、近い近い」
『ちょっとクリスくん! ナニがナニしてどうナニってるのか詳しく!!』
「ごめん。電話代嵩むから、また後で」
『のぉーーーーーーッ!! そんな蛇の生菓子みたいな事言わな……』
ガチャン!
「今の……例のお姉さんよね?〈生菓子……?〉」
「あぁ」
「てっきり……シャーリーみたいにお淑やかな人だと思ってたんだけど……面白いな人ね(←精一杯の遠回し表現)」
「言ったろ、明るいって」
「そういう意味だったのね」
オルティアが苦笑いを浮かべる。
ちょっと想像と違うかな?
とクリスの姉の評価を下方修正するオルティアだった。
※
そして翌日。
「「おぉ!?」」
練兵場にクラス男子のどよめく声が響き渡った。何故なら、
「お、オルティア……やっぱりこれは、少々大胆なのでは?」
「諦めて、シャーリー……あれは誉めてくれてるのよ……そう、思いましょ……」
オルティアとシャーリーが、例のASスーツをお披露目したのだった。
「クリス! お前、分かってんな!」
「言っとくけど、俺の趣味じゃないからな?」
誤解のないよう一言釘を刺すクリスだった。