3、パイプ・ラン・トライアル
トリニティー・クラウンはスクールとは言えヴィンランド軍所属だ。
だから校舎もコックスベース内にあり、練兵場やアリーナ、グラウンド等の施設を使用する。
また訓練機器も許可さえもらえば利用が可能だ。
そして食事に関しても軍の格安食堂を使う事が出来る。
そんなコックスベース内にある兵士食堂。
クリスとオルティアは午後からのパイプ・ラン・トライアルに備え、軽めの食事(菓子パン一個とドリンク)をトレーに乗せて会計待ちをしているところだった。
「俺……オルティアと付き合えて良かったって、今しみじみ思うよ……」
「どうしたの、突然?」
「いや……今朝、朝飯を腹一杯食ってきたからこんな(昼飯のこと)でも持つけどさ……もし昨日あのまま帰ってたら、俺たぶんぶっ倒れてたわ……」
「倒れるって……クリス、こっちに来てからどんな食生活送ってたのよ?」
「朝はシリアルで、夜はコンビニ」
「はぁ!? なにそれ?」
「いや、一応栄養のバランスは考えてるぞ?ちゃんとシリアルに牛乳かけるし、野菜ジュースも飲んで……」
「…………(じと目)」
「えーと……オルティア?…… ひょっとして、怒ってる?」
「……別に怒ってないわよ。ちょっと呆れただけ。もっと身体を大事にしてとか言いたい事はいっぱいあるけど……まぁ、いいわ。もうクリスにそんな思いはさせないもん。私がいるから」
そう言って、不機嫌な顔から一転、にっこり笑うオルティアだった。
「お、来たな。 クリス!オルティア!こっちだこっち!!」
トレーを持って空いてる席を探していると、アレックスが声を掛けてくれた。
その前の席にはシャーリーもいる。
「助かったよ、中々席が空いてなくて……昼飯難民になるとこだった」
「はは、完全に出遅れたからな。しかしずいぶん遅くまで教官にこき使われてたな」
「俺達はまだいいよ、教官は昼飯食う暇ないんじゃないか?」
「そりゃ大変だ」
「それよりシャーリー、検査の方はどうだったんだ?」
「えぇ、特に異常はありませんでした」
「そうか、良かった」
「ふふっ……ご心配おかけしました。それよりオルティア」
「な、なによ?」
パンを一口噛ったところで突然シャーリーに声をかけられ、オルティアがサッと身構える。
完全に警戒態勢だった。
「こうやって一つのテーブルでご飯食べるなんて初めてですね。これから一年間、同じチームとしてやっていく訳ですし、よろしくお願いしますね」
「そうだな。一つよろしく頼むわ」
「う、うん……」
「オルティア……?」
「べ、別に嫌って訳じゃないの! 面識も一応、昔からあるし……ガルティエの奴と違って意地悪しないし……仲間としちゃ、頼りになるって分かってはいるんだけど……」
そう言って拗ねたように視線を逸らすオルティア。
なんだかそんな仕草が、拾ってきた子猫みたいで可愛いい。
「オルティアって、やっぱ猫だな」
「猫……?」
「打ち解ければいい顔で笑うのに、なかなか警戒を解かないところがさ……」
「そ、そんな子供じゃないわよ!」
「そうか?」
「そうよ!あぁ、もう…… 分かったわよ、よろしく!」
「おう!」
「よろしくね」
バッと差し出した手を取ってアレックスが、続けてシャーリーが握手をかわす。
これでもう問題ないだろ。
「ところでアレックス……パイプ・ラン・トライアルって何だ?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「あぁ」
「パイプ・ラン・トライアルっていうのは、直径10メートルほどのパイプで出来たコースをASでいかに速く周回するかっていう競技です」
「パイプの中?」
「まぁ、全部が全部パイプの中って訳じゃないけどな。まず観客席の前からカタパルトでスタートするんだが、そこは地上だ。約百メートルほどの直線を進んで第一コーナーを曲がるとパイプがある。そこからはしばらくパイプの中だ。コースは上下左右に曲がりながらコークスクリューコースにに突入し、360度の垂直ループを経て地上に出る。そっから一気に上昇して鉄塔の天辺にあるポールを越えたら急降下だ。再びパイプを通って最終コーナーを曲がり、観客席の前でゴールって寸法さ」
「パイプの中か……暗くて視界は悪そうだな」
「いえ、パイプは特殊強化ガラスですので光を通します」
「競技つったろ?観客から見えるようになってんのさ。普段は二人から六人で殴る蹴るの妨害あり。結構熱いぜ?」
「なるほど、それでこの食事か」
「腹一杯食うと結構来るからな。キングバルト軍ではこういう訓練は無かったのか?」
「二人組で銃を撃ち合いながら木々を避けて森の中を突っ切るってタイムトライアルはあったな」
「それはそれでレベルが高そうですね」
「オルティアはこれ、得意だったよな?」
「まぁ、そこそこね。シャーリーほどじゃないけど」
「へぇ、シャーリーは得意なのか?」
「はい」
「お嬢は速いぜ、クリス」
「自慢じゃありませんが、今回、コースレコードを狙っています。見ててくださいね、クリスさん」
「あぁ、いろいろ参考にさせて貰うよ」
※
オルティアに案内された観客席からコースを見渡してクリスが呆気に取られる。
ヴィンランド城壁外の整備された公園の一角に、パイプ・ラン・トライアルのサーキットはあった。
「なぁ、オルティア……あれは?」
クリスが指を差しながらオルティアに尋ねる。
観客席から見てスタート地点の向こうに、タイムの表示された電光掲示板があったのだ。
「左の下三つは今日のタイムのトップスリーじゃない?で、一番上のがコースレコードかな。右側はこれから競技する人のタイムが表示されるんだと思うけど」
「なるほど」
今日の午前中に行ったB組のハイスコアが2分08秒01、そして歴代トリニティー・クラウンのコースレコードが2分01秒92だという訳だ。
『わぁあああーーーッ!!』
『かませよ、ハートランド!』
『コンラットさん、がんばってー!』
「あ、見てクリス!シャーリーとアレックスが出て来たわ」
オルティアが指差す先、生徒達の声援を浴びて二人のASがカタパルトに跨がった。
足を開いてスタートの体勢を取る。
ブザーが鳴り響く中、赤いシグナルが一つづつ消えていき、やがて青に変わった。
直後、二人のASが一気に押し出され、コース内へと進入する。
「シャーリーがスタートダッシュ決めた!」
オルティアが叫ぶ。
さすが空中戦重視の遠距離特化機体。
アレックスをスーッと引き離してシャーリーがぐんぐん加速していく。
そのまま第一コーナーを曲がり、シャーリーの機体がパイプ内に突入した。
決して広くはないパイプの中を、シャーリーは右に左に機体を傾けながら華麗にコーナーを曲がっていく。
ヘアピンを曲がり、地下に潜ったパイプが観客席の直ぐ脇を通過して目の前のコースと交差、その向こうの地面から顔を出し、そのままコークスクリューへと繋がる。
『すっげー!』
『コースレコード出るんじゃねぇか!?』
生徒達が叫ぶ中、シャーリーの機体が垂直ループから飛び出した。
ポールの設置された鉄塔の先にはカメラがあるのだろう。
大型モニターには急接近するシャーリーが映し出されている。
機体を捻りながらシャーリーがポールをクリアする。
そのまま今度は重力に引かれるように急下降。
自信があると言うだけあって、シャーリーの機体コントロールは完璧だった。そして、
『おっしぃー!?』
表示されたタイムを見て、A組生徒達からため息が漏れた。
コースレコードにコンマ3秒届かなかったのだ。
「すご……シャーリー言うだけあるわ……」
素直にすごいと感心したオルティアがポツリと呟く。
因みにアレックスはシャーリーに遅れること5秒差でゴールしていた。
それでも今日のワン・ツータイムだ。
A組の面目躍如といったところだろう。
そんな中、
「どうしたの、クリス? さっきから黙っちゃって……」
何か気になることでもあるのか、クリスが腕組してコースをじっと睨んでいた。
「オルティア……?」
「なーに?」
「これってさ……競技の時は二人から六人って言ってたけど、今はタイムを測るだけだよな?」
「そうね」
「何でわざわざ二人組なんだろう?」
「さぁ? 時間の関係じゃない?」
「一人に三分かけても一時間半掛からないのに?」
「そう言えばそうね……なんでだろ?」
「因みに今回のテストって妨害ありなのか?」
「うーん、特にありとも無しとも言われてないけど……でも、能力テストで邪魔するバカなんていないわよ?」
「…………」
「どうしたの? なにか気になるの?」
「いや、妨害ありでも無しでもいいならさ……」
「いいなら?」
「協力も……ありなんじゃないか?」
「がんばってくださいね、オルティア!」
「クリス、ヘマすんなよ!」
「任せろ。コースレコード叩き出してやる」
「同じく!」
「「は……?」」
シャーリーとアレックスが顔を見合わせる。
冗談にしては、二人とも妙に真剣な顔つきだったのだ。
〈協力ありね……なるほど〉
生徒達の歓声を背にカタパルトに跨がったオルティアがふっと笑う。
完全に盲点だった。
たぶん、これはツーマンセルでの連携も試されてるんだ。
ツーマンセルでの連携?
そうだ、だから……。
隣をチラリと見ると、クリスがにやりと笑った。
それに笑顔で頷き返す。
勇気と自信が湧いてくる。
〈クリスとならなんだって出来る!それを見せてやるわ!!〉
ブーーーッ!とブザーが鳴り、赤いシグナルが三つ点灯した。
それに合わせて左右に足を開く。
下から競り上がってきた取っ手を掴んでオルティアが真剣な表情で前方を見据える。
三つある赤いシグナルがブザーとともに一つづつ消えていき、全部消えた直後、青いシグナルが点灯した。
足の裏全体に強い圧迫を感じ、身体全体が前方へと押し出される。
カタパルトから射出される。
『スタートした!』
『リースさんが前だけど、ロンドくんも遅れてない!』
一気に加速したオルティアの水色の機体にクリスの白い月白が追従する。
もう少しで接触するほどの近さだ。
「クリスの奴、ずいぶんピッタリ付けてんな」
「オルティアがちょっとでもフラついたら接触しそうね。大丈夫かしら?」
アレックスとシャーリーの心配を他所に二人の機体が第一コーナーに差し掛かる。
速度も落とさず高速で曲がっていく。
「あっ!? オルティアがアウトに!? 」
「違う……スイッチだ!!」
「スイッチ……?」
「見ろ、お嬢!前に出たクリスの後にオルティアがピッタリ付けた。スリップストリームだ!!」
「まさか……二人で協力を?」
機体を左右に傾けて月白が次々とコーナーをクリアしていく。
まるで連結されているかのようにオルティアの機体がそれに続く。
ヘアピンカーブを曲がり、直線に差し掛かると再びオルティアが前に出た。
観客席の真横を猛スピードで突き抜けていく。
「速い!!」
「お嬢のタイムに全く引けを取ってねぇ!!」
「はっや!? なにこれ、これでコークスクリュー行けと!? 」
今まで体験した事もないスピードにオルティアがビビる。
「落ち着け、オルティア!今の速度を維持すればいい!」
「わ、分かってる!!」
叫び返すと同時にコースがコークスクリューに差し掛かった。
一回転……二回転……三回転!
うまく機体を操作してなんとかクリアする。
だがホッと安堵したのも束の間、コースは垂直ループへと突入した。
パイプの向こうに空が見える。
急上昇からの宙返り……今度は地面が急接近する。
恐怖で速度を落としそうになるのを気合いで圧し殺しながら機体を引き起こすと、目の前に青空が広がった。パイプを抜けたのだ。
「しまッ……!?」
一瞬、太陽に目が奪われた。
その一瞬の隙にクリスの月白が直ぐ脇を通過する。
スリップストリームに入る予定が一拍加速が遅れる。
〈やば!? クリスが……行っちゃう……〉
「オルティアッ!!」
「ーーーッ!?」
絶望しかけたその時、オルティアの目の前にクリスの右手がサッと差し出された。
その手を慌てて掴む。
二人のASが一体となって上昇していく。
〈あは……皆見てるのに、クリスと手、繋いじゃった……〉
競技中だと言うのも忘れ思わずそんな事を考えるほど、さっきまでの緊張感はどこかへと消えてしまった。
クリスと手を繋ぐだけで、安心感が胸を満たす。
上空のポールを通過し、機体を捻って今度は急降下する。
もう怖くもなんともない。
私はただ、黙ってクリスに付いていけばいいんだ。
「最後だ!行くぞ、オルティア!」
「任せて!!」
二人が再びパイプに突入する。
緩やかなカーブを二つ、三つと抜け、最終コーナーを曲がる。
クリスがスッとコースを開けた。
スリップストリームから抜け出したオルティアがクリスに並ぶ。
アレックスやシャーリー、他の生徒や教官までもが固唾を飲んで見守る中、二人のASが横一線になってゴールする。
「タイムは!?」
「い、1分58秒32!!」
『うぉおおおーーーーーーッ!!!』
「はは……なんて奴等だ……コースレコードを3秒以上縮めやがった……」
教官が張り付けたような笑顔を浮かべる。
信じられんといった顔だった。
「やったぜオルティア!!」
「いぇい!!」
コースから外れ、スタート地点に戻ってきた二人が電光掲示板を見た瞬間、満面の笑顔でハイタッチをかわした。
観客席からは、二人に向けた称賛の拍手と歓声がいつまでも続いていた。
※
「お、お嬢……せせ、選択コースはどど、どこに、ぷっ……すす、すんだ……?」
「わ、私は、や、やっぱり、マニューバここ……コースを……ふっ……」
「ふ、ファイティングじゃ……ぷふっ……なくて?」
「せっかく……ですので……ちょ、ちょちょ、長所をのば、伸ば……伸ば…………」
「お、お嬢……がんばれ……」
「も、もうダメですーーーーーーッ!!」
「なんだよ!俺、せっかく我慢してたのに!だはははははッ!!」
「お前等!いい加減にしろよ!!」
「そ、そうよ!そんなにお腹抱えて笑う事ないでしょ!!」
「「あはははははははは………………!!」」
クリスとオルティアが大声でツッコむと、堰を切ったようにクラス中が笑いに包まれた。
皆、必死に笑いを堪えていたらしい。
「ど、どーしたんだ二人とも? カリカリして……」
「も、もういいだろ! 」
「だ、誰でも得手不得手があるのよ!笑うな!!」
パイプ・ラン・トライアルで圧倒的なタイムを叩き出し、一躍トリニティー・クラウン中に名を知らしめたクリスとオルティアの二人が、なんと最後のシューティングテストでは揃ってクラス最下位だったのだ。
「で、でもオルティアはともかく……」
「どーゆー意味よ!」
「クリスさんにも欠点があったんですね」
「……ちょっと苦手なだけだ」
「ちょっとってレベルじゃねぇだろ。お前等、空中戦はどーすんだよ」
「近付いてフルオートだ」
「そうよ。当たらなければ当たる距離まで近付けばいいのよ」
「でも、敵が近づかないよう距離を取り続けたらどうするんです?」
「そんなの5、6発喰らうの覚悟で突っ込めばいい」
「そうそう。ちょっとくらい喰らったって、最後にドカンと咬ませば勝ちよ!」
「お前等、ほんと似た者同士だな……」
アレックスとシャーリーが半ば呆れながら笑う。
「そら、全員席に付け!ホームルームを始めるぞ!」
そこに扉を開けて教官が入室してきた。
皆が慌てて着席する。
「皆、今日はご苦労だった。今週はこれで終わりだが、来週から格闘、操縦、射撃の選択コースが始まる。各自、今日の結果を参考に良く考え、どこを受講するか決めるように。一度決定すると変更は出来ないから、そのつもりでな」
「「はい!」」
「……まぁ、約二名は選択の余地はないだろうがな(笑)」
クスクス……。
「以上だ、解散!」
「クリス、帰りにちょっと付き合わねぇか?」
「あ、ごめん。今日はオルティアと約束あるんだ」
「約束?」
「ああ、ちょっといろいろとな……」
「……ふーん」
「クリス、お待たせ!帰ろ」
「あぁ。悪いなアレックス、じゃあ」
「またね~!」
「お、おう! また来週な……」
楽しそうに笑いながら立ち去る二人に軽く片手を上げて別れを告げる。
そんな二人をアレックスは珍しげな目で眺めていた。
駆け寄ったオルティアとは肩が触れ合うほどの近さだったのだ。
〈あいつ等、昨日の今日でずいぶん仲良しだな……〉
そんな事を考えながら椅子に腰掛け……、
「クリス、ご飯なに食べたい?」
「ハンバーグ作れる?」
「もち!」
「じゃあ、それで」
「ちょっと待てぇーーーーーーッ!!」
たところで、突然叫び声をあげて立ち上がった。
そのあまりの剣幕に教室中がしーんと静まりかえる。
「ど、どうしたのよ……?」
「どうしたのよじゃねぇ!お、お前等ひょっとして、一緒に住んでんのか?」
「ああ」
「「ええええええーーーーーーーーーッ!?」」
「な、なんだ!?」
クリスの一言で静まり反った状況から一変、今度はクラス中が騒然となる。
「なんだじゃねぇ! これが普通の反応だ!! お前等の方がなん……」
「お退きなさいッ!!」
「あだぁ!?」
あ、アレックスが吹っ飛んだ。
「く、クリスさん!いい、一緒にって、一緒にって……それはどど、同棲では……?」
「うーん……ルームシェアかな?」
「ルームシェアよ」
「おんなじ事ですわーーーッ!!」
シャーリーが掴み掛かるような勢いで突然叫んだ。ちょっと怖い。
「え? なんで? なんでですの? お二人は昨日!初めて!知り合ったんですよね?」
「まぁ……」
「い、いったい昨日一日でなにがあったんですか!」
「えーと……いろいろ?」
「いろいろ!? いろいろっていったいなんですのぉーーーッ!?」
「ちょ、ちょっとシャーリー落ち着いて……」
「これが落ち着いていられますか!オルティア!!」
「は、はい!?」
「いいですか? ちゃんと私の目を見て答えてください!」
「う、うん……」
「クリスさんとは……何もないんですよね?」
「……え?」
「ないんですよね?」
「 …………」
「なんでにやけながら目を逸らすんですのぉーーーーーーッ!! 」
なんかシャーリーが涙を流しながらオルティアの肩をがっくんがっくん揺さぶっていた。
「クリスさん!!」
「な、なんだ?」
「クリスさんはオルティアの事を、どど、どう思ってるんです!?」
「どうって……好きだぞ」
「はぅ!?」
ポッ!!
あまりの直球発言にシャーリーが崩れ落ち、オルティアの頬が真っ赤に染まった。
クラス皆の前ではっきり好きだと言われ、さすがに照れたのだ。
「お前……意外と度胸あるのな」
「だって、こういうのははっきり言った方がいいだろ」
「ま、そうだけどよ……」
クリスから視線を外したアレックスが周りを見渡す。
今の一言でシャーリーだけでなく、クラスの女子の半数以上が机に突っ伏したり崩れ落ちたり茫然自失していた。
入校二日目で、これだけの女子の夢と希望を無惨にも打ち砕いた訳だ。
「ま、負けませんわ……負けませんわ!」
「あ、お嬢が復活した」
「聞けばツインズマールでは一夫多妻が許されるとか?なら私はツインズマールに籍を移します!そしてクリスさんの二人目の妻として……」
「な、なに勝手なこと言ってんのよ!クリスは私の物よ!」
「ずるいですわ!私にもクリスさんの種を!」
「種とか言うな!?」
なんか、乱心したシャーリーがオルティアに喰ってかかっていた。
まだそこまでシャーリーの事を詳しく知ってる訳ではないが、それでもさっきまでのシャーリーからは想像もできない取り乱しようだった。
「あーあ……ああなったお嬢は手に負えないぜ? 前途多難だな、クリス」
「それはアレックスだろ?」
「俺……?」
「お前の惚れた女って、シャーリーのことだろ?」
「あれ? 分かっちゃった?」
「なんとなくな」
別に隠すつもりもないのだろう。
アレックスは素直に肯定し、ついで慈しみを込めた目でシャーリーを見た。
それはまるで兄妹に向けるような優しい笑顔だった。
「俺の見た限り、シャーリーもアレックスを嫌ってるとは……」
「……俺はダメなんだよ」
「なにが?」
「俺の家とお嬢の家じゃ格が違うのさ。それはお嬢も分かってる。だから俺の事は極力意識しないようにしてんだ」
そう言うアレックスの顔がふっと寂しそうな表情に変わった。
クリスには分からないが、きっとそれはどうしようもない事なのだろう。
「お嬢な、卒業までに相手を見つけないと、爺さんに結婚させられるんだぜ?」
「結婚!?」
「それも見たこともない相手とだ。下手すりゃ十も二十も上の相手かも知れねぇ。だからあんなに焦ってんのさ。せめて結婚相手くらいは自分で決めたいってな」
「アレックスはそれでいいのか?」
「仕方ねぇよ。だからお前さんになら託せるかなって思ってたんだけど……まさか、もうオルティアとデキてるとは思わなかったわ」
世の中、ホント上手くいかねぇな。
そんな顔でアレックスが可笑しそうにくくっと笑った。
「アレックス」
「なんだ?」
「好きなら他人任せにしてないで、自分で幸せにしてやれよ。 俺ならそうする」
クリスの一言にアレックスが言葉に詰まった。
正論だが……いや、正論だからこそ、よけいに堪えたのだろう。
アレックスがクリスから逃れるように視線を逸らす。
そしてポツリと呟いた。
「お前は強いな……」
「家系かな? 家はあんまりウジウジ悩まないんだ。それに意外となんとかなるもんだぜ?俺はそう思う」
「そうか?」
「そうだよ。それに……」
「それに?」
「もしお爺さんが許してくれなかったら、二人でツインズマールに駆け落ちして来いよ。きっと父さんは……キングバルト軍は歓迎するから」
「はは、いいなそれ……」
アレックスが乾いた笑みを浮かべる。
クリスの好意はありがたいが、実際問題として難しいだろうな。
そんな諦めた顔が見え隠れしていた。