2、二対一の模擬戦
「じゃあ、ヴィンランドでもあれだけ強いのはオルティアだけなのか?」
「そうよ」
翌朝。
二人一緒に登校しながらクリスが尋ねると、オルティアがふふんと胸を張りながら自慢気に答えた。
こと近接戦にかけては同期の中ではトップ。
ASの操縦技術に関しても間違いなくオルティアはトップクラスだった。
因みに、巷では『リース家のアイアン・メイデン』とか『ヒステリック・キャット』と異名で呼ばれているのは黙っておく。
「なら来て早々にオルティアと出合えた俺は幸せ者だったんだな」
「そ、そうね……」
なんだか運命の出逢いっぽく言われてオルティアの頬がほんのり紅く染まる。
肌を重ねたあとだと尚更だった。
「じゃあ、遠距離含めた空中戦だとどうなんだ?」
「それだと私よりちょっとだけ強いのがいるわね……」
ちょっとだけ……と言うあたり、どうしても負けたくない相手なのだろう。オルティアのプライドが垣間見えた。
「そいつって、いっつもちょこまか逃げながらチマチマ撃ってくるの。そんで近かれたら防御はオートシールドに任せて逃げの算段打つのよ。ホントいけ好かない奴」
よほど馬が合わないのだろう。オルティアが忌々しそうな表情を浮かべた。
「因みになんてやつだ?」
「……シャーリーよ」
「シャーリーって、一班の?」
「そ。軍閥の娘で、自分が一番だと勝手に思い込んでる奴よ。昨日だってクリスの事じっと睨んでたわよ?」
「そうなのか? 気づかなかった」
「あとアレックスの奴も要注意ね。近接もそこそこやるし、空中戦もそこそこ。要はオールラウンドね。それとC組のガルティエ……超ムカつく奴だけど、力だけはある。格闘も力任せだから隙だらけだけど。この二人も軍閥の息子よ。そのうち何だかんだ言ってぜったい絡んでくるから気をつけなさい」
「まぁ……強い奴とやれる分には構わないけどな」
「なに悠長なこと言ってんの!いい?絶対に負けちゃダメだからね!これから一年、二人で無敗記録作ってトリニティー・クラウンの歴史にクリスと私の名前を残す計画なんだから」
「お前……ずいぶんと大それた事考えてんのな……」
「大丈夫!私達最強だもん。二人でブイブイ言ってやりましょ!」
※
「今日は実技試験を行う。各自の今現在の技量を見せて貰うぞ。午前はツーマンセルでの模擬戦、午後は二人組でのパイプ・ラン・トライアルとシューティングテストだ。何か質問はあるか?」
「はい!」
「なんだ、コンラット」
「テストの前に一つ……今回のA組からC組のクラス分け、事前のデータから個人のレベルを考慮して振り分けしたと聞きましたが?」
「そうだ。レベルを合わせておかないと全体の質が落ちるからな。だからレベルが低いと判断した者は容赦なくB組の奴と入れ換える。そのつもりでいろ」
「それは構いません。むしろ切磋琢磨するにはその方が好都合と思います。ですが、それならA組の中でもそうするべきではないでしょうか?」
「……要は今のクラス分けが不服だと言うんだな?」
「はい」
「ふむ……まぁ、一理あるな。ロンド、ニ班の班長としてお前はどう考える?」
「互いに組んで連携するならレベルは合わせた方が確かに効果的です。でも俺達はまだ成長段階です。順位などただの目安ですし、対戦するなら相手は強い方が勉強になります。だから俺は今のままで構いません」
「ふむ……これまた一理あるな」
腕を組んで考えながら教官がシャーリーとクリスを交互に見た。
そしてにやりと笑う。
「よし、ならちょうどいい。模擬戦の一発目……コンラット、ハートランド組対、ロンド、リース組で戦え。互いの意見を通したければ力を示せ」
「ま、待ってください!」
それを聞いてオルティアが慌てて立ちあがった。
「なんだ、リース」
「じ、実は……昨日クリスと模擬戦をやった時、右手を痛めまして……」
「そうか、ならお前は大事を取って抜けろ。こんな事で悪化させる事はない」
「は、はい」
「よって、対戦はコンラット、ハートランド組対、ロンドの変則戦とする」
「ちょ、ちょっと待ってください!それじゃ……」
「黙れ!腕を痛めたのはお前の管理不行き届きだ。今後、二度とそんな事のないよう充分注意しろ!」
「は、はい……申し訳、ありません」
「皆にも言っておく、以後は処罰の対象とするからそのつもりでいろ。以上だ! 全員ASスーツに着替えて第三アリーナに集合だ!」
「クリス、ごめんなさい……」
教室を出てすぐ、オルティアが泣きそうな顔で呟いた。
まだ右手が少し痛むのは本当だった。
だからクリスの足を引っ張らないよう棄権して、対戦を個人戦に変えて貰おうと思ったのだが、それは完全に裏目にでてしまった。
今さらやっぱり出ますと言っても認めて貰えないだろう。
「心配するなって。なんとかするよ」
「でも二人とも専用機持ちよ?昔からASを与えられてて扱いには慣れてるし、何よりシャーリーがいて……」
「大丈夫だ! 二人で無敗記録作るんだろ?なら俺がこんなところで負けるか。お前が惚れた男の力を見せてやるから安心して見てろ!」
そう言ってクリスにポンと頭を叩かれ、オルティアが言葉を失う。
なんだか涙が出るほど嬉しかった。
「クリス……?」
「なんだ?」
「信じてるから……がんばって!」
「あぁ」
小走りで去っていくオルティアを見送ってクリスも更衣室へと歩き出す。
相手はオルティアも認める専用機持ちが二人。
口ではああいったが、言うほど簡単にはいかないだろう。
「まぁ、今さらジタバタしても始まらないしな。初見だし……油断してくれてればなんとかなるだろ……」
※
「お前が惚れた男の力を見せてやる……か。いいねぇ、俺も一回言ってみたいよ」
着替え始めてすぐ、そんな風に声を掛けられた。
振り向けば隣には当の対戦相手であるアレックス・ハートランドがいた。
「おっと!別にからかってる訳じゃないんだ。本気で言えるお前が羨ましいと思ったんだよ。俺も惚れた女がいるからな。本当だせ?」
人懐っこい笑顔で話しかけてくるアレックスについクリスの警戒も薄れる。
言葉の端々に嘘はないと感じたのだ。
それだけで別に仲良くなったつもりはないのだが、クリスが着替え終わってアリーナに歩き出すとアレックスが付いてきた。
「しっかし、あのアイアン・メイデンがねぇ……変われば変わるもんだ」
「アイアン・メイデン……?」
「オルティアの事だよ。あとヒステリック・キャットとか言われてんな。知らなかったか?」
「初耳だ」
「いつもツンケンしてるだろ?そのくせ腕は立つ。だから負けた奴等に影口叩かれてんのさ」
「ふっ……」
「なんだ、ウケたか?」
「いや、言い得て妙だなと……確かにオルティアは猫だな。慣れない相手にはいつまでも警戒を解かないし、そのくせ一度警戒を解くと妙に人懐っこい。子猫みたいなもんだ……って、なんだ?」
「いや、お前さん……まだ会って二日目だよな?なのにずいぶんとオルティアの事分かった風に言うから……」
「まぁ、色々あって……。ところで、お前達は……」
「ああ、アレックスでいいぜ。俺もオルティアに倣ってクリスって呼ぶから」
「そうか?じゃあ、アレックス。なんで俺はお前達に目の敵にされてるんだ?」
「目の敵……?」
「コンラットが俺の事をいつも睨んでるってオルティアが言ってた……」
「ああ、そう言う事か。はは、そりゃ誤解だ。お嬢は……って、シャーリーの事な。お嬢はクリスを睨んでるんじゃない。本当はクリスと仲良くしたいのさ。なのにオルティアの奴と一緒の班になるし、オルティアと仲良くしてるからな。ありゃ睨んでるんじゃなくて羨ましいがってるのさ。プライド高いから口には出さないけどな」
「そうなのか……?」
「今回の件だって、クリスと同じ班になりたい一心で言い出した事だぜ?俺はそう見てる」
「そうか? ならいいんだけど……オルティアはアレックスやコンラットの事をずいぶんと敵視してたから……」
「あぁ、そりゃまた別の話しだ。あいつはメーカー系の家柄だからな」
「メーカー系……?」
「クリス……お前さん、ほんとヴィンランドの事知らないんだな」
「田舎から来たんでな」
「ま、ツインズマールが田舎かどうかはさておき……ヴィンランドではASは権力の象徴なんだよ。ASを個人で所有してるってだけで家格が上がる。で、俺やお嬢は軍閥の家柄で、その伝でASを所有してる。対してオルティアの奴はAS関連のメーカーで、研究開発目的でASを所有してる。こっちにしてみたら大した手柄も無いのにAS所有しやがってと蔑み、あっちにしてみたら家柄だけで大した事もないのにASを所有してるって罵る。要は犬猿の仲なのさ」
「それでか……」
「だからクリスはどっちかってーと、こっち側だろ?何でオルティアの奴が仲良くしてんのか不思議なんだよな。なんかあった?」
「さぁな……ところでアレックス」
「なんだ?」
「コンラットがこっちをじっと睨んでるんだけど……?」
「やっべ、お嬢出し抜いて仲良くしてるから拗ねてるわ。じゃあな、クリス。模擬戦じゃ手加減しねぇから覚悟しとけよ!」
そう言って駆け去ったアレックスが身振り手振りでコンラットに弁明していた。
お嬢と呼んでたし、きっとコンラット家に頭が上がらないのだろう。
※
「おい、見学のリース!暇だろ、ちょっとこっち来て手伝え!」
「は、はい!」
オルティアがアリーナに足を踏み入れてすぐ、一番前の席に陣取った教官に名指しで呼ばれた。
どうやら採点する教官の補佐に任命されたらしい。
「俺は生徒を見るのに忙しい。お前はそこに座って俺があいつは誰だと聞いたら即座に答えろ。あと時間の計測も忘れるな」
「はい」
「よし、じゃあ始めるぞ。シャーリー・コンラット! アレックス・ハートランド! クリステル・ロンド! ASを起動して闘技場に入れ!」
教官の掛け声で三名がASを纏って闘技場へと入場する。
それをオルティアは祈るような気持ちで見つめていた。
「右手にトマホーク、左手にシールドのオーソドックススタイルか……確かオールラウンドタイプだって言ってたな……」
アレックスの赤いFⅢ型を一瞥してクリスが呟く。
二対一と言う事もあり、アレックスが前衛なのだろう。
〈膂力もありそうだけど、問題はあっちか……〉
視線を後ろに移すと、そこにはシャーリーが静かに佇んでいた。
鮮やかなエメラルドグリーンにカラーリングされたシャーリー専用のAS。
〈対AS用の狙撃銃に大型のスラスター、肩にはオートシールドか……オルティアの言うように、完全な遠距離特化だな……あの手が使えればいいけど……〉
真剣な顔つきで合図を待つクリス。
一方、
〈右手に短刀……いや、両手にブレードストッパーあるから左手も使うな。バリバリの近接特化じゃねぇか。クリスには気の毒だが相手が悪いな。こりゃ、お嬢一人でも楽勝か?〉
アレックスがほくそ笑む。
別に油断している訳ではないが、相性の問題だった。
おまけに二対一だ。
自分がクリスの足を止め、お嬢が隙を見て撃ち抜く。
それで終わりだ。クリスの勝ち目はない。
「では……始め!!」
教官の合図と共にクリスが一気に跳び出した。
シャーリーが援護射撃の出来ないよう、アレックスとの接戦に持ち込もうと言うのだろう。
「なめるな!一対一なら勝てると思ったか、クリス!!」
目の前でブーストターンを決めたクリスに向け、アレックスがトマホークを横凪ぎに払った。
相討ち覚悟。
自分も食らうが相手にもトマホークを叩き込む。
自分の鍛えられた肉体はそれでも耐える。そう確信しての戦術だった。だが、
「なにッ!?」
アレックスのトマホークが空を斬った。
ブーストターンでアレックスの脇に回り込んだ瞬間、クリスがくるんと空中宙返りをしたのだ。
トマホークをかわしたクリスが着地する。
そして両足でぐっと地面を踏み締め、伸び上がるように地を蹴ると同時に一気にスラスターを全開にした。
弾丸のように跳び出したクリスがシャーリーに肉薄する。
「こっち狙い!?」
シャーリーが慌てて身構えた。
前衛がいるのに、開始五秒で接敵されるとは思ってもいなかったのだ。
肩のオートシールドが反応し、クリスの攻撃を……、
「えッ……?」
シャーリーが唖然とした顔で固まった。
クリスを阻むように前方に展開したシールドが、何故か上方に向きを変えたのだ。
まるでクリスを迎え入れるかのように……。
シャーリーの視界の端をくるくると回りながら何かが過る。
〈短刀を、放って……?〉
シールドはそれに反応したのだ。
そう覚った時には、クリスに腕を掴まれていた。
「きゃあ!?」
一本背負い。
地面に叩きつけられたシャーリーが悲鳴を上げる。
落ちてきた短刀を右手でパッと掴みクリスがシャーリーの首もとに剣先押し当てる。更に、
「ま、参った……」
クリスの左手が光り、狙撃銃が現れた。
その銃口はクリスに斬り掛かろうとしたアレックスの胸元にピタリと当てられている。
当のシャーリーやアレックスはおろか、オルティアやアリーナで観戦していた他の生徒達が茫然とクリスを見つめる。
「勝負あり! それまで!!」
その静寂を破ったのは教官の勝利宣言だった。
※
「オルティアが一目置くほどだったから手加減出来なかった。大丈夫か?」
「え、えぇ……あっ……」
クリスに差し出された手を取って立ち上がったシャーリーの身体がフラリと揺れた。
「おっと……」
それをクリスが慌てて支える。そして、サッと抱き上げた。
「えぇ!? あ、あ……あのッ!?」
「軽い脳震盪だとは思うけど、医務室に行った方がいいな。悪かった、コンラット」
「い、いえ……それよりあの、シャーリーで結構ですので」
「分かった。なら俺はクリスで」
耳たぶまで真っ赤にしながらシャーリーが俯く。
それを見て驚いたのはオルティアだ。
客席から闘技場に飛び降りてふっ飛んで来た。
「ちょっとクリス! なな、なにやってんのよ!」
「いや、俺のせいで脳震盪起こしたみたいだから……」
「そんなの演技に決まってんでしょ! こら、シャーリー! いつまでクリスに抱きついてんのよ!!」
「いえ、私……本当に目眩が……(ひしっ!)」
「嘘おっしゃい! ちょっとアレックス! あんたんとこの班長でしょ! あんたが抱きかかえなさいよ!」
「あ、あぁ……そうだな。クリス、俺が変わるよ……」
「そうか?」
「いえ、もう平気です。治まりましたわ」
「お嬢……」
シャーリーを受け取ろうとアレックスが両手を差し出すと、それを避けるようにスルッとシャーリーが立ち上がった。
両手を差し出したままのアレックスがちょっと哀れ。
「おい、お前等! ちょっとこっち来い!」
そこに教官から声がかかった。
慌てて四人が駆け出す。
ちょっとはしゃぎ過ぎたか?と思ったのだ。
だが教官は別に怒ってはいなかった。
「ロンドに聞きたい」
「俺に……? なんですか?」
「正直、あまりに見事過ぎてコンラットとハートランドの評価ができん。お前の評価がS+だとして、二人の評価をお前に聞きたい。ついでにリースもだ。昨日、模擬戦やったんだろ?」
「俺の主観でいいんですか?」
「構わん」
「なら……オルティアは俺とまったく互角でした。だからS+。アレックスはSで、シャーリーはAです」
「リースは分かった。だがハートランドは剣すらかわしていない。何故Sなんだ?」
「アレックスの斬り込みをかわした時、正直ヒヤリとしました。ほんの少し跳ぶのが遅れてたらやられていたでしょう。それほどの斬撃でした。なのでS評価です」
「なるほど。で、コンラットは?」
「完全に意表を突かれたにも関わらず、俺に投げられる時、即座に反応して自ら跳んでました。受け身もしっかり取ってましたのでA評価で」
「ふむ……そう聞くと妥当な評価に聞こえるな。よし、そのまま採用しよう」
「はい」
「次に班編成の件だが……勝負はロンドの勝ちだ。よってこのままとする。いいな?」
「それなんですけど、教官……訓練は常にツーマンセルで小隊編成はないんですか?」
「いや、今後屋外訓練を行う時は小隊が基本となる」
「なら、これは俺の我が儘なんですけど、小隊での訓練時はシャーリーの言うようなチーム分けに出来ませんか?」
「クリスさんッ!!」
「ちょっと、クリス!?」
シャーリーが喜色を浮かべ、オルティアが不機嫌丸出しでクリスの腕に抱きついた。
なに言い出してんのよ!そんな顔だった。
「欲が出たか?」
「はい。実を言えばそうです。オルティアと組むだけでも楽しいんですけど、オールラウンドのアレックス、支援特化のシャーリー。この二人と俺達でチームを組めたら最高だろうなと思ってしまいました。……ダメでしょうか?」
はにかみながら尋ねるクリスを見て、思わず教官がふっと笑う。
ひどく惹かれる笑顔だったのだ。
「……お前にはそれを言うだけの権利があるな。いいだろう」
「ありがとうございます」
「よし、決まったところで次だ! ハートランドはコンラットを医務室に連れて行け。ロンドとリースは俺の横で補佐だ。 って、おい!聞いてるのか、コンラット! リース!!」
「「はは、はい!?」」
教官の怒声にオルティアとシャーリーが跳び上がって返事をした。
クリスに名指しでチームを組みたいと言われドヤ顔を浮かべるシャーリーに、クリスは私のだからね!と言わんばかりにクリスの腕に抱きつきながらオルティアが舌を出して威嚇していたのだ。
「まったく……お前等、頼むぞ? もう少しトップチームとしての自覚持ってくれよ……」
教官の呟きに、クリスとアレックスは苦笑いを浮かべるのだった。