10、エルアンジュ
10、エルアンジュ
夏。
それは身も心も開放的になる季節。
誰もがただ漠然とした期待に胸が高鳴り、ワクワクと心が踊る。それが夏。
肌を焼くジリジリとした太陽に心まで焼かれ、眩しさを堪えて顔を上げれば抜けるような青空が広がっていた。
その青空の下にはキラキラと輝く蒼い海と白い砂浜がどこまでも続き、砂浜から伸びた桟橋の先には夢のような水上コテージが……。
「海だーーーーーーッ!!」
「いえーーーーーーい!!」
その水上コテージへと続く桟橋をクリスとオルティアが大声で叫びながら駆けていく。
持っていた荷物をコテージに放り投げ、さっそくデッキから身を乗り出したオルティアが遠くを指差した。
「見て見て、クリス! バナナボートがある!!」
「そんなの後だぁ! そーれ、どっぱーーーッん!!」
「あッ!? ずるいよ、 私も私も! そーれ、どっぱーーーッん!!」
「あははははは!…………それそれ!!」
「きゃあ!? やったわねーーーッ! お返しよ!!」
「あははははははははッ!!」
「気ーー持ちいーーーいッ!!」
いつもとは打って変わってハイテンションなクリス。
Tシャツに透けた下着などお構い無しに水を掛け合うオルティア。
溢れる笑顔とキラキラと舞う水飛沫。
まさに夏本番。
「あいつ等、テンション高いな……」
「なんか、子供が二人に増えちゃったね……」
「呆れるのを通り越して、いっそ微笑ましいですね……」
そんな二人を見て、アレックス、パナ、ジャスミンの三人が苦笑いを浮かべていた。
※
ニ時間前。
「じゃあ、ここにサインお願いします」
基地に隣接するエルアンジュ新市街。
ゲートからも程近いレンタカー屋のカウンターに、借り入れの手続きをするアレックスとシャーリーの姿があった。
店の外にはクリスとオルティアが、そしてその足元には少し大きめの旅行バックがポンと置いてある。
十日間の海上訓練を終えたクリス達は、予定通り二日間の休暇を与えられたのだった。
その休暇を利用し、一行は一泊二日の小旅行を計画していた。
していたのだが……、
「ごめんね、クリス……ホントはホテルでもって思ってたんだけど……」
と、オルティアがすまなそうにクリスの顔を覗き込んだ。
実はクリス達……旅行を計画したのは良いのだが、肝心の宿が取れていなかったのだ。
風光明媚なエルアンジュとはいえ、元々は軍事拠点。
近年、観光地化したとはいえ、まだ宿泊施設は少なく、おまけに予約を担う窓口はヴィンランドや塩州にしかない。
それならと宿泊施設に直に連絡しようと試みたのだが、その連絡先すら分からないのが現状だった。
後は現地に行って宿を見つけ、直に交渉するしかない。
そう決めてとりあえずレンタカーを借りる為に四人はここへ来たのだった。
「しかたないよ。それに綺麗な海で泳げるんだ。日帰りでも俺は満足だよ」
そう言って笑うクリス。
満足だよと言いつつも残念そうな顔は隠しきれていない。
そんな時だった。
「あれ?オルティアじゃん」
パナとジャスミンが二人してレンタカー屋にやってきたのは。
「パナ!?」
「どったの?ドライブ?」
「うん。せっかくだから南海岸のビーチで泳ごうかと思って。パナ達も?」
「私等はその南海岸のコテージでご一泊」
「なんだってーーーッ!?」
「パナ! あんたコテージなんて良く取れたわね! どうやったの!?」
「し、知り合いが此方にいるから……って、二人とも……圧が凄いんだけど?」
パナが苦笑いを浮かべる。
オルティアだけでなく、いつも冷静なクリスまでもが鬼気迫る表情でパナの肩を掴んでいたのだ。
「それより、パナ! 教えて、そこの連絡先! 」
「連絡先?」
「俺達も泊まりたいんだ! 頼む!!」
「別に教えるのは構わないけど、この時期は予約でいっぱいだと思うよん?」
「うっ!? そ、そうか……? まぁ、そうだよな……やっぱり……」
現実を指摘され力なく項垂れるクリス。
そのあまりの落胆ぶりにパナとジャスミンが思わずオルティアの肩を引き寄せた。
「ちょっとちょっとオルティア……どうしちゃったのクリスくん」
「なんか、あからさまに落ち込んでるんですが……?」
「ほら、クリス山育ちだから……この休暇をすっごく楽しみにしてたよ。なのに宿が取れなくて……」
「それであの落ち込みよう?」
「なんか可愛そうになってきましたね。なんとかならないんですか、パナ?」
「うーん、なんとかって言われても……ジャスミンが良いなら一緒に泊まれなくもないけど……?」
「ホント!?」
「二つのベッドに女子が四人。男子はまぁ……ソファーかベンチ?」
「ふふ、良いじゃないですか楽しそうで。私は良いですよ」
「よし、決まりね! クリス!!」
「うん?」
「 パナ達が一緒に泊まっていいって! コテージよ、コテージ!!」
「うそ!マジでッ!?」
そう聞いた瞬間のクリスの顔……それはもうサプライズプレゼントを貰った時の子供そのものだった。
それを見てオルティアがふふっと笑う。
「はしゃいじゃってもう……ホント子供……」
「パナ、サンキューーーッ!!」
「きゃあ!?」
「ちょっとクリス! どさくさに紛れてなにやってんのよ!!」
余裕の大人顔から一転。
喜びの余りパナに抱きついたクリスの首根っこに、焼きもち全開のオルティアが負けじと抱きつくのだった。
※
そして、今。
「それより……本当にいいんですか? 私達までお邪魔しちゃって……」
三人が呆れながらクリスとオルティアを眺めるその横で、シャーリー一人が申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
パナの予約したコテージが予想以上に素敵でお高そうだったのだ。
「いーのいーの。ジャスミンも言ってたでしょ?みんないた方が楽しいんだから。そんな事よりほら、私達も着替えて遊ぼ!」
「だな。せっかくだ、あいつ等に負けないくらい楽しもうぜ!」
そう言ってパナが浮き輪を掲げ、アレックスがにっこり笑ってサムズアップする。
何だかんだで海を目の前にして、二人もウキウキ笑顔だった。
※
~さっそくバナナボート~
「頭と頭、ぶつけないように注意しろよーーーッ!」
「おう!」
「それじゃあ、行くぞーーーッ!」
「オッケー!」
オルティアの返事とともにアレックスが水上バイクのアクセルレバーを静かに引いた。
ロープがピンッ!と張り、バナナボートがグンッ!と加速する。
「お、思ったより早い~~~!! 」
オルティアがクリスの背中に抱きついた。想像以上に速かったのだ。
ASの出すスピードはこれより全然速いし、水上バイクの経験もあるオルティアだったが、これはまた別物だった。
何より自分の意思で速度や姿勢の制御ができないのが怖い。まるっきりアレックス任せなのだ。
「あはははは、これ面白!!」
「く、クリス……よく笑ってられきゃあ!? うそ!? ちょっと、アレックス、加速するなぁ! 速い速い、マジはやきゃあッ!? やだ、跳ねる、いやぁーーーーーーッ!!」
オルティアが悲鳴を上げながらクリスにヒシッ!としがみついた。
沖合いに出たアレックスが水上バイクをターンさせたのだ。
バナナボートが遠心力で振り回され、おまけに波を乗り越える時にポンポン跳ね上がる。そこに、
「ちょ!? パナぁ! 横切るなーーーーーッ!!」
オルティアの悲痛な叫びが響いた。
パナの乗った水上バイクがアレックスの前方を横切ったのだ。
うねる波を利用してアレックスの水上バイクがジャンプする。
遅れてバナナボートが波に突っ込む。
「うぉ!?」
「きゃあ!?」
舳先が上がり、身体ごと下から突き上げられた二人が海面へと放り出された。
身体能力が優れている上にライフジャケットを着けていたので大事には至らなかったが、オルティアは半泣きだった。
「うぅ……バナナボートがあんなに怖いなんて思わなかった……」
「あはは、次は大人しいのにしとくか」
「うん……」
そう言って力なく頷くオルティアだった。
~と言う訳で、スキューバダイビング~
〈綺麗なもんだな……〉
クリスが楽しげに海中を見回す。
小型潜水艇を使っての移動は楽だったが、自分の足でゆったり泳ぐのもいいものだった。
何より時間やゴールに束縛されないのがいい。
ただ呆然と景色を堪能し、飽きたら上がる。
自由気ままとはこのことだった。
そんなクリスの手をオルティアがくいっ!と引いた。
立ち止まるように上体を起こしたクリスがオルティアを振り返る。
するとオルティアがニコッと笑った。
白く細い指がマウスピースにちょんと触れる。
水中キスをしようと誘ってるのだ。
それを察したクリスがマウスピースをそっと外した。
オルティアがクリスの腰に手を回す。
それを包み込むようにクリスがオルティアを引き寄せた。
海中で見つめあった二人の唇が静かに近づい……、
「ゴボッ!? ゴボゴボゴボゴボッ!!」
〈↑無理無理無理無理!!〉
たところで、突然パッ!と離れ、慌ててマウスピースを咥えた。
大きく息を吸って呼吸を整える。
危なく溺れるところだ。
〈あはは……やっぱ海の中じゃ無理だったね〉
オルティアが笑いながらクリスに抱きつく。
こんな行為が楽しくて仕方ないオルティアだった。
~そして、お昼の休憩~
「ぷはぁ! 炭酸がうまいっ!!」
「あはは、たくさん遊んだもんねぇ~」
サマーベッドを傾け、パラソルが作る日陰で優雅にドリンクをいただくクリスとオルティア。
絵に描いたようなリゾートの休日を満喫している二人。
時刻はそろそろ午後の一時を回ろうとしていた。
因みに他の四人の姿はない。
「なんか食うだろ? ドッグでも買ってくるわ」
と言い出したアレックスに、
「アレックス、私も一緒に行きます」
「ほんじゃ、私も!」
「では、私も荷物持ちに。オルティア達はジュースでも飲んで休んでてください」
と言い残し、みんなしてぞろぞろと売店へと去って行ったのだった。
「はぁ……幸せだなぁ…………」
クリスが感慨深げに呟きながらビーチからコテージ、そしてその向こうの水平線を眺める。
昔、雑誌で見たそのままの景色の中に今の自分はいる。
そう思うと感無量だった。
「あっ!? ねぇ、クリス……見て見て」
「うん……? ぶっ!?」
アルミ缶を傾けながらツイッと首だけ曲げたクリスが思わずジュース吹き出した。
オルティアが水着をぺろんと捲り上げていたのだ。
「すごいよね、水着の跡がこんなにくっきり」
「乳を出すな。乳を……」
口を拭いながら視線を逸らすクリス。
手のひらで大事なところを隠してるとはいえ、こんな炎天下の、それも人目のある場所で乳を見せられてさすがに照れたのだ。
「えへへ、クリスが見たいかなぁ?って思って……」
「否定はしないけど、……こんな人のいる場所で困ったことはしないように……」
「へーきよ。クリス以外には見せないし、そもそもこれくらいなら周りからは見えないでしょ?」
「……俺が困るんだよ」
「困る?」
一瞬きょとんとしたオルティアが、直後にニマリと笑った。
クリスの困った理由が分かったのだ。
スッと立ち上がり、隣に寝そべるクリスのお腹にひょいと跨がる。
「お、おい!?」
「ねぇねぇ、なんでクリスが困るの~?」
クリスの胸に手をつき、上から見下ろしながらニマニマと笑うオルティア。
胸の谷間を鼻先に突き付け、太ももをお腹にすりすりと擦り付ける。
クリスの反応を見て楽しんでるのだ。
「お前、わざとやってるだろ!」
「え~? なんのこと~? それより~なんでクリスが困るの~? ねぇ、なんで~?」
「だ、だから……」
「うん……? あっれあれぇ? クリス、ひょっとして~~~?」
「わかった……オルティアがそういう態度なら」
「へっ……?」
「こうだ!!」
「あひゃ!? 」
直後、オルティアがビクンッ!と仰け反った。
クリスがオルティアの胸にがばっ!と抱きついたのだ。
おまけに顔を胸に埋めたままぐりぐりと擦り付ける。
「ごめんごめんごめんごめんッ!! それダメ!! くすぐったい~~~ッ!! やめ、謝る、謝るから~~~ッ!! いひゃ!? せせ、背中撫でないでぇ!! やめ……やめ…………」
すりすりすりすり!!
「ひゃ~~~ッ!?」
反射的にクリスの頭をぎゅっ!と抱え込む。
途端にクリスの暖かい吐息が胸をくすぐった。
離れたいのに離れない。
もうダメだった。
「いい、息が……息が……でき……ひゃめ……ひゃめ…………」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!
「いひゃめひゃ~~~~~~ッ!!!」
オルティアの悲鳴がビーチに木霊した。
※
「あれ? どうしたんです、オルティア?」
アレックス達が食料を買い込んで帰ってくると、オルティアがサマーベッドに横たわり、ふるふると震えていた。
「お腹押さえてピクピク悶えてるね」
「なんかあったのか?」
「……クリスが……クリスがいじめた……」
「いじめ?」
「いや……つい調子に乗っちゃって……」
「あはは……くすぐられたのかな?」
「……気絶するかと思った」
「だから、ごめんて……」
拗ねるオルティアの頭をクリスが優しく撫でる。
胸の柔らかさと水着のすべすべした感触が思いのほか気持ち良く、つい延々とお仕置きしてしまったのだ。
「ま、二人の仲がいいってのはよく分かった。ほれ、クリス……ドッグとドリンク」
「サンキュー! ほら、オルティア」
アレックスから受け取ったトレーをテーブルに置き、ホットドッグを一つ掴んでオルティアの鼻先に持っていく。
だがオルティアはチラリと顔を上げただけで、再びお腹を押さえて丸まってしまった。
「オルティア?」
「……まだお腹痛い。食べられない。起こして。抱っこして。食べさせて」
「しかたないなぁ……」
苦笑いを浮かべたクリスがホットドッグをテーブルに戻した。
手を伸ばしてリクライニングを起こし、サマーベッドに跨がって背凭れに寄り掛かる。
そのままオルティアの脇の下に手を差し入れると、身体をひょいと起こしてやった。
座椅子よろしくクリスの胸に凭れかかるオルティア。超ご満悦な笑顔だった。
「えへへ」
「ほれ、ホットドッグ」
「あーん! ……うん、美味しい美味しい」
「ホント、うまいなこれ。マスタードが良く効いてる」
「クリス、おかわり」
「ほいよ」
「あ~むッ!」
「おい、そんな一気に食いついたら……」
「……あ、垂れちゃった」
「言わんこっちゃない」
「とって……?」
「まったく……」
「えへへ」
口元を拭ってくれたクリスの指先を引き寄せ、ペロンと嘗めるオルティア。
そうしてから再びホットドッグにかぶりつき、もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んではまたまたかぶり付く。
それはまるで雛鳥のようだった。
そんなオルティアをシャーリー達が珍しそうにじっと眺めていた。
それに気づいたオルティアが、 「なに……?」と首を傾げる。
「クリスさん……?」
「ん?」
「オルティアって、家ではこんなに甘えん坊なんですか?」
「こんなもんかな?」
食べ終わったホットドッグの包み紙を丸めてポイとテーブルに放り、クリスがドリンクに手を伸ばした。すると、
「そんなことないですー。 これはバケーション効果ですー」
と、笑顔で答えながらオルティアがドリンクを横取りしてぱくん!とストローを咥えた。
そのまま、ちゅーーーッ!と喉に流し込む。
そんな幸せいっぱいなオルティアを見ていると、シャーリー達も釣られてつい笑顔になるのだった。
「いいなぁ……私にもその幸せ、分けて欲しいかも」
「そう? じゃあ、分けてあげる。 はい!」
ニコニコニコニコ。
「……何それ?」
「何って、笑顔見てると幸せな気分になれるでしょ? 遠慮しないで受け取って」
「うっわぁ! 胸の奥からムカムカとなにかが沸き上がってきたぁ! これが殺意ってやつかぁ!」
「それはただのやっかみよ!」
頬っぺたを引っ張ろうと手を伸ばしてきたパナの手からするりと抜け出すオルティア。
そのまま立ち上がるとスッとクリスに手を差し出した。
「クリス、泳ご!」
「おう!」
「シャーリー! パナ! ジャスミン! 先に遊んでるね~!!」
浮き輪を掴み、返事も待たずにクリスの手を引いて駆け出すオルティア。
そんなオルティアをパナとジャスミンは慈愛に満ちた眼で見送るのだった。
「オルティア……明るくなりましたよね」
「そだね~。クリスくんのおかげだね~」
「昔は違ったんですか?」
「昔は自分の居場所がなくて拗ねてた感じかな?」
あぁ……。
……そっか。
パナに言われ、シャーリーとアレックスは初めて合点がいった。
昔のオルティアの常にツンケンしたあの態度……あれは周りを威嚇していたのではなく、拗ねていたのだと初めて気付いたのだ。
「まぁ、幸せそうでなによりだな……」
「そうですね……」
アレックスとシャーリーが染々と呟く。
オルティアと仲良くなる事でオルティアの置かれた境遇を知った二人としては喜ばしい事だった。
「そう言うシャーリーも明るくなりましたけどね?」
「そうですか?」
「あれぇ?ひょっとしてシャーリー、気づいてないの~?」
「な、何がですか?」
「何がって……ときどき頬っぺた蕩けたみたいに幸せオーラ全開で笑ってるよ?」
「そ、そんなことありません!」
「うーん、そんなことあるけどねぇ」
「せっかくですから、シャーリーもオルティアみたいに甘えてみたらどうですか?きっとアレックスくんも喜びますよ?」
「し、しません!!」
シャーリーが顔を真っ赤にして否定した。
「ふふ……ではパナ、私達もオルティア達に混ざりましょうか」
「だね。 私等いるとラブラブできないだろうし。じゃあ、二人とも……ごゆっくり~!」
「ごゆっくりじゃありません!!」
立ち上がって片手を突き上げ叫ぶシャーリー。
公衆の面前で、あんな恥ずかしいことなんてできません!
そんな顔だった。
「……ふふ……もう……」
やがて二人が去ると、シャーリーは小さくクスッと笑った。
二人に指摘され、自分のにやけた顔をつい想像してしまったのだ。
手を下ろし、サマーベッドにストンと腰かける。
パナとジャスミンも去り、シーンと静まり返る砂浜。
アレックスはなぜか一言も発しない。
そこで、シャーリーはふと気付いた。
アレックスが期待に満ちた顔でそわそわとしている事に。
「……私はしませんよ?」
「だ、だよな?」
シャーリーに釘を刺され、あはは……と残念そうに笑う。
絵に描いたようなカップルを満喫してるクリスがちょっと羨ましいアレックスだった。
※
「あはは、食べた食べた」
「プールもあったのね。明日はあっちに行ってみましょ!」
レストラン棟で夕食を済ませた一行が外に出ると、オルティアがそんな事を言ってきた。
食事をしていた時、木立の中に輝く水面とサマーベットが並んでいるのを発見したのだ。
「それよりさ、通りにちょっとしたショップもあるみたいだし、散歩がてら土産でも見てかないか?」
「いいですね」
「あ、賛成! 私もなにか記念になるの欲しい!」
クリスの提案にジャスミンとオルティアが空かさず同意した。
その時、
「うーん……なんか嫌な予感するから……やめとかない?」
と、パナが顎に手を当て、何やら難しい顔をしながら呟いた。
おまけに眉間には皺まで寄っている。
するとどうだ?
「マジで!?」
「なら……やめとくか」
「そうですね。君子危うきに近寄らずですね」
「じゃあ、お土産は明日にして、今日はコテージでトランプでもして遊びましょ」
と、オルティア、クリス、ジャスミンの三人があっさりと前言を翻すではないか。
それを見てアレックスとシャーリーは顔を見合わせ、小さく首を傾げるのだった。
「なぁ、さっきは何でショッピングに行くの止めたんだ?」
トランプを始めてすぐ、アレックスがそんな事を尋ねてきた。
三人がいとも簡単に前言を翻したのを見て疑問に思っていたのだ。
「ああ、あれ? パナの勘って良く当たるのよ」
「そうなのか?」
「うん。もう予知ってレベルでね。この間も「明日は買い物行くのやめた方がいいかも?」なんて言われて……でも、ご飯のおかず買わなきゃいけないし……それで忠告聞かずに出かけたんだけど……」
「出かけたんだけど?」
「空から……鳥の糞が落ちてきた……」
「それは……なんと言うか……」
「でも、たまたまだったんじゃないですか?」
「でも狙ったように頭のてっぺんよ?おまけにびっくりした拍子に買い物袋ほっぽり出しちゃって……おかげで卵は割れるわ、お魚潰すわで散々だったんだから」
「ま、まぁ……その程度で済んだんなら……」
「それだけで済んだらね……」
「まだあんのか……?」
「ほっぽり出した買い物袋を掴もうとしたらつんのめっちゃって……盛大に転けたのよ……」
「街のみんなにパンツ見られた~って半泣きで帰ってきたな」
「もう!笑い事じゃなかったんだからね!」
「ははは、悪い悪い」
「なんかそう聞くと、ホント未来予知ってレベルだな」
「大概はモヤモヤっと嫌な感じがするだけなんだけど、時々未来が見える時もあるよん!」
「すごいな」
「すごいでしょ?」
「それは、いつでも、誰のでも見えるんですか?」
「うーん……〃キュピン!〃と来るかはその時次第だけどね。試しに今からオルティアの未来でも見てみよっか?」
「え!? 私の?」
「そ。ちょっと動かないでね」
「う、うん……」
オルティアが手を膝に乗せ、ピン!と背筋を伸ばした。緊張しているのだ。
そんなオルティアに向き合いながらパナが眉間に皺を寄せ、目を瞑って 「むむ?……むむむむむ……?」 と唸りだす。やがて、
「な、なんと……!?」
パナが驚いたようにカッ!と目を開いた。
「な、なんか見えたの?」
「見えた見えた! あはは、オルティアが赤ちゃん抱いてた! 女の子!」
「ホントッ!?」
「ホントホント! それ見てクリスくんも笑ってた」
「まぁ、おめでとうございます」
「二人の赤ちゃんなんて、どっちに似ても将来約束されたようなものですね」
「あ、あはは……ありがと」
満面の笑顔で喜んでくれるシャーリーとジャスミン。
そんな二人に、クリスとオルティアが照れながら顔を見合わせた。
近い将来に赤ちゃんがデキると聞いて、さすがに照れたのだ。
そんな二人を見てアレックスがごくりと唾を飲む。
〈クリスとオルティアは約束通り女の子を産むのか。 なら……俺は?〉
「パナ!」
「なにん?」
「俺の……俺の未来も見てくれないか?」
「アレックスくんの? 別にいいよん」
「すまねぇ!」
「じゃあ、ちょっと見てみるね」
「頼む!」
期待に満ちたアレックスを前に、パナが再び目を瞑って眉間に皺を寄せる。
「……むむ?……むむむ……? むむむむむッ!?」
と、先ほどよりも長く、そして時々驚いたような声を漏らすパナ。やがて、
「……な、なんとッ!?」
カッ!!と驚愕の表情を浮かべながら目を見開いた。
「み、見えたのか?」
「……うん。見えた」
「で……どうだった?」
「アレックスくんはね……」
「お、おう!」
「アレックスくんは……二十四歳で……ハゲ始めるね」
「リアクションに困る事言うんじゃねぇ!!」
真剣な表情から一転、アレックスが即座にツッコんだ。
「だって見えたんだからしょうがないじゃん」
「そもそもハゲってなんだ、ハゲって!俺、ハゲる兆しなんて全然ねぇだろうが!」
「今はね。でも、後二年もすれば……(チラリ)」
「人のおでこを見ながら言うんじゃねぇ!心配になってくんだろうが!」
「あはは……大丈夫よ、アレックス(チラ)。……まだね」
「まだって何だ、まだって!チラっておでこ見るんじゃねぇ!」
「安心しろアレックス(……チラリ)。ツインズマールには良い薬がある。早速取り寄せるよ」
「笑いながら何言ってんだ!」
「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、アレックス」
「だ、だよな……?」
「今からでも(チラリ)、……今からでも、きちんとケアすれば、きっと間に合いますから?」(にっこり)
「シャーリーまでやめてくれぇ!! 本気で心配になんだろうが!!」
「心配し過ぎると、かえって頭皮に悪いよん?」
「心だけは前向きにな」
「そうそう。諦めずにがんばりましょ?」
「例えどんなになってしまっても、私はアレックスを好きですよ?」(天使の微笑み)
「え……? なに? 俺って……俺って、そんなにヤバイの?みんなに心配される程……?」
アレックスが頭を抱えて蹲る。
自分が気づいてないだけで、マジでキテるのか……?
と、本気で心配になってきたのだ。
そんなアレックスをさすがに見かねたのだろう。
それまで苦笑いを浮かべながらも黙って見ていたジャスミンが口を挟んだ。
「もう……皆さんそれくらいにしてあげましょ? アレックスくん、本気にしてますよ?」
「やっぱり嘘なんじゃねぇか!! 」
「あはははは……!!」
「待てぇ! パナぁ!! 」
笑いながら逃げ出したパナを追ってアレックスも駆け出す。
それをクリス達は楽しそうに見守るのだった。
「ところで、パナ…… 私の、赤ちゃんの話しもうそ?」
「あはは、あっちはホントだよん」
夜も更け、洗面所で歯磨きしながら心配そうに尋ねるオルティアに、満面の笑顔で答えるパナだった。
※
ざざ~~~ん
寄せては返す波の音を遠くに聴きながら、クリスは夜空の月をぼーっと見上げていた。
コテージのデッキ、リクライニング式の椅子を傾けながら。
隣ではアレックスが小さな寝息を立てている。
ここが男子二人の寝場所だった。
時刻は夜中の一時を少し回った頃だろうか?
クリスも昼間の疲れからあっという間に眠りについたのだが、不意に目覚め、そのまま寝つけなくなったのだった。
「……ふぅ」
小さく息を吐いたクリスが月から視線を外し、椅子から立ち上がる。
どうせ寝付けないなら、いっそ浜辺でも散歩して来ようと思い立ったのだ。
部屋の中で寝ている女子達を起こさないよう、音を立てずに歩きながらチラリと様子を伺う。
じーーーっ!!
ベッドに身体を起こしたオルティアが、じっとこっちを見ていた。
「ごめん、起こしちゃったか?」
「ううん、私も起きてたのよ。ちょっと前に目が覚めて、それからなかなか寝付けなかったところ。そしたらクリスが起き上がるじゃない?これはチャンスと思って」
「チャンス?」
「二人っきりになるチャンスよ。という訳でぇ……えい!」
オルティアがクスクスと笑いながら腕に抱きついた。
「今日はずいぶん甘えん坊だな」
そんなオルティアをクリスが笑顔で眺める。
昼間といい、今といい、オルティアが妙にべったりなのだ。
「えへへ……だって、もう十日だもん。 そろそろクリスミンを補充しとかないとね」
「クリスミン?」
「クリスと肌を接することによってできる特殊物質かな? これが不足すると、情緒不安定になってイライラしてくるのよ」
「あぁ、俺のオルテリンみたいなもんか」
「あはは……クリスにもそんなのあるんだ?」
「あるぞ。これが不足すると、オルティアの服が透けて裸に見えるんだ」
「ちょっと!?」
「摂取するにはオルティアの手料理が必要で……」
「え!? 私、半年もそんな目で見られんの!?」
「嫌なら早くご飯食べさせてくれ」
「なんで脅迫されてんのよ!? てか、手料理以外に摂取できないの?」
「うーん……ご飯以外だと、やっぱキスかな?」
「あはは、なら簡単じゃない……」
そう言ってオルティアはクリスの首に両手を回すと、チョンと唇を重ねてきた。
「ふふ……補充できた?」
クスッと笑ってクリスを見つめる。
「足りないから、おかわりかな?」
クリスもクスッと笑い返す。
「しかたないなぁ……」
そうして再びオルティアがキスしようとした、その時……、
「誰だッ!!」
「え……?」
クリスが突然叫びながらオルティアを後ろに庇った。
月明かりを反射したものか、林の中の暗闇に、獣のような瞳がキラッと光って見えたのだ。すると、
「ごめんごめん、驚かすつもりじゃなかったんだけど……」
ばつが悪そうに頭の後ろを掻きながら、パナが林の中から出てきた。
「パナ……? なんで隠れてんの?」
「いやぁ、波の音がうるさくてなかなか眠れないからさ、散歩してたんだけど……そしたらオルティア達が歩いて来るじゃん。邪魔しちゃ悪いと思って咄嗟にね」
「もう、そんなの気にしなくていいのに」
「あはは……まぁ、見つかったんならちょうどいいや。堂々と帰れるもんね。そ、れ、よ、り~」
そこでニヤリと笑ったパナがオルティアの肩をスッと抱いた。
そのままクリスから距離を取って小声で囁く。
「あのね、オルティア……あそこに林の木々が張り出してるとこあるでしょ?」
「うん」
「あの向こうに、休憩用の小っちゃなコテージがあったよ」
「コテージ?」
「そ。あそこなら周りからは見えないし、ちょっとくらいなら声が出ちゃっても平気じゃないかな?」
「ななな、何を言って……」
オルティアの顔が真っ赤に染まった。
パナの言ってる意味を理解して照れたのだ。
「あはは……じゃあ、私は帰って寝るね。ごゆっくり!」
そう言って手を振るとパナは小走りで去って行った。
照れたオルティアを可笑しそうにクスクスと笑いながら。
「もう、パナったら……って、どうしたの?」
パナから視線を戻したオルティアが怪訝な顔で訊ねる。
パナの後ろ姿を、クリスがじっと睨んでいたのだ。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「考えごと?」
「大した事じゃないよ。それじゃあ、俺達も帰るか」
「え!?」
「ん……?」
もう帰るかと言われ、オルティアが驚いた顔で固まった。
そのオルティアをクリスがマジマジと見つめる。何で驚いてるのか理由が分からなかったのだ。
するとオルティアはツイっと顔を背けると、ポリポリと頬を掻いた。
「そ、その……折角だから……もうちょっと先まで行ってみない?」
「もうちょっと先?」
「あそこの、林の向こうまで……?」
「林の向こう? まぁ、眠くないからいいけど」
「えへへ……じゃあ、行きましょ!」
そう言って満面の笑顔でクリスの手を引くオルティアだった。
※
ざざ~~~ん
寄せては返す波の音を聴きながら、一人の男が煙草の煙を燻らせていた。
身長は高くはない。
高くはないが、がっしりした身体付きの男で、目付きが鋭く、そして隙がない。
その男が咥えていた煙草をぷっ!と吐き捨てた。
車のライトが近付いてきたのだ。
「首尾は?」
男が訊ねる。
すると、車から降りた男がポケットからスティック状のメモリーを取り出した。
「ふふ、いよいよか……」
そこで言葉を切った男は夜空を見上げ、ニヤリと笑うのだった。




