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トリニティ・クラウン  作者: たじま
1/10

1、クリスとオルティア

昔、まだ小さかった頃……父さんと母さんの模擬戦を見て感動したのを今でもはっきり覚えている。

白と碧のASを纏った二人が、目まぐるしく位置を変えながら高速で剣をかわす。

子供心にも分かった。

一歩間違えば大怪我を負うような鋭い斬り込み。

なのに、二人はまるでダンスを踊っているかのように楽しそうに戦っていた。

それを見て……俺もいつか、あんなふうに誰かと戦ってみたいなと……そう思った。

「先ずはヴィンランド軍トップガン育成機関、トリニティー・クラウンの入隊おめでとう。


君達は軍の主力であるAS、ランドシップ、そしてそれ等を支える整備士、この三つの分野において幾多の選抜をくぐり抜け、ここにたどり着いた。

誇りたまえ。君達は間違いなく優秀な人材である。


だが、その浮かれ気分は今、ここで捨てたまえ。


ここはスクールであってスクールではない。

一年を掛け、どこに出しても恥ずかしくない立派な兵士を育てる場所である。


とはいえ……君達はまだ若い。

青春もいいだろう。

もちろん恋愛も結構だ。

だか北や西からの脅威が未だ懸念される昨今、君達は卒業後、軍のあらゆる部署で中核を担う人材として大いに期待されているのである。

それに応えるべく、日々精進を重ね、立派な兵士に成長して欲しい。

私もそれを期待する次第である」



整列した生徒達が一斉に敬礼する中、軍のお偉いさんが無言で退出していく。

それが済むと司会進行役である教官の一人が静かにマイクに手を添えた。


「では各コース毎、決められた教室に移動してブリーフィングだ。解散!」


その言葉を合図に生徒達が再び敬礼する。

それを横目に今度は教官達が退出していく。

無駄口をきく者は一人もいない。

ここはヴィンランドにある軍のエリート育成機関。

『トリニティー・クラウン』の入隊式会場だった。





ざわざわ


ざわめく教室。

顔見知りや仲の良い者達が集まり小声で雑談をかわしている。

そんな中、俺は一人孤独に座っていた。

他所から来た俺には、同年輩の知り合いが一人もいなかったのだ。

と、言うより……。



「……あいつだろ?」

「ツインズマールから来たっていう?」

「ちょっと格好よくない……?」

「ロンドって、あのロンドだよな……?」

「親父さんがキングバルト軍の元エースだろ?」

「うそ!? それって軍の重鎮じゃない!」

「そんな人が、なんでヴィンランドに……?」

「腕試しって噂だが……」



どうも雑談の内容が俺らしかった。

居心地の悪い事この上ない。



「……はぁ」



小さく溜め息をつく。

父さんの名前はここでも偉大だった。



「全員集まってるな?」



そうこうしてると教官が扉を開けて入ってきた。おかげで雑談がピタリと止まる。



「では改めて……トリニティー・クラウン入隊おめでとう。ASコース、A組担当のウィリアム・ウォーカーだ。お前達には訓練艦に搭乗するまでの約三ヶ月、ここで基礎的な訓練を積んでもらう。

と言っても、基礎はできてるだろうから、レベル上げが主だな。

校長も言っていたが、互いに刺激しあい切磋琢磨して欲しい。それと一つ言っとくぞ……」


そこで言葉を切った教官が一同をゆっくりと見渡した。そしてにやりと笑う。


「校長はああ言ってたが、お前達はまだ軍人じゃない。軍に所属し、軍の装備を貸与され、軍から幾ばくかの給料を貰えるが、基本は学生扱いだ。だから堅苦しくなるな。楽しくやろう。返事!」


「「はいっ!」」


「よし!じゃあ決める事だけさっさと決めるぞ。俺から見て右側!お前達は一班だ。左側が二班。ちょうど専用機持ちが二人づついるな。シャーリー・コンラット! アレックス・ハートランド!」


「「はい!」」


「お前達のどっちかが一班の班長をやれ。軍で言えば中隊長だ」

「「はっ!」」

「次にクリステル・ロンド!」


「はい!」


「……ふん、良い面構えだ。ASの腕はツインズマールでも並ぶ者がいないそうだな。期待してるぞ」

「はっ!」

「それとオルティア・リース!」


「はい!」


「二人で二班の班長を決めろ。異議のある者はいるか?いれば挙手!」


そう言って再び一同を見渡す。

もちろん挙手する者など一人もいない。


「よし。じゃあ、残りの者は別室に移動してASの登録だ。登録後、各自で装備をカスタマイズしておけ。明日から訓練で使うからそのつもりでいろ!それが済んだ者から今日は解散だ」


「ウォーカー教官!」


他の生徒達と退出しようとする教官を栗色の髪の女子が慌てて呼びとめた。

先ほど、教官にシャーリーと呼ばれていた女子だ。


「なんだ?」

「あの……私達はどうすれば?」

「あぁ、お前達専用機持ちはやる事ない。今日はもう帰っていいぞ。コックスベースを見学するもよし、身体を動かしたければ空いてる練兵場かアリーナを使え」


そう言い残すと教官は足早に去ってしまった。

きっと、この後のスケジュールが詰まっているのだろう。


〈……自由にねぇ〉


再び溜め息が漏れる。

ヴィンランドに同年輩の知り合いがいないどころか、地理不案内な俺にしてみたら、自由な時間ほどありがた迷惑な物はなかった。そんな時、


「ねぇ、あんた」

「うん……?」


呼ばれて振り向けば、いつの間にか女が横に立っていた。

肩に掛かるほどの金髪を後ろで束ねた活発そうな娘だ。


「……なんだ、リースか」

「ちょっと、人の名字の前になんだとかつけて溜め息つかないでくれる? 気ぃ悪いんだけど」

「……なんだ、オルティアか」

「なんで名前なら許されると思ったのよ。馴れ馴れしい」


なんか怒られた。

まぁ、そりゃそうか。


「はぁ……で?」

「あんた、どうせ帰っても暇でしょ?」

「まぁ……暇だな」

「なら、ちょっと付き合いなさいよ」

「付き合う? どこに……?」


「模擬戦よ。先ずはどっちが強いかはっきりさせましょ?」




三十分後。

俺達二人は空いてる練兵所に立っていた。

戦って勝った方が班長だと言って譲らないオルティアに押しきられた結果だった。


〈FⅢ近接型か……おまけにだいぶ弄ってあるな……〉


白と水色の第四世代ASを纏い、地に衝くほどの長剣をだらりと下げたオルティアをクリスが油断なく眺める。

口ではなんだかんだ言っても、一度ASを纏えば戦士の顔付きになるのは流石だった。

そして対するクリスの身には、相手以上に近接特化された白いASが……。


「それって、月白……?」

「第二世代の骨董品だよ」

「良く言うわ。第二世代はASの最高傑作よ? 戦時中の資材不足からヴィンランドの第二世代は全部淘汰されちゃったけど、これでもかって言うオーバークオリティは今の第四世代にもまったく引けは取らないわよ」

「そうなのか……?」

「あんた、それ本気で言ってるの?だとしたらASの事はなにも知らないのね?」

「ただのお下がりだったからなぁ……」

「贅沢ね。そう言うとこ……むかつくのよッ!!」


「ーーーッ!?」


言うなりオルティアが地を蹴る。

慌てて両手に短刀を呼び出したクリスが辛うじて剣を受けた。

回避すれば斬られる。

それほど鋭い斬撃だったのだ。


「ずいぶんと教官の覚えがいいみたいだけど、その株……私が落としてあげるわ!」


背中のスラスターを吹かし、両手で握り締めた剣にプレッシャーをかけてくるオルティア。

それを受け流すようにクリスがスッと左足を引いた。


「逃がすか!」


脇をすり抜けるようにして後退したクリスにオルティアが即座に反応する。

ブーストを効かせてオルティアが一気に距離を詰める。

そのオルティアの姿が……クリスの目の前でふっと揺らいだ。


〈ブーストターンッ!?〉


父の得意技。

フェイントを入れながら接近し、相手の間合いに入る直前で足のブーストを効かせて一気に左右にターンする。

余程のバランス感覚と三半規管。

そしてASを手足のように扱えなければ無様に吹き飛ぶのがオチのブーストターン。

それを、この女はいとも容易く……。


ガキンッ!!


「あはは! これを受けるの!?」

「俺がこれでやられる訳に、いかないだ……ろッ!!」


「ーーーっ!?」


オルティアが驚きのあまり目を見張る。

目の前にいたクリスが……事もあろうに静止していた筈のクリスが、オルティアの剣を跳ね上げた次の瞬間、目の前からスッと消えたのだ。


「器用ね!!」


オルティアが慌てて右足を引きながらくるんと回る。

脇腹をクリスの短刀が掠める。

お返しとばかりクリスがブーストターンで回り込んだのだ。

その後もオルティアが斬ればクリスが避け、クリスが斬ればオルティアが受ける。

互いに近接が得意な二人は距離を取る事なく、鋭い斬撃を次々と交わしていく。

まるでダンスを踊っているかのように。


「おもしろい!!」


思わず顔を綻ばせ、クリスが嬉しそうに吠えた。

ツインズマールでは自分と互角に戦える者は一人もいなかった。

いや、いるにはいたが……それは獣化の出来る者に限られていた。

だからヴィンランドに来たのだ。

強い者を求め……在りし日の父と母のようになりたいと願って。



そんなクリスとは対照的にオルティアは不機嫌丸出しだった。


〈なによ! こっちは渾身の一撃だってのに、それをあっさり片手で受け流して! ふざけんじゃないわよ!!〉


ASは己の力を増幅する。

一の倍は二、二の倍は四となるように、元の力に差があれば、その差は大きく開いていく。

それは男と女の……決して埋める事のできない肉体的な差だった。


「埒が明かないわ!」


一旦距離を取ったオルティアの手から長剣が消え、今度は身の丈ほどの大剣が現れた。


「質量で押しきろうってのか?」

「そうよ。もう勘弁ならない。真っ二つにしてあげる」

「ははっ……楽しませてくれるなぁ」

「こっちは楽しくないわよ!!」


大剣を担いだオルティアが一気に距離を詰める。

振り下ろしながらくるんと目の前で回り、遠心力を利用してクリスの袈裟に斬り込んで……、


「ーーーなッ?」


剣を構えたクリスが呆然と立ち尽くす。

オルティアが袈裟に斬り込んできたと思った瞬間、バランスを崩して吹き飛んだのだ。

大剣は手から離れ、ASを強制解除したオルティアは右手を抑えながら地面で震えている。


「バカッ!?」


叫びながらASを解除し、クリスが慌ててオルティアに駆け寄った。

女の細腕で……ブーストを吹かし、おまけに遠心力まで効かせ、しかも片手で大剣を振り下した。

おそらく剣の重さに負けて刃筋が狂ったのだろう。

だが力を感知したASは止まらない。強引に腕を振り下ろす。

例え関節が動かない向きであったとしても。


「……いった!」

「動くな!痛みはどこだ? 肩か? 肘か?」

「か、関節じゃない……腕……」


それを聞いてクリスがホッと胸を撫で下ろした。

どうやら咄嗟に大剣を手放したおかげで肉離れで済んだようだった。


「良かった……ちょっと抱え起こすぞ?」

「え……? あっ!?」


オルティアがきゅっと身を硬くする。

クリスが脇に手を差し入れてきたのだ。

そのままスッと立ち上がる。

突然のお姫様だっこにオルティアの頬が赤く染まった。

クリスが医務室へと歩きだすと、オルティアはクリスの背中に手を回してぎゅっと抱きついた。

そして下からクリスをチラリと見上げる。

まるで怒ってるかのようにキッと引き締めた口元。

それはオルティアの身を心配してのことだった。

それが分かるからオルティアは何も言わない。それどころか、


〈なによ……こんなにがっしりした身体して……これでもかって筋肉つけて……ずるいのよ……〉


オルティアがクリスの肩にそっと頭を預けた。

そしてクスッと笑う。

負けたのに何故か悔しくない。きっと全力を出しきったからだ。

そして負けた自分をこいつは心配し、労ってくれている。

それがちょっと嬉しかったのだ。


〈おまけに良い匂いまでするし……ホント……〉


「バカだな……」

ぴくんっ!


良い感じにクリスの香りに浸っていると、なんかクリスがポツリと呟いた。

ばか?


「ほんと、どうしようもないバカだ……」

「うっさい……バカバカ言わないでよ。泣くわよ……?」


オルティアが本当に泣きそうな声でクリスに抱きついてきた。


「バカ……」

「だから……」

「違う……バカなのは俺だ……」


「え……?」


「俺……あの時、本当に楽しくてさ……あんなに全力出しても倒せなかったのって、お前が初めてだったんだ。……だからお前が大剣出した時も、今度はどんな手でくるんだろうって期待ばっかして……女の細腕で、あんなの振り回せばどうなるかなんて考えもしなかった。……本当にごめん」

「あ、謝まんないでよ……後先考えなかったのは私なんだし、あんたは何も悪くないわよ」

「でも……」

「でもじゃない。悪いのは私。そして勝負はあん……クリスの勝ち。班長はクリス。いいわね?」

「別に班長はお前でも……」

「い、い、か、ら! それと……お前じゃなくて……お、オルティアでいいわ……」


「…………」


「……なによ?」

「デレた……?」

「はっ倒すわよ! もう大丈夫、ここで降ろして!」

「医務室は?」

「もう平気」

「じゃあ、せめて熱いシャワーで暖めてこい。マッサージも忘れるなよ。いいな!」

「うん、分かった。じゃあ……」



そう言ってオルティアはそそくさと女子更衣室に消えていくのだった。







西の空が赤く染まる頃、オルティアが教室の扉を開けると、クリスが机に座って配られた教本を読んでいた。


「あれ……? ひょっとして待っててくれたの?」

「怪我人置いて帰る訳にいかないだろ?」

「もう……大袈裟ね」


とか言いながらも内心では嬉しかったのだろう。隠しきれない笑顔が……、


「わんわん泣いて踞ってたの誰だよ?」

「な、泣いてなんかいないわよ!」


直後に真っ赤に染まった。


「そうだったか?」

「そうだったわよ!なによ、クリスだってごめんって言いながら目にいっぱい涙貯めてたじゃない!」

「涙なんか貯めてない!」

「貯めてました~。私の身体ぎゅってしながら貯めてました~」

「貯めてない!嘘をつくな!」

「嘘つきはクリスでしょ!」


互いにがるる!とおでこを突き合わせる二人。

その二人が突然ぷっと吹き出した。


「その調子なら、本当に大丈夫そうだな?」

「うん、ちょっと痛むだけ。心配かけてごめん」


おでこを離して見つめあう。


クリスとオルティア。

互いに互いを認めあい、心惹かれ始めた二人の唇が徐々に近づいていき……、


「あぁ……恋愛も結構だが、妊娠してもさせても除隊だからな」

「「ぎゃあ!?」」


バッ!と離れた二人が後ろを振り向けば、そこには教官が立っていた。


「い、い、いつから……?」

「初めからだ。面白そうだったから黙って見てようと思ってたんだが、なんだか俺の目の前で交尾まで始めそうだったんでな……」


「「しません!!」」


顔を真っ赤にさせて二人が否定する。

まったく、なんて教官だ。


「まぁ、それはさておき……班長は決まったのか?」

「はい、クリスです」


教官の問いにオルティアが即座に答えた。


「そうか、ならとっとと帰れ。まだ残ってるのはお前達だけだぞ」


そう言って笑う教官の顔は、若者を見守る指導者のそれだった。







「ありがと、ここでいいわ」


クリスから教本の入った紙袋を受け取ってオルティアがにこりと微笑む。

模擬戦で打ち解けてからは笑顔の絶えないオルティアだった。


「そうか。じゃあ、また明日」

「うん、明日……」


小さく手を振ってクリスを見送る。

だが、クリスが十歩も歩かないうちに突然紙袋を置いて駆けだした。


「ね、ねぇ、クリス!」

「うん……?」

「ごはん……食べてかない?」







「ごめん、ちょっと着替えてくるから適当に寛いでて」


そう言い残してオルティアは部屋の奥へと消えていった。


良く考えたら、一人住まいの女の部屋に上がり込むってまずくないか?

と今さらながらに思うが、年頃の女子の部屋に対する興味の方が上回ってしまった。


椅子に腰かけてテーブルの上を見る。

そこには色鮮やかな料理が掲載された雑誌がぽんと置いてあった。

きっと入念に読み込んでいるのだろう、至る所が折り込まれている。


次いで部屋を見渡す。


決して狭くはない。

むしろ一人住まいには十分過ぎるほどの広さがあった。

親元を離れているとの事だったが、きっと実家が裕福なのだろう。

壁には写真が飾られ、出窓には猫の縫いぐるみが鎮座している。

一見して若い女子の部屋だと分かる趣味だった。



「お待たせ」



声を掛けられクリスが振り向くと、そこには下着の透けたラフなTシャツにキャロットスカート、そしてすらりと伸びた素足が眩しい可愛い女の子が……。



「誰だッ!?」

「なによ!ケンカ売ってんの!?」



オルティアだった。


「びっくりした……」

「びっくりし過ぎでしょ。私服に着替えて髪をアップにしただけよ?」


と言いながらも、わざわざ髪型を変えたりイヤリングをしてくるあたり、かなりクリスを意識している。


「……オルティアって、可愛いかったんだな……」

「なに感心してんのよ、私は元々可愛いいわよ」

「じゃあ、可愛いさ倍増だな」

「そ、そう……? ふふっ、そこまで誉められると悪い気しないわね。お礼に美味しいご飯ご馳走してあげるわ」


そう言ってにっこり笑いながらキッチンに立つオルティアだった。




「ふんふんふふーん、ふんふんふーん……」


ご機嫌に鼻歌を歌いながら包丁で玉葱を刻んでいくオルティア。

それをクリスは紅茶片手にぼーっと眺めていた。

正直、エプロン姿が似合い過ぎるほど似合っていたのだ。

おまけに料理にも慣れている。

キッチンから響いてくる包丁の音がやたらリズミカルなのだ。

部屋も綺麗に整理整頓されてるし、掃除も行き届いている。

洗面所を借りた時にチラリと見たが、洗濯物が貯まっている様子もない。

総じて家事全般に秀でている証拠だった。


「オルティアってさぁ……」

「なーに?」

「いい嫁さんになるよな」


スコンッ!


「きゃあ! 手ぇ切った! 血ぃ、血ぃ!!」

「バカ!? なにやってんだ!」


オルティアの悲鳴を聞いて慌ててティッシュを掴んで駆け寄る。

左手の人差し指がサクッと切れていた。


「まったく……誉めた側からこれか……」

「く、クリスが悪いんでしょ! い、いきなりプロポーズなんかされたら誰だってこうなるわよ!!」

「落ち着け、誰もプロポーズなんかしてない」


顔を真っ赤にさせて反論するオルティアにクリスが即座にツッコんだ。

まったく、どんな耳してんだか……。







「すご……」


クリスが唖然とした顔でテーブルに並べられた料理を見る。


有り合わせの材料しかなかったんだけど……。


そう言っていた筈なのに、テーブルには雑誌に載ってるような見事な出来映えの料理が並んでいたのだ。


「料理って、キラキラ輝いて見えるもんなんだな。初めて知ったわ」

「料理は見た目が八割だからね。盛り付けが大事なのよ」

「そこは味が八割じゃないのか?」

「美味しいのは当たり前。だから見た目が八割なのよ」

「じゃあ、残りの二割は?」

「愛情よ。食べてくれる人の笑顔を思い浮かべながら、その人の好みの味付けや材料にアレンジするの。そうやって出された料理は、本に載った通りのレシピで作るより全然美味しいんだから。私が保証するわ。だからほら、冷めないうちに食べて食べて!」


にこやかに笑うオルティアに勧められてスプーンを手に取る。そして、


いただきます。


と、ひとこと言ってスープを一口……。


「……うまい!?」

「でしょ?」


オルティアのにこやかな笑顔が満面の笑みに変わった。







「ご馳走さま」

「ふふっ、お粗末さま……」

「いや、凄いご馳走だったよ。サンキューな」


お粗末なんてとんでもない。

母や姉の料理に引けもとらないうまい飯だった。


「お茶、ちょっと待ってね。先にお皿とか洗っちゃうから……」

「手、切ってんだろ。俺が洗うよ」

「平気よ、テープ巻いてるし。だいたいクリスはお客様でしょ?」

「いいから座ってろ」


食器を片し始めたオルティアを横目にクリスが腕捲りをする。

こんなご馳走作ってくれたせめてもの礼だった。


「ふふっ……じゃあ、お言葉に甘えて……紅茶の用意でもしてるわ」

「ああ、そうしてくれ……」


流しをクリスに任せてケトルをセットし、ポットに茶葉を入れてリビングの椅子に腰かける。

後はクリスが終わるのを待ってお湯注ぐだけだ。

そうしてからオルティアがキッチンへと目向けた。


男の子なのに片付けを率先して手伝ってくれるクリス。

しかも手慣れた感じだから普段からやっている事なのだろう。

相手への気配りも出来るし、頼めば何だかんだ言いながらも嫌な顔をせずにやってくれる。

模擬戦を頼んだ時がそうだった。

要は心根が優しいのだ。


「クリスってさ……」

「なんだ?」

「きっと、いい旦那様になるね」


ガッチャン!


「あっ……」

「ちょっと、何してくれてんのよ!」


オルティアが慌ててキッチンに駆け寄る。

見ればお気に入りのお皿が真っ二つに割れ、カップの取っ手が取れていた。


「あぁ……気に入ってたのに……」

「わ、悪い……てか、オルティアも悪いんだぞ! 気が利いて、足がスラッと長くて、おまけにイケメンでいい旦那様になるなんて言うから……」


「そこまで言ってないわよ。自惚れんな」







ザーーーーーーーーーッ!!


オルティアの家で楽しい一時を過ごし、さて帰ろうかと玄関のドアを開けると……外はドシャ降りの雨だった。


「傘……あるか?」

「あるけど、万一朝までに止まないと私が明日困るし、何よりこの雨じゃズボンも上着もびしょ濡れよ?」

「だよな……?」

「取りあえず、もう少しゆっくりしてったら?その間に止むかも知れないし……」

「悪いけど、そうさせて貰うか……」

「うん。そうして、そうして」




そして二時間後。



「雨……止まないな」

「止まないね」


二人掛けのソファーに腰掛けて映画を一本。

それでもまだ雨の勢いは衰えていなかった。

時計の針は、もう夜の十時を回っている。


「参ったな……」

「もういっそ、泊まってったら?」

「泊まるって……客用の布団あるのか?」

「ないわよ?」

「じゃあ、どこに寝るんだよ?」

「私のベッド?」

「お前さ……言ってる意味分かってるのか?」

「分かってるわよ?」

「いや、分かってないな……」

「分かってるわよ。ほら……」

「お、おい!?」


クリスが頬を染めて目を反らす。

オルティアが隣に座るクリスの手を取り、自らの胸にそっと導いたのだ。


「ね……? ドキドキ通り越してバクバク言ってるでしょ……?」

「あ、あぁ……」


「わ、私だってその……大胆な事言ってるなって自覚してるわ……は、初めてだし……だからその……軽口叩いてるけど……期待と不安で胸がこんなになってるって言うか……く、クリスならいいかなって言うか……その……だから……って、女の私にこんな事言わせないでよ、バカ……」



そう言って照れながら目を反らすオルティア。

そんな可愛い仕草のオルティアを見た瞬間、


「あっ!?……んんッ………ん…」


俺はオルティアをぎゅっと抱き寄せ……、そして、気づけば唇を重ねていた。







「ねぇ、クリス……」

「うん……?」

「今の部屋引き払って、私の家で一緒に住まない?」

「同棲……?」

「うーん……ルームシェア……かな?」


そう言って照れながら笑うオルティアはめちゃめちゃ可愛いかった

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