第8話「俺たちもイベントに出るぜ!」
しばし、沈黙が続く貸しスタジオ内。
「……」
曲を弾き終えた俺の右手は、そっとギターから離れる。そして、口をゆっくりと開いた。
「なんじゃこりゃあああ!」
叫ぶ声は怒号のように激しなり、全員に顔を振り向く。
「小野寺! なんで、ドラムのリズムがめちゃくちゃなんだよ! すべての音に合わせて叩くな」
まず始めに、小野寺に指摘する。テンポよく叩かれるドラムは跡形もなく、もはやただのリズムゲーのようだった。
「だが……太鼓の鉄人では、歌にも合わせて叩いていたぞ?」
「まずは、鉄人を頭から離せ! フルコンボすんな!」
次にシゲの弾くギターに、俺は言葉をかける。
「シゲ……ギターは弾けているよ、だがなぜ途中からグダるんだ?」
「緊張でつい、手が震えて……音が遅れたら頭が真っ白になっちゃって」
シゲはギターは弾けるけど、俺のようにバンドに慣れてはいない。
人前で弾くだとか、俺以外のやつと一緒に弾いたらテンパる理由もわかる。
「おまえはいろんな曲を知ってるし、素質はある。まあ、慣れていくしかないか……」
ひとまずシゲには納得したものの、一番の問題視に目をやる。
「成瀬……」
「俺様のベースはよかっただろう? 少なくとも他の二人よりは経験があるし」
たしかに、シゲや小野寺よりも音楽経験はある成瀬。ベッドのテクニックにはなんら問題はない。
「おまえのベースは目立ちすぎなんだよ、 変なソロは入れるしベースラインが一人歩きしてるし」
もはや、こいつのベースは暴走機関車。
俺たちの弾く音など聞きもせず、自分勝手に弾く成瀬にふさわしい例えである。
俺のギターとボーカルがまだマシに思えてくる。
いざ全員で合わせてみたけれど、予想以上に悪かった。ビートルズをきちんと弾けていたのか、それすらわからない。
「このままじゃあ、ライブなんか無理だな」
今のままライブをしたら、とてもじゃないが人に聴かせるのは恥。そう思う俺は、一気に不安にかられる。
「晴君、まだ初めてなんだからこんなものだよ。焦らずに焦らずに」
「ああ……そうだな、練習していけばなんとかなるよな」
シゲに言われた俺は、そう自分に言い聞かせた。
「よし! そうと決まれば、練習しまくるぞ!」
俺はみんなに向かって叫ぶと、ギターをまた持つ。
「うむ……鍛錬あるのみだな、俺も付き合おう」
「僕は晴君がやるなら、一緒にやるよ」
シゲと小野寺がそう口にすると、それぞれがまた弾く形に入る。
「ったく、おまえらはそんなに俺のベースが聞きたいのか……さすが俺様だ」
「いや成瀬……頼むから原曲通りに弾いてくれ」
などと話した後、再び曲を弾く。
退出する時間ギリギリまで、俺たちは演奏したのだった。
ーー次の日。
教室の自分が座る席に向かって、俺はうなだれていた。
「ダメだああ、全然進歩しない」
昨日の貸しスタジオでした音合わせは、最後まで失敗にしてひどい有り様だ。
「大丈夫? 仙道君……」
そんな俺に声をかけてきたのは、かなでだ。心配そうな顔で、そう優しい言葉をかける。
「かなで……ああ、大丈夫だ。俺は問題ない」
少し距離を取って、俺はかなでに答えた。
「たしか昨日はバンドの初音合わせだったんだよね?」
「あっ、ああ……そうだよ」
「やっぱり最初はうまくいかないよね、 私たちも全然だったよ」
おそらくかなでは、俺の表情から上手く音合わせができなかったことを察して話したのだろう。
気を遣いつつ、自分もそうだと理解してくれるかなではまさに天使だ。
「まだ仙道君たちはコミュニケーションが取れてないんだよ、 お互いを信頼すればいい音になるかな」
たしかに成瀬や小野寺とは、まだそんなに親しくはないし出会ったばかりのようなもので、コミュニケーションは浅い。
「あの連中と信頼……できるかわかんねえ」
「ははは……たしかに個性的だもんね」
かなでは苦笑いしながら、そう話すと一枚の紙を俺に手渡した。
「私たち、 来月にライブハウスのイベントに出るの。 仙道君もよかったら、 観に来てね」
「ラ……ライブだと!」
渡された紙を見ると、たしかにイベントの告知が書いてある。
「コンテストみたいな感じで、審査員の人から選ばれたバンドが優勝するみたい」
「マジか……こんなイベントがあるなんて、知らなかったぞ」
「だいぶ前に出演バンドの募集があったんだよ? 仙道君はほら、軽音楽部で忙しかったし」
俺が知らない間に、かなでたちはライブ経験を積んでいっている。完全に遅れを取っていた俺は、焦りが出てきた。
「これ、まだバンドの募集とかしてないのか?」
「もう募集は終わってるよ? 紙にも出演バンドが書いてあるし」
すでに出るバンドも決まり、その日の日程まで書いてある。今さら俺たちのバンドが出るのは無理な話だ。
そう思いながら紙を見ると、審査員の名前に目が止まる。
「このグランドサマーって書いてあるバンドの一人が審査員なのか? 名前は高村」
「そうそう、 私たちの地元で有名なバンド! 人気もあるし、しかもこの学校のOBなんだよ」
俺も名前だけは知っているバンドだ。
ライブハウスでライブをやれば、チケットがソールドアウト。ここらへんの界隈で一番のバンドである。
「へえ、この学校のOBか……」
そう口にした俺はあることをひらめき、席を立つ。
「さっそくシゲたちに連絡だ! あいつら、まだ学校に来てないな」
すぐにスマホを手にした俺は、急いで電話をかける。
「ああ、俺だシゲ! すぐに話したいことがある」
そして授業が始まる前に、俺たちは集まった。
「どうしたの? 早くしないと授業が始まっちゃう」
「仙道、こんなギリギリな時間に集めてなにを話すのだ?」
集まったのは、シゲと小野寺のみ。成瀬は電話に出なく、不在。
「いきなりだが……ライブイベントに出るぞ」
俺の言葉を聞いたシゲたちは、しばらく黙る。
「……えええぇぇぇ!!」
シゲが今までにないくらいの声で、叫び出した。
ーーそう、俺たちはライブをやる。
かなでたちが出るライブイベントに、俺たちも出るのだ。
なにがなんでも。例え、審査員の一人を脅そうとしても必ず。