第7話「初めての音合わせ! 曲は助けて!」
この日、俺たちは楽器屋の貸しスタジオに集まることになっている。
ついに五人で、初めて音を合わせる時が来た。
「……って、成瀬の野郎! 時間になっても来ないじゃねーか!」
約束をした時間を過ぎても、奴は楽器屋の前に現れない。
予約した時間まで残りわずかなのに、成瀬だけの姿はなかった。
「どうしたんだろう、事故に合ったのかな?」
「駅も混んでいたからな、乗り遅れてたのかもしれないな」
「んなわけねーだろ! あいつめ、ナンパでもしていやがるかもなあぁぁ」
俺の怒りがふつふつと湧いてき始めていると、成瀬がこちらに向かっている姿を見つける。
「いやあ、駅に可愛い子がいてさあー! つい声かけちゃったよ」
「やっぱりじゃねーか! てめえ、バンドをやる気あんのか!」
「晴君! さすがにギターで殴りかかるのはやめようよ」
ギターを振りかざす俺を、シゲは必死に止める。
「仙道、そろそろ予約した時間だぞ? 中に入らんのか?」
腕時計を見ている小野寺がそう話し、俺はスマホをポケットから出す。
「そうだな、時間はギリギリだ。さっさと受付を済ませるぞ」
成瀬などに怒る暇などはなかった。
急いで俺は楽器屋に入り、貸しスタジオの受付を済ませた。
「おお……これが貸しスタジオか」
部屋の中に入った俺は、スタジオを見ると驚く。
ドラムセットに、大きなアンプ。真ん中にはマイクスタンドが置いてあった。
「初めて来たけど、やっぱり緊張するね……晴君」
「ふむ、俺はドラムを用意する必要がないのはありがたい話だ」
スタジオごときにオロオロするシゲ。ドラムの前で、うんうんと頷きながら腕を組んでいる小野寺。
まだ誰も音を出してもいないのに、今からそんな様子では先が思いやられる。
ーーボボォォン! ベンッベン!
「なんていいベースアンプじゃないか、俺のベースが喜んでるぜ!」
重低音が爆音になって響いてきたと思ったら、成瀬が一人でベースを鳴らしていた。
「おい、成瀬! なに勝手に引き始めているんだよ!」
「俺のベース最高! やっぱり、弾く俺ってイカしてるなあ」
「イカしてねーよ! イカれてるんだよ!」
ベースの音が大きくなり、俺の声など聞くことなく成瀬は弾きまくっている。
スタジオに入ってそうそう、どいつもこいつも俺の思うようにいかない。
俺たちが音を合わせ始めたのは、いくらか時間が過ぎた頃だ。
「やっと静かになりやがったか! みんな、楽器は背負っているな?」
全員が一応の演奏する立ち位置に並ぶと、そう声をかける。
「やっぱり、こうやって並ぶとバンドマンみたいだね」
「なに言ってんだシゲ、みたいなじゃなく俺たちはバンドマンなんだよ!」
「うっ……うん」
「それよりも仙道、まずはなにをやればいいのだ?」
ドラムの後ろに座りながら、目を瞑っている小野寺は俺に尋ねた。
「そうだな、とりあえずなにか曲をみんなで弾いてみるか」
なにをやるにも、演奏しかないだろう。
曲を全員で弾けば、だいたいの実力がわかる。
「なにを演奏するのだ? 太鼓の鉄人に入っている曲ならば、俺は叩けるぞ?」
「よーし、ならレベル42の曲をやろう。 ミスターピンクがいいな」
「……はあ?」
いきなり成瀬が勝手に曲を指定してくる。
「知らないのか? あれこそ、俺様のベースが目立つ曲は他にないだろ」
「あんな歌もない、ギターも控えめな曲をやるわけねーだろ! バキバキとスラップがうるせえんだよ」
そうは言ったが、前になにかの動画で見たことがあるバンドだ。
ただベースがかっこいいとしか印象にないけども、俺がやりたいバンドはああいったものではない。
「なら、おまえはどんな曲をやるんだよ?」
ムカっとした顔をする成瀬だが、すぐに表情は戻る。そして、俺にそう尋ねた。
「んなもん決まってんだろ、ニルヴァーナだよ! 最高のロックバンドと言えばニルヴァーナ」
ニルヴァーナとは、かつてロック界に変革をもたらした九十年代前半に活躍したバンドだ。
影響を受けたバンドも多く、この俺も初めて聴いた時は衝撃が走った。
ーー俺も、こんなすごいバンドになるんだ。
それが俺の最強最高バンドを目指す、きっかけだ。
「ニルヴァーナ? あんな、ただジャカジャカと弾いてるだけのバンドなんか御免だね」
そう小馬鹿にしたような言い方で、成瀬は話す。
ーーカチン。
成瀬の言葉を聞いた俺は、すぐさまにイラだつ。
「んだと? てめえ、ニルヴァーナをバカにしていんのか?」
「ああ? 事実だろうが、 単調な曲は俺様のベースには合わねえんだよ」
「成瀬……てめえ」
今にも俺の拳が、成瀬に向けられようとしている。互いに睨み合いながら、距離が縮まっていく。
すると、シゲがすかさず間に入ってくる。
「まあまあ二人とも、落ち着いて」
「シゲ! そこをどけ、こいつに一発かまさなきゃ気が済まない」
「上等じゃないか、かかってこいよ」
挑発してくる成瀬に、俺は今にも飛びかかろうとした。
「喝……かーつ!!」
貸しスタジオ内に、大きな声が響き渡る。声がするほうを向くと、小野寺が手を合わせていた。
「ここで争っていても、ただの時間の無駄だ。 今日の目的を思い出すのだ」
「そうだよ晴君、みんなで音を合わせるために集まったんだよ」
そう話すシゲはさらに言葉を続ける。
「たしかに成瀬君が言ったバンドも、 すごいかっこいい曲なのはわかるよ」
「あ、ああ……」
「けど成瀬君のベースは曲に捉われずに、 どんな曲でもかっこよく弾けるはずだよ」
シゲは成瀬にそんな風になだめると、次に俺のほうへ目線をやる。
「晴君も自分の好きなアーティストを悪く言われたら怒るのもわかるよ」
「だがなあ、シゲ……俺は」
「でもみんなで弾く曲は、なにも晴君が決めることはないの……わかるでしょう?」
俺の言葉を遮るように、もっともらしいことを話すシゲ。
こいつは昔から、俺がなにかあるたびにこうやって説得してきた。
「悪かったよ、少し頭がカッとなった」
シゲにそう言われた俺は、冷静さを取り戻す。
「俺様もクールさをなくしていたな」
成瀬も同じように落ち着き始めていた。
「じゃあよ、なんの曲をやるんだ?」
「ふっ、俺様のベースならどんな曲でも弾いてやるよ。 かっこよくな」
しばらくして、俺たちはそれぞれの立ち位置に着く。
「じゃあ……合わせてみるか」
俺がそうみんなに言うと、ギターを弾く形に変える。
全員が同じような体勢になり、俺はマイクに向かって声を出す。
「ワン……ツー、ヘェルプ! アニッシュッバーデー!」
勢いよく歌い出した俺。曲はそう、ビートルズのヘルプだった。