第3話「ナルシスト?俺が欲しいのはベーシストだ」
「そのベースの人って、どんな人なの?」
シゲは俺と歩きながら、そう尋ねてくる。
「どんな人? んんー、そうだなあ」
そう尋ねられた俺は、そいつがどういう感じかを思い出す。
ーー考えて数秒。
「ベースの腕前は、間違いなく本物だよ……けど」
思い出しただけで、俺の機嫌が悪くなっていく。
「晴君……なんか、すごく怖い顔になってきているよ?」
「んなことはねえよ、俺はいつも通りよ」
そうシゲに話すけれど、俺の眉間はピクピクしていた。
「あっ、このクラスだね。E組」
着いた教室の前には、二年E組と書かれている。俺たちのクラスから四つほど離れたクラスだ。
「ベースの人、バンドに入ってくれるといいね」
シゲがそう話すと、教室の扉を開けようとする。教室の中は昼休みなのか、ガヤガヤとさわがしい。
その中にでも、特に目立つ声が聞こえる。
「ねえ、省吾くんー。放課後、一緒に遊ぼうよー」
「えー、今日はあたしとだよ? そうだよね、省吾君」
クラスにいる女子数人に囲まれながら、和気あいあいと話をしている男が一人。
その様子に、俺はイラつきながら近づく。
「おい……成瀬、おめえに用がある」
俺がそう声をかけると、女子と一緒に男がこちらを向く。
「……誰かと思ったら、仙道じゃないか」
ーー成瀬省吾。
そう、この女子にチヤホヤされている男こそが、俺が求めるベースを弾くやつだ。
「ねー、省吾君。誰? この人」
「ああ、前に部活で一緒だった仙道ってやつ。ほら、俺って元軽音楽部だったろう?」
「えー! すごーい、省吾君って楽器を弾けるんだね、かっこいい」
「まあね、俺のベースは美しくてしびれんだよ」
成瀬は誇らしげに自慢しながら、女子たちにそう話す。
その様子に俺はいらつきながらも、話を続けた。
「俺はこれから、最強で最高なバンドを作る予定だ」
俺が話す言葉に、成瀬は笑い声を上げる。
「はは! ああ、知ってるよ。いろいろなところで、声をかけているんだってな」
「なら話は早いな、そこでだが……」
そう言いかけると、成瀬が話をさえぎる。
「悪いが俺は、誰かとやるバンドに興味がないな」
「あ? なんでだよ、おまえもベースをやっているならバンドに興味ぐらいあるだろ」
ギターやベース。ドラムなどをやっているやつは、みんなバンドを組みたいと思うだろう。
なのに、成瀬はバンドに入るつもりがないと話す。
「ふっ、それに俺は自分のベースを愛しているんだよ。それを他の楽器に、邪魔をされたくない」
「……んだそれ? 意味がわかんねーぞ」
「この世で一番美しい音色っていうのは、低く重いベース。そして、それを弾く俺という最高なベーシスト」
「いやーん! 省吾君、かっこいいー!」
成瀬が意味が分からないことを語り出すと、周りの女どもが騒ぎ出す。
「まあ仮にバンドを組むなら、俺を引き立てることができるクールなやつとじゃなきゃバンドは組まないな」
これほどまで、うぬぼれているベーシストを見たことがない。普通ならば、かなり引くレベルだ。
「ねえ……晴君、本当にこの人でいいの?」
やりとりを横で見ていたシゲが、小声で俺に耳打ちをする。
「ああ……あの性格は腹立つけどよ、俺が求めるベースはやつが一番なんだよ」
「けど、雰囲気的に無理な気が……」
「……なんとか説得はしてみるけど、ダメなら武力行使だな」
「晴君、さすがに暴力はダメだよ」
コソコソと話す俺たちに気がついた成瀬が、話を続ける。
「それに、どうせおまえらも女にモテたいからバンドをやるつもりなんだろう?」
成瀬の言葉に俺は反応すると、すかさず反論をする。
「バカが! なめんじゃねーよ、俺たちは最強のロックバンドを目指すんだ。女のためにバンドを組むわけねーだろ」
俺はそんな不純な動機でバンドを組みたいわけではない。
演奏を聴くすべての人に、衝撃を与えるようなライブバンドにしたい。ロックに女は必要ないのが、俺のポリシー。
「俺は誰かの魂を揺さぶるような、すげえバンドにするつもりだ!」
俺がそう熱く話す言葉に、成瀬はバカみたいに笑う。
「はっはっは! なら、他をあたりな。俺はそんな暑苦しいバンドはお断りだ」
こんなにバンドを語っているにもかかわらず、成瀬と一緒にいる女どもにまで笑われてしまった俺は、次第に怒りがこみ上げる。
ーーくそやろうが、一発なぐらなきゃ気が済まなくなってきたぜ。
今にも右のこぶしを突き出してしまいそうな俺を、シゲは止める。
「晴君落ち着いて、ここはひとまず出直そうよ」
「だがなあ、このままだとまた上原にバカにされちまうし、あいつらの園芸部バンドに負けたくないんだよ」
上原にはすげえバンドを作ってやると言ってしまったし、このままでは引き下がれない。
「ん? ちょっと待て……おまえ、園芸部のバンドに知り合いがいるのか?」
俺たちの会話を聞いていた成瀬は、なにか興味がありそうな顔で俺に尋ねる。
「ああ、園芸部のくせしてバンドを組んでやがるんだよ。特に上原ってやつが……」
「ふっ……いいじゃないか、やろうぜバンド」
俺が話をいい終わる前に、成瀬はそう口にする。
先ほどまでの態度とは違い、いきなりの言葉に俺は一瞬、聴き間違えたかと思った。
「あ? え、バンドをやるって?」
「ああ、やろうじゃないか。俺も、そろそろバンドで名を馳せる時期だと思っていたところだしな」
「さっきと言っていることが、違うような……」
シゲがそう話すように、成瀬はさっきと真逆なことを言い出している。
「園芸部には、かわいい子が多いって話だからな。新しい女……じゃなかった、友達を作るチャンスだよ」
「よし! これで、俺のバンドのベースが決まった! 後はドラムのみだ」
成瀬の思惑など気にも止めず、ベースを加入できたことに大きく喜んだ。
「……本当に、成瀬君で大丈夫なのかなあ」
シゲの不安をよそに、俺と成瀬は互いに喜び合っていた。
残るドラムのやつを加入させれば、本格的にバンドができる。
俺のバンドが誕生するのも、そう遠くない。