#7 侵入者
「いた」
ゴーグルの中にはルクフェネが見ている景色がそのまま映像として投影されている。その視線がロボットの姿を捉えて、そこへ文字情報が重なった。
「種族はグレイル、分類は無生物……」
「つまり単なるロボット」ルクフェネが解説する。「ここの〈宇宙の扉〉はまだ安定していないから、特殊な例外か無生物しか通過できないの。きっと強引に突破してきたのね」
(〈宇宙の扉〉)
つぶやいて圭は夕闇迫る空を見上げた。真上にはひときわ明るい星が輝いている。それが〈宇宙の扉〉と呼ばれるものだった。
正確にはもちろん恒星でも惑星でもなく、それはおよそ星と呼ばれる存在のどれでもない。周囲の星空が北極星を中心に回転しようとも、それだけは動くことなく常にこの街の真上にあった。
(星は遠い。もし光の速度で移動できたとしても、千光年離れた星に行くには千年かかってしまう。まして光の速度になど遠く及ばない現在の技術なら、その何百倍も何千倍もかかるし、はたして宇宙の寿命が終わる前にたどりつけるのかどうか)
だから交易の種族セヴァは亜空間に通路を張り巡らせた。その出口が〈宇宙の扉〉なのだ。シモウサの場合それは防衛局の真上に存在する。〈宇宙の扉〉の真下に防衛局が置かれた、といったほうが正確かもしれない。
(そして防衛局は取手にあって、僕はいまその一員になった——)
圭は走りながら右耳の通信機に触れた。ゴーグルの中に投影された映像が、ルクフェネの後方上空から俯瞰するものに切り替わる。
ルクフェネは少し離れてグレイルの姿を見定めようとしていた。建物が崩れたのか、あたり一帯には瓦礫が散乱している。舞い上がった粉塵でほとんど視界が利かない。
武骨なロボットは体高は三メートルほど、パイプ状の四本の脚で立ち、二本の腕には蛮刀、残る二本の腕にはクロスボウと矢を握っていた。メタルな外装は甲冑のようだ。
(ひょっとして、僕がこのゴーグルを借りているからルクフェネは見えない……?)
圭が見ている映像も実際と大きくは変わらないが、グレイルの姿は輪郭線ではっきりと表示されている。ルクフェネはスペアといっていたけれども、本当は手首の通信機と組み合わせて使うものなのだ。
「だいじょうぶ」視線はそのままにルクフェネは首を振った。「見えてるし、これくらいの相手、何ともないから」
グレイルは周囲の状況を探っている——と、その無機質なモノアイがルクフェネの姿を捉えた。眼光が閃き、光弾が連続で向かってくる。
ルクフェネは指先で何かの紋様を描いた。
(強き熱き力よ、我が身に宿れ)
一気に加速してグレイルに接近する。向かってくる光弾は左手で平然と受け流す。そのまま相手の懐へ入るとルクフェネは思い切り蹴り上げた。
グレイルは成す術もなく上空へ。跳び上がったルクフェネはその背後から容赦なく強烈な回し蹴りを繰り出す。叩き落とされたグレイルは切り通しの線路に突っ込んだ。
地響きと土煙が周囲へ広がる。
「これが〝ユクルユフェーア〟の力……」
思わず圭は声を漏らす。ユクルユフェーアとユーグネアとアルテリウア——この三つはセーグフレードのどのような文献に当たってもかならず現れる言葉だ。
(それだけ重要であって、それから基本的な概念だっていうこと。何度も目にするから、どういったものなのかはもう把握したつもりだった。でも知識を得るのと経験するのとではまるで違う……)
ようやく追いついて圭は見上げた。