#5 嫌な記憶にはにおいも残る
防衛局司令の任命式。
ルクフェネは蒼穹軍の階級でいえば最下級の雀鷹士だ。なにしろ入隊したのかほんの数日前のことだから。
防衛局司令は職位であって職位と階級は連動しないから、雀鷹士が司令を務めてもいいし、制度上もなんら問題ない。ただ実際にあり得るのかとなれば、話は別だ。そもそも16歳で入隊することが異例中の異例、前代未聞、そしてたぶん今後もありえない。
けれども、特例でも例外でもなく正当に実力で得たもの——なのだが、それをそのままに受け取ってもらえるとは限らない。任命式に渦巻く感情は、ルクフェネの存在を肯定していなかった。嫌な記憶には臭気も残る——。
計測終了を知らせる音が聞こえて、ルクフェネはもの思いから呼び覚まされた。
「来たまえ」
「はい」
圭は計測器を外してデスクの前に立った。ルクフェネも立ち上がる。
「判定結果は問題なし。すでに試験にも合格していることから、セーグフレード領シモウサ総督府、防衛局司令ルクフェネ・ティッセの名において、貴君すなわち相馬圭を本防衛局補佐として任用する。職務開始は即日。ただし三か月間は試用期間となることに留意されたい。貴君が本防衛局において、いかんなくその能力を発揮することを期待する。以上だ」
「ありがとうございます! ティッセ司令のお役に立てるように精進します!」
「——ああ、それなんだけど」ルクフェネは急に言葉を崩した。「もうルクフェネでいいし敬語で話す必要もないから。こっちも普通に話すし」
たまえ口調には「なめられまい」という理由しかなく、もう面倒になっていた。
「はあ、でも……」
「その代わり! 小さな防衛局で、しかも司令が年下だからって不安にならないように!」
「そんなことは——」
と、ルクフェネの手首に装着された通信機から警告音が鳴り響いた。無感動な声が続く。
「侵入者ヲ検知! 侵入者ヲ検知! タダチニ行動ヲ開始セヨ! 繰リ返ス——」
ルクフェネは表情を引き締めた。デスクの引き出しから何かを取り出して圭に投げる。
「さっそくだけど残業、ついてきて! それスペアの通信機! 新しいのが届くまで貸してあげる!」
「はい!」
ルクフェネは階段を駆け降りていく。圭もあとを追う。
通信機はゴーグル型だった。スペアというか、おそらく本来はルクフェネが手首に装着していたものと組み合わせて使用するものなのだろう。装着すれば勝手に変形して顔の形になじむ。そしてさらに変形して右耳を覆えば、ルクフェネの声が聞こえた。
「聞こえる!?」
「聞こえます!」
「よかった! あとは画面に情報出るから……ああっ!」
「ど、どうしましたっ!?」
「ご、ごめん、それ、まだローカライズしてない!」
「あ、セーグフレード語ってことですよね!? 大丈夫ですよ、もう読めますから!」
ゴーグルにはルクフェネ視点の映像とともに、位置情報や数値データがセーグフレードの文字で表示されている。圭はそれを平然と読み上げた。
(原セヴァ語が読めるのならそうだろうけど……。いったい何者なの!?)