#3 採用試験、あるいは言語について
「では採用試験を受けてもらう」
「はい」
領地での市民の任用は政治的に面倒な事情でもない限り、とくだん難しい条件は設定されていない。健康に問題なく一定以上の学力があって、三か月は試用期間になることを了承すれば不採用になることはまずない。
学力は通常、現地の言葉で記述された基礎的な筆記試験で判定される——が、裁量権があるのをいいことにルクフェネは試験の内容を変更した。
それは、セーグフレードの言葉で記述された文章の翻訳。これからセーグフレードの社会で働きたいというのなら言葉くらい知っておいてもらわなくては困る——という理屈だ。
(別に不条理じゃない。どんな情報に当たってもいいし辞書も使ってもいいし、なんなら自動翻訳を使ったっていいし! アクセス制限もない、ここの言語もフルサポートされてる。……ま、現代のセーグフレードの言葉なら、だけど!)
どのような言語も不変であることはなく、むしろ常に揺れていて、数百年のスケールで見れば理解が困難になるほど変化することだってある。
セーグフレードの言葉も過去へ遡れば遡るほど現代との違いは大きくなって、『古セーグフレード語』に至れば知識なしに文章を読むことは難しい。
(でもやっぱり自動翻訳にでもかければいいし。入力は現代セーグフレード語を前提にしてるから、たぶん誤変換だらけ。でもどんなに滅茶苦茶な文章だって、それが母語で書かれているかどうかで天と地ほどに違う。おおまかなところは理解できるようになるから、あとは辞書に頼ればいい。ゼロから辞書で調べるよりだいぶ早いでしょ? ま、古セーグフレード語でもないんだけど!)
古セーグフレード語よりもさらに古い形態の言語を大きく『セヴァ語』と呼ぶ。これは交易の種族セヴァが使っていた言語だ。セーグフレードという国家の体裁をとるより遥か昔のことになる。
セヴァ語は現代セーグフレード語との隔たりが大きい。なにより構文規則がまるで違っていて綴りの差異も激しく、現代では使われない文字さえ出現する。
そしてそのセヴァ語の中でもっとも古い時代の言語を『原セヴァ語』という。
(原セヴァ語は、これそのものを研究している専門家か、一部の〝アルテリウア〟しか読めない。というか、たぶん暗号文しか見えない。だっていまのコンピュータだと文字が定義されてなくて、代わりにほかの文字と記号で表現するしかないから)
問題文はその『原セヴァ語』で記述されていた。
つまり課題とは原セヴァ語で記述された文章の翻訳ということになる。しかも、その文章はたったいまルクフェネが書き上げたものであって、ネット上をくまなく探したところで模範解答など存在しない。実際に読み解くしかないのだ。
(不可能ね! 多少は気の毒に思わなくもないけど、あんな態度を取るような人間なんて絶対にを採用しない!)
ルクフェネは作成した文章と指示を圭のタブレット端末に転送した。
制限時間は四時間だ。圭が取り掛かるのを待ってルクフェネは防衛局のオフィスを後にした。一人のほうが集中できるだろうし(それくらいの気遣いはある)試験官がいなかったところで不正のしようもない。