#11 誰かと分かち合えるのならもっといい
「だいじょうぶ!? ルクフェネ!」
手首の通信機から圭の声が聞こえる。
「ありがと、さっきのは助かった」
顔に近づけなくても通信機は勝手に声を拾う。いつの間にか切り通しを抜けてずいぶん離れたところにいた。
「ほんと!? じゃあ、僕はルクフェネの助けになれたんだね!」
弾んだ声が返ってきたのでルクフェネは首を傾げた。
(助けになれたも何も……)あの警告がなければ、完全に致命傷になっていたところだ。(それに、あの嫌な臭気をかき消してくれたのも……)
——どうしてあのとき『ついてきて!』なんていったんだろ……?
(……)
自分に嘘をついていることがひとつある。
防衛局補佐の職務は事務作業全般だ。書記と呼んでもいい。だから一緒に行動する必要はなかった。
一人のほうが動きやすいし、足手まといなんてまっぴらだ。
たった一人の防衛局勤務。できないことはあるかもしれない。けれどもそれは自分の責任であって自分の力で乗り越えればいいだけ。実際ずっとそうしてきたし、これからもできるはず——かどうか、本当はわからない。
(ひとりなら陰口を聞いて嫌な思いをすることもない……)
たぶん、これがいまここにいる理由。
圭の言動にムッとしたのは不安と焦燥を認めようとしない自分への苛立ちだったのかもしれない。結局、逃げているだけなのだ。
あのとき圭に呼びかけたのは、きっと圭になら何か話せることがあるかもしれないと思えたからだ。いまならわかる。
出会ったばかりなのに不思議だ。自分を尊重してくれる圭に優しさを見つけたのかもしれない。
でも、実際に自分の孤独を話し聞かせる勇気はない。傷つきたくない。求め過ぎてはいけない。もっと失うかもしれないから。
けれども、圭の素朴な言葉にルクフェネは救われる思いがした。
「ルクフェネのユクルユフェーアは映像で見たどんなものより長く絡み合って、それなのに誰よりも速く綺麗だった。きっとずっと頑張ってきたんだね!」
それはルクフェネがいちばん欲しかった言葉かもしれない。
結果として何も変わらなかったとしてもこれまでの時間が無駄だったとは思わない。たゆまぬ努力の結果を誰ひとり認めてくれなくても、自分さえわかっていればそれでいい。
だけど、誰かと分かち合えるのならもっといい。
〈宇宙の扉〉の向こう、遠い遠い星で見つけたもの。
ルクフェネはどう応えていいのかわからない。圭は続ける。
「『ありがと』って言葉をありがと。ずっと自信を無くしてたんだ。でも、そのひとことで元気になれた気がする」
誰かと歩いていくのも悪くはないかもしれない。
(わたしのほうこそ『ありがと』って言葉をありがと)
伝えようとしてルクフェネはやめた。口に出したら泣いてしまいそうだったから。
一方で通信機の向こうでも。
(なんとかルクフェネの助けになれた……)
「ありがと」という言葉が本当に嬉しい。
いいタイミングで国境ができたことを口実に学校をやめて、たまたま防衛局補佐の募集を見つけたからそれに飛びついただけ。思考停止というしかない。
16歳なのに司令という立場にあるのは彼女が優れているからだろうし、実際に目の当たりにしたルクフェネの能力は圭でもわかるほど傑出していた。
そんなルクフェネにとって、自分は必要と感じてもらえる存在になれるのだろうか?
まだわからない。だけど「ありがと」の一言でまた前へ進んでいける。それだけは確かにいえる。




