#1 物語のはじまり
1. 宇宙の扉
「ま、こんなものね」
ルクフェネ・ティッセは防衛局のオフィスを見渡した。
防衛局とはいっても所属するのはいまのところ彼女一人で、がらんとした室内にはデスクと椅子、そして来客用のソファとローテーブルがあるだけだった。それでもそんな小さなオフィスにルクフェネは満足していた。
(ようやくここまで来れた……)
彼女はいつでも微笑んでいるような、それでいて何かにずっと怒っているような不思議な印象を与える少女だ。
いつでも微笑んでいるように感じるのは柔らかな口許と優しい鴇羽色の瞳がそうさせるからで、ずっと怒っているように見えるのは考えごとをするとつい眉を顰める癖があるからだろう。
少し癖のある淡い桃色の髪は肩の辺りまで伸びていた。眉間の皺を隠したいのか前髪は厚めだ。
(新しい〝宇宙の扉〟はまだ安定していない。ここは辺境だから侵入者はそう多くないだろうし、一人勤務でもやっていける)
セーグフレード。
それはもともと交易の種族セヴァが興した小国家、というより同業者組合に過ぎず、そのころはいくつかの星系間を移動しながら商うくらいだった。ところが、あるとき偶然発見した空間転移をともなう航法によって勢力を爆発的に拡大し、いまや数多の銀河系をまたぐ巨大国家になっている。
正式には、
「花咲く国、風薫る故郷、
セグレンデの忘れ形見、
セグレンデの高く誇らかな二つ耳に触れる息吹、
雅びやかであり、慎ましやかで、
紡いだ言の葉をあまねく宇宙へ広げる、
セグレンデが水の神コアナに仰せつけ、お創りになった国、
セーグフレード」という。
そのセーグフレードに新たな領土が加わった。彼女は誕生日を迎えたばかりの16歳だったが、その防衛局の司令に任命されて赴任してきたのだ。新領土の名前は〝シモウサ〟という。それは一帯の古名だ。
(一人のほうがずっと動きやすい。誰かに足を引っ張られることもないし、できないことはあってもそれは自分のせいなんだから納得できる。あとはわたし自身の力で乗り越えていけばいいだけ。いままでもそうやってきたし、これからも同じこと)
制服は雪色の縁取りがある深い夜の色のツーピースに、鮮やかではあるものの、ごく暗いワインレッドのケープを合わせたものだ。スカートには動きやすいように小さくスリットが入っている。
ルクフェネはデスクの上の帽子を手に取った。制服と同じように深い夜の色の帽子だ。両側には大きな羽飾りが付いている。
——と、ドアをノックする音が聞こえた。