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透明な集い(脚本)

作者: 山科晃一

登場人物表


 高橋陽太(14)

 高橋美弥子(35) 陽太の母

 白木(54) 野球部の監督

 美鈴(18) 白木の娘

 加藤矢一(14) 野球部員

 新島(59) クリーニング屋の客

 岸(13) 野球部員

 星野(14) 野球部員

 その他野球部員

 作業員A、B

 高橋富雄(57) 遺影


1 クリーニング屋『タカハシ』・外観

  さびれた小さな建物で、『アルバイト募集』のチラシが剥がれかかっている。


2 同・和室

  畳の上で野球グローブにスポンジでオイルを塗り込む高橋陽太(14)。陽太、ヨレた白Tシャツ姿で坊主頭、小太りという印象。

  グローブ、新品に近くツヤがある。

  陽太の元に新聞紙を投げる高橋美弥子(35)。

美弥子「畳、汚さんで」

  新聞紙を広げて、再び一心不乱にグローブを手入れする陽太。


3 N中学・グラウンド

  『うっす!』という声を発して監督・白木(54)のもとに集まるユニフォーム姿の野球部員、十一名。隅の方に加藤矢一(14)の姿。そこへ、やや遅れて走ってくる陽太。

  白木、腕組みをしながら、

白木「高橋」

陽太、姿勢を正して、

陽太「(息を切らしながら)うっす!」

白木「向こうの柱タッチして戻ってこい」

陽太「……うっす!」

  陽太、再び後方へ向けて一人走っていく。

  白木、数をかぞえ始める。

白木「―五、六、七―」

  陽太、Uターンをして走って戻ってくる。

  陽太のこめかみから滴り落ちる汗。

白木「十。(数え終えて)お前は皆の十秒を奪った。よう覚えとけ」

陽太「っす……」

  矢一、真っ直ぐに白木の方を見つめている。

  白木の鼻に黒子のようなカメムシがくっついて動いている。


4 道(夕)

  汚れたユニフォーム姿の矢一と陽太、互いにスマートフォンを激しく親指で連打しながら無言で歩いている。

  陽太、スマフォを握った腕をだらんと降ろして天を仰ぐ(ゲームに負けた様子)。

  矢一、陽太の肩に腕を乗せる。

    ×  ×  ×

  自販機から音を立てて出てくる二本のサイダー。

  陽太、手にとって一本を矢一に渡す。

矢一「(受け取って)今日の白木見た? カメムシ」

  陽太、プシュッとサイダーの蓋をあけて飲み始める。

矢一「笑い堪えるん必死やったわ」

  陽太、ゲップをする。

矢一「汚っ」

陽太「人を笑うんは良くないよ。白木先生は休みの日まで顧問やってくれてる。お給料変わらんのに」

矢一「ヨウちゃんは大人みたいな事いうよな。むかつかへんの?」

陽太「チームはな、誰か一人を見せしめにしてまとまる。チームは」

矢一「ほんまに言うてる?」

  矢一、サイダーを飲んでげっぷをする。


5 N中学・グラウンド

  『こーい』と各々声を出しながら守備位置についている野球部員。ノックをしている白木。ファーストに陽太。セカンドに矢一と岸(13)。

  矢一の方へ球を打つ白木。

  矢一、トンネルをしてアワアワする。球はライトの部員の方へ転がっていく。

白木「自分で拾ってこい!」

矢一「うっす!」

  矢一、走ってライトの方へ球を追う。

  白木、続いて岸に球を打つ。

  岸、球を華麗に捕ってキャッチャーに投げ返す。

  陽太、ファーストベース付近で『こーい』と延々と声を出し続けている。

  矢一、球を拾って戻ってきつつ陽太の後ろ姿を眺める。


6 クリーニング屋『タカハシ』・和室(夜)

  グローブにスポンジでオイルを塗り込む陽太。

  畳の上に置かれたスマフォ。

  スマフォ、着信音。

  高橋、スマフォを手に取って画面を見つめる。


7 無人駅・改札前(夜)

  電車から降りて来る美鈴(18)。

  美鈴、クリーム色のワンピースを着て、麦藁帽を被っている。

  呆然と立っている陽太。

  美鈴、キャリーケースを引きながら改札を出てくる。

美鈴「陽太君? だよね」

  こくりと頷く陽太。


8 クリーニング屋『タカハシ』・入口(夜)

  入っていく陽太。

  その後ろを、キャリーケースを抱えながらおそるおそるついていく美鈴。


9 同・和室(夜)

  二階に続く階段の方から美弥子のすすり泣く声が聞こえる。

  階段の方を見上げる美鈴。

  美鈴の手首を荒っぽく掴んで中へと誘導する陽太。


10 同・物置(夜)

  電気がつくと布団と枕、扇風機が置いてある四畳ほどの物置が現れる。

  部屋の前に立つ美鈴と陽太。

  陽太、美鈴の背中を突き飛ばすように物置に押し込む。

  美鈴、よろけて床に両手をつき倒れる。

美鈴、陽太の方を振り返ってニヤリと笑う。

  陽太、扉を閉める。


11 N中学・グラウンド

  N中学野球部とS中学野球部の試合が行われている。

  ベンチで声を出す陽太と矢一。

  パイプ椅子に座ってバッターにサインを送っている白木。

白木「矢一、次塁出たら代走や。準備しとけ」

矢一「はい! あざます!」

  陽太、『うてー!』と声を出し続けている。


12 クリーニング屋『タカハシ』・物置(朝)

  目を覚まして身体を起こす美鈴。

  美鈴、枕元に置いてある紙に気が付く。

美鈴「(眠たげに紙を音読)母親には言ってある。時給は千円。トイレ、風呂は自由」

  美鈴、おそるおそる扉を開いて出てくる。

  気怠いJPOPがラジオから流れている。

  和室の方でスナック菓子を食べながら新聞を読んでいる美弥子の姿。

  美弥子、ゆっくりと首を回して美鈴を見る。

  美鈴、硬直する。  

美弥子、微笑んで会釈する。

美鈴、小さく会釈する。


13 同・和室

  向かい合って食事をしている美弥子と美鈴。

  テーブルの上に並ぶサバの味噌煮、味噌汁、ご飯、漬物、麦茶。

  美鈴、ガツガツとご飯をかきこむ。

美弥子「思ったより若いなあ」

美鈴「あ、(少し勢いを緩めて)すいません」

美弥子「お替り?」

美鈴「あ、じゃあ(お椀を美弥子に差し出して)すいません」

  美弥子、受け取って傍にある炊飯器から米をよそう。

美弥子「陽太とはいつから?」

美鈴「2、3カ月前にフォローして、フォローされて、みたいな感じです」

美弥子「2、3カ月前言うたら……阪神の優勝が決まったぐらいやろか」

美鈴「巨人じゃないですか」

美弥子「巨人か」

  美弥子、美鈴に米の山盛り入った茶碗を返す。

美弥子「ほら、そこの畳んとこ」

  畳の一部、黒ずんでめくれ、解けている。

  美鈴、米をかきこみ始める。

美弥子「私はよう野球の事は分からんのやけどあの子がおんなじとこで飛び跳ねて応援するもんやから。随分めくれてしもうてるやろ」

  サバを箸で掴んで持ち上げる美鈴。

美鈴「買ってきましょうか。履歴書」

美弥子「もうええ、ええそんなん。お金勿体ないやろ。あの子がちゃんと伝えんかったのが悪い。それにあなたの事何となくは知ってるつもりやから」

  やや沈黙後、おもむろに二人ともスマフォを取り出し操作し始める。

美弥子「(スマフォ画面を観ながら)『チームの為に声を出した。青い空は僕らを眺め続けた』やって。今日も試合出られへんかったみたいやね」

美鈴「(同じくスマフォ画面を見ながら)陽太君はお母さんにフォローされてるって知ってるんですか?」

美弥子「知らんのちゃうかな。しつこいぐら『いいね』してたら、ブロックされてもうて新しいアカウント作り直したんよ。けど、私やとはバレてへんのちゃうかな」

美鈴「過保護ですね」

美弥子「ほんまは何考えてんのか気になってもうて。口下手な子やから。グローブこうてあげた時に写真アップしてくれた時はなんかほっとしたなあ……あ、『いいね』ついた。(美鈴の方を見て)あ、いつも、息子に『いいね』ありがとうございます」

美鈴「ほんとに良いと思ってますから」

美弥子「(微笑んで)実際会ってみて雰囲気違ったりせんかった? こんな爽やかな野球選手アイコンにしてるからもっとイケメン想像してたんちゃう?」

美鈴「陽太君は大事な友達です」

 美鈴、サバの目をくり貫いて食べる。


14 道

  スマフォゲームをしながら道路沿いを歩くユニフォーム姿の陽太と矢一。陽太のユニフォームは真っ新で、矢一のユニフォームは土で汚れている。

  矢一、ふと道路の方を見て、

矢一「やば、隠せ!」

  矢一、陽太のスマフォを持っている手を掴んで無理矢理下げさせる。

矢一「白木のセダンや。バレたらめんどい」

  セダン、通り過ぎていく。

矢一「ちょっとちゃうかったか」

  陽太、落ちたスマフォを眺めて立っている。

  陽太、ゆっくりスマフォを拾い上げる。

矢一「あ、割れてるっごめん! ヨウちゃん。ごめん」

陽太「うん。良いよ」

矢一「ごめん……」

  歩き出す矢一と陽太。

矢一「ヨウちゃん。さすがに俺、ヨウちゃんの事見てられへん」

陽太「……」

矢一「いや、許されへんわ。白木のやつ。俺は許されへん」

陽太「呼び捨ては良くないよ」

矢一「だって、ノックで一本もヨウちゃんの方に打たへんやん。あんなんおかしいやろ」

陽太「……」

矢一「(泣けてきて)おかしいやろ! なんで、ファーストヨウちゃんしかおらへんのに、なんで板垣とかに守らせるねん。あいつレフトやろ。おかしいやん。なんで、ヨウちゃんだけ試合に出さへんのや。なんで、誰も何も言わへんねや」

  鼻水をグシュッとしながら泣いて歩く矢一。

  陽太、真っ直ぐ前を見て歩いている。


15 クリーニング屋『タカハシ』

  カウンターで客の新島(59)からスーツを預かる美弥子。その隣に作業着姿の美鈴、胸には研修中のバッチ。

美弥子「じゃあお会計やってみようか。(新島に)すいません。ご協力お願いします」

新島「偉い若い子入ったんやなあ。大学生?」

美鈴「(レジ打ちをしながら)いえ。五百八十円になります」

  新島、千円札を美鈴に渡す。

  美鈴、美弥子の指導を受けながらレジを打つ。

新島「(店内を見回して)お店も年取ったなあ」

美弥子「私で七代目みたいです。新島さんが来てくれはる限り潰れませんよ」

新島「来年定年や。その背広とも今年でお別れかもしれん」

美弥子「そない寂しいこと言わんといてー」

美鈴「お釣りと引換券と、あと次回からお使い頂ける割引券になります(新島に手渡す)」

新島「何回でも来まっせ。死んだカミさんに一人格好悪いとこ見せたないからな」

  去っていく新島。

美鈴「ありがとうございました」

  新島、出口で陽太と出逢う。

陽太「こんちはっす!」

新島「おお。試合帰り」

陽太「はい!」

新島「よう(ユニフォーム)似合っとるな」

陽太「あざます!」

  出ていく新島と入れ替わるように入ってくる陽太。

美弥子「お帰り」

  陽太、美鈴と目が合う。

美弥子「丁度ええわ」


16 同・裏庭

  タグのついた沢山の衣服がハンガーに掛かっている。

  積み重ねられた段ボール、年季の入った大きなアイロン台、ドラム式の洗濯機、台に並んだ数種類の洗剤や柔軟剤。

  美鈴、美弥子の指導のもと、洗濯機の中に陽太のユニフォームの入った洗濯網を投入し、洗剤と柔軟剤を順に入れて蓋を閉める。

美弥子「ええよ」

美鈴、洗濯開始スイッチを押す。

  柱の陰からその様子を見ている白Tの陽太。

美弥子「終わったら、乾燥、シワ取り、アイロン掛、それから消毒で下処理は終わり。そのあとは梱包して、工場に発送。なんとなくの流れはそんな感じやな。ほんまは破れてるとこあったらしつけぐらいはするけど、あの子のは全然汚れてもないから今回はなし」

  美鈴、回転する洗濯機を見つめている。

美弥子「モナカあるよ」


17 同・縁側

  座っている陽太と美鈴。

  モナカを手で二つに割る陽太。

  陽太、片方を美鈴に渡す。

美鈴「近本、私は二番だと思う。併殺打は少ないし、塁に出れる二番って今の阪神には必要じゃないかな」

陽太「うん。主軸が定まってないからね。じゃあ一番に糸井選手とかを上げてきて、三、四、五にボーア選手、サンズ選手、マルテ選手の助っ人選手で固める」

美鈴「私、福留にはまだ頑張って欲しいな。打率が二割五分切ったら考えようだけれど、あと二年はきっと大丈夫だよ」

陽太「うん。じゃあ、三番・福留選手」

美鈴「五番、じゃない?」

陽太「うん。じゃあ、五番・福留選手」

  美鈴、ウシシと笑う。

美鈴「優しいね。陽太君って。SNSでやり取りしてた頃に想像してた通り」

  陽太、無心にモナカにかぶりつく。

美鈴「ねえ、私達が出逢った時の頃思い出せる?」

陽太「?」

美鈴「思い出せる?」

陽太「美鈴が僕の『福留の契約更新おめでとう』ってつぶやきに『同感』ってリプライして、僕はそれに『良かったです』って返事して、」

美鈴「そう。でも私はもっと前から陽太君の事見てたよ」

陽太「……」

美鈴「でもそれよりもっと前にあなたは私の事見てたでしょ。ねえ、私を呼んだ本当の理由、教えてよ」

陽太「……」

美弥子の声「洗濯終わったよー」

美鈴「はーい」

  美鈴、裏庭の方へ向かう。

  陽太の手に持っているモナカ、溶けて陽太のズボンにポトリと落ちて染みになる。

  陽太のスマフォ、着信音が鳴る。


18 河川敷

  グローブの袋を担いで、歩いてくる陽太。

  橋の下で岸、星野(14)がキャッチボールをしている。

岸「高橋! こっちこっち」

陽太「皆は?」

星野「ええから来いって」

  近づいていく陽太。

  草陰から立ち小便をし終わった白木がやってくる。

陽太「かんとく?」

白木「おー高橋」

陽太「うっす!」

白木「しーっ。練習中やないんや、普通にせえ」

  白木、顎で岸と星野に『帰れ』と合図する。

  岸と星野、そそくさとその場を立ち去る。

白木「グローブ見せてみ」

  陽太、硬直。

白木「はよう」

  陽太、グローブを取り出して白木に渡す。

  白木、陽太のグローブをはめる。

白木「(グローブをパンパンしながら)まだ全然固いのお。ん?(匂って)お前、これオイル塗り込みすぎちゃうか。やりすぎは逆に傷む。やりすぎはあかんぞ何事も。ほい」

  白木、陽太にグローブを返す。

白木「悪かったなあ」

陽太「……?」

白木「お前だけ差別して悪かった」

陽太「……っす」

白木「今度の梅中との試合出したるから、一個だけ俺の願い聞いてくれへんか?」

陽太「……っす。なんでしょう、か……」

白木「一発だけ本気で殴らせてくれへん?」

陽太「あ」

白木「お前の青臭い顔見とったら我慢できんようなってもうてな。ほら、部活でも体罰やなんや今色々大変やん。だから、一発殴らせてくれへんか。な、頼むわ」

陽太「……一発……っすか」

白木「ああ」

陽太「っす……」

白木「っし……歯くいしばれ」

  白木、陽太の右頬をグーで殴る

  倒れて悶える陽太。

  白木、自分の拳を痛がりながら

白木「痛いか? 痛いか?」

  陽太、悶え続ける。

白木「どないや! どないや!」

陽太「……っす」

白木「悪いな」

  河川敷の上で自転車を倒してこちらに向かってくる矢一の姿。

白木「あいつでも良い。誰かに話せ。俺はこれで終われるから」

  白木、走って去る。

  倒れている陽太の元にやってくる矢一。

矢一「おい! おい! なあ、これほんまにやばいやろ! おい」

  陽太の身体を起こす矢一。

矢一「岸から全部聞いた。ここで自主練するって集められたんやろ」

  矢一、ポケットからスマフォを取り出して耳にあてる。

  陽太、矢一の手を掴んでやめさせる。

矢一「あほかこんなもん警察もんや!」

  陽太、スッと立ち上がる。

矢一「陽太?」

陽太「帰るわ。僕」

矢一「俺もいく」

陽太「大丈夫。帰るから」

矢一「いや、俺もいく」


19 クリーニング屋『タカハシ』・和室・二階(夕)

  仏壇に向かって手を合わせている美弥子。

  高橋富雄(57)のスーツ姿の遺影。

矢一の声「お邪魔しまーす」

  美弥子、立ち上がって階下を覗く。

    ×  ×  ×

  腫れた頬に氷袋をあてている陽太とその隣に正座する矢一。テーブルを挟んで、美弥子、作業着のしつけ縫いをしている。

美弥子「デッドボールって怖いんやねえ」

矢一「あれは誰でもかわせへんかったと思います。星野は剛腕投手ですから。星野も謝ってました」

美弥子「そう。ありがとうね付き添ってくれて」

矢一「いえ」

美弥子「あ、加藤君モナカいる?」

矢一「いえ」

  矢一、裏庭で段ボールに衣類を箱詰めしている美鈴の姿を見つける。

矢一「新人のアルバイトさんですか?」

美弥子「そうそう。この子が連れて来たんよ」

矢一「(陽太の方を見て)え?」

陽太「言わないで良い」

美弥子「流行りのインターネットで」

矢一「そうなん? インターネットってSNSとか? ヨウちゃんそんなんやってんの?」

  陽太、立ち上がって和室を出ていく。

矢一「もう聞かへんやん」

  矢一、立ち上がって後を追う。


20 同・物置(夕)

  氷袋を手でジャラジャラと触っている陽太。

  やってくる矢一。

矢一「なあ、ほんまの事言うたほうがええんちゃうか。あいつ絶対またやるで」

  陽太、ひたすら氷袋をいじっている。

  矢一、財布を取り出して、陽太に千円札を差し出す。

矢一「スマフォ修理代。足りへんかもしれんけど、俺の全財産や」

陽太「加藤君。僕は大丈夫。僕はもう大丈夫」

矢一「俺、友達じゃないんかな」

陽太「友達だよ」

矢一「よう分からんくなってきた」

美鈴の声「どうしたのその顔」

  矢一、振り返ると美鈴が立っている。

陽太「デッドボールで」

  美鈴、陽太の近くにしゃがみ込んで、

美鈴「軟球でしょ。軟球でこんなことなるわけないよね」

  美鈴、矢一の方を見る。

矢一「……」

美鈴「(陽太に)ねえ、殴れば」

陽太「?」

美鈴「私、白木の娘ってこと知ってるんでしょ。だからここに呼んだんでしょ。復讐したいんでしょ」

矢一「……(唖然)」

美鈴「ねえ、これも白木にやられたんでしょ(陽太の腫れた頬に触れようとする)」

  矢一、美鈴のその手を掴む。

矢一「触るな」

美鈴「私ってあいつに顔似てるかな?」

矢一「お前誰だよ」

美鈴「だから白木の娘だって言ってんじゃん」

  矢一、美鈴の胸倉を掴んで倒す。

陽太「暴力は駄目だよ」

矢一「(陽太に)じゃあお前、こいつどうするつもりやねん」

陽太「友達だよ。阪神ファンの。だから手離してよ」

矢一、美鈴からゆっくり手を離す。

阪神タイガース・福留孝介の応援歌のブラスバンドが鳴り始める。


21 公園(夜)

多くの電灯が照らす芝生の公園。

  福留の応援歌が流れる中、バットを構えて左打席に立つ美鈴。

  振りかぶってボールを投げる陽太。

  美鈴、打つ。

  大勢の歓声まるでそこがスタジアムのよう

  キャッチャーの位置についていた矢一、ボールの行方を見る。

矢一「何も見えへん」

    ×  ×  ×

  仰向けになっている三人。

美鈴「星、綺麗だね」

陽太「うん。綺麗」

矢一「(草をいじりながら)いつまでおんの? 白木にバレたらめんどいんちゃうん」

美鈴「いつまでいたら良いの? 陽太君」

矢一「いや、あんたが決めることやん」

陽太「美鈴はな、あんまり、ネットとかでな、お父さんの愚痴とか言わない方が良いと思う」

美鈴「……陽太君って優しいのか、頭おかしいのか分かんないね」

陽太「お父さんを一人にしない方が良いと思う」

美鈴「無理だよ。離婚してんだから。それにあいつは元々一人になりたがってたんだよ。私にもお母さんにもずっと無関心だった」

矢一「無関心って何が?」

美鈴「一緒に暮らしてみないと分からない」

矢一「絶対嫌やわ」

  陽太、福留の応援歌を口ずさむ。

  美鈴、合わせて口ずさむ。

矢一「(草を千切って放り投げて)俺、カープファンやし」


22 クリーニング屋『タカハシ』(夜)

  カウンターで新島のスーツをビニールで梱包している美弥子。

  入口に黒い人影が立っている。

美弥子「あら、新島さん? 明日取りに来る予定ちゃいました?」

  黒い影、迫ってきて、白木の姿が顕になる。

美弥子「白木先生。どうされたんですか。こんな遅うに」

白木「すいません。陽太君のこと殴ってしまいました」

美弥子「殴ったって……」

白木「陽太君の顔殴ってしまいました」

美弥子「あの子……何か問題でも起こしたんでしょうか?」

白木「いえ、ただ殴りたなって殴ってしまいました」

美弥子「白木……先生?」

白木「お母さん。この顔に見覚えないですか」

美弥子「はい……?」

白木「白木です。教師をやる前課長の部下やらせてもらってました。懇親会で一度だけご挨拶させていただいたと思いますが。陽太君がまだこんな小さい頃ですが(手で身長を表現する)」

  美弥子、後ろポケットからスマフォを取り出す。

美弥子「いえ……」

白木「そうですよね。もう十年も前のことですから」

美弥子「あえ……そうですか……」

白木「僕ねえ、課長に毎日請求書の処理やらされとったんです。当時営業やったんですけど、外も行かせてもらえんでずっと雑用やったんです。スーツ着てビシッとネクタイ締めて会社行くんがアホらしいなってもうてね。課長が事故で亡くなったいうの知ってせいせいしたつもりやったんですけど、あかんみたいですわ。僕。あかん、ですわ。警察呼んでもらってええですよ」

美弥子「自分で……行ったらどうですか」

白木、息をすーっと吐いて美弥子に近付く。

美弥子、後ずさりする。

白木、美弥子の肩を掴む。

美弥子、スマフォを落とす。

白木「今はクリーニング屋さんですか。可哀想に。壁もボロボロで自転車操業でしょう」

美弥子「出ていってください……」

白木「僕なら陽太君にもっとええグローブ買ってやれますよ」

白木、美弥子に接吻しようとする。

白木、後頭部を何者かにバットで殴られて倒れる。

陽太、バットを握って立っている。

陽太、十秒を小さく声に出して数え始める。

  駆けつけて来る矢一と美鈴。

  膝から崩れ落ちる美弥子。

陽太「―五、六、七―」

  美鈴、倒れた白木の肩を揺する。

美鈴「お父さん? お父さん!」

  矢一、呆然と立ち尽くす。

  そこへ段ボールを抱えてやってくる業者A、B。

業者A「受け取りお願いしまーす! (状況に気が付き)え? え? 人? 倒れてるぞ」

業者B「やべーよ。おい、やべーよ」

陽太「十。(数え終えて)僕、次の梅中との試合に出るんだ。敵は梅中にアリ! だよ。皆、仲間だ」

  陽太、バットを置いて業者が運んできた段ボールの中から自分のユニフォームを引っ張り出し、和室の方へと向かって行く。


23 同・和室(夜)

  陽太、ユニフォームを置き、グローブを袋から取り出して、あぐらをかき、無心にオイルを塗り始める。

  終わり


「集団」の中で、外側から見れば異様な人間関係が内側ではそれがあたかも普通のこととして認識されてしまうことがあります。それは個人が集まったときに形成される集合意識のような、目には見えない価値意識が働くことで起こってしまうことのように私には感じ取られ、危惧しました。というのは私自身、集団スポーツをしてきた経験が長く、

実際に「集団」の中における抑圧構造において傷ついてきた人間達を見てきました。しかし、「集団」の中においてはその痛みも不必要、或いは当然の産物としてみなされ、嘆くこと自体に否定的な価値意識が働くような異質な空間がありました。それが現実社会において外側に顕在化するのは例えば、二〇十八年、日本大学アメリカンフットボール部のタックル問題のような事態をもってしかできないのではないかと考えます。しかし、もしその内側にカメラを向けることができれば、新たな「集団」へのアプローチができると思い、今回の脚本執筆にとりかかりました。「集団」の中で目には見えない集合意識をあたかも外側から発見し続けながら、「集団」に所属し続ける主人公を登場させ、彼の葛藤と混乱、理性を描くことを通して見えてくる「個」の世界を浮き彫りにしていくことで、フィクションだからこそ期待できる「集団」の透視への可能性に挑みました。また身体性を伴う部活動における人間関係とは別に、身体性を伴わない関係=SNSの世界における人間関係を挿入していくことで、そこでつながっていく曖昧な「個」と「個」の接続によって人が集う過程を体験し、そもそも人が「集う」とは何か? という原点に立ち返ってみたいと物語を進めることにしました。


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