7 2020年2月第2週目。髪を切っててよかった。
2019年1月に気付いた、左胸のしこり。
一年経った2020年2月、まな板の上のコイになってようよう、しこりにさよならできました。
懸念事項であった腫瘍近くのリンパ節の腫れも、腫瘍の転移の予兆ではなく、リンパ節を切りとらずに温存できました。
夫の話によると、手術は大成功だったそうです。
手術翌日の午前中には心電図モニターを外してもらえ、
手術後2日目が過ぎたころには、尿用カテーテルも点滴もはずしてもらいました。
手術翌日は、朝食に米粒がかろうじて見えるぐらいのおかゆと、汁だけの味噌汁。
その後徐々に、米粒がほぼほぼ残ったおかゆから、やわらかご飯へとシフト。
おかずも、絹ごし豆腐から、柔らかくにたイモ類なども加わって、手術後2日目には通常食に。
なので手術後2日目の、ドレーンのみを残した状態で、担当医も推奨の『リハビリ運動』と称して、フロア内をぐるぐる散歩(徘徊ではない!)。
さすがに、ズンズンと上下運動激しく歩けば傷が痛みますが、スーっと静かに歩けば痛みはほとんど感じませんでした。
外来の診察の合間に、診察に来てくれた担当医からは、
「ドレーンを外せたら、退院できますからね。こまめに歩いてくださいね」
というお言葉。
リンパ節をとらなかったから、予定よりも早く退院できるだろうと。
ドレーンのパックにたまる体液に、血が混じらなくなって量が減れば、ドレーンの管が抜けるとのことでした。
(手術翌日の昼では、まだまだピンク色の液がでてきてました。)
さて、手術後2日目の時点で、頭がかゆくてしかたありませんでした。
入浴したのは手術前日の昼なので、入浴後三日が過ぎていました。
体のほうは、患者のお世話をしてくれる職員さんが朝食後に熱いタオルで背中やあちこちを拭いてくれたので、まだましではありましたが。
顔も、首まわりも、ベッドから動き出せるようになってすぐ、顔をあらうついでにちょっと範囲を広げて水をかけてぬぐったりしてたのですが。
我慢の限界!
検温に来てくれた看護師さんに相談すると、担当医に確認してくれまして。
結果、夕方に入浴が可能となりました。ただし、頭のみと、腰から下だけ。
手術したところと、ドレーンを取り付けているところ。つまりは胴体部分は濡らさないように、との注意事項はありました。
本気で待ちに待った入浴タイム。
腰から下を洗い、続けて胴体を濡らさないように工夫しつつ洗髪。
わずが15分にも満たないシャワータイムですが、心身ともにリフレッシュ!できました。
洗髪は、シャンプーINリンスタイプのもの。コンディショナーは持ち込まず、シャンプーだけで済ませます。
病院の入浴時間を考えたら、さっと済ませられるのがベストかな、と思って。
3日ぶりのシャワーに気分アゲアゲ。すっきりできました。
ドライヤーで髪を乾かしつつ思ったのは、
2019年12月に髪をバッサリ切っててよかったなぁってこと。
短い髪だから、洗うのも乾かすのも楽ちん。
★★★★★★★★★★★★
4年半前と、この時に、31センチ強の髪をカットしてます。
鋭い人は、「31センチ」でお分かりいただけたかも。
そうです。切った髪は、ヘアドネーションしたんです。
二度目のヘアドネーションした直後でした。
二度の寄付と、2019年夏に実母も寄付してるので、私たち親子の髪の毛が、日本のどこかのガンと闘っている誰かの役に立ってるかも。というか、役に立っててほしい。
(実家の父の、著しく毛髪密度の下がった頭皮に役立てるつもりはなかったので(笑))
★★★★★★★★★★★★
ドレーン以外の管を外してもらい、食事も普通食。シャワーも毎日入って、空いた時間はパズル誌を解いたり、持ち込んだラジオを聴いたりな、のんびり入院ライフ。(TVは見なかった)
数日にわたって入院し、当面入院の続く私とは違い、4人部屋の他のベッドは、毎日毎日入れ替わり。
一泊か二泊の方ばかりでした。
色んな症状の方々がおられました。
のんびりパズル誌を解いていると、隣のベッドの女性に対して、その人の担当医が治療についての説明をしているのが途切れ途切れで聞こえてきました。
内容は…一泊二日の、初の抗がん剤投与について。
担当医と女性の、一部聞こえくる会話から推測するに、女性はガンで今後抗がん剤投与で治療をするようでした。
抗がん剤の副作用で、髪が抜けるのでカツラを用意することとか、抜けている間の頭皮の手入れとか。
次回の投与までの段取りとか色々。
少し不安げなのか、色々質問する女性に、担当医は丁寧に答えてました。
私は、乳がんではなかったけれど。もしもあの切除した腫瘍が、乳がんだったのなら。
私も、隣の女性と同じに抗がん剤治療やら、放射線治療が開始されていたのだろうかと思う。
隣の女性は早期発見された初期のガンのようだった。
しかし私は、しこりに気付いて1年ほったらかしにしていた。
もしも、私が乳がんだったのなら。
早期にガンの治療を開始した隣の女性と比べ、『手遅れ』になっていたかもしれない。
隣の女性は担当医と『今後』の治療方針の話をしていた。
もしも私が乳がんだったなら、担当医と私の話は『余命期間と、限りある時間をどう過ごすか』って内容だったかもしれない。
しこりを一年もほったらかしにしていた私が言うのもなんですが。
身近な人・大切な人が「最近、しこりを見つけて」と言ったら。
すぐさま病院に行って検査を受けるよう、説得してください。
私は、たまたま乳がんではなかったから生き延びることができたけど。
もしも乳がんだったのなら、たぶん取り返しがつかないところまでいっていた。
私の隣のベッドの女性のように、取り返しがつくうちに治療を開始できるよう、説得してください。
ドレーンから出てくる体液の量が減らないし、まだピンクが強いので、さらに入院は続くのでした。
この時点で、パズル誌は2冊目に入っていました。




