どこでも寝てしまう系美少女のお世話係に任命されました
俺、本庄歩夢は今、超絶美少女が寝ている目の前の席に座っている。
青葉弓月。
茶髪のショートボブで、小柄な体格をしているこの美少女はもちろんのこと、この学校で一番と言っていいほどに人気者だ。
そんな人気者がなぜ誰もいない放課後の教室で、そこまで友達が多いわけではない、いたって普通の高校生である俺が目の前に座っているのか。
それは、こいつがどこでも寝ちゃう系女子だからだ。
ほんとにどこでも寝てしまうのだ。それもなかなか突発的に。
確か以前は水泳の授業中にビート板の上で深い眠りについてしまうほどの重症っぷりだ。
もう一度言うが、こいつは可愛い。だからどこでも寝てしまうのは危険なのである。
それを本人は理解しているようで、暇そうな俺を世話係として任命してきたようだ。
細かい生い立ちは、話せば長くなるので今回はやめておこう。
さて、この机に突っ伏して気持ちよさそうに寝ているこいつはいつになったら起きるのだろうか。
最速タイムでさえ三十分。現在こいつが睡眠を始めてから三十分が経過している。そろそろ起きてもおかしくない頃あいだ。
「すぴーすぴー」
かすかに寝息が聞こえる。
その寝息はもちろん脳裏に焼き付け、きっと帰ってからベットの中で思い出しては癒されることだろう。
それにしても……寝顔が最高に可愛いなくそっ!
俺がどうしてこいつの世話係を引き受けたのか。それはもちろん、こいつの寝顔を拝見するためである。
寝顔を対価に警備をする。ふむふむなかなかいい条件の仕事ではないか。
青春ラブコメ的展開は訪れる気配を見せていないが、俺はこれで十分幸せを感じている。
毎日が自称リア充ライフだ。
「むにゃむにゃ……喉乾いたぁ……」
ちなみにこれは寝言である。
しかし、寝言はこいつの本心である。寝ていながらもこいつはコミュニケーションをとるすべを身に着けているのだ。なんと恐ろしい奴め……。
「はいはい」
俺はそう答えていつも通りミルクティーを机の上に置いた。
そろそろ起きるころ合いだろう。
俺は重くなった瞼を開け、目をこする。
こんなに気持ちよさそうに寝ている人を目の前にしたら、そりゃ俺も眠くなる。
ただ、俺が寝たら本末転倒なので決して寝てはいけない。
俺はしっかりと仕事を全うするのだ。
「んーー……おはよぉー……」
大きなあくびをしながら青葉は目を覚ました。
スマホの時間計測アプリで今回の睡眠時間を見る。
「三十三分。惜しくも最速記録ならず……だな」
「別に私は最速記録を更新しようだなって思ってないわよーふはぁー」
大きく伸びをしながら、だるそうに答える。
青葉は開いたばかりの目をこすりながら、窓を開けた。気持ちの良い夕方の風が頬をそっと撫でる。
そしてもう一度大きなあくびと伸びをした。
「まぁとりあえず、おはよ」
「この時間帯だとおはよっていうのか?」
「そんなこときにしなくていいのー」
「そ、そうか」
そんな会話をしながら、青葉は再び俺の目の前の席に座り、机の上にあるミルクティーを手にもった。
ペットボトルの蓋を開けようとする。が、どうやら苦戦しているようだ。
「ん」
言葉とはいいがたい声を発して俺にSOSを発信。
開けるのが当然みたいな態度、やめてくださいね?
「はいはい」
青葉からペットボトルを受け取り、くいっとひねる。
このペットボトルの蓋を開ける感覚、地味に好きなんだよなぁ。
そんなことを思いながら蓋を開け、青葉へと返す。
「ありがと」
ただそれだけ言って、ミルクティーを喉へと流し込んだ。
「ぷはぁー。やっぱり昼寝のあとのミルクティーは格別だわー。うまいうまい。今日も私は幸せね」
「何おじさんみたいなこと言ってんだよ。じじくさいぞ」
「む、むぅー」
俺の発言に気を損ねたようで、青葉は頬をぷくーってを膨らませた。
やめてなにそれ可愛いもっとやれ。
「私は今をときめく乙女だよ? そんな乙女に言うセリフじゃないと思うんだけどなぁ」
「乙女だったら恋の一つや二つ、するもんじゃないのか?」
「う、うぅー……」
人気者で超絶美少女の青葉は当然のごとくモテる。
昼休みは毎日のように告白されているほどだ。しかし、そのすべてを断っている。
高根の花。絶対に落ちないと言われるほどに、無敵要塞の青葉弓月なのだ。
そんなこいつならしようと思えばいくらでも恋の一つや二つできると思うのだが、未だにそう言う噂は出てきたことはない。
モテない俺からしたら、くそ野郎! と叫びたくなるね。
そういえば、こいつに好きな人はいるのだろうか。
ふと疑問に思った。
「青葉ってさ、好きな人とかいるのか?」
そうさり気なく聞くと、少し驚いたように目をぱっちりと開いた。
「えぇーうーん、まぁ一応いるけど……」
「えっいたのかよ?! それは初耳だ」
無敵要塞のこいつに好きな人が?! これは驚き驚き驚きだ。
「まぁ誰にも言ってないからね」
「そ、そっか」
別にこいつに好きな人がいるからと言って残念なわけではない。
確かにこいつは可愛いと思うが、別に恋愛感情を抱いているというわけではないからだ。
というか、こいつに恋愛感情を抱いたところで玉砕は決定事項だ。
こいつに恋愛感情を抱いたところで無意味だということを、本能的に察知しているようだ。
「あれ私に好きな人がいたことに、少し落ち込んでる?」
「なわけないだろ。俺とお前はいわば雇用主と労働者。そこに恋愛感情を発生しない」
「ちぇつまんないのー」
「俺がお前に好きな人ができたことを落ち込んでいたとしても、何も面白くなんてないだろ?」
「い、いや……きっと面白いと思うけどなぁ」
「何を根拠に」
「それは私の勘」
「はい根拠なし」
「むぅー」
そんなたわいもない話をする。
こんなどうでもいい話ばかりをしているが、こう見えてこれが俺の放課後の楽しみであったりする。
俺はまた気まぐれに青葉に疑問を投げかける。
「お前の好きな人って、どんな人なんだ?」
青葉くらいの美少女が好きになる人だ。きっとイケメンか高スペックに違いない。
それは分かっているんだがほんの少しの興味本位で聞いてみる。
俺の疑問に、青葉はなぜかにやりと笑った。
「どんな人か、知りたいの?」
「ま、まぁな。ほんの少しの興味本位だ」
「えぇーじゃあ教えてあげない」
「な、なんでだよ」
「だって、ほんの少しだけの興味本位なんでしょ?」
く、くそ……。
めんどくさい奴め。
こうやっていつも俺をからかうのだ。そして俺で遊ぶのだ。
これでからかわれるのは癪だが、割と気になっているので乗ってやろう。
「だいぶ、興味ありだな」
「ははーん。そんなに私の好きな人に興味あるんだ―。そっかーふーん」
案の定、俺をからかってきた。
うれしそうな表情。きっと寝ているときと同じくらいに幸せを感じているに違いない。
何ともまぁ凶悪な性格をしている。
「私の好きな人はねー」
青葉の次なる言葉に耳を傾ける。
別に俺はこいつのことが好きではないし、ツンデレキャラとかでもないが、やはり気になってしまう。
まぁどうせイケメンだとか高スペックだとか、そんなところだろうが。
そんな軽い予想を胸に抱く。
そして青葉の口がゆっくりと開いた。
「私が寝ているときに、そばにいてくれる人……かな?」
その言葉に胸がドキッとする。
青葉の顔を直視できず、すぐさま視線を下げた。
えっ何それ何それ。
それってまさか……俺のこと?!
た、確かにこいつが寝ているときにそばにいるのは俺だけだし、こいつの言っていることが確かなら俺しかいねぇじゃねぇーか。
う、嘘だろ……青葉が俺のことを……。
そんなことを思いながらちらっと青葉の方に視線を向ける。
すると先ほどよりも明らかに俺と近い位置に、青葉の顔があった。
今にもくっついてしまいそうな距離。
青葉の顔がゆっくりと近づき、青葉が耳元でそっとささやく。
「じょーだん……だよ?」
…………。
「こ、このやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
いやそうだと思いましたよ!
いやまぁよくよく考えれば青葉が俺のことを好きになるわけなんてないんだし、さっきの言葉が嘘だったって考える方が普通じゃないか。
何やってるんだ青春に毒された俺の頭っ!
こいつはいつもそうなのだ。
そろそろ学習しなければ……むむむ。
自分へ猛烈な戒めを行っているさなか、青葉はけらけらと笑っている。
とんでもない悪女め……許さねぇ……。
「どんだけ照れてるのよ。顔真っ赤よ? あっもしかして俺のこと……?! とか思ってたんでしょ?」
「うっ……」
図星を突くな図星を。
「まぁ、歩夢が照れるのも無理ないか。だって全然女子に免疫ないもんねぇ?」
「う、うるせぇ! もういいだろ全く……」
「はぁいいもん見たわ。これでまたいい夢見れそうだなぁ」
「えっまた寝るのか?!」
「あたりまえでしょー。いくら寝ても足りないしー」
青葉はそう言いながら大きなあくびをした。
ほ、ほんとに寝るんですね……。
「じゃあおやすみぃー」
そう言ってまた青葉は机に突っ伏し、目を閉じた。
そしてすぐさまかすかな寝息が、俺の耳に入ってきた。
「ほんと、自由な奴だな」
さっきはあんだけ俺をからかっときながら、すぐに寝るくらいだ。
きっと恐ろしく自由人に違いない。
こうやって、これからもこいつに振り回されていくのだろう。
「まぁ、別に嫌いじゃないが」
思わず頬が緩み、そんなことを口にしてしまう。
まぁ、こいつは寝ているから、きっと聞こえてなんていないだろうけど。
気持ちよさそうに寝ている青葉の寝顔に視線を向ける。
心なしか、青葉の頬はほんのり赤く染まっているように見えた。
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