フラグ委員会
SSバトル企画 参加作品です。
『あなたの恋を応援します!!』
自室のベッドで寝転がりながらケータイをいじっていた時、そう銘打たれたサイトを発見した。真っ黒な下地に骸骨や水晶が奇妙な紋様と一緒に描かれている背景は、どこか見るものを引寄せる黒々しいものを感じた。サイトの概要を見れば、料金はかからないようだし登録制でもない。胡散臭さだけは天下一品に思えたが、藁にもすがりたい今の俺にとっては関係のない話だった。
『私たちの特殊な力で、あなたの意中の子と仲良くなれるようにしましょう!』
特殊な力ってなんだよ、と思いつつも、俺は内容に目を通していく。
どうやらケータイのメールアドレスを送信すれば良いらしい。最悪拒否設定にすればいいやと、軽い気持ちでサイトにメールアドレスを送信した。
落ち着かない心臓を抑えて返信メールを待つと、ものの数秒でそれはやってきた。
『フラグ委員会へようこそ! 意中の子の情報を以下のアドレスに送ってね!』
俺はそのアドレスに飛び、情報を入力した。その下に様々な条件もあった。
どうやらフラグが立つ確率は百パーセントじゃないらしい。俺の行動で確率が左右されるようだ。その行動は向こうからメールで指定されるらしく、その行動レベルを設定できるらしい。その内容には何故か『危険度』が記載されていた。危険度が高ければ高いほど、フラグが立つ確率があがる、ということだった。
俺は無難にレベル十ある中のレベル二を選択して、送信ボタンを押した。
ふう、と溜めていた息を大きく吐き出した。ケータイを握ったままベッドに両手を放り出し、くだらない、と自嘲の意を込めて呟いた。こんなもので恋愛が成就したら、誰も苦労しない。
「……むふふ」
とは言え期待に胸が躍らないわけもなかった。
それから数十分後、フラグ委員会と名乗るところからメールが来た。内容をざっと読むと、流石はレベル二なのか、ただ意中の相手をデートに誘うだけで良いようだった。なんだか詐欺にあったような気分だ。
だが、俺はこの手のジンクスを信じている。そうと決まれば善は急げ、俺は東原さんに休日の予定を聞くためにメールを開いた。こういう時のために、同じ生徒会役員の知り合いからメアドはゲットしている。はやる気持ちを抑えて、文章を丁寧に見直してから、送信ボタンを押した。
数分後、恐ろしいことに、俺は日曜日に東原さんとデートの約束を取り付けてしまった。
「やった!!」
テンション高々と叫んで、下からやってきた母ちゃんに殴られたのは言うまでも無い。
あまりの嬉しさに知人友人に報告メールを送りまくったのが五分前。当日を迎えた俺は緊張で吐き気を催してきていた。今ではちまちまと返って来る友人のメールだけが頼りだ。
「死ね」「おまえ冗談が上手くなったな」「え? リアル?」などなど、基本的に妬みのメールが多い。軽い優越感に浸れたろうに、腹痛でそんな余裕もない。幼馴染で女友達のあかりは、ただ一人「楽しんできてね」と溢れそうな優しさをくれた。
何通かメールのやりとりをしていると、彼女がやってきた。私服に身を包みロングの髪を靡かせて歩く姿に、思わず胸が熱くなった。
「こんにちは。今日は沢山楽しませてね?」
「も、もちろん!」
デートコースの計画はメールで指定されている。あとは会話を途切れさせないように最新の注意を払いながら、その計画になぞるだけだ。失敗する気がしない。俺はさっそく彼女を最初に目的地へと案内するべく、俺についてこいと言わんばかりに背を向けて歩き出した。
その日は夕方の六時過ぎ辺りで解散になった。彼女の門限が八時で、早めに帰宅するためだ。メールで指定されたデートの内容はほぼすべて遂行したから、不安は無い。駅で彼女を見送った時のことだ。
「今日は凄く、すごーく楽しかったね! 今度はいつ遊べる?」
そんな風に言葉を弾ませて言っていた。結果来週の日曜日にもデートの約束を取り付けたのだ。もはや嬉しくないわけが無い。俺の頬は別れてから緩みっぱなしだった。
ケータイがズボンのポケットで震えた。俺は取り出して、メールを確認する。フラグ委員会からだ。
『レベル二フラグ達成おめでとうございます! これにてフラグは成立しました。私たちが協力させて頂くのはここまでです。あとはあなたの頑張りが恋を成就させるでしょう! では、ご利用有り難うございました!!』
俺はその文面にもう疑心を感じることはなくなっていた。無償でここまで結果を出してくれるところなんてここ以外には無いだろう。伝わらないだろうけれど、俺はケータイの文面に向かって一礼した。
帰路についている途中、滅多にひっかからないところで、赤信号にひっかかった。ここは交通量が多くなければ、人通りも少ないために信号が変わるのが早い。俺は暁色に染まる空を仰ぎ見ながら、その場で立ち止まった。
――どんっ。
その時。俺はタックルを受けるような強烈な衝撃と共に背後から誰かに突かれた。そして、まるでご都合展開が用意されていたように横道から速度の出たトラックが走ってくる。
嘘だろう、と思わず漏らした。しかし同時に、こんな上手い話があるわけがなかった、とオカルトに溺れていた自分を嘲笑したくなった。急速に展開する思考。一瞬にして理解した。
オカルトサイトに出くわした時点で、死亡フラグは立っていたのかもしれないと。
目を覚ますと、泣き腫らした親の顔があった。意識を覚醒させるのに数分かかった。身体はセメントなのか包帯なのか良く分からないもので拘束されていて、身動き一つ取れない。そのうち瞼を開いた俺の姿に親が気付いて、痛む身体に遠慮なく抱きついてきた。
母親の泣く姿なんて始めてみた。俺はなんだか悪い気分がして、「ごめん」とかすれていた声で謝った。
「良かったな。外傷は少ないそうだ」
父親が母親の後ろからひょっこり顔を出してそう言った。目の下が少し赤くなっているところを見て、俺は一層自分の馬鹿らしさを呪った。
「あかりちゃんが轢かれたお前を真っ先に発見して救急車を呼んでくれたのよ。お礼を言いなさい」
さらに後方を見ると、そこには幼馴染のあかりの姿があった。彼女も泣き腫らしたのか、父親のそれよりもよほどに酷い状態だった。
「大丈夫です。彼が無事なら私は……」
「いいや、ありがとうあかり。おかげで助かったよ。何かお礼をさせてくれ」
本当に感謝したい。もしもあかりが見つけてくれなかったら、俺はきっとこの世にいなかったかもしれないのだ。
「じゃあ、退院したら昔みたいにどこかに遊びに行こうよ」
「そのくらいなら全然良いぜ」
「やった!」
あかりが飛び上がると、俺もなんだか嬉しくなった。
どこからともなくバイブレーターの音が鳴った。俺のものかと思ったが、どうやらあかりのものらしい。「メールだ」とあかりはケータイを開いた。
「用事か?」
「ううん、なんでもないの」
そう言うあかりの笑顔は、とても可愛かった。
『レベル十フラグ達成おめでとうございます! これにてフラグは成立しました。私たちが協力させて頂くのはここまでです。あとはあなたの頑張りが恋を成就させるでしょう! では、ご利用有り難うございました!!』
どうもはじめしての方ははじめまして、そうじゃない方はお久しぶりです。蜻蛉です。
SS企画ということで、今回は相手がコメディ上手だったので、同じ土俵で戦いたい!と意気込んだはいいものの、結局コメディじゃないものに仕上がりました。すいません。
最近星新一を読み始めて、「あ、俺のSSの構成じゃねえ」と気付いて、若干不安があります。本当に上手いですよね、星新一さん。見習いたいです。
企画作品は企画ページや、検索「SSバトル企画」でごらん下さい。
では、ありがとうございました!!