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俺、誕生

俺の名前は山田タケル!平凡な高校生だ

高校に通うぜ!

かわいい女の子と青春をおくりたいぜな~

たとえばこの角を曲がったら女の子とぶつかったりとか...


次の瞬間女の力とは思えない衝撃が俺を襲った

それはそうだった

俺がぶつかったのは女の子ではなくトラックだったのだ

俺は死んだーーーー


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

目が覚めるとタケルは背中に硬く冷たい感触を受け、耳に生ぬるい吐息を感じた。

腹に響くようなその声は、恐怖や不安や悲しみを孕んだ呻きのようにも思えたが、何か歌を口ずさんでいるようにも聞こえた。


驚いて顔を上げると、血のように揺らめく緋色の眼と目が合う。

耳の横からとぐろを巻くように長く伸びる赤いツノ。伸ばされた黒髪は夜のように深く暗く艶やかだ。


その男はタケルを見て、妖艶とも取れるような笑みを浮かべながらタケルを腕の中で揺りかごのように揺らしてみせる。

そこでやっとタケルは、自分が6歳ほどの大きさの子供の姿で男に抱かれているのだと気づいた。


「目覚めたか、我が息子。魔を統べる王たるナディケタダルの血をわけた災ノ因子(ダークネス・カラミティ)よ…」


なんと驚くべき事に

俺は災ノ因子(ダークネス・カラミティ)に転生したのだった!

我が息子ということはこのナディケタダルという人が俺の父親なのだろうな!イケメンだぜ!


「くぅ~さすが我が主君のお世継ぎ!見目の麗しさもさることながら、我ら下々を従える貫禄が既に備わっていらっしゃる!」


誰だこいつ!距離感という概念がないのかまじまじと俺が見てきやがるぜ...

見るからに悪魔なんだぜ...こいつもまたイケメンだな!


「近いぞドルトムント 謀反か?」


「とんでもございません!」


「フフ...冗談だ」


なんだか仲良しみたいだな!前世では女の子とイチャイチャできなかったけどこんどこそはイチャイチャしてみせるぜ!

こうして俺の人生は再び幕を上げたのだった!


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


タケルが喜び勇んでいたのも束の間、その日から始まったドルトムントによる英才教育によってタケルは目まぐるしい日々を過ごすこととなった。


「はい!よろしいですかタケル様!魔族の鉤爪は毒の粉が…ヤマディタケル様!聞いていらっしゃいますか!」


「あーあー聞こえてるんだぜ!くっそ〜なんだってこんな場所で勉強ばっかしなくちゃならないんだぜよチクショ〜もっと可愛い魔族のピチピチギャルっぴとかいないのかよー!」


なおもぎゃあぎゃあと喚くタケルにドルトムントは青筋を浮かべて教鞭を折る。


「ほう…僕の授業はそんなにお気に召しませんか…では仕方ありませんね。…展開、血の契約(ブラッド・ナイフ)


ドルトムントの手にどろりとした赤い液体が巻きついたかと思った次の瞬間、それは刃のように鋭く形を変えタケルの耳を掠めて後方へ飛んで行った。


「ひ、ヒェ…」


「ナディケタダル様を落胆させるならば…たとえタケル様といえど容赦は致しません」


にっこりと微笑むドルトムントにタケルは本能的に恐怖を覚えた。逆らったら殺される。ドルトムントにはタケルにそう思わせるだけの気迫があった。


ドルトムントとの地獄のような勉強時間が終わり、やっと自由時間なんだぜ

しかしこの城...広い割に人がいないんだぜ

ちょこちょこ執事っぽいのは見かけるけどメイドさんがいないんだぜ

にょにんきんせーって奴なのぜか?


「はっ...?女?おかしなことをおっしゃいますねタケル様 男女という区別は我ら魔族にはありませんよ」


「な、なんだってー!!!!!!!!!」


驚愕の事実にガタブルでチビりそうな俺にドルトムントは続けた


「ちゃーんとその辺のお話はお勉強の時にお話ししたんですがねぇ...タケル様...

まぁいいでしょう

良いですか、魔王様がタケル様をお一人で誕生させられたように魔族には生殖が必要ないのですよ

それゆえに男女という物が...タケル様?」


俺は走ってその場を離れた

生殖が必要ない?つまり俺は女の子とイチャイチャできないってことなのぜか...?

部屋に閉じ籠りさめざめと泣くしかなかったーーーーー


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


タケルが部屋で孤独をかみ締めながら涙を流していると、どこからかコンコンコンとノックするような音がした。


誰か来たのかと扉を開けるが、部屋脇に控えていた執事が「どうかなさいましたか」と声をかけてきたので、タケルは首をかしげながら扉を閉めた。


気のせいかと思い、またさめざめと泣こうかとベッドに向かっている時に再びコンコンコンと、やはりノックしているような音がした。


部屋の中に視線を彷徨わせていると、またコンコンコンと音がする。

チラリと視界の端に何かが映り、窓に目を凝らしてみると、外から白い手がコンコンコンと窓の縁をノックしているのが見て取れた。


タケルが窓を開けて見下ろすと、そこには金の巻き毛の美しい青い瞳の少女が立っていた。


少女はタケルを見るやいなや、ボッと顔を赤らめてしどろもどろになってしまう。


お、お、お、お、女の子だーーーーーー!!

俺は生まれて初めて女の子を見たぜ!かわいいぜ!


「あ、あの...わたひ あっ私!えっとあの...タケル様...ですよね...」

「そうだぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


おっと興奮のあまり腹の底から声を出してしまったぜ


「はわぁダンプカーよりおっきな声ですぅ...!」 


たじたじと驚きながらも顔を赤らめる女の子...ド好みなんだぜ!


「名前は何て言うんだぜ?」


「あっ私...トラクティーと申します!」


「名前もかわいいんだぜ!」


「は、恥ずかしいですぅ!私...言わなきゃいけないことがあって...私...あの...

私!あなたを跳ねちゃったトラックなんですぅ!」


「っぜ!?」


あまりのことに脳が追い付かないんだぜ

このかわいいん女の子があのトラック...!?どういう事だぜ...!?


「あ、あの…ひゃくぶんはいっけんにしらす…ですよね!」


言うが早いかその少女は息をぎゅっと止めて全身に力を込めると、次第に肌が隆起し腰骨からは車輪の一部が形成され、みるみるうちにトラックへと変貌を遂げてしまった。


「あのぉ私…あなたの世界に遊びに行った時に…うかれててうっかりあなたをはねてしまって…」


「ぜ…?」


「私、この世界で生命を司る魔女と呼ばれているんですぅ…だからせめて罪滅ぼしにこちらの世界に転生させてみたんですけど…」


そこで少女は言い淀む。


「その…間違えて魔王ナディケタダルのご子息の魂とあなたの魂を入れ替えてしまって…だから…あの…」


「ぜ…?ぜ…?」


タケルの脳は既にパンクしていた。


「勘づかれたら殺されます」


少女はきゃっと顔を赤くして頬に手をやるが、タケルは少女の話を理解出来なかった。


いや、理解はしたがタケルは少女があまりにも可愛い仕草をするので見とれていた。


「じゃ、じゃあお父さんの本当の息子は今...」

「本来あなたが入るはずだった勇者の身体に入っちゃってますね!」


俺は本来勇者に生まれる予定だったのか...!そっちのほうが女の子多そうなのぜ...


「た、大変なんだぜ...!」


「ご、ごめんなさぁい!なんでもしますから!」


「ん?今なんでもって

じゃあ俺とお付き合いしてくれぜ!」


「ええっ!?でも私あなたを跳ねてしまって入れる器もまちがえてしまったのですよ!」


そういわれると少し考えちゃうのぜ...


「背に腹は変えられないのぜ!他のかわいい女の子と出会うまででいいから頼むんだぜ!」


この城で他の女の子に出会う確率はゼロ...最善の策なんだぜ


「はわ...!ナチュラルクズですぅ...!なんでもするといった手前断ることは出来ませんお受けいたしましょう!そして魔王に気づかれないようにサポートいたしますね!」


そうだった気づかれたらこの短い人生が幕を閉じてしまうぜ!

これが俺とトラクティーとの奇妙な日常の始まりだった...


一方その頃、魔王ナディケタダルの自室にて。


「ドルトムントです。失礼致します」


「お前か。タケルの教育は上手くいっているか?」


「それがなかなか難航しておりまして…」


「そうか。それで策があるんだろう。話してみろ」


「は、多少手荒な手段ではありますが…タケル様のためを思えば嘆きの谷へ送るべきかと」


ナディケタダルは枝の先に火を灯し、虚空に掲げた。

煙が立ち上り、形作るのは龍の影。


「…いいだろう。送れ」


「はっ!」


ドルトムントが退室するのを気にかける様子もなく、ナディケタダルは窓の外に広がる枯れた大地を見下ろす。


「タケル…お前を新たな魔王となればこの大地にも再び…」


大地を這う亡者、悪魔、魑魅魍魎ちみもうりょうは互いを喰らい殺戮を繰り返している。

いつまでも繰り返す呪いのような光景を、ナディケタダルはドルトムントさえ凍りつくほどの冷たい眼差しで眺め続けていた。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「え!?嘆きの谷に俺がぜ!?」


「そうです そこで生き延びて見せることこそ今回のお勉強ですよタケル様

ちなみに僕は助けにはあがりませんのでご了解下さい」


嘆きの谷...ドルトムントの授業で少し勉強したぜ...

昔に神の嘆きで裂けた大地の割れ目のことだぜ...そこはガラパゴスみたいな独自の生態系でまだまだ研究がおっついてないとか...俺にしては覚えてるぜ!


「そんなぁ...!そんなよくわからないとこで生きていけないぜ!」


「いーえ、なんとしても行っていただきます!問答無用でございます!展開!空間転送(テレポート)!」


足元に魔方陣が展開されまばゆい光に包まれる

俺が目を開けるともうそこは城ではなかった...!


「ここが...ガラパゴスかぜ!?」


「嘆きの谷ですよぅ!」


タケルのバングルが輝き、鈴のような声がする。


「うおっ!腕輪が喋ったぜ!」


「トラクティーですぅ!あなたのサポートをするためにバングルに変化するところを、さっきお見せしたじゃないですかぁ…!」


タケルはへへっと笑って誤魔化すと、辺りをぐるりと見回した。


「でもここが嘆きの谷なのぜ?思ったより普通の森っぽいとこっぽいぜ!」


「油断は禁物ですぅ…ここには魔族でさえ手に負えない動物やドラゴンが住んでいるんですぅ…」


耳を澄ませば確かに奇妙な鳴き声が聞こえてくる。

タケルはトラクティーの変化したバングルをぺちぺちと叩く。


「なんでトラクティーは女の子の姿にならないんだぜ?ドルトムントならもうとっくにいないぜ!」


「それはどうでしょう…ドルトムントと言えば魔王ナディケタダルの第一の腹心。完璧主義で有名なドルトムントがタケル様を谷に放置してさっさと帰ったりするでしょうか…」


トラクティーの話を遮るように、突然ぐるる〜とタケルの腹が鳴る。


「えへへ、まずはご飯みたいですね!この辺で食べられそうなのは...」


バングルからホログラムが浮かび上がる


「とかげ?こいつ食べられるのか?」


「この子はですねぇ!実はおいしく設計したんですよっ!まだ誰も無事に食べてくれてないみたいなんですが...うーんお腹の毒袋をうまく取り除けば美味しくいただけるんですが...」


「そういえば生命を司る魔女だったんだぜ

とにかくこいつを捕まえてみるぜ!」


ドルトムントに習った魔法でつかいこなせるのは血の契約だけなんだぜ

ちょうど目の前の茂みをワニサイズのとかげが横切っていったんだぜ!


「展開!血の契約ブラッディ・ナイフ!」


俺の手から放たれた赤い刃は見事とかげの背中ど真ん中に突き刺さった!


「やったぜ!...お?どんどんどす黒くなってくのぜ...」


「あ~毒袋を破いちゃいましたね...破ってしまうと全身に毒がたまって食べられなくなってしまうんですよ」


「そ、そんなー!腹減ったのぜ~!」


ぐうぐうと切ない音を響かせるタケルの腹。トラクティーは困ったようにうーんと唸り、そうだ!と明るく声を上げた。


「タケル様!そのトカゲを使ってもっと大物を狙えるかもですよぅ!」


大物と聞いてタケルは目を輝かせた。


「もっと大きいトカゲが食えるのぜ!?」


「チッチッチッ…トカゲどころじゃありません。上手くいけばドラゴンだって食べられるかもなんですら!」


肝心なところを噛んでしまったトラクティーは照れたように笑って、ホログラムで解説する。


「いいですか?このトカゲは毒袋を破いてしまったので、もうどうやっても食べられません。でもこれに油草の絞り汁をかけると、とっても美味しそうな香りが出るんですぅ!」


「香りだけなのぜ?」


「はい、香りだけなので食べたら死にます」


「意味ないぜー!」


地面に手足を投げ出してじたばたと暴れ回るタケルの姿は年相応で、傍から見れば微笑ましい。

だがタケルは元高校生。それを知るトラクティーはため息をついた。


「タケル様…話は最後まで聞いてくださいですぅ…そのトカゲを食べるのは私たちではなく獲物の方ですぅ…」


「獲物...?そうか!海老で鯨を釣るってやつだぜ!」


海老で鯨をつったら大事である


「そういうことです!ささ、油草を摘みましょう!」


血の契約を鎌がわりにザクザク刈っていくぜ

油草から薫ってくるのは草独特の青臭い臭いではなくどことなくゴマ油のような香りだぜ

こんもりひとやま出来たぜこれくらいで足りるか?


「じゃあこれをもっともっと香りが出るように潰しちゃいましょう!」


「この量をかぜ?結構大変なんだぜ...」


「あ!いいこと思い付き足ました!この油草をまんべんなくとかげにかけてください!」


トラクティーに言われたとおりとかげの全身に油草をかけた

これだけでもなかなか匂いがするぜ


「よーしいきますよぉ」


バングルからにゅっと車輪が出現しメリメリととかげを潰し進み始めた


「おえーっぷ視覚的にきついぜ~!それにこんなことしたら見つかっちゃうんじゃないぜ?」


「部分的な変化でしたら多少ごまかしがきくんです!もし今見られていたとしてもとかげがひとりでにつぶれてるようにしか映りませんよ」


そうこういってるうちにとかげごと潰し終わった油草はさっきよりも強烈な香りを放ち始めたぜ!さすがに鼻が曲がるぜ!


「あとはこれを持って手近な洞窟にでも投げ込めば罠の完成ですぅ!」


「おーしじゃあ早速いくぜ!」


トラクティーの助言に従い、近くに自生していたカワシ葉で油草でよく揉みこんだトカゲの肉団子を包み、タケルはそれを抱えてぽたぽたと歩きだした。


「そういえば、トラクティーは腹が減らないぜか?」


「私は来る前に食べてきたので大丈夫ですよぅ」


「俺も食べてくればよかったぜ…ドルトムントにきょーせーれんこんされなきゃ今頃ジューシーな正体不明のうまい肉が食えたはずぜ…」


「正体もわからず食べてたんですかぁ…?」


他愛ない話をしながら森の中を進んでいると、唐突に視界が開けた。

タケルたちの目の前に現れたのは乾いた岩肌と、黒くぽっかりと口を開けた大きな洞窟の入口だった。


「ちょうど良さそうなんだぜ!」


「さー投げ込んじゃって下さい!」


どっちどっちと肉団子を投げ込み木陰へと隠れたぜ

そろそろ腹減り度合いがヤバイんだぜ...


「あっ!タケル様!洞窟から顔を出してますよ!」


「あれは...鯨ぜ!?」


のしりと洞窟から顔を出してきたのは、全身苔むした四本足の鯨だったぜ!


「ほげぇ~!(捕鯨)」


「アホな事いってないで聞いて下さい!あれは山鯨といってここ以外の土地には生息していないとってもレアなお肉なんですよ!」


レアなお肉ということは超絶うまいに決まってるんだぜ!食うぜ!


「でもなんで肉団子を投げたのに出てきたんだぜ?」


「警戒してるのかもしれませんね...うーんなんとか食べさせる方法は...」


その時、キュウゥウウ!と山鯨が甲高く叫び大地が揺れた。

タケルはその頭蓋骨がひび割れそうなほどの高く大きな不快音に、たまらず耳を塞いでその場にうずくまる。


「ぬぐぅ…っ!?頭が死ぬぜ〜…っ!?」


「わりともう死んでる気もしますが…」


途端に弾かれたように山鯨がタケルの方向へ突進してくる。


「なんでこっちに向かってくるんだぜ!?肉団子に見向きもしないぜ〜!?」


「あっ!思い出しました!」


トラクティーの声に同期して、バングルが強く明滅する。


「山鯨は嗅覚が鈍く、音の反響を利用して狩りをするんですぅ!」


「それを早く言うんだぜ〜!」


咄嗟に血の契約を放つタケルだが、勢いよく飛び出した赤いナイフは山鯨の硬い装甲に当たり粉々に砕け散ってしまう。


傷一つつかないどころか、逆に山鯨の怒りを煽る結果となってしまった。


キュウゥウオオオオ!


「も、もうダメなんだぜー!」 


山鯨の口にのまれちゃったぜ!暗いぜ!助けぜ~!

ぬとぬとする口内で暴れているとカパリと口が空き外が見える


「...あれ?口があいたぜ?」


「んん~?あれぇ!山鯨から生命を感じないよぉ!」


「死んでるってことか!?」


外に出てみるとしっかりと地に足をついているがもう動く気配はなかった


「何故ぜ...?」


「うーん...そうかタケル様肉団子作って手を洗ってないでしょう」


「洗うとこがなかったのぜ」


「毒のお肉をコネコネした手で、口のなかの舌とかに触ったから毒がきいたんじゃないですかねぇ...」


「手についた分だけでこの効果なのぜ!?...今すぐ手を洗いたいのぜ...」


タケルは近くに湧き出ていた水で手を洗いながらトラクティーに声をかける。


「そういえばあれって生で食えるぜ?」


「うーん、食べられなくもないですが、野生の山鯨ですから火を通したい気もしますねぇ…」


「火か〜俺が出せるのは血で作ったナイフだけぜな〜」


手を洗い終えたタケルは水分を自身の洋服で拭き取る。


「じゃ、生で食うぜー!」


「ま、待ってくださいよぅ!私が炎術を扱えるので、それで加熱してあげますぅ!」


バングルがぽっと光り炎の玉が山鯨の方向へ飛んでいく。炎は山鯨に燃え移りすぐさま大きな火柱へと変わった。


「おー!すげーぜ!山鯨が火鯨ぜ!で、これはどうやって食うんだぜ?」


「あっ…」


トラクティーはしまったと声に出す。赤く燃える炎に好奇心を刺激されてはしゃいでいたタケルも徐々に異変に気づく。


「すいません…またうっかりしてましたぁ…これじゃ火が自然消滅する頃には消し炭ですぅ…」


「な…なんぜって〜!?そ、そんなのひどいんだぜ...せっかく倒したのにぃ~」


目の前で今まさにいい具合に肉が焼けてるんだぜ...

こんな美味しそうなのが消し炭に...?許せないんだぜ...

なにがなんでも食ってやるんだぜ...!!!!!!!!!

俺は燃え盛る肉に食ってかかった!


「頂くんだぜー!!!!!!!!!」


「ああっ!タケル様!流石に危なーい!」


タケルもろとも消し炭か!

トラクティーが再びタケルの魂の移しかえを覚悟したその時!


「あっふ!あふいんらぜー!れもうへ~!」


「ええっ!?も、燃えてないデスゥ!?」


肉にかぶりついたタケルを中心に炎が鎮火していくではないか


「ま、まさかこれは...燃えてる魔力ごと食べてるんですかぁ...!?」


そう!タケルは肉に魔力を添えて食っていたのだ!


困惑するトラクティーを置いて、タケルは燃え盛る肉をあっという間にたいらげた。


「腐っても魔王の血…さすがですぅ…」


「ふぃ〜!食った食った!もう入らないぜ〜!」


タケルはパンパンに張った腹をさすりながら満足げに息をつくと、その場にゴロリと寝転んだ。


「うーん、食べたら眠くなったぜ…」


「タケル様、こんなところで寝てたら他の凶暴な魔獣のエサになってしまいますよぅ!」


トラクティーの忠告虚しく、タケルは既に大いびきをかいている。


辺りには闇の気配が満ちて、風もないのに木々はざわめき揺れている。


「…あうぅ…いかにも何か出そうですぅ…」


焼けた肉の臭いを嗅ぎ付けたのか、魔狼の群れがやってきてしまいましたぁ...

山鯨より弱いのですけどタケル様が寝ているのであれば話は別ですぅ!


「あぁ~!言わんこっちゃないですぅ!南無三!」 


私がタケル様の魂の移しかえを覚悟したその時!

魔狼の群れが消し飛びました!


「全く...今回だけなんですからね!」


間一髪のところを助けてくれたのはなんとドルトムント...!しかし修行の名目なのにちょっと甘いんじゃない

です?


「鯨のような魔物を倒したことも驚きましたが、たべだしたのには肝が冷えましたよ...毒があったらどうするつもりだったのか...目が離せませんねぇ...

報告することも山盛りですし城に戻りましょうかね」


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


ドルトムントは寝ているタケル様を小脇に抱えて帰城しました

転移した場所は王の間のようですね


「...戻ったか」


骨を組み上げて作られた巨大な玉座に腰かけ、夜のような黒髪をさらさらと流しながら、魔王ナディケタダルはため息をついた。


「随分と早かったな」


「申し訳ございません」


「よい。それがお前の判断だったのだろう?私はお前を信頼している…」


「ああ…我が主君、勿体なきお言葉です」


ドルトムントは片膝を立たせ深く頭を垂れ、それに合わせて眼鏡ストラップの鎖がしゃらりと音を立てる。


「息子は疲れているようだな。寝室に送ってやれ」


「御意。展開、空間転送(テレポート)


未だに深い眠りの中にいるタケルの体の下に、紫色に淡く光る魔法陣が現れる。

ふわりとタケルが宙に浮き、光の粒子が体を包む。光に支配されたタケルの体は次の瞬間にはパッと消え失せてしまった。


それを確認して、ドルトムントはナディケタダルに向き直る。


「それではご報告致します。タケル様は嘆きの谷にて…」


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


とある村のはずれ、小さな木こりの家がある。

ある雨の日、偏屈で愛想のないその木こりの家に赤子が一人置き去りにされていた。

その子供には不思議な力があった。剣の腕は素晴らしく、魔法のセンスも抜群に良かった。

やがて大きくなり、村に遊びに出かけるようになったその子供は、村人達からこう噂されるようになる。


あの子は、伝説の勇者の子どもに違いないと…。

なぜならその子供…マリエルは、伝説の勇者に瓜二つの顔を持っていたのだから…。


「99...100...!」


なんと言うことはない剣の素振り

だがそれを子供がなしていると言うのであれば話は違うのである


 「あ!マリエル!やっぱりここにいた!探したよ!」

「ジーナ...僕のことはほっといてほしいな」


この気だるげな愛想がない子供がマリエルである

日々鍛練に明け暮れ、年の近い子供とも馴れ合おうとしないのである


「え~だって気になるもの!マリエルの剣って村の衛兵やってる私のお父さんより凄い気がするもの!」


「知らないけど...邪魔はしないでよね」


この根気よく話かけているジーナ以外の子供はみんな怒るか泣くか呆れるかして近寄らなくなってしまった


「マリエルは将来衛兵になるのかな!でももっと凄いからお城の兵士さんかなー?」


「まさか!そんなものになるわけないだろ」


「えー?じゃあ何になるの?」


マリエルは剣の手を止め地面に剣を突き立てた


「勇者さ」


ジーナはきらきらとした目でマリエルを見上げた。


「わぁ…!勇者…!」


「ああ、ジーナだって知ってるだろ。僕の噂」


「うん、マリエルが勇者の子供かもしれないって話だよね!」


マリエルは突き立てた剣を引き抜いて、ジーナに内緒話をするように囁く。


「特別にジーナには見せてあげるよ」


マリエルの剣が白い炎を纏い、松明のように揺らめく。


「わ…」


「伝承によると勇者は、こうやって剣に魔法を込めて白炎剣(プラズマ・ソード)って技で魔王と戦ったらしいじゃないか」


「そ、それって…!これ!?」


「…僕は勇者の息子だ。この炎がその証拠。僕は…勇者になるために生まれてきたんだ」


マリエルの目はジーナを見ていたが、どこか別の遠くの場所を映しているようで、ジーナは少し寂しくなった。


「じゃあ、私はマリエルと一緒に戦う」


「何言ってるんだよ。ジーナは剣も魔法もできないだろ」


マリエルが呆れたようにそう言うのが悔しくて、ジーナは思わず声を荒らげる。


「できるもん!今は出来なくてもこれから出来るようになるもん!」


「無理だよ。ジーナには才能がない」


「できる…できるもん…!ひっ、ひっく…うぅ…ううぅ…」


ジーナの目に浮かぶ透き通った水の粒が、一つ二つと頬を伝って落ちていく。

それを見て、マリエルはギョッとして慌てたように言葉を紡いだ。


「な、泣くことないだろ!ジーナ!泣くな!泣くなよ…!」


「えぅ…いつか絶対…マリエルを助けるからぁ…」


「わかったよ…!だから泣き止めよ…!」


そうしてこの青く空が澄み渡った日、二人は共にあることを誓った。その先にあるのは栄光か、破滅か。それを知るのは神のみ────

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