10.
やれやれな気持ちを抱きながら、他にも質問をしようとすると、スヴェンが待ったをかけた。
「申し訳ありませんが主、これで失礼させて頂きます」
「え?」
なんでどうしてと、慌てたのは言うまでもない。まだ聞きたいことが山ほどあるのに、どうしてそんなに性急に帰ろうとするのか。しかもしれっと主呼びになってるし。
「ちょっと待って、まだ聞きたいことが」
「主、夢現界は魔法を使うのに安全とは言えません」
「!?」
「幻想界とは別の危険を孕んでいます。どうかお気をつけ下さい」
「それってどういう意…味……」
言い終わる前に彼は消えてしまった。なんでこんな試験期間中に最大の謎を残して去って行くのか。もやもやしたまま勉強机に向かうことになったのは言うまでもなく……
朝になってから、どういう意味だと思うかとブランシェとタイタンに聞いてみたが、二人共首を振った。そもそも、夢現界での魔法の使用は、限定的ながら許されている。マジシャンの方が魔法使いなんじゃ、と思えてしまうほど、この世界での魔法使用は厳しいとはいえ、それがイコール危険という位置付けではない。
安全ではないとか危険だとか、何を以てしてそう言っているのか。魔法というもの全体に対して重きを置きているのか、或いはスヴェンを呼ぶことの危険性は夢現界でも同じだと言いたいのか、或いは……俺の実力不足が原因か。なんか、最後のやつが一番可能性が高い気がするんだよなぁ。
今そんなことを考えたってどうにもならない。今度聞くことにしよう。
今日の試験は歴史学と薬学と自由課題だ。自由課題の試験では、一枚の何も書かれていない用紙を渡されて、それに自らテーマを書き込む。それに対する出題が次々に用紙に表示されるので回答していく、という簡単なもの。テーマに対する知識量をどれ程有しているのかを図りながら質問されるので、まるでAIによる出題に答えているかのような気分になる。
この試験で推し量られているのは、授業の知識はどれ程か、魔法への理解度はどれ程か、興味のあるものを伸ばす努力をしているか等で、才能判定が目的だ。例え授業に追いつけなくても、魔法への理解度が乏しくても、趣味や興味のあるものへの関心度を確認し、才能を開花させる判断基準にしている。
自由課題が試験にあると聞いた時は、クラス発表でもしないといけないのかと肝を冷やしたが違った。幸いなことに人前に立って何かをすることはなく、自由研究していないといけないわけでもなかった。点数が出るものではないので気が楽だけど、そうは言っても先生方がそれを確認する事実は変わらないので、おかしなテーマには出来ない。
因みに、自由課題の試験では一問一答を繰り返していくパターンと、己の知識を箇条書きにしていくパターンがあるので、どちらにしたいかを初めに書くことで変えられる。まぁ、俺は前者の一問一答しかしたことはないけど。
答えられない質問が出た時、分からないや知らないと書けば次の質問に変わるのだが、試験時間内に前の質問の答えを思い出した際は前に戻って書き直せたりする。それが何百年も前から存在する方法だと言うのだから、魔法は万能だ。
以前、最先端だなぁと言った時、何言ってるの当たり前でしょって顔をされてカルチャーショックを受けたことがある。この世界の人達にとっての当たり前は、俺には衝撃的過ぎた。
歴史学と薬学は暗記問題だから難しくない。自由課題の方は、ヴィクトールさんの視線に針の筵になりながら読ませて貰った本と、タイタン経由で借りたウェアウルフ族の蔵書から得た知識をテーマにしよう。その名も『悪魔と魔物と魔族の違いとその歴史』だ。歴史学を掘り下げた内容になるんだけど、まぁいいか。昨日得たばかりの前魔王の名前は出さないようにしよう。
今日の試験をすべて終えると、何故か皇凛が悔しそうにしていた。薬学の試験までは普通だったのに、自由課題の試験に何か問題でもあったのか?
「うわーん! 絶対あの問題間違えたぁー!!」
「終わった後で気付いたんじゃもう遅いな。そもそも、点数に含まれるものじゃないんだからそこまで悔しがらなくても」
「何言ってるの大介!! 錬金術師にとって、物質の再構成は間違えたら最後なんだよ!?」
素材やその量から物質変換までの過程、果ては再構成後の完成度も重要なんだからと何故か怒鳴られる。いや、錬金術がどれ程難しい分野なのか知らないわけではないが。
「加圧と膨張の過程は合ってたはずなんだよ。だけど完成度を高めるには、冷却も必要だったんだよね。まさかそれを書き忘れるとは!!」
質量保存の法則は間違えなかったのに何故、と頭を抱えていた。絶望し過ぎ。
「因みにそれ、何の錬成だ?」
「刀!!」
「……刀? 日本刀?」
「そう!!」
冷却…冷却ね。確かに、玉鋼を作る過程で急冷してるよな。後、焼き入れの時に。何かの番組で見たからうっすら覚えてる。
てか、なんでわざわざ日本刀なんだよ。聞けば、お父さんが昨日日本刀を郵送してくれたらしい……何故?
で、急遽テーマを日本刀の錬成方法に切り替えて勉強したらしいのだが、一夜漬けでは無理だったようだ。いや、そりゃそうだろ。刀鍛冶の歴史を甘く見るな。
てか、皇凛のお父さんタイミング悪くない? そしてなんで日本刀なんて物騒なものを皇凛にプレゼントしちゃったんだ?
「悔しいー!! 冷却しなきゃ、完璧な物にならないじゃないかぁ~!!」
「そもそも、錬金術で日本刀を作ることは出来るのか?」
「な、何!? 錬金術を馬鹿にしてるの!? 素材と物質変換過程への理解と完成後のイメージがあれば出来るに決まってるでしょ!?」
「刀鍛冶を馬鹿にし過ぎでは? 刀には、魂が宿るって言うぞ?」
「!? 魂まで宿してるの!? 凄い!!」
魂を入れてるなんて知らなかったぁ~と感心する皇凛。いや、物作りに関わる人間の基本な気がする。実際に宿っているわけではないけど、気持ちは入ってる。
それにしても、皇凛のお父さんは一体何をしているんだ? やれオタ芸やら、日本刀やら……日本に観光でもして来たんですか? 研究をしていたのではないの?




