8.
大介凄いよーを連発する皇凛にげんなりしながら薬学試験の教室まで移動していたら、何者かが俺の進路を妨げた。
「師匠!! 俺に魔法を教えてください!!」
……誰? え? 俺に言ってる?
辺りを見回しても、視線の先にいるのはどうも俺らしい。そもそも教えるも何も、君はこの学校に魔法を教わりに来ているのでは?
何を言っているんだこの子はと訝しんでいたのを感じ取ったのか、失礼しました、と自己紹介を始めた。
「俺の名前は、フェニックス・ジェノーヴァって言います。保健医のアシュトン・ジェノーヴァの息子です」
「へぇ、ジェノーヴァ先生の……ん?」
何だろう、今一瞬何かが過ったのだが。ジェノーヴァという名前は、ヴェルモントさんやラインハルトさんと同じ苗字である。つまり、ドラゴン族のお二人と同じ苗字だということなのだが……そんな偶然があるのか? 何を今更って感じの気付きだけど、気付いてしまったものは仕方がない。気になる……
この幻想界での命名方法がどういうものなのかは分からないが、日本人的に言うところの高橋とか山田とか佐々木ぐらいの知名度ではないことは確かなので、どうして名字が被ってしまうことになったのか。
彼の発言の中でもその部分に反応してしまうのはなんか違う気がしたが、ついつい脱線して考え込んでしまう。察しのいいカヴァリエーレさんには、すぐに見抜かれた。
「ジェノーヴァって苗字は魔法使いの中にもいるよ。君も知っての通り、ゴルディモアドラゴンってコールディオンと同種の一族だからね。己の命を差し出す代わりに仲間のことを見逃してくれと願った際に、その雄姿を讃えた周辺住民がその名を名乗るようになったんだ」
「コールディオン・クロイツ・ジェノーヴァ。彼は、ドラゴン族の中でも偉大なドラゴンとして知られてるからな」
ドラゴン名鑑にも載ってるんだと嬉々として話すカイザード。なんかまた、タレント名鑑みたいな名称が出て来たな。人物名鑑の次はドラゴン名鑑かよ。いくつあるんだそれは?
まぁでも、そういう事情なのかよく分かった。で、そんな脱線はどうでもよくて、彼は一体何を思って俺に魔法を教えろと言ってきたのか。無理に決まってるし、そもそも属性が違う。だって君はあの時の、水の精霊との盟約も出来ていないのに無謀にも魔法を使おうとした子じゃないか。
何やら並々ならぬ思いで挑んでいたことは確かなようだったけど、それと俺を師匠呼びしていることに何の意味があるのか。一先ず迷惑なので、お断りします。
「悪いんだけど、人様に教えられるほどじゃないし、教えを請いたいなら先生方にお願いしたらいいんじゃな」
「何故ですか師匠!!」
いやだから、師匠じゃないって!! そして人の言葉を遮るな。やばい、変な子に目をつけられた。助けてくれ、な俺の気持ちを拾うかのように鐘が鳴る。これは本格的にやばすぎる!!
本当に無理だから、を捨て台詞に逃亡。くそう、少し早めに行って勉強したかったのに……無理だった。
あの後の試験は妨害もなくスムーズに進み、一日目の試験が終わった。試験は四日間に渡るため、まだまだ予断を許さないが無難な点数は取れそうな気がする。大丈夫だと気を抜かずに、残り三日間を乗り切ろう。
という俺の思いが、この瞬間に消し飛ぶ。
「師匠!!」
また君か。いやホント、君はいい加減にするべきだと思うんだよね。俺に出来ることなんて何もないので、俺に言わないで先生方にお願いして。
「俺は師匠じゃないから、フェニックス君」
「!? 俺の名前、憶えてくれたんですね!? さすがです師匠!!」
どこにも称賛される要素がないんですが。だって名前を呼んだだけだし。
こういうタイプってどうしたらいいんだろうか。尻尾をブルンブルン振って懐いてくる犬みたいな人間が今まで周りにいなかったから困る。皇凛もそれっぽさはあるけど、トラブルメーカーだから純真さのある彼みたいなタイプとは違うし。
これはもう無視が一番か、とフェードアウトを目論むが敢え無く失敗。キラキラした目で付いて来る。
やめてくれ。これ以上大所帯にするのは。ただでさえ魔族さん達の護衛が付き従っているというのに、この広い通路を闊歩する集団のメンバーに加わらないでくれ。
彼を加えた実に11人が移動する様は、何事かと振り返りたくなる光景だ。まぁ、今や風物詩とばかりに慣れてくれたのでパンダ状態になることはないけど。この団体が動くとなると、結構大変なんだよなぁ。皆避けてくから…すまん。
その間にもフェニックス君は何事か話しかけてくるのだが、ほとんどの内容が水属性に関することだったため俺にはよく分からなかった。いっそのことシャオファンに聞いてくれよと言いたくなったが、彼のことをお任せするには荷が重そうだったからやめておく。
どうしたものかと悩んでいたら、皇凛が急に声を上げる。
「思い出した!! 彼みたいな人のことを夢現界ではファンって言うんだよね!? ファンは皆、教祖の信者としてオタゲイっていう儀式をするものなんだって父さんから聞いた!!」
何その、突っ込みどころ満載な情報。教祖とか信者って言い方がおかしいし、オタ芸を儀式ってどういう解釈だよ? それだと、ファンは皆オタ芸が出来なきゃいけないってことになるじゃないか。
正直彼等は、日本においては恥部扱いされている感がある。彼等のスキルと信念は尊敬に値するものだけど、いかんせん万人受けしない方向性であることがその原因だ。一朝一夕に手に入れた能力ではないことは一目瞭然なんだけど、何故か一般人に一歩引かれるんだよな。一種のパフォーマンスだと思えばカッコイイって言われるのだが、パフォーマンスの対象への並々ならぬ情熱が狂気の域に達していることが遠巻きに見られる事態を生み出している。
それを教祖に対する信者の心境だと表現したのは、夢現界の事情に疎い皇凛へのお父さんのささやかな配慮だったのだろう。しかし、オタ芸を儀式と伝えた意図は一体何なんだろうな。というか、一体どんな会話をしていたらそんな話題が出るんだ?
しかも、ここにいる人達の大半が夢現界の事情に疎いから困る。
「オタゲイ? その儀式をすれば、俺は弟子にしてもらえるんですか!?」
「儀式ってどんなものなの? それって、信者じゃないと駄目なの?」
「夢現界には、そんな特殊な儀式があるんだね。いろいろな宗教があるって聞いていたけど、本当だったんだ」
フェニックス君、ファンになることは個人の自由だけど、オタ芸が出来たら弟子になれるわけじゃないから。そもそも、オタ芸を見せられる俺の立ち位置って何だよ。
蒼実、純粋な疑問なんだろうけど、オタ芸とは無縁な単語で聞いて来ないでくれ。ファン=信者じゃないし、そんな禍々しさはないから。
ブランシェ、新たな教団を作るのはやめて。そういうことじゃないから。オタクってそういうものじゃないから! 概念は確かに宗教団体っぽいけど、盲目的ってだけで強制力はないし、あくまでも個人の自由なんだよ。
「ははは! あのペンライトを持って踊るパフォーマンスのことだよね? アイドルオタクがあんなに機敏に動けるなんて思ってもいなかったから、初めて映像を見た時は衝撃だったね。他のパフォーマーとは違った気迫が感じられたよ」
「ほぉ? カヴァリエーレは知ってるのか。俺は聞いたことがなかったなぁ。アイドルオタクというのは聞いたことがあるぞ? 十二歳の女の子を応援するファンのことだよな?」
カヴァリエーレさんは、目に涙を浮かべながら以上のようなことを述べ、カイザードも知っている範囲の知識を口にした。にしても十二歳の女の子って……なんで限定的なんだ。まぁ、日本人以外の人が見たら、二十代でも小学生みたいに見えるらしいけど。
しかし一体、この会話は何? 変な爆弾を落としてくれたな皇凛。




