7.
唱え終わった途端出て来たのは、確かにブラックウルフだったけど……え?
揺らめく黒い炎の体毛。獰猛な目つき。しかし以前二度ほどお見かけたお姿とは明らかに違う。何故?
屈強な肉体は血管が浮き上がるほどムキムキで、体躯も4倍はある。俺の前に大人しく現れたのは前回の時と同じだったし、片膝を着いて首を垂れるのも同じだったけど……
「お呼びですか主」
「!?」
しゃ・べっ・た!? え? ちょっと? どういうこと? 化身って喋れるのか!?
混乱しすぎて、どうしたらいいのか分からずあたふたする。助けを求めるようにシュレンセ先生を見るが、先生も驚いていた。
そもそも何故こうなったのか。以前と同じ呪文を唱えただけなのに何故? もしかして、獄門の炎狼って言わない方がよかったのか? 大体、俺は主じゃないから。
早速心が折れそう。スヴェンを呼びたくて堪らない指数がどんどん上がる。スヴェンなら、どうすればいいのか知っていそうだし。
呼び出しておいて何も指示しない俺に痺れを切らしたのか、屈強なブラックウルフは視線を上げる。
「お命じ下さい主」
命じることがない場合はどうすればいいんですかね? ちょっと呼んでみただけなんだけどと言ったら、どんな反応をされるのか。ふざけんじゃねぇとか言われたりするんでしょうか?
冷静に考えよう。これは予想外の事態なのだ。しかしこの場を切り抜ける策を講じるには、脳みそが停止しすぎている。
「えっと……どんなことが出来ますか?」
「この辺り一帯を黒炎の海に」
「それは結構!!」
人命が脅かされる!!
俺の質問を受けて、己の能力を図ろうとしているのだと誤解してくれたのか、ならばと言いながら壁側に歩いて行った。当然、その辺りにいた人達は蜘蛛の子散らすように避けて行く。ごめんよ皆。
屈強なブラックウルフは、二足歩行で壁の柱の前まで行くと、大理石の柱を両手で掴み、そのままそれをドゴガンッと力任せに外した。いや、これはもう、外したとか言うか破壊行為なんですけど。
裕に5メートルはあろうかという柱を片手で担ぎ上げ、そのままこっちに戻って来る。お願いだから戻って来ないでくれ。怖いから!
もしかして、この小僧よくも俺様の能力を疑いやがってとか思っていらっしゃるのだろうか? そいつで俺をホームランするつもりなのだろうか? 勝てる気がしない。
俺死んだかも、と思っている俺の視界に、シュレンセ先生の腕の中で大興奮しているクウィンシーの姿が。お前ぇ、育ての親が死ぬかもしれないって時に、何楽しそうにしてるんだ。若干、火属性の魔法の時より目がキラキラしてない? もしかして、もう反抗期が来たのか? 日頃の恨みを晴らす絶好の機会だとでも?
あんなの振り回されたら確実に死ぬ、と死期を悟ると同時に、クウィンシーが頭にぶつかってくる。お前も何してんだよ。早速殺されたのかと思って、心臓が死んだだろうが。
「クウィンシー、あっち行ってろ!」
「クーもみる! クーもみるぅ~!!」
見世物じゃないから! どうやら、俺の死を嬉々として見ていたわけではなく、巨大な柱が移動する様を楽しんでいたらしい。そう言えば以前、テレビで角材を担いで運ぶとび職の映像を食い入るように見ていたのを思い出す。その後何かと自分の背中に何かを乗せたがっていたが、まさかこれもそれだと思ってる? 違うんですけど?
ドラゴンの視力は人の何倍もあるから、映像として認識するというより連続した写真を見せられているような感じだったに違いないのに、やたらと食い入るように見ていたことが不思議だった。ここに来ても、一体何を気に入っているのか全く分からないが、とにかく危険だから来るなって! まぁ、時既に遅しなんですけどね。
ドゴォンッと目の前の床に突き刺さった柱。柱を中心に、御影石が放射線状に粉々。これは、お前もこうしてやろうか、というデモンストレーションなのですか?
「これぐらいは序の口です」
「……それは、大変頼もしいですねぇ」
単純に、力自慢をしたかったようである。あなたのその破壊的な腕力は、筋肉の塊分だけ凄いだろうことは傍目にも認識できるので安心して頂きたい。ロケットランチャーですら、その体を破壊することは出来なさそう。
「えっと……凄いことはよく分かりました。本日はお越し頂きありがとうございます。またいずれお会いしましょう」
「はい、その際は是非とも名付けをお願い致します」
どもりながらも分かりましたと言えば、ブラックウルフは頭を垂れた姿勢で消えた。終わった…のか? 俺、そろそろ息をしてもいい? 深呼吸って、心を落ち着かせるという意味も含めて大事だなぁホント。
ブラックウルフは黒炎の化身なので、近くにいるとめちゃくちゃ熱い。息をすればするだけ鼻腔から喉にかけて焼け付くようで、ろくに息も出来なかった。まぁ、緊張していたっての言うのもあるけど。
それにしても、ずいぶんと礼儀正しいブラックウルフだったなぁ……うん、そういうことじゃないですよね。皆さんびっくりしちゃって、声も聞こえない。視線がまるで、物質となって突き刺さってくるようで痛い。
そんな目で見られても、俺は別に何もしてないんですよ。普通に呪文を唱えただけなんですよ。
背後から何かがぶつかってきて、危ないっと思った時には既に、目の前の柱に盛大な抱擁をしていた。痛いやら驚くやらで思考が飛ぶが、こんなことをする奴は一人しかいない。
「皇凛、お前ぇ」
「大介!! 今のもう一回やって!!」
「クーもやる! クーもやる~!!」
もっと見たぁ~いとはしゃぐ皇凛に、大理石の柱に体を擦り付けて担ぎたがるクウィンシー。お前等、本当に思考が似てるな。二人同時に相手出来ないんですけど。
大きな溜息をして、一先ずクウィンシーを抱き上げる。多少暴れられたが、撫でてやったらちょっと落ち着いた。そして皇凛には、タックルするなと説教する。正直、大理石の柱と御影石の床を壊した原因である俺が言うのはどうかしているが、危ないし迷惑だからやめろと言ってやると、しゅんとした。
しかし、タダでは起きないのが皇凛である。
「じゃあ、タックルしないからもう一回見せて!!」
いや、タックルされたから魔法を使わないとかそういう意味じゃないから。どうして、タックルさえしなければ魔法を見せるという解釈になったんだ? 俺、一言もそんなこと言ってないんですけど。
そもそも、もう魔法を使いたくない。なんか、俺の伺い知らぬところで凄いことになっちゃっている気がする。今は無闇に魔法を使うのは危険だ。スヴェンに確認を取ってからじゃないと安心出来ない。
思っていた以上に、魔力が開花し始めているのかもしれない。コントロール出来るほどの実力が伴っていない上で魔法を使うことは、想像以上に危険である。暴走こそしていないが、能力に見合った実力がないことは先ほども然り、アルテミス先輩裏切り事件時も然りで、皆従順で居てくれているが、俺の方に指導力がないから完全に宝の持ち腐れ状態。これでは意味がない。
闇属性は、統率力がないと魔力に食い潰される恐ろしい属性だ。他の属性と違い、心の弱い者には務まらない。いつぞやの、黒炎を出すはずがブラックウルフが出て来て暴走した件も、実力不足によるものが大きかった。
己を制する者は強者でなければならない、というのが闇属性の魔力の真理だ。にも拘らず従順で居てくれていることは、奇跡のようなもの。
それが、何によって引き起こされている奇跡なのかは分からないが……スヴェンという使い魔との契約がきちんとされたからか、或いは俺の前世の力なのか、どちらにしても、今のままでは駄目なことは確かである。
「ちょっと大介!! 人の話聞いてる!?」
「クーもやるぅ~う~!!」
お前らは園児か。園児だって、ここまで聞き分けのないことはないだろうが。
誰でもいいから助けてくれ、という俺の心の叫びの救世主が現れる。
「いやぁ~凄いなぁ大介くん。幻想界を背負って行けそうだね!」
「あの筋肉はいい筋肉だぞ。どうやって鍛えたのか、次会った時に聞いといてくれよな!」
と、カヴァリエーレさんとカイザード。斜め上なコメント過ぎて、救世主でも何でもなかったな。
シャオファンと蒼実とブランシェには尊敬の眼差しを送られ、タイタンは無言、純一は眠そうに欠伸をしていた。この二人はいつも通り。
ただ一人、いつも通りではなかったのが……ロイド、すっごい凝視してるんですけど。普段目を合わせることはないのに、凄い見て来るんですけど!
何だろう。同じ闇属性だから、興味を持たれたのか? 目をつむってても魔法が使えちゃうような奴だから、魔法なんて適当に呪文唱えてればいいぐらいにしか思ってないんだろうなぁと思ってたんだけど。
蒼実の関心が俺に向いたから、なわけでもなさそうだし、自分より凄い魔法を使えちゃったことが癪だ、という感じでもない。意図の分からぬ視線に困惑するしかない俺に、やっと本物の救世主が。
「それでは諸君、合同魔術試験はこれで終わりとしよう。それぞれ、各試験会場に向かうように」
校長先生のお言葉により、やっとパンダ状態は解除された。ただ、俺の周りだけが騒がしかったが。
止めろ止めてくれ、俺を普通じゃない奴に祭り上げるのは!!
 




