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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第三章
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弐拾

 その後も、まるで早く魔法使いになってくれと言わんばかりに知識を詰め込まれたわけだが、あまりに膨大な情報すぎてギブアップしてしまう。次の授業でも、その次の授業でも……全然頭が回らない。

 おかしいと思い始めたのは、お昼になった頃。友人達にも悟られてしまうほど、ぼうっとしていた。


「大介くん、大丈夫?」

「うーん……」

「ダイスケェ」


 ブランシェやクウィンシーまでもが心配げに見てくる。当の俺はと言うと、それに反応するのがやっとだった。多少頭は回るものの、この違和感の様なものをどう表現したらいいのかが分からない。

 別に熱があるわけでも倦怠感があるわけでもない。ただ、考えがまとまらず言葉に詰まるのだ。これは一体なんだ?



 心配する皆に連れられ医務室に行くと、何故かシュレンセ先生がいた。保険医のジェノーヴァ先生や歴史学のマリア先生まで。

 俺達が来たすぐ後には、校長先生までも慌てたように現れた。一体何事?


 どうかしたんですかと純一が珍しく口火を切るも、俺の様子を心配した先生方にまずは座ってと促された。それは非常に有難い。有難いのだが……


「大介くん、どうかしたのですか? 顔面が蒼白です」

「蒼白? 俺が?」


 シュレンセ先生が覗き込むように俺を見るが、言われている意味が分からない。俺はそんなに顔色が悪いのか? どうして?

 熱があるわけでもないし、寒気がするわけでもない。風邪の症状もなくて蒼白になるのは何故?


 急に、視界にノイズが入る。一昔前のテレビの砂あらしのようなものが視界に何度も何度も。遠くから聞こえるラジオの音のような会話。それらが繰り返されて、頭がおかしくなりそうだ。

 なんだこれは? どうなっているんだ!? 頭が痛い!!

 キーンという音が鳴り響く。視界は真っ暗なのに、恐怖はない。以前にも感じた闇だ。でも以前と違うのは……

 急に頭が冴える。そして、すぐに向かわなければと思わされる。何故なのかは分からない。だけど、行かなくては!!


 ふらふらとふらつきながら立ち上がった俺に、先生達や友人達は心配そうに見つめる。特にシュレンセ先生は、歩き出そうとしている俺を押し止めた。


「動いてはいけません」

「いえ、どうしても行かなければいけないんです。北の森へ」


 目的地を言った途端、先生方が言葉に詰まった。驚き、顔を見合わせる。何故そんな顔をするのかは分からないが、俺の意思が固いと知ると了承してくれた。


「どうしても行くと言うのであれば、許可しましょう。ただし、私も同行します。いいですね?」

「しかし……」

「分かっています。ですが、何の事前情報もなく北の森に行くことを大介くんが望むのは、それなりの理由があるのでしょう」


 事前情報? 何の話だ? シュレンセ先生を引き留めようとする校長先生の素振りも気になる。だけど、俺には考える時間はない。それだけは確かだった。

 先生方の表情から只事ではない何かがあったのかもしれないとは思ったものの、追及する気にもならないほど焦っている。先生方は二言三言言葉を交わした後、見送ってくれた。その際にタイタンが同行を求めていたが許可されず、当然ブランシェも駄目だった。


 理由までは分からないが、どうやら北の森への立ち入りが禁止されているかのような口振り。自然災害が各地で起きたことでの影響か何かなのだろう……





 そう安易に考えていたが、森に来てすぐそうではないことを悟る。


「これは……」


 木々が枯れ果てていた。動物達もいない。何の命も存在しない朽ちた土地と化していた。北にあるのだから多少は寒い地域だとはいえ、こんなにも命の存在しない場所などない。それ以前に……


「通った後?」


 ”何か”の通った後のように、木々や大地が抉れている場所があった。ズルズルと引きずったかのように、押し倒された木々が一方方向へと倒れている。思わず地面に手を付いて確認した。

 中でも一番異様なのが、空気だ。淀んでいて、長くここには居たくないと思わされる悪臭がする。一体ここで何があったのか、シュレンセ先生は知っているのだろうか?

 振り返って見つめた意味を理解したシュレンセ先生は、隠すことなく語ってくれた。


「つい今しがたのことです。この森で邪悪な力を感じたのは」


 確認をしに来た魔法使いが簡単な状況を伝えてくれたが、まだ状況は分かってはいないとのことだった。何故こんなことになっているのか、誰も分からない、と……

 だけど、俺には確信があった。なんとかなる。どうにか出来るという確信が。


「シュレンセ先生、大樹の元に連れて行って下さい」

「大樹ですか? トルメリア大樹?」

「はい、お願いします」


 俺自身、何故大樹のことを言っているのか分からない。聞いたこともないはずのその名前を口にした自分に驚くが、行けば何か分かるのかもしれないと思う。いや、例え分からなくても行かなければいけない。

 もう大丈夫だからと、手元の芽吹いたばかりで枯れ果てた若木に心の中で語りかける。ここに来れば何かが出来る。それによりこの状況は変えられると、確信していた。大丈夫だと、大丈夫なはずだと、自分に言い聞かせる。



 シュレンセ先生の転移の魔法で、トルメリア大樹の前までやって来る。そこにはすでに数人の魔法使い達がいて、絶望したように大樹を見つめていた。

 俺達に気付いた彼等は、縋るようにシュレンセ先生を見る。


「シュレンセ殿、どうしたらいいんでしょう。大樹が……枯れ果てしまいました」


 見るも無残な大樹の姿。他の木々とは違って倒されることなくそこにあったが、命の痕跡が見当たらないほど枯れ木となっていた。引きずったような跡はここまで来ていたものの、樹木の命は奪えても倒木させることは出来なかったのだろう。所々、大樹を倒そうとした痕跡が見つかる。

 細かな枝は折られたものの、太い枝や幹は無事だった。枯れている……確かにそうなのだが。


 大樹の方へ歩いていく。誰かが呼び止めようとした気がするが気にしなかった。大樹の根っこに近い幹の中心部が、淡く光っているような気がする。これに触れれば、触れられれば……



 幹に触れた手が、どんどん中へと入っていく。それはさながら、粘度の高い泥水に手を入れるような感覚。大木であるそれの中心に触れるには俺の手では短すぎる。でもさすがに顔ごと入るのは怖かった。

 どうしたらいいんだろうと思っていたら、急に辺り一帯に冷気が立ち込める。それらは濃霧となって、辺りを覆いつくしてしまった。シュレンセ先生が俺を呼んだ気がしたが、それも霧の向こう側へと消えていく。

 それと同時に、濃霧がピタリと止まる。まるで時が止まったかのように。状況を確認しようと辺りを見ていた時、右側の方から人影が近付いて来た。両手を幹に突っ込んでしまっている身としては人影の接近は恐ろしいもののはずだったが、何故か恐怖は感じない。敵意を感じない、そんな気がしたから。


 霧の中から現れたのは、銀色に近い髪の長い女性だった。彼女の身長よりも長いスカートと髪を引きずるようにして現れたが、土で汚れることを気にしている様子はない。むしろ、大樹を気にかけている素振りだった。


「どうか……どうか、お助け下さい…――」


 あなたは誰ですかと聞きたかったが、聞ける雰囲気ではなかった。祈るように両手を胸の前で組んだ彼女の憂える表情に、口を挟むことができない。お助け下さいの後に何か言われた気がするのだが、よく聞えなかった。


「貴方様なら出来ます。世界の運命を担う御方ですから」


 そんな御大層なことはないと言いたかったが、何とかしたいという思いは確かだった。

 迷いは捨てる。だって、大樹が呼んでいるのだから……



 よく耐えたな、もう大丈夫だ。”私”がいる。



 光に指先が触れた瞬間、辺り一面が眩い光に包まれた。誰かに体を引っ張られるようにして大樹から離れたかと思うと、枯れたはずの大樹がさわさわと葉っぱの擦れる音を響かせなら蘇っていく。折れた枝葉も元に戻り、雄々しさを取り戻す。

 大樹が元に戻ると、一瞬の脈動と共に周りの木々まで生い茂る。倒れた木々は元には戻らなかったものの、まるで3年分の時間を早回ししたかのようにその上に苔と小さな若木が芽吹く。近寄りがたいと感じた悪臭も無くなっていた。


 何故かここに来なければいけない気になり、俺はただ手を触れただけ。それでどうしてここまで元に戻るのか。

 『潤しの源泉』の時と同じだ。俺は一体、何に突き動かされてこんなことをしているのか。何故出来てしまうのか。

 俺は一体何なんだ?


「あらぁ? 随分と面白いものが見れたわね」


 声の聞えた方を見ると、先程銀色の髪の女性がいた更に向こう側に黒い髪を腰まで伸ばしたエキゾチックな服の女性が妖艶な笑みを湛えて立っていた。先程の女性と同一人物ではないのは確かだが、それよりも気になるのは女性の手に持っている弓のようにしなっている杖だ。女性自身から放たれる魔力もそうだが、その杖がとにかくヤバいことだけは分かる。

 本人は普通の人には分からないように魔力を抑えられても、杖の方はそうはいかないのか魔力がだだ漏れだった。それでも、辛うじて息が出来る程度に抑えてくれているようではあったが。


 尋常ではないその人に、シュレンセ先生が何者ですかと聞く。そこで初めて、俺を大樹から引っ張り出したのがシュレンセ先生だったのだと気付いた。俺を後ろに庇うようにしてくれたが、この人はとにかく危険だと思いシュレンセ先生の隣に並ぶ。


「久しぶりね、アフィロディア。あぁ、今は違うのかしら?」


 まぁなんでもいいわと、女性は左側に深いスリットの入った黒いドレスに黒いヒールで足場の悪い道を優雅に歩いて近付いて来た。杖を右手に持ったまま腰に手を当てて。

 ある程度近付くと、女性は大樹を見上げながら言った。


「凄いじゃない。あんたがあの方に優遇されていた理由が分かったわ。そりゃあ女神も、あんたの処遇をあの方に任せるはずね」


 納得したわと俺を見ながら言う女性。あの方だとか女神だとか俺にはさっぱりだが、とにかくこれ以上こちらに近付いて欲しくないという気持ちになる。ただ、あちらもこれ以上こちらに来る様子はないが。


「まだ目覚めてないのね。ならしょうがないわ。私は今、弟を探しているところなの。見付けたら教えてくれる?」


 目覚めたらでいいからと用件だけを言って、女性は一瞬にして姿を消す。その瞬間、俺は耐えられず膝をついた。心臓が、早鐘のようにうるさい。脂汗が出てとても苦しかった。

 もし万が一ここで一戦交えることになったらどうなっていたか、と思うと怖かった。女性が俺達に向けて殺意を放っていたのかどうかは分からないが、明らかに臨戦態勢だった。傍目には分からないように普通を装っていたが、いつでも殺れるように武器を持っていたのだ。


 あれはただの杖じゃない。こちらに近付いてくる際に、杖の先端から三日月型の青白い光が出ていた。それは俗に言う大鎌と言われるもの。人には見えない特殊な武器だった。

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