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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第三章
73/141

拾捌

 中へ入ると、円卓ならぬU字型の机に座る人々の視線がこちらに向いていた。たっぷりと口髭を蓄えたこれぞ魔法使いって感じの人や、民族衣装の人、老年の方がいるかと思えば10代と思われる人まで、幅広い人達の中で正面に座っている人が目の前の椅子に座るよう促してくる。

 魔族の方達同席という形で行われた学園での質疑応答の時のそれとは明らかに異なる雰囲気に、あれでも俺の心情に配慮して規模を小さくして行われていたんだなとしみじみ思う。


 俺の周りで起きている数々の事件のことを思えば、もっと前にこんな大々的な会議にお呼ばれされていてもおかしくはなかったのかもしれないけど、そこは学園の生徒ということで学園長が配慮してくれていたんだろう。まだ状況を受け止め切れていなかった時だし、今でこそ向き合わねばと思うようになったけど、あの時は何でこんな目に合うんだって思っていたからな。

 今から聞かれることだって、学園で聞かれたことを含めた最新ニュースの実態把握なのだろう。いや、だからって俺に言えることはそれほど多くはないのだが。


 目の前の席に座っている偉い人が、質疑応答の類も一切なく淡々とこの幻想界で起きている異変を話し始めた。その情報の中には俺の知らなかったことも含まれていて非常に興味深かったが、こうも事務的に話されると、どこか法廷ドラマの裁判長を彷彿とさせられる。

 しかも、俺の居る位置って思いっきり証言台じゃないか? そう思い始めたら、違う意味で緊張するんだが……ひとまず、見守るしかなさそうだ。

 時より裁判長っぽい人……仮として議長さんと言わせて頂こう……の言葉に硬い表情をしたり、隣の席の人に深刻げにひそひそと話してみたり、参加した人達は真剣に耳を傾けていた。大まかなことは把握していたのだろうけど、詳細な情報は知らなかったのだろう。困惑の表情を浮かべる人達もいた。まぁ、かく言う俺もその一人ではあるが。



 まず初めに異変が起きたのは、本当に他愛のないものだとされていたことからだったらしい。百年に一度、満月の夜に七色に光るはずの小さな湧き水の池が、一晩の内に枯れていたのだそうだ。七夜光祭りというお祭りが開かれる正にその日だったらしいのだが、お昼にはそこにあったはずの清水が夜には枯れるという怪現象を起こしていた。

 ただ、その池が枯れてしまうことがあるのは度々あったことらしく、七夜光祭りの日にというのは珍しいが自然現象なのだから仕方がないと思っていたらしい。だがその後、その池に再び湧水が溢れてくることはなかった。


 不審に思ったその村の族長は、この現象を突き止めるためにデサント郊外に住む少数民族のルーゼル民族に原因を究明してもらいたいと要請したのだそうだ。占い師であり、優秀な先読み師として有名なルーゼル民族は、聖獣の王ディザイア程ではないものの予言の能力なども持っていた。原因を探るエキスパートでもあるため、度々こういった出来事があった際には原因を究明するために現地へ赴き、その能力を遺憾なく発揮してきたらしい。

 そんな彼等が、それから数日後には発狂してしまった。それは以前、アルテミス先輩からも聞かされていた話だった。ご友人も発狂して、昏睡状態なのだとか。


 その後の詳細を知らないので無事なのかどうかは分からないが、元を正せば湧水が枯れたことが原因だったのだろうか。その発狂事件の翌日には、『魔神の后土』での恐れ多き事件が起きている。

”我、契約の魔物 我が主の帰還 この世に終焉は来たる“

 門に書かれたあの文字だ。俺の身の回りで起きた、実技試験でのブラックウルフ出現事件、湖畔で出会ったスヴェンさん、ファイヤードラゴンの卵の発見等の事も含めつつ、その日起きたもう一つの事件を知る。


 魔力を持たない人達が住む、ルネッソ大陸の首都ザンクールの大貴族トープナー伯爵家の失踪。忽然と、使用人達も含めた約30人が消えてしまったらしい。夕食の準備をしている最中に突如として誰一人いなくなったその状況は異常で、しかしながらトープナー伯爵は突飛な考えをする人だったらしく、思い立ったかのように急に皆を連れて旅行に出かけることも間々あったとのこと。

 伯爵家には珍しく、使用人達を家族同然に扱う姿勢から慕われていて、皆を連れての旅行を行うような人柄の人だったらしい。異様な室内の状況ではあったが、もしかしたらそうなのではないか、という風に思っていたようだ。だがその後彼らは、二度と戻って来ることはなかった。


 大事件とも言うべき状況に、それを知った瞬間、皆さんざわついたことは言うまでもない。30人という数は、誰にも悟られずに急に消えてしまうような人数ではないからだ。しかし不思議なのは、何故ルネッソ大陸なのかということ。何か起きる時は、魔法族や魔族や幻獣が住むキリシク大陸で起きているのが通例で、魔力の集まる場所だからこそ、増減する力の揺らぎに対する均衡を求めて、世界の修正力が発動することが主な原因とされていた。

 現に、魔法族と魔族の戦いにおいてもキリシク大陸での戦闘が主で、ルネッソ大陸や夢現界での戦闘はほぼないと言っていいそうだ。というのも、魔力に対する耐性のあるキリシク大陸に比べて、ルネッソ大陸や夢現界にはそれがない。耐性のない場所での戦闘となれば、どんな弊害が起こるか分からず、下手をすれば世界の終わりに繋がるかもしれないのだとか。


 キリシク大陸でさえ、魔法族と魔族の争いで生じた弊害が時空の歪みとして現れ、予期せぬ形で夢現界と幻想界が繋がる道が出来てしまったのだそうだ。それを抑え込み、今の『潤しの源泉』だけを道として繋いでいるのは、偏に世界の崩壊を防ぐためだと言ってもいい。

 勿論、戦闘範囲が広がれば、それだけ護りを固めにくく応戦しにくくなるから、というのも理由の一つだ。それに、ルネッソ大陸の人達は魔力を持たないので害にもならないし、彼等もまた無駄な争いを好まなかったため中立を貫いていたことが大きい。

 とくれば、この失踪を幻想界での不可思議な現象の一つと数えるべきなのか疑問が残る。

 とは言え、『潤しの源泉』での出来事もあるし、別の出来事で片付けてしまえないのも事実だった。時空の歪みや魔法が行使された形跡もないというのだから、お手上げである。


 ふっと、視界が切り替わるような感覚に襲われる。夢うつつの様な感覚が襲った瞬間、ある可能性が頭を過る。


 忽然と失踪し得る可能性があるとするならば、それは魔法族や魔族や神族をも超えた、高位の魔力を有した者による仕業ではないか。魔法族や魔族にもそれを悟らせないだけの力があれば、成し得ること。

 魔力の痕跡を残すことなく人を攫うことなど、簡単にできるのだ。何故かそう確信した。

 ならば何故、『魔神の后土』でその存在を知らしめたのか。それは己の帰還を謳うためだ。

 誰に? そう、それは……


「……けくん。大介くん?」

「っ!?」

「大丈夫ですか?」


 は、はい!? 情けない声を出しながら、心配顔のシュレンセ先生に返事をする。何か今、俺の意識と違うところで何かが思考を巡らせたかのような不思議な感覚に陥っていた。

 思いもよらない考えだったが、なるほど確かに、痕跡を残さなければできてしまうことはたくさんありそうだ。例えば、ヴァンパイア第二王子のアシュリー殿下の魂が肉体から引き離された事件についても、いくら調査しても痕跡がないそうだから。

 と考えて、目の前の人の視線が俺に向いていることに気付いた。それどころか、室内の全ての人達の視線が俺を向いたのだが……何故?

 それに答えるように、議長さんが聞いて来る。


「体調が悪いのかね?」

「い、いえ、大丈夫です」

「そうか。では、何か補足したいことでもあるのかね?」

「はい?」

「何か言いたげにしていただろう?」


 俺はてっきり、議長さんが詳細を話して終わるのかなと思っていたのだが、補足があるのなら補足してもよかったのだろうか。てか、話を中断させるほど俺は深刻そうな顔でもしていたのだろうか?

 どうしたらいいんだろうとシュレンセ先生を見ると、未だ心配げに見つめ返してくる。そもそも、思考を巡らせていた間にどれだけ話が進んでいたのやら分からないので、ちょっと前に戻ってここはこうかもしれません、なんて言ってもいいものなのか。


 確信の持てない考えを口にすることは、あたかも持論を真実のように宣伝してしまうことになるようで気が引ける。嘘も事実にしてしまえるのが噂というものなのだ。例え真実は違っていても、一度事実だと広まってしまえば人々の記憶に刻まれる。そうなってしまえばもう、何が真実だろうとどうでもいいのだ。

 不安を煽るのは良くない気がして、いえ何でもありませんと答える。その間も、お隣からは心配そうな視線が向けられたままだった。



 思ったほど話は進んでいなかったのか、翌日に起きた歓迎祭初日の『魔神の后土』の辺りで起きた青白い光の現象や、その翌日に起きた俺のコールディオン岩壁からの落下事件とスヴェンさんの存在、までは語られていたようだった。その最中に難しそうな顔をしていたのだから、何事か補足があるのではないか、という議長さんの言葉は当然かもしれない。そして、その時のことを語っていたからこそ気分が悪くなったのでは、というのも頷ける。


 更に翌日には夢現界への散策の時に倒れて夢うつつに変な声を聞いたし、夜には怖い夢も見た。そして同時刻幻想界では、ヴァンパイア族第二王子のアシュリー殿下が魂を失った状態で発見されるという不可思議な状態が起きている。

 使い魔召喚の儀式に置いては、俺の使い魔が現れないという異例の事態が起きたし、聖獣の王ディザイアが破滅の予言をした。

”暗冥は解かれ 無情な終焉は来る 今までのことは序章にあらず 誠の序章はアシュリー殿下の魂”

 その瞬間、室内が騒めき、皆不安そうな顔になる。ディザイアの預言は皆の知る所であったとは言え、再びそれを耳にして恐怖が襲ってきているようだった。


 そしてあの出来事、『潤しの源泉』消滅事件だ。幻想界と夢現界を繋ぐ唯一の門にして水の精霊が護る門。それが消滅したかと思うと黒い塊と闇の霧が立ち込め、それをスヴェンさんが消し去ったという事件。

 現時点での最も高い関心事の話題になると、ひそひそ話や固唾を呑む人々の興味の視線がより一層俺に向けられる。何故ならば、その出来事の最前線にいたのはまたしても俺だったのだから。


 その後、ルネッソ大陸にて行われた魔族三大種族の王達が集まり行われた魔族会議当日の夜、棺の中に保護されていたヴァンパイア族第二王子のアシュリー殿下の身体を小さな白い生き物が連れ去ってしまった。その際に、“精々、ダイスケを闇に奪われないよう気を付けるんだね。彼を奪われれば、世界が焦土と化すことは避けられないよ”と言ってきたわけだ。その上その白い生き物は、アシュリー殿下とは魂の双子であり、光神アルメシアの使い魔シュナイゼルだと言った。


 翌日の夜には、シュレンセ先生に連れられ聖獣の森へ。先生曰く、聖獣の王ディザイアが会いたがっているから、とのことだった。ディザイアの預言の”運命に導かれし者よ。天の光が満ちる頃、閉ざされていた門が開かれる。彼等を導け。彼等が待っている”を案内役のユニコーンのウルヴォロスさんに伝えた瞬間『潤しの源泉』まで連れて来られ、淡い光を放つ石段に手を付いた途端『潤しの源泉』が復活した。

 再び現れたスヴェンさんに言われるまま呪文を唱えれば、以前は暴れて手も付けられなかったブラックウルフがうやうやしく膝を折って俺に傅いたことも含めて色々と限界だったというのは記憶に新しい。


 その後はウェアウルフの王が現れたり何なりしたわけだが、その部分は特に問題視もされなかったようで上記までが語られて終了する。皆さん一様に考え込み、挙手して発言する人はいなかった。しかし、わざわざこんな大それた会議を開いておいて、これまでの出来事の概要を話して聞かせて、はい解散ってなことがあるわけがなく、議長さんが再び口を開いた。


「今回皆様をお呼びしたのは、この度起きた出来事についての皆様のご意見をお聞きするためではありません。既に各方面より検証を行っており、その調査を進めるに当たり皆様にはご協力を要請しております。それらの結果を見てから改めてお知恵をお貸し願えればと思います。では、何故皆様をお呼びしたのかと申しますと、今回の会議を開くに際し、ある方々からお言葉を頂いたからです」


 “ある方々”という言葉を聞いた途端、皆が固唾を呑んだのが分かった。そもそもこの会議が開かれる発端がそこにあるのだから。

 皆が見守る中、議長さんは咳ばらいをして言った。


「本件における一連の出来事についてですが、”すべては流動する世界の必然であり、来るべき日への布石。覚悟がある者だけが、過去と今を繋いで未来を守るだろう”そう、使者の方は仰っています」


 その瞬間、皆ざわざわと騒がしくなるが、俺はそれどころではなかった。“来るべき日”という言葉に激しく動揺したからだ。何故なのかは分からないが、胸が痛くなるほど鼓動が鳴り響いてうるさかった。うっすらと冷や汗をかいている気がするが、議長さんが話し始めたので遠退きそうな意識を無理やりそちらへ向ける。


「使者の方は残念ながらすでに帰られており、この言葉の意味も理解されていらっしゃらない様子でした。ただ、言伝さえすれば分かるはずだとのことで、こうして皆様にお話しました」


 それが誰への言伝だったのか誰も分からない様子だったが、俺だけは納得してしまった。心に霧がかかるようなすっきりしない気持ちの中で、答えはすぐそこにあるのだという確信が芽生える。でも、だけど……



 その時だった。今まで経験したことのない様な揺れと地響き。まるで地震が起きたかのように建物が揺れた。縦揺れとも横揺れとも言えない大きな衝撃が建物を包んで、それが異常な事であると理解できたのは、会議室の壁の一辺が無くなっていたから。

 冷たい冷気が入って来たその先には、地中深くまで大きく裂けた大地の亀裂があった。


 一体何が起こったのか、唖然とする俺を護るようにシュレンセ先生は前へ踏み出し、会議室の外にいたカイザードやカヴァリエーレさんも慌てて俺の傍にきた。シュレンセ先生の背に庇われるような位置に居ながらも外を見ていると、ただ単純に地面が割れただけではなく、隆起している部分もあることが分かった。

 突然のことで驚いていた皆さんも、流石そこは族長達。状況把握を急げ、と指示が飛び交っていた。慌ただしくも各々の役目を無駄なくこなしていく中で、議長さんがこちらに近付いてくる。


「シュレンセ殿、これはどういうことか分かりますか」


 いえ私には分かりませんと返した後、議長さんの目をしっかり見ながらシュレンセ先生は言った。


「ただ、彼を……大介くんを護らなければなりません。絶対に」


 普段穏やかで優しいシュレンセ先生が、真剣な表情で語気を強めていた。そこには、何に変えても、という意思が見て取れて、議長さんは一瞬驚いたものの、大きく頷いた。


「我々の覚悟は、すでに決まっています」


 図らずしも使者の言葉の“覚悟”を彷彿とさせる決意に、揺るぎないものを感じた。

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