拾漆
遂に、この日がやって来た。魔法族族長会議の当日、緊張の面持ちでこの日を迎えた俺をシュレンセ先生が迎えに来てくれたのは、朝の10時を回った時のこと。幻想界の人達にとっては当たり前に知っていることを知らない側からすれば、神話的に語られる存在である神族の事を何も知らずに粗相を犯してしまっては不味い気がして、タイタンさんが持って来てくれた書物とブランシェを頼りに勉強していた時のことだった。緊張を感じ取ってか、いつものにこやかな表情で私もついていますから大丈夫ですよと言ってくれる。
今回はシュレンセ先生が行きも帰りも族長会議にも一緒にいてくれるそうなので、クウィンシー以外の付き添いは必要ないと、ブランシェもタイタンさんもお留守番である。
「クゥーもいっしょ! クゥーもいっしょ!」
嬉しそうにクゥ~クゥ~鳴いて、肩の上を行ったり来たりして喜ぶクウィンシー。俺の服がしわくちゃになるのも構わないその姿、躾が甘い証拠なのだろうか。
ネクタイピンに変化させられる屈辱を味わうことがないのをこんなに喜ぶとは、どれだけそれが嫌な事だったのか気付くのに余りある行動であろう。
学園に到着し、そのまま幻想界へ。向かう道すがら思うことは、俺等ほとんど授業受けられてなくないか、ということだった。本来ならそろそろ大きなテストが行われるはずなのだが、それどころではない状態なのが現状だ。そもそも俺の場合、使い魔使役実践テストは受けられないわけだが。
まさかもう一度、『魔神の后土』へ行って使い魔を召喚してみるってわけにもいかないだろうし、第一俺の使い魔出て来てくれないらしいし。どうしろってんだか。
前例のないことではあるものの、いないものは仕方がないので免除されるらしいけど。いないままなのも困るんだよなぁ。
使い魔は、魔法族にとって大切な相棒だ。何故なら、彼等の存在が己の能力の底上げに繋がり、また能力の安定を図ってくれるからだ。それは魔法族だけに限らないが、魔族が使い魔を使役することは度々ある程度で、最近読んだ書物では神族は使役していないらしい。とは言え、悪魔や神ですら使い魔がいたというのだから、決して使役できないということではないみたいだが。
というか、神が使い魔を従えているという表現は正しいのやら何なのやら。一応、表現の一つとして分かりやすく言えばということらしいから、本当の関係性は召喚主と契約者ということになるらしい、つまり表現の仕様がないから使い魔と言い換えているだけなのだとか。
そもそもこの世界での神という存在は、万物を司る存在という位置付けではない。悪魔と対等であり対局の存在であり、万物の全てを思いのままに生み出せるというものではないようで、万物はすでにそこにあり、その上で神の力でどういう世界にしたいかを決定していく。それに対して悪魔は、人の心を糧に力を得、神と対局な存在として生命と関わりながら生きていくのだとか。だが、それだと悪魔は神よりも能力で劣るように聞こえるが、彼等も世界を作ることは出来るみたいだ。ただ、言わずもがな神のように平和な世界は望めないわけだけど。
自ら創るより、既に創られた世界を滅茶苦茶にした方が楽しいからじゃないか、なんてことを純一がしれっと言ってくれた時には我が耳を疑ったが、確かに悪魔ってそんなこと言いそうだよな、と無理やり納得することにした。純一、それがお前の本心なわけじゃないよなまさか、な動揺は置いといて。
その時に、ついでのばかりに悪魔と魔族と魔物の違いについても深く掘り下げたのだが、簡潔に言えば魔力量の違いと邪悪さの違い、らしい。どこまでも非情で救いを与えず、仲間をも蹴散らし奪うのが悪魔で、悪魔の眷属ながら感情を持ち、仲間意識の高いのが魔族。比較的人に近いのが魔族、と言われる由縁でもある。勿論、そもそも人だった場合もあるので、人に近い感情を持っているのは当然なのかもしれないけど。
そして魔物とは、恐怖心や嫉妬心などの悪感情が生み出す化け物で、悪魔の派生のような存在だ。魔物から悪魔へ変化することも有り得るらしいが、そのためにはかなりの魔力を吸収しなければならないので実質不可能だと言われている。
中々に魔族というのも奥が深いなぁなんて語り合う中で、じゃあ神族は、という流れになるも、彼等はそもそも神に選ばれし寵児ということは分かっているので、そこで話は終了してしまう。因みに、よくファンタジーものでありがちなエルフとかドワーフとかはこの世界にはいない。
それにしても神族は本当に謎すぎる。情報が少なすぎて、何一つ語れない。彼等の存在は常に非公式で、知る者もほとんどいないのだから仕方ないのかもしれないが、そこまで頑なになる必要が果たしてあるのかと疑問に思ってしまう。
彼等に接近しようと試みる者は今まで数多いたらしいが、尽く聞く耳を持たれなかった。そんなことが長く続けば、神族は既に存在していないのではないかと囁かれてもおかしくはない。絶対数が少ないことは知られていたから、そこからどれだけの神族が生き残っているのかと考えた時、もう生き残っていないからなのではないかと思われるのは当然のことだった。
そんな彼等が生きていたということが、今回証明されたのだ。ではなぜ今なのか、という疑問だけが浮かぶ。不安に駆られる幻想界に一筋の光明が差したと皆が色めき立つのと同時に、修行僧の如く俗世と距離を取っていた彼等が動くような事態が起きているのではないかと不安を煽られる幻想界の人達。
今それが、俺とどう関わっているのか判明するのだ。当然ながら注目を集めてしまうことになるのは否めない。
って、幻想界に入ってすぐに思い知らされた。うん、とんでもない注目度だな……俺は凱旋パレードの見世物じゃないんだが!?
幻想界に入って来るなり、人だかりの山を掻き分けることになった。シュレンセ先生が隣にいるので、押し合いへし合いなそれとは違って道は確保されていたのだが。
『潤しの源泉』から魔術学園までの道のりをハリウッドスター来日みたいな注目度で歩かざるを得なかったのはとんでもない苦痛だ。たまに魔族っぽい人達もいたので、彼等も物見遊山で見学にでも来ていたのだろうかと思うと、ドッと疲れる。
幻想界に入ってすぐ、カヴァリエーレさんやカイザードが立っているのが視界に入ったのだが。二人は何故か、SPみたいな厳ついスーツ姿なのだ。ご丁寧にサングラスまでって……あんたら、この状況を面白がってるんじゃなかろうな? なんか二人共、ノリが合いそうだもんなぁ。
夢現界のことを知っているであろう彼等ならばやりかねない気もしたけど、そのネタ絶対この世界の人達には通用しないと思うんだ。現に、幻想界に入った途端彼等を見つけたシュレンセ先生が、夢現界の格好をしてどうしたんですかなんて聞いちゃうくらいだ。
それに対してカヴァリエーレさん、これも任務ですから、なんて口数少なげに真顔で対応して、ふわふわとクエスチョンマークを飛ばしてそれを受け止めたシュレンセ先生は、追及するよりも俺の精神苦痛を軽減することを優先してくれたのか、行きましょうかと促してくれた。
というか、一体あれは何だったんだ!? なんでこんな大事になってるんだよ! 前回のパンダ状態再来じゃないか。いや、もっと酷い!!
状況が状況なだけに注目はされるだろうと思っていたけど、穏やかな幻想界の人達だったら、内心そわそわしつつもそれを表に出さずに受け止めてくれるもんだと思ってた。あんな、ここいらに住んでる住人以上にいるんじゃないかってぐらいに沿道を埋め尽くす人、人、人の波をこの世界で見ることになるとは……
何故こんなことになったんだと思いながら歩いていたら、お隣さんからとんでもない爆弾が投下された。
「いやぁ、宣伝した効果があったね」
「そうだなぁ。まさかあんなに集まるとは!」
いやぁ愉快愉快、はっはっはっと言わんばかりのSP二人。今、なんて? ギギギィ~っと顔を彼等の方に向けると、二人は一瞬笑顔が止まった。カイザードは少々申し訳なさげにしていたが、カヴァリエーレさんは相も変わらずにっこり顔。さっきまでの真顔とは偉い違いである。
「どうせなら、皆にお披露目しちゃおうかなって思って、『今話題のあの有名人が、魔法族族長会議にお呼ばれするよ~! 皆で彼を見に行こう!!』って時間と場所を指定して呼びかけてみたんだ! 大成功だったね!」
「大迷惑の間違いでは?」
でも楽しかったでしょなカヴァリエーレさんに、楽しくないですな俺。まぁまぁとカイザードが仲裁するも、あんたも同罪だぞと益々怒る俺。別に嫌われてるわけでも怖がられてるわけでもないのに、なんで注目されるのが嫌なのか分からないなとどこまでもカヴァリエーレさんはマイペースだ。あなたの価値観で物事を推し量るのは止めて頂きたいのだが。
そんな感じで色々あって疲れてたけど、お迎えの人達がやって来たのでゆっくりも出来なかった。さぁ、こちらですって感じで中庭まで来て箒を渡されそうになったのだが、それをシュレンセ先生が制して、私の魔法で行きましょうと提案する。
確かに、シュレンセ先生の魔法の方が瞬間移動できるから効率的だけど、案内役の人も恐れ多いと思って一瞬躊躇していた。しかし、シュレンセ先生が箒に乗れないということを思い出したのか、その提案を受け入れることにしたようだ。
元々魔法族ではなかったため箒での移動手段というものを知らなかった上に、そもそも魔法の性質的に自由自在に移動できるとくれば、そりゃあ箒に乗れなくても支障はないもんな。
というか、シュレンセ先生が同行することを知っていて箒での移動を考えていたとは、下調べ不足にも程があるような。
ともあれ移動の件は解決し、案内役三人や護衛二人に引率者一人を含めた大移動は瞬く間に完了した。おとぎの国の世界で出て来そうな御大層な人工建造物には、これまたバロック様式をふんだんに詰め込んだ富と権力の象徴を思わせる外観をしていて、ここが夢現界で言うところの中世で止まっていることを遺憾なく感じさせられるものだった。
いや、最低でも150年ぐらい前で止まっているんだったかな。どちらにしても、幌馬車が馬の引率なく勝手に走ってっちゃってんだから、ここは完全なるファンタジー世界確定です。
てか、ここは一体何処なんだろう。中世ヨーロッパの裁判所か何かなんですか。幻想界のほとんどの建物がヨーロッパの影響を受けていることは知っていたけど、この辺りの街並みなんかは正にそんな感じを思わせる。
車輪が石畳の段差でガラガラ音を立てながら走行していく馬車には相変わらず馬がいないけど、その代わりに本来馬がいるはずの場所にランプが浮いていて、その光が右へ左へと向きを変える度に馬車の進む方向が変わるところを見ると、あのランプが方向を決めているのだろう。ふと、人工頭脳っぽいとか考えちゃったのは、悪い足掻きと知りつつの現実逃避ってやつである。
目の前の建物の大きな玄関扉がゆっくりと開かれる。一体どのようなことを質問されるのか、或いは聞かされるのか、緊張から口が渇く。それを察してか、一先ず先に休憩してからにしましょうかと、シュレンセ先生が気を使ってくれた。
だけど、休憩を挟むことでより一層緊張するよりさっさと終わらせたい気持ちもあって、スケジュール通りにどうぞと言うと、二階へと続く大きな階段を上ってすぐ目の前の扉の前へと向かった。そこに来るなり、じゃあ俺等はここでとカイザードが言うので、この中がそうなのだろう。
行きましょうかと言ったシュレンセ先生に頷いた直後、その扉は重そうな音を立てながら開かれた。廊下よりも暗い室内の中へと、シュレンセ先生の歩みに合わせて入っていく。
この先で一体何を質問され、何を知るのか、緊張を胸について行く。
 




