拾伍
さてと、そろそろ現実逃避してないで本題に入ろうか。このメンバーにヴァルサザーがいる時点で、何やら重要な要件があるに違いないし。
目の前で繰り広げられる、無意味かつ傍迷惑すぎる熾烈な争いに呆れ返るヴァルサザーに尋ねてみたら、やっぱり、な用件でいらしていた。
今回俺がやらかしちゃったことの確認のためにわざわざご足労をお掛けしたのに、肝心の俺自身が何が起こったかよく分かんないという。尋ねられたことに対して終始、そうですねとしか返答できないってのが申し訳ない限りである。
しかし、カイザードもヴェルモントさんもいるのに、何故ヴァルサザー自ら来たのだろう。本来ならば、お二人にやってもらえばよかったはずである。そのための護衛兼連絡係なのだから。
だが、俺の脳裏に一つの可能性が浮かぶ。ベネゼフの有り得ないほどのはしゃぎ様に心底疲れ切っているヴァルサザーという構図を見ていれば、ベネゼフのお守り役というのが今回の主だったヴァルサザーのお仕事だったのではと思えてならないのだ……合掌!!
聞けば、ドラゴン王より俺への言伝を頼まれたらしいのだが、何を思ったかその役目をベネゼフに任せようとしていたらしい。慌ててそれを止めたはいいが、ベネゼフの不満が噴出し、致し方なくお守り……じゃなかった、お目付け役ということで同行して来たのだそうだ。
それなのに一切お仕事しないなベネゼフ。未だ争い続ける二人を嬉々として見つめるばかりのベネゼフに、俺まで疲れてしまう気がした。
ヴァルサザーの目の下のクマが物語る苦労の痕に、涙を禁じ得ないよ。
肝心の言伝というのが、一度ドラゴン族王宮へと来て欲しいというものだった。どうもドラゴン王も、一連の出来事の渦中にいる俺にかなり興味を示しているのだとか。
そりゃあ、俺がディザイアに会いに行っちゃったり、『潤しの源泉』を出現させちゃったり、ウェアウルフ族の王宮に連れて行かれちゃったりしていたら好奇心も最高潮なことだろう。
まぁ、それはいい。それはいいのだが……
「ところで、何故ヴィクトールさんがいらっしゃるんでしょう?」
そう、この医務室内の人物に置いて最大の謎、ヴィクトールさん。他の方達は予測できても、彼だけは何故いるのか皆目見当もつかない。
俺にそう問われても、彼は一切意に介さず無我夢中で本を読み耽っている。いや、せめて何か反応してくれよ。あの集中力じゃ無理っぽいけど。
代わりに答えをくれたのは、正蔵さんだった。
「彼は彼なりに、君を気にかけていたみたいだよ。まぁ、今はそれ以上の興味に心が傾いているようだけどね」
聞けば、俺の調べ物を密かに手伝ってくれていたらしく、役に立ちそうな書物を渋々ながら持って来てくれたのだとか。渋々ってところが、ヴィクトールさんらしい。
いやしかし、誰に強制されたわけでもないのに手伝ってくれた上に、貴重な書物を持って来てくれたことには感謝しなくてはだよな。まさかとは思うが、神聖な領域を部外者に踏み荒らされるのが嫌でさっさと追い出したかったから、なんて理由ではないことを祈る。
それはさて置きあの本の虫さん、本当に心ごと本の世界に行っちゃってるっぽい。目、血走ってるからな。怖い……
まさかドラゴン王にまでお呼ばれされてしまうことになるとは、このままヴァンパイア王にまで呼ばれちゃったら、魔族三部族トップを網羅してしまったようで気が引ける。
繋がりが出来ちゃうのも嫌だし、早く解決してほしいなぁこの案件、と溜め息が漏れたのは言うまでもなく。
よく考えれば、呼ばれないまでもレイモンド殿下にはお会いしちゃってたなと気付いちゃったのは良かったのか悪かったのか。ほぼ網羅してるってのは一体どんな攻略イベントだったんだと、普段ゲームしないながらに思ったのは秘密だ。
安全も確保されたので一時帰宅ということで帰れることになったのだが、その際、号泣のブランシェに抱き潰されるかと思った。そりゃあ、俺と一緒に幻想界に入ろうとしたら自分だけ弾き出されたのだ、驚き以上に混乱したことだろう。俺だって混乱したし。
どこも怪我をしていそうにないブランシェを見て、本当にブランシェが無事でよかったと胸を撫で下ろした。その間、君のお父さんは寡黙さと我が道を行く姿勢で俺のこと振り回してたけどね。
いやホント、あんなスピードで走ってる馬から落馬したとしたら、一体どんな悲劇になってしまったんだろう。落馬で首の骨でも折ろうものなら、本当に危なかったと思うんだが。
とは言え、その辺は魔法の世界。案外何とかなるんだろうけど。何も起きないことに越したことはない。
よかったよかった本当によかったと感極まるブランシェには悪いが、君の握力凄まじいんだからそろそろ開放してくれ! その気持ちを酌んでくれたのか、純一がブランシェを引き離してくれた時には窒息寸前だった。
ごめんねまだ力加減が上手く出来なくて、なんて不吉なことを言いながら、感動の再会に潤む目元を拭うブランシェ。俺の方は、死にかけた苦しさで潤んでいる。
ともあれこれで、俺の力が暴走するかもって理由で制限されていた行動が解禁されるわけである。いやぁめでたい、とはいかないもので。
「大介、実はお前に頼みたいことがあるんだけ」
「拒否!」
アイガン先生が何が言いかけてたけど、嫌な予感しかしなかったから却下した。だが、その却下に反応したのはアイガン先生ではなく、ウェアウルフ族のタイタンさんである。
何も言わないが、何か言いたそうな顔である。本当に何も言わないが。
「そう言わずに、頼む! ウェアウルフ王の命令だから、聞かねぇわけにはいかなくてよ」
「それ、俺に対する命令ではないですよね? 先生に対する命令ですよね?」
ウェアウルフ王が俺に命令する権利はないので、命令するとしたら先生だろう。だったら、俺にそれを実行する権利もないわけだ。
しかし、そこで諦めないのがうちの担任である。
「まぁ、最後まで聞けって! 別に取って食うわけじゃねぇんだしよ。今更、一匹も二匹も変わんねぇじゃねぇか、な?」
一匹二匹という不穏な言い方が、俺の最悪予想を裏付ける。一匹目に数えるのが誰のことを指すかは分かるが、二匹って言い方が解せない。二匹目というには、あまりにも人の姿過ぎるのだが?
まさか、ブランシェのことだろうか。いや、ブランシェは人の姿で家に住んでるし、含むつもりだったら一匹二匹三匹って言いそうだ……ということは?
何を言いたいのか大体把握しているが、言い方に疑問を抱きながらアイガン先生を訝しんでいると。
「うちのタイタンを犬の姿でお前んちに住まわせてくんねぇかな?」
ちゃんと学校にも通わせるつもりだから、登校時に連れて来いよ、と……犬? 犬!?
いやいやいやいや、狼は犬じゃない!! イヌ科だけど、狼は狼だから!! てか、ウェアウルフ族は人狼であって、狼じゃないだろ!? 聞けば、狼に変身することも出来るらしい……って、そういうことじゃない!!
狼のあの鋭い瞳と野性味溢れる容貌は、どう贔屓目に見ても犬ではない。犬に見えないってことはかなりネックだろ?
もし俺が町中で狼を連れていたら、どんな混乱が起きることか。駆除対象か、保護対象だろ絶対。
どうするよ、二ホンオオカミってプレートを付けられて動物園に展示されたら。てか、容貌が二ホンオオカミじゃなかったら、取りあえず何かしらの狼と遺伝子比較されたりするぞ。
と、普通の狼だったらそうなる最悪のシナリオが頭を駆け巡ったわけだが、よく考えれば、そこまで酷いシナリオにはならないだろう。相手はウェアウルフ族なんだし、人間の手に捕まえられるわけもないのだ。
なんとか逃げおうせるだろうが、狼連れてた少年ってことで、後で俺が事情聴取されそうな予感がする。どう考えても最悪じゃないか?
それなのに、アイガン先生は楽観的だ。
「安心しろって! ちゃんと犬の外見にもさせるし。傍から見たら、ただの散歩にしか見えねぇから」
「登校中に散歩って有り得ないと思いますが?」
暗に、犬の外見にも変身できると言いたいのだろうが、それのどこが安心材料なんだ? 通学しながらの犬の散歩とかどんだけ常識ないんだそいつ、なことを俺にやれと?
ウェアウルフ族は人狼なのだから、室内では犬ではなく人の姿になるべきだろう。とすると、人の食事と人の部屋、という人間待遇をするべきだ。まさか、家にいる間ずっと犬待遇ってわけにはいかないだろ?
そうは思うが、アイガン先生は別にいいそれでいいと楽観的。我が家的に、駄目に決まっている!
絶対断るなよな雰囲気だったから、家族と相談させて下さいと言うのが精一杯だった。
なにこれ、どんな呪いだよと項垂れたのは言うまでもない。今日も一日、俺の人生に休む暇はなかったようだ。疲れた、本当に……
帰路に発つ俺を皆が『潤しの源泉』の前で見送ってくれる。学校再開は2日後ということなので、少しだけゆっくりできるんだなぁとほっとしながら彼等と別れるも、その間に俺、家族にもう一人ホームステイさせられるか聞かないといけないんだよなぁと思い出して気が滅入った。
どうしよう、なんて頭を悩ませていたら、同じく帰路に着く正蔵さんが慰めてくれる。曰く、ウェアウルフ族と親交を持つことは必ずしも悪いことではないよ、とのこと。
魔族の中で、一番飄々とした人達だからウェアウルフ王の真意は量れないそうだが、タイタンさんは生真面目な性格なので問題はないだろうと言うのだ。
今や、魔族と人間の交流は劇的かつ親密になっている。それこそ、神秘のベールに包まれた神族よりも親しい間柄だと言えるほどに。だからこそ両者の交流を大事にするということは、お互いのため以外の何物でもないのだそうだ。
何より本当に魔王が復活でもしようものなら、魔族にとっては死活問題。魔族らしからぬ人間との交流など、魔王が許すはずもない。何としてもこの事態を納めたいというのは、何も人間側だけの都合ではないのだ。
今連携を取って置くことは、最悪の事態を起こさせないためにも必須と言える。それが例えホームステイという形であっても、魔族との交流によって得られる情報こそ俺自身を守ることになると正蔵さんは教えてくれた。
要約すると、ホームステイを受け入れるべきってことですね。
車で送ってあげようと申し出てくれた時はとても有難がったものだが、上記の事柄をつらつらと述べられた時は何とも言えない気持ちになった。確かに、掴み所のないウェアウルフ王に比べて、真面目な彼は俺達に迷惑かけなさそうだとは思う。しかしうちにはもう、ブランシェがいるし。
それに、アルテミス先輩が満面の笑顔だった。怖いくらいに笑顔だった!! あの目が、絶対に受け入れちゃ駄目だよって言ってた!!
もしここで俺が受け入れでもしたら、なんか自分までホームステイをって言い出しそう……絶対断るけど!
普通、ホームステイってそんな大人数を一家庭に受け入れるもんじゃないと思うんですけどね?
ブランシェは俺の魔力の暴走を食い止めるのに必要な存在だからいて貰わないと困るし、クウィンシーは俺が親代わりだから面倒見ないとだから。でもタイタンさんは、二人に比べるとそこまで俺との相互関係はなさそうなんだけどなぁと思っていたのだが。
「タイタンの能力は知っているかい?」
「いえ」
藪から棒に、一体なんだと思っていると。
「タイタンはね、拒絶魔法が得意なんだよ」
「拒絶魔法?」
聞いたことないなぁと首を傾げていたら、ブランシェが目を輝かせて食いついた。
「それって、相手の攻撃をそっくりそのまま跳ね返す魔法ですよね!?」
「そう、とても難しい魔法だ。何故なら、全ての属性の魔法を跳ね返すなんてこと、普通は出来ないからね」
「属性は相性がありますもんね。火は緑に強く、緑は土に強く、土は風に強く、風は水に強く、水は火に強い。だから、どうしても不得意な属性があるんですよね」
その不利な条件を完全にカバーすることは実質不可能なのだと、ブランシェは言う。確かに、魔法の授業で一番最初に教えられることだ。
己の属性を見極めた後で、自分の属性の天敵の属性を教えられる。俺の場合は光だったわけだが、あまりにも対局過ぎて、天敵と言われればそうなのだが、力関係では拮抗していると言われた。己の力さえ強ければ決して負ける相手ではない、宿敵ではあるが天敵ということではない、ということらしい。
俺が敵認定していないので、向こうも敵認定しないでいてくれれば平穏でいられる気がする。そもそも、光属性を持つ人はほとんど心根の優しい人達ばかりだから、こっちものほほんとしていれば何も起こらなそうなんだよなぁ。
蒼実とか、いい例じゃないか。
しかし、なるほど。すべての魔法を拒絶できるということの凄さを理解した。同レベルの魔力だと負ける可能性のある天敵属性をも跳ね返せるのは凄いなぁ。
でも、何故そんなことが出来るんだ? そんなことが出来る属性って、一体何だ?
「無属性だよ」
「無属性?」
「そう、属性がないんだ」
「そんなことあるんですか?」
普通はないね、と正蔵さん。ブランシェも驚いていた。
「一応属性はあるんだけどね。全ての属性を均等に宿しているっていう。しかしそんな事例は聞いたことがないからねぇ。今はまだ力が安定していないだけかもしれないからと、無属性ということにしているんだ」
「全ての属性を均等に? それって、最強な気がしますが?」
すると正蔵さん、ふふふと笑って、そうでもないよと言った。言うに、力が不安定になるため、力を使えたり使えなかったりしてしまうらしい。そして、全てとは言っても光と闇以外だけらしいのだ。
小さい頃は魔力の発動が全くなかったらしく、魔力を持たないことを馬鹿にされていたらしい。魔族は基本、生まれた時から魔力の属性が分かるのが当たり前なのだと聞けば、魔力を持たないということは異端だと忌み嫌われてしまうのだという言葉に説得がいく。
しかしウェアウルフ王はタイタンさんに何かを見出し、魔力がないならそれをカバーするよう勉強をするようにと言い聞かせたらしい。そのおかげか、今や次期ウェアウルフ王候補だと言うのだから驚かされる……って!!
次期ウェアウルフ王候補ってどういうことだ? 次世代の王様ってこと? つまり後継者ですよね? なんでそんな重要な人、俺の家に!?
そんな動揺すらも見透かすように正蔵さんは言う。
「だからこそ、彼が傍にいることは君のためにもなるだろう。何かあった際は彼の拒絶魔法が君を守り、次期ウェアウルフ王候補という立場は情報を得やすい。まぁ、相手の属性が光や闇なら、君が何とかしないとだけどね?」
それは、ここ最近の俺の周りで起きていることがほとんど闇属性ということを分かった上での発言のような気がした。
自分自身で身を護れ、それ以外の攻撃は護衛がいる、という。それを聞いたからかブランシェも、僕も力になるからねっとやる気である。
って、もうタイタンさんのホームステイ確実ですか。これで親の承諾があったら、俺に拒否権ないじゃないか。
今後の展開を考えるだけで、恐ろしすぎて身震いがした。




