拾肆
しばらく雑談した後、いくつか見繕ってくれた本を受け取り魔術学園へと戻る俺達だった、のだが。その間、魔族さん達を伴ってのご帰還だったので、道行く人達から驚きの視線を向けられ道を譲られるという、何とも言えない居心地の悪さを味わった。
俺の小市民的日本人の心が、この総回診ばりの状況について行けてないばかりか、この観衆の目に晒されているという状況に全く慣れない。俺はパンダじゃないぞっと心の中で反論するも、時すでに遅し、な感じである。
この分だと、ディザイアに会ったことも『潤しの源泉』のことも、皆さんすでにご存知なのだろう。魔族の皆さんを引き連れているだけでも異色なのに、その上上記の事柄が加われば……完全に見世物である。
この学園に通うようになってから、特別クラスを神格化する学生達に嫉妬の目で見られることはよくあったが、よもや幻想界でまで遠巻きに見られる日が来ようとは……
やれやれな気持ちの籠った溜め息を吐きつつ、今回の騒動でざわつく学園の門をくぐる。
そこで気付いた事が一つ、あちらこちらで感動の再会が繰り広げられている、ということ。その様子から見ても、『潤しの源泉』が再び繋がったことで、夢現界に取り残されていた人達が幻想界に戻って来たのだということは一目瞭然だった。家族との再会を喜び合う様や、感極まって涙を流す人々の姿を見れば、まず間違いないだろう。
そんな感動の場面が繰り広げられている中、視界の端にとんでもない人物を見つけてしまい、思わずゲッと言ってしまったのは不可抗力というもの。その人は、まるで俺がここに居ることを感じ取ったかのように笑顔で振り向いたかと思うと、長い間離れ離れだった家族が再会を果たしたかの如く感極まって近付いて来る。
俺にとっては、恐怖以外の何物でもないわけだが!
「大介!」
駆けてくるその手の角度、どう贔屓目に見てもその勢いのまま抱き付くつもりのようだったので身を翻す。咄嗟にその手をかわしたのは至極当然の行動だったのだが、どうやらそれが大層ご不満だったらしい。
身を翻した拍子に、少しばかりヴェルモントさんの陰に隠れるような位置になった俺に笑顔で脅してきた。
「どうして逃げるのかな?」
君だって僕に会いたかったでしょう、と謎の確信。いやそれほどでも……なんてとても口には出来ないが、見透かしていそうに笑顔が深くなって非常に怖い。笑顔なのに怖いってどんだけ、と冷や汗を流す俺を見たからか否か、クウィンシーが肩越しにヴーヴー唸って威嚇している。
って、思えばクウィンシーのやつ、元からアルテミス先輩のこと嫌いだったよな。たった数日のことだったはずなのに、なんだか随分と昔のことのように感じるのは、あまりに怒涛の如く色々あり過ぎたからだろうか。
ともかく一度家に帰りたいのだが、それは可能だろうか? 家族にも心配をかけただろうし、何より、我が家が一番だしなぁ、なんて考えていて完全に気を抜いていた。
「だいすけぇ~~!!」
「あぐ!!」
腹部をとてつもない衝撃が!! 一体ナニゴト!? とか言わなくても分かっている。こんなことするのは、あいつしかいないからな!
打ち所が悪すぎてめちゃくちゃ痛い。眠っていないせいもあるが、とにかく今日は体がだるいのだ。そんな時に受けた攻撃ともなると、地面とお友達になったまま動けないのは致し方ないことである。
そのまましばらく動けないでいると、ちょんちょんと何かによって頭を突かれた。俺が寝ている時によくやられるやつだから、その突きの犯人は分かるのだが……ていうか、クウィンシーは無事か!?
一瞬危惧したものの、俺を小突いているのだから無事に決まっている。多分だが、その高い動体視力と危機回避能力でいち早く避難したのだろう。羽をバタバタ言わせながら、器用に前足で俺を突き続けている。
「ダイスケ、ダイジョグ?」
「大丈夫」
「ダイジョグ」
ダイジョグって何だよ、と内心思いながら大分復活してきた。こんなタックルをかまして俺をぶっ飛ばすのは、一体誰なんだろうなぁ?
一人しかいないよな!?
「こぉ~うぅ~りぃ~ん~?」
「っ!? ごめんなさぁ~い!!」
逃げようと必死になる皇凛のローブをこっちも必死に掴み取る。ぐうっと一瞬苦しそうなうめき声を上げる皇凛だったが、そのうち逃げられないと悟ったらしい。地面に頭を付けた土下座ポーズで謝って来た。
その後に待つのは……説教一択!!
叱られて覇気を無くして項垂れる皇凛を伴って医務室まで来ると、待ってましたとばかりにジェノーヴァ先生に横になるよう勧められた。最近は割と医務室に来る頻度は高かったが、いつもマリア先生が対応していたので不思議な気持ちになる。
因みにだが、何故かアルテミス先輩も同行して来てる。何でいるんだって顔をしてしまっていたのか、アルテミス先輩の笑顔が深まる。
「大介、僕がいると何か不都合なことがあるのかな?」
「いえ別に……」
本当に切迫した不都合は特にないが、先輩だってここ数日家族には会っていないはずだ。俺に付き添わずに、家族に会ってくればいいものを……と、口に出していたはずはないのだが何故か悟られた。
「あぁ、僕のことを心配してくれたんだね? でも大丈夫だよ。うちは放任主義だから」
そうですか。それはよかったですね。ていうか、俺眠りたいんだよ。
結局昨日は寝てないし、家族にも会いたいが、今は少しだけでも眠らせてほしい。瞼が重くて、堪らない。
「そうだよね、疲れたよね。じゃあ、僕が添い寝してあげよう」
死んでも御免だ!! しゃべるのもきついってのに、何だって俺を更に疲れさせるんだこの人は?
口にしないまでも俺なりに睨んでみたが、アルテミス先輩はニコニコ微笑むばかりなので気が抜ける。一体何が嬉しいんだか知らないが、俺は本当に疲れている。これ以上先輩の相手はしてられない。
言いはしても行動に移さない辺り、俺を気遣ってくれているのかもしれない? いや、自信がないので確定はしないが。
そんな俺達のやり取りを不思議そうに見ていた皇凛。時々先輩が大介の心と会話してるんじゃないかって思うことがあるんだけど、と呟いた。クエスチョンマークを沢山飛ばして、俺とアルテミス先輩を交互に見てくる。
そんなに知りたいなら教えてあげようと、とてつもない笑顔で言い放ったアルテミス先輩は、皇凛を伴って医務室を出て行った……待て、なんかろくでもないこと考えてるだろ!? あの笑顔、一番信用ならない笑顔だったじゃないか!
俺を休ませるために出て行った、という気遣わし気な感じじゃなくて、完全にそれ以外の目的があった。嫌な予感しかしないが、疲れているのもまた事実。
せっかく今は魔族さん達も席を外してくれていて静かなのだから、このまま少しだけ、休もうかな。
布団をたくし上げて、瞼を閉じる。深く深く、夢も見ないことを祈って……
祈るのは、ほぼ日課となったものだった。
確かに夢は見なかったし、とてもとても安眠だった。しかし……目覚めた瞬間、謎に包まれることになる。
起きて早々、俺は強制傍観させられていたのだ。これは一体何なんだ? 全く意味が分からない。
目覚めて早々、カーテン越しに人の気配を感じて開け放ってみた。そこでは何故か、睨み合いが勃発していたのである。俺が寝ている間に一体何が!?
睨み合い……と言っても一方は笑顔、一方は睨む、な状況なのだが、その当事者達は多分、今日まで全く面識はなかったであろう者同士。そんな二人が、何故睨み合うまでになったのかと純粋な疑問が湧く。
巻き込まれたくないから、眠そうな顔で椅子に座ってぼうっとしていた純一にこそっと聞いてみた。
「なぁ、アレ、どういう状況?」
「ん……アルテミス先輩が、ウェアウルフ族の人と睨み合ってる」
「いや、見たまんまの状況を聞いてるんじゃないんだが」
んなもん、聞かなくても分かるっての。何で、アルテミス先輩とタイタンさんが睨み合っているのかと聞きたいんだよこっちは!
しかも、魔族の皆さんやら先生方やら友人達。一部、何故ここにいるのか謎な方達までいる。
ドラゴン族はヴァルサザー・ベネゼフ・カイザード・ヴェルモントさん、ヴァンパイア族はコンラッドさん・カヴァリエーレさん・リッターさん、先生代表と思われるアイガン先生、純一のお祖父さんの正蔵さん、幻文図書館のヴィクトールさんがいるのだ。
カイザードやカヴァリエーレさんやリッターさんは俺の護衛兼連絡係らしいのでいるのは分かるし、正蔵さんやヴェルモントさんがいるのは分かるんだけど。ヴァルサザーやベネゼフは何故いる!?
いや、なんか重要なことがあって来たのかもしれないけど……ベネゼフ、また来たのか。いつもみたいに暇だからただついて来てみただけ、という経緯なのは大体想像できるんだが、何故、この状況に目をキラキラと少女のように輝かせて見守っているんだ? 全然ワクワクする場面じゃないだろコレ。
てか、アイガン先生。貴方も何、楽しそうに見守ってるんですか。生徒がウェアウルフ族の人と揉めてるってのに、何故止めない?
よく考えたら、アイガン先生だってウェアウルフ族だ。いやしかし、教師なんだから止めてくれ。
そして、このメンバーの中で一番謎な人、ヴィクトールさん。貴方、何故ここにいるんですか。しかも、目が血走らんが如くウェアウルフ族から持って来た本に噛り付いて読み耽ってる……
もう、彼等の喧嘩の理由とか、どうでもよくなったよ。
いつもみたいにアルテミス先輩は満面の笑顔で負のオーラを漂わせ、この人が笑顔じゃ無くなる時ってあるのかな、ぐらいな感想を抱くだけに留め、彼等のことは放って置くことにした。
だって、ねぇ?
「大介のことは、僕がちゃんと守るから君はここにいなくてもいいよ?」
「……お前が一番キケン」
とか、なんかよく分かんない異界の会話が繰り広げられてるみたいだからさ。つか、お前が一番危険って言葉は、正にその通りですけどね。
そう言えばウェアウルフ王が言っていたが、俺がデザイアに出会った場所は『聖歌の蒼然』だったらしい。つまり、緑の精霊の護る門。
門って感じの門構えじゃなかったから気付かなかったが、確かにあの場所が『聖歌の蒼然』なのだそうだ。他の門のように扉はなく、許された者しか招かれない場所なのだとか。
そんな所に指名されて赴くなんて、正に前代未聞の事態だったらしいが……それがどれぐらい凄いことなのか、今一よく分からない。分かりやすく例えるとどんな感じなのかと純一に聞いてみたところ、純一と正蔵さんが答えてくれた。
「急に総理大臣の夜会に招待されちゃったぐらい、か?」
「それよりも、急に国連の事務総長に任命されたぐらい、の方が近くはないかな?」
なるほど、確かに前代未聞の事態だな。一般人を捕まえて、何担ごうとしてんだよと冷笑してしまうほどにはあり得ないことだ。
その上、『潤しの源泉』出て来ちゃってるし、ウェアウルフ王に会っちゃうし、魔族さん達をぞろぞろ伴って戻って来ちゃうし……俺だったら、そんな御大層なことやらかした人とは全力で関わり合いにはなりたくないところだ。
当事者だから回避できないけど。
疑問が一つ解決して満足しつつ、ウェアウルフ王よりお借りした本を無意味にパラパラとめくってみたところ……めくってもめくっても、本のページの真ん中辺りから一向に残りページの数が変わらない。
お前一体何言ってんのと言われちゃいそうだが、本の中心ページから一向に最終ページへと進めないのだ。これは一体、どういう原理?
さっきよりもスピードを上げてページをめるくるが、やはり一向に残りのページが減らない。終いには、パラパラ漫画が読めそうな勢いでめくってみるが……減らない。何だこれは?
終わる気配がしないんだけどと目を見張る俺を見て、蒼実がクスクス笑う。
「大介くんは、見たことなかったんだね。この本は、終わりのない本として有名なんだよ?」
「終わりがない?」
「そう、主に実録本とか、日記を綴っている人には重宝する本なんだよね」
「あ、知ってる!! 確か、どんどんページが作られていくんだよね?」
無限にページが存在する本なんだってお父さんが言ってたと、皇凛まで。無限にページが存在する、だと?
俺も大概、この学園に通うようになってからファンタジーを目にすることに慣れて耐性が出来たと己惚れていたが、これには久々に驚いた。こんな、果てしなくページが続く本があるなんて。
めくってもめくっても終わりがないとは……いや、終わろうぜ。ただし、と蒼実は付け加える。
「最後のページに書かれているところまで来ると、一応ページは止まるよ」
書き記すことが目的の本だから、何も書かれていないページには進めないんだとのこと。なるほど、だから今、全然ページがめくれないのか。急に糊で貼り付けられたかのようにページがめくれなくなったから、驚いた。
しかし、これだけページがあると見たいページがある時困りそうだなぁと呟いたら、正蔵さんが一度本を閉じて読みたいページを口頭で言えば開いてくれますよと教えてくれた。
まさかそんな、Web検索みたいなことが出来ちゃうのかよ。最先端だな!
魔法に不可能なことってないのか、と時々思う。昔からあるものの方が最先端って、先人が凄過ぎる。
改めて、先人達の凄さに感謝と感動を覚えつつ、目の前で繰り広げられる異界の出来事を完全無視することにした。
せめて俺の居ないところか、人目のない所でやってくれないか? また一つ、俺のせいじゃないのに俺関連で生き恥を晒した気がして、眩暈がする。




