玖
エンシェントに説得される形で渋々了承してくれたヴィクトールさんの恨みがましい視線を受けながら、彼が用意してくれたベッドで寝かせてもらった。までは良かったのだが……
あの後、ヴィクトールさんに俺のことを託すと、エンシェントは学園に戻ってしまった。その時の俺の心細さったらもう、言い表せないほどだったよ。だけどヴィクトールさんは、不機嫌さを隠しもしない以外ではまともに対応してくれていた。
ベッドなんて、今まで経験したことがないほどにふっかふかだったし、布団に入って5秒ぐらいで寝てしまったほどだからな。そんな幸せも、いつもの如く心臓に悪い起こし方をするクウィンシーに起こされるまでの話しだったけど。
この、不機嫌さを前面に押し出した、目の下に大きな隈を作ったヴィクトールさんと向かい合って食事をしているという拷問はいつまで続くんでしょうか。いや本当、拷問という以外になんて言えばいいんだって状況だ。もう一つの要因も含めて、ね。
お隣で、とにかく何事かしゃべり続ける人とか、ヴィクトールさんのお隣からこっちをガン見している人とか、窓際にもたれ掛って腕組んでる人とか……いや、この人は別に実害はないけども。
俺の右隣にいるのは、ヴァンパイア騎士団の元西軍団長だと仰っていたカヴァリエーレさん。うっかり視線を向けてしまう度ににっこりと微笑んでくるのだが、何か企んでいるのか何なのか、どこか笑顔が胡散臭い。肩に乗っかってるクウィンシーも、ずっと威嚇してるし。
因みに窓際で腕を組んでいるのは、同じくヴァンパイア騎士団の元東軍団長だったリッターさん。瞑想でもしてるんですかって聞きたくなるほど、身動き一つせずにそこにいる。
うん、だからさ、この状況は何なのって。護衛? もしかして、護衛に来たの? 今更?
今までずっと学園の中にいたし、昨日に至ってはエンシェントと一緒にいたから必要ないと判断されていたのか、彼等との遭遇って医務室での再会以来である。
そもそも彼等って護衛云々で俺のとこに来るんじゃなくて、俺に何事か用事がある時にだけ来るって言ってたような気が? 何かあればヴァンパイア族側の連絡係として彼等を寄越すって、コンラッドさんが言っていたし。
しかし……
さっきから取り留めもないことばかり話しているのだが、用件はなんなんだ? そんな無駄話はいいから、さっさと用事済ませてくれませんかね?
この状況見れば分かると思うけど、ヴィクトールさん超不機嫌なのよ。これ以上彼を刺激しないでくれ!
それと、あの彼もなんなんだ? ずっとこっち見て来てるあの子。子って言っていいのか分からないけど。
彼等と一緒に来たのか、それとも別件か、見ず知らずの誰かさんがヴィクトールさんのお隣の席に座っているのだ。最初は幻文書図書館関連の人なのかなって思ったけども、どうやらヴィクトールさんのスルースキル見る限り、違うっぽい。
それに、だ。どうやらこの子、ウェアウルフ族っぽいんだよねぇ。
その上で疑問に思うのは、なんでそんなに凝視してるんですかね、ってこと。その内目が乾くぞと内心思いながら、朝からこの状況って何、と思っていた。
なんでウェアウルフ族まで俺のところにやって来ているのか。そんなに珍しいですか俺? この13年間、普通に生きてきたはずなんだけどなぁ……魔力が開花するまでは。
そうか、魔力が開花した時点で普通じゃないからか。いやそれだけだったら、あんたら基準だとやっぱり普通だろ?
闇属性だって、そんな珍しいもんでもないし。俺は見世物のパンダじゃないぞ! ガン見すんの止めてくれません!?
苦痛を伴う食卓を囲みながら、精神をすり減らしつつなんとか朝食を15分で食べきった。
場所は変わって、読書中の俺。ヴィクトールさんの恨みがましい視線はそのままに、俺は古い文献のいくつかを貸してもらったわけだが、一応翻訳済みのそれなんだけど、なんかこう……古語みたいな感じの表現になっていて、それを読み解くところから始めるというのはなんとも骨だ。いとをかし、みたいな感じでさ、まずはその意味から探らなきゃいけないから辞書と睨めっこしながら読んでいた。
一から読んでいたら時間がかかるから、人物名のところだけピックアップして読み解いていく。
なのにカヴァリエーレさんは、何かある度に横槍入れて来るし、あのガン見少年も、相変わらずずぅーっと見て来る。いい加減にしてください。
集中力を削がれながらも黙々と読み漁っている間に、何やら騒がしい声が玄関の方から聞こえてきた。ヴィクトールさんは仕事に戻るんだかなんだか、特に何も言って来なかったがここにはいない。
しかし彼がこの賑わいの渦中にいるとも思えない。あの騒がしさじゃ、ヴィクトールさんキレるだろうなぁと思っていると、その声の主達が、段々とこちらに近付いてきていることに気付く。
一体何事? と、思っていると……
「帰ってくださいと言っているでしょう!!」
激昂にも似たヴィクトールさんのお言葉と同時に、俺達がいた読書室の扉が、心臓飛び跳ねるって勢いで開かれた。思わずビクッとなった俺だったが、そこにいた人達を見て、あぁ、これは……と思うことになる。
「大介、大丈夫か!?」
「やかましいですよカイザード。ここは幻文書図書館ですよ? 何かあるわけがないでしょう」
カイザードとヴェルモントさんのご登場です。多分だが、クウィンシーのせいですよね!?
威嚇レベルが最大限っぽい顔してるし。ていうか、え!?
「すまないなヴィクトール。少し彼と話をしたらすぐに帰るから許してくれ」
「えぇ? 帰るのかい? このまま大介くんと居ようよぉ」
「お前は黙ってろ!!」
大体、なんで勝手に付いて来るんだ云々と、いつもの如くヴァルサザーのお説教が始まる。ベネゼフは勝手について来たからいいとして。いや、よくないけど。
どういうこと? え? なんで、ドラゴン族の皆さんも来ちゃった?
カイザードとヴェルモントさんだけだったらクウィンシーのせいって分かるけども。今この室内、図らずしも魔族三大種族が大集合してますね?
なんて光景だろうか……なんて思っている場合ではない。何せ、彼等の後ろにはヴァンパイア騎士団の元監督官だっていうシュヴァリエさんや、アシュリー殿下の臣下だというジョナサンさんに、ヴァンパイア族王家の第一王子であるレイモンド殿下までいらっしゃるから!!
何が起きているんだ? 誰か俺に説明してくれ!!
登場人物多過ぎで混乱するのだが、という顔をしていたのだろう。ヴァルサザーが目聡く気付いて、とにかく説明すると言うので落ち着くことにした。が、出来なかった。
俺ではなく、一部の人が。
「大介くん、昨日ぶり! 聞いてくれよ。ヴァルサザーが怒りっぽくて」
「お前は口を挟むな! 無駄口しか叩かないのだから、黙ってろ!」
「ね、神経質だろう?」
最近ピリピリしてるんだよ怖いよねぇなんて呑気なベネゼフ。確かにヴァルサザーはピリピリしているかもしれないが、それは多分、あなたが相も変わらず呑気だからだと思うよと心の中で反論。
ここ最近の状況を思えば、ヴァルサザーぐらい気を張っちゃうのは普通のこと。むしろ、こんな状況でも変わらないベネゼフの方が異常だろう。
心情的には同情に値するが、なんだかんだでベネゼフを叱ることでガス抜きが出来ているように思うし、結果オーライなのかもしれない。俺だったら、こんなガス抜きは断固お断りだが。
彼等の掛け合いも落ち着きだした頃、ダンッドバーンッという音が聞こえてビックリする。音の正体はあのガン見少年で、机をダンッ、椅子をドバーンッとやらかして席を立った。
そのままの勢いでズンズンと俺の所まで来ると、眉間に皺を寄せて睨みつけながら何かを差し出してくる。それが何かを確認するより先にグッと顔の前まで突き出されながら、彼はそこで初めて口を開いた。
「お前、たかさきだいすけだな?」
「え!? あ、はい……そうですが」
「返す!」
「は!?」
持っていたものをパッと放されて、慌ててそれを受け取っている間に、彼は部屋を出て行ってしまった。
えぇ~っと? 何が何だか分からない。
彼に返されたらしいもの、とやらは何の変哲もないハンカチで、よく見ればそれにはひらがなで俺の名前が書かれていた。ご丁寧に、1年2組と書かれているではないか。小学校の時に使ってたハンカチ、だと思われる。
いやしかし、何故彼がこんなものを? 誰かにあげた覚えもなければ貸した覚えもない。
だとしたら、落としたものを拾ってくれたという可能性が浮上するが、何故これが俺のものだと分かったのか、そもそもなんで今まで持っていたのかと疑問は尽きない。普通は捨てそうなものだがなぁなんて思っている傍らで、カヴァリエーレさんはとんでもないことを。
「なんだ。生告白でも見られるのかと思ったのに」
ざぁ~んねんっ……って!! 冗談じゃないぞ。そんなことになったら、俺は一生笑いものになってしまうじゃないか。同性に告白されるとか、そんな一生からかわれてネタにされるぐらいだったら、ガン見くんをその場で殴るだろう。
そもそも告白じゃないし。そんな言い方したら彼にも失礼なのでは?
いやでも、なんで彼、顔赤かったんでしょうね? 耳まで真っ赤だったよ?
ああいう顔する意味ってどういうことなのかなぁって深読みはしない方が身のためのような気がして、考えることを止めた。と同時に、咳払いしたヴァルサザーが一言。
「取りあえず、もう一度落ち着いた方がよさそうだな」
そのお言葉に激しく同意。しかし、ベネゼフがキャッキャしながらはしゃぎまくって居られます。
あんたは女子か!!




