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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第三章
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 次から次へと魔族三大種族の長とご対面とは、幸運なのか悪運なのか、どっちだろう。大体、皆さん人の顔見るなりなるほどなるほどって、一体何に納得されていらっしゃったんでしょうかね? もういないから聞くに聞けないけど。俺のこの、やり場のない気持ちは一体どうすれば?


 シリルさんにおかしなことを言われてからずっと場の空気が変だが、ドラゴン族の王様は気さくに話しかけてくれて和ませてくれる。ヴァンパイア王やウェアウルフ王の行動をさり気なくフォローしつつ周りに気を配ってくれたため、俺へと向けられる好奇の視線も薄れた。

 紳士的なお爺ちゃんといったルックスと優しさで、王様だからと恐縮している俺に対して気遣いは無用だと、豪快な態度で示してくれる。とは言え、確かドラゴン王は1000歳は超えているはず。それを思うと、恐縮してしまうのは必然的なことだった。

 って、あれ…? そういえば、エンシェントはそれに輪をかけて輪をかけて輪をかけて年上だったはず。目の前で繰り広げられるベネゼフの奇行と、それを注意するヴァルサザーだって、確か500歳ぐらいだったよな?

 そんなお二人をまるで孫でも見るような優しい眼差しで見ておられるドラゴン王とエンシェント。長寿すぎて驚愕する。



 でもこの世にはエンシェント級か、それ以上の長寿がいるらしい。その一族は、もはや伝説の中にだけ生きているのではないかと囁かれてしまうほどに人との関わりを完全に断っていて、そのすべてが神秘のベールに包まれているという……神族。今の時代に生きている者の中で、彼等に遭遇したことのある者はいない。

 正直、ゲームとかやらないから神族が何かも分からないんだけど、どうやら見た目は人に近いのだという。エルフみたいに耳が尖がっているとか、そういうこともないらしい。

 幻想界に来るまで、魔族とか神族なんてものがいるなんて思ってもなかったけど……いや、幻獣がいて魔術があるってことも衝撃的だったが。

 神族の多くは天使と人間の混血、あるいは神の寵児らしく、魔力を発動する際にだけ翼が現れたり、体が発光したりするらしいと言い伝えられているが、実のところは謎。というのも、彼等はキリシク大陸の最北部にあるアウタール山岳にひっそりと暮らしているため、その生存すら確認できていないからだ。

 魔法族と魔族の戦いにおいても、彼等は不干渉を貫いていたって言うしな。って、なんだか、魔法族が神族の助けを借りて魔力の使い方を身につけたって事実は本当だったのかと疑問に思ってしまう。

 保守的な人達だとは聞いていたけど、だったらどうして、魔法族の育成に手を貸してくれたんだろうかと疑問に思うほど存在感が薄い。少しは魔族さん達のアクティブさを見習った方がいいのではと一瞬思ってしまうが、彼等にも彼等なりの考えがあっての事だろうし、俺に彼等のことをとやかく言う権利はない。


 相変わらずのお馬鹿をやらかすベネゼフに疲れ切ったヴァルサザーの疲労感が可視化されてきた頃、そろそろお開きにしようかという雰囲気になる。別れの挨拶も済ませ、ドラゴン族の皆さんに見送られながらエンシェントの背に乗りルネッソ大陸を後にしたのはそれからすぐの事。

 ヴァルサザーのやつれ具合に、後ろ髪を引かれつつのことであった。





 来た時と同じぐらいの時間を要してキリシク大陸に戻って来たはいいものの、こんな夜更けに幻文書図書館に行っちゃって、本当に大丈夫なんだろうか? 絶対迷惑だと思うんだが。

 基本的マナーのなっていない行動のせいで、心証を悪くしちゃうんじゃないかって不安だ。しかも俺、今ものすごく眠いんですよ。無表情な奴が眠そうにしてる上にフラフラとか、最悪なファーストコンタクトになりそう。


 月明りだけしかない中、教会のような外観の幻文書図書館が見えてくる。リアルな彫刻と線対称な凝った装飾の荘厳な外観は、どこか神聖なものが舞い降りて来そうな雰囲気を漂わせていて圧倒された。

 もうさすがに誰も起きていないだろうと思われる時間なのに、最上階にだけ明かりがついている。まだ誰かが起きているのだろうが、だとしても、俺だったら何しに来たんですか帰ってください出直してくださいって言っちゃうと思う。

 俺もそろそろ眠りたいし、な……

 エンシェントの背中から降りて、エンシェントが人の姿に戻るのを確認するのがやっとなくらい眠い。それに気付いてくれたエンシェントが、もう少しじゃからと俺を励ましてくれたが、それでももう、色々限界なんですけども。

 クウィンシーに至ってはぐっすりと夢の中に旅立っていて、よくもまぁこんな歩行中の振動が凄まじい中転げ落ちないように肩にしがみ付いたまま寝ていられるものだと心底感心していた。俺としては、寝られていることが羨ましくて仕方がない。

 俺も寝たい。睡魔がとんでもないのだ。


 一歩一歩、幻文書図書館の階段を上っていくエンシェントについて行く俺。今、5秒で寝ろと言われたら普通に寝れるぞ。

 舟を漕ごないよう我慢しながらエンシェントの少し後ろで待っていると、ノックもそこそこに中から人が現れる。なんというかこう、昔の漫画とかであるような教育ママさんのテンプレを彷彿とさせる、ザマスって語尾が似合いそうな……眼鏡の男性。

 いや、なんでそう思っちゃったのかは俺にも分からないのだが、テキパキとしつつも神経質そうで、さも私がルールですな雰囲気を感じたというか。正論でねじ伏せ、二の句も付けられなくなったところでそれ見たことかと、ふふんっと鼻で笑いそうだなとか思っちゃってすみません。

 実際のところは第一印象だけなので分からないけども、絶対この人、私がルールです主義だと思うのだ。だって、ねぇ?


「お越しになることは窺っております。しかし、例えエンシェント様とは言え、魔術学園すら卒業していない未熟者はお通しできませんので」


 って言ってドアを閉めようとしたんだよね。外、真冬並みの冷たさになってんのに!!

 せめて、まずはお上がりくださいって招き入れてくれるものだと思うんだけど。いや、礼儀云々をこんな夜分遅くに来ちゃったはた迷惑な俺が言うのもなんだけどさ。

 俺も彼の立場なら帰れと言いそうだけど、さすがにこんな極寒状態では追い返さないよ。


 いやしかし、凄いなこの人。初体面でこんな言動見せられちゃったら、普通ブチギレられちゃうと思うんだよね。

 相手がエンシェントでよかったねぇと心の底から思ってしまうほど強烈だ。いや、これはさすがにエンシェントも怒っていいと思う。


「すまんがのぉ、まずはこの子達を休ませてやっては貰えんかの? 話はそれからじゃ」


 終始にこにこと、いつもと変わらぬ態度で接するエンシェント。それに折れたのか、目の前の男性はふかぁい溜め息を吐きながら招き入れてくれた。ちょっと、なんて失礼な態度なんですか! こんなやり取りをドラゴン族の皆さんに見られたら、とんでもないことになるよってレベルだ。凄いな、凄過ぎる。

 中に入る際に気付いたことなのだが、彼の目の下にクマが出来ていた。それと、夜中なのにもかかわらず点いていた明かり。このことを照らし合わせると、彼が俺達を早々に追い返そうとした理由が理解できる。

 そりゃあ、仕事を中断させられたら、とてつもなく迷惑ですよね。今更ながら、大変申し訳ない。


 渋々ながらも通された部屋には大きな暖炉があって、ベッドかってぐらいに巨大なソファーまであった。聞くところによれば、巨人用のソファーを改良したものだそうで……きょ、巨人!? 聞き逃せない単語を耳にして、一気に目が冴える。

 そんな俺の心情などどこ吹く風、と彼は仕方なさそうに自己紹介してくれていたが。


「私の名前は、ヴィクトール・ガイスラー。この幻文図書館の館長を務めております」


 更に、お見知り置き下さらないで結構ですと言っちゃう始末……うん、この人、絶対俺のこと嫌いだな。だってその目が、ちょっとエンシェント様に贔屓にしてもらっているからって調子に乗らないで下さいねと言わんばかりだもん。

 いや、別に調子には乗ってないですけどと反論したいところなんだが、口に出されていないことに対して反論することも出来ずに身を竦めるばかりだ。

 エンシェントはどこまでも穏やかで、そう言わずにと諌めてくれる。


「この子の言い分も聞いてやってはくれんかのぉ? それにじゃ、幻文書図書館創立者の儂の顔も立てて欲しいんじゃがの?」

「え、幻文書図書館の創立者なんですか!?」


 そんな話聞いてないですけどと思っていると、そうじゃったかなとエンシェント。いや、うん。俺、エンシェントに関しては知らないことだらけのような気がしてきたよ。

 そりゃあ、生きた分だけの歴史を持っているんだから当たり前なんだろうけど、今回の件で、エンシェントの株がぐんぐん上がっていく。


 話を聞けば、元々エンシェントは幼い頃から歴史などに興味を持っていたらしく、世界中さまざまな所へ赴いてはそれを書き綴って回っていたのだという。それを元にして作られた書物が、幻文書図書館の歴史書籍の半数近くに上っているのだとか。

 その上、気になることがあれば行って確かめるというアクティブさで身につけた言語力には定評があり、求めがあれば翻訳なども手がけていたのだそうだ。

 それにより、幻文書図書館の書籍の大部分がエンシェントの手によるものとなり、それらすべてを一人で管理するのも段々と大変になって来たことで、設立に共感してくれた出資者と共同で幻文書図書館を創立したんだと……なんか凄い。

 管理らしいことは自分ではやっていなかったらしく、一般的には創立者の一人だとは認識されず、精々大量の書籍を寄贈した人物、という風に思われているらしい。言われてみれば、ベネゼフも創立者の一人だとは思っていなかったっぽいもんなぁ。


 それにしても、それまで書籍を管理する場所がなかったというのも驚きである。そもそも書籍を一括して管理するというシステムへの概念がなかったらしいから仕方がないみたいだけど、大抵の場合、それぞれの家が管理して子孫に残すというのが通例だったとは、初めて知った。

 しかも、今でも大部分はその方法だと言うのだから更に驚く。そんな歴史的に重要な文化財を管理するのが自分だったらと思うと、責任重大すぎて絶対に無理だ。

 まぁ、それでも幻文書図書館にある書籍の多くはどこの歴史書籍よりも古いものや重要なものが一堂に集められているそうだから、そうそう一般家庭が持ってる歴史書籍の消失による歴史空白を危惧することはないとのことだが。


 ていうか、そのことを熱を持って語り続けるヴィクトールさんの勢いが先程から凄まじいのですが!! 彼にとっては、エンシェントは神か何かなのかと尋ねたくなってくるほどに熱い。だとするなら、最初に俺等を追い返そうとした行動は一体何だったのかと疑問に思う。

 未だ止まることのなく語り続ける彼に唖然としていると、エンシェントが耳打ちで教えてくれた。


「あやつは昔から本の虫でのぉ。本は伴侶か我が子みたいなものなんじゃよ」


 本が伴侶か我が子って、それって一生独身決定じゃないか? なんて悲しい人生なんだと憐れに思うけども、そのお隣でエンシェント、あの眼の下のクマも本を読み耽ってできたものじゃろうと肩を竦めて呆れておられた。

 え? 仕事じゃなかったの!? 次から次へと発覚する新事実によって彼への見方が変わってくると、俺達を追い返そうとした理由についての推測も最新情報に更新される。

 たくさんの本を生み出してくれたエンシェントは彼にとっては神に等しいが、如何に神に等しい存在と言えども、最愛の人とのひと時を邪魔する者は皆敵ということだったんかなぁって。そして、最愛の人に触れるに相応しい者ではないのに触れようとするとは何事か、な気持ちで目の敵にされてるんだなぁ俺。

 となると、どうすればいいの? それでも読みたいんですお願いしますって言っても、無理じゃない?

 まさかこの年にして、娘さんを僕に下さいみたいなことをやらかさないといけないって言うんなら、丁重にお断りさせてほしいところなんだが。


 最大限に引いちゃってる俺は戦意喪失って感じで諦めていたのだが、エンシェントの方は慣れてるせいか、単刀直入に話題を切り出してしまう。

 その瞬間、彼の表情が一変したのは言うまでもない。


「いいじゃろう? 『学問の門戸を開くこと』これがそもそも幻文書図書館の存在意義の一つなんじゃから」


 なのに、いつの間にやら要人以外の入館は禁止になっとって、創立者としては悲しい限りじゃとのこと。それを言われてしまうと痛いのか、ヴィクトールさんは居心地悪そうに、いやでもしかしと言いながら、もごもごしていた。

 しかし、そこはやはり教育ママさん。負けませんわよ、な雰囲気を醸し出して反論した。


「それでも、我が館の目的はあくまでも保存と管理です。確かに、幻文書図書館のような施設は他にはありませんが、何もここにしか書籍がないわけではないでしょう? 第一、彼は今巷を賑わせている子なんですよね? 正体不明の何物かに命を狙われている、と。もしも、もしも彼が本を読んでいる時に襲われたりしたらどうするんです? 私の本達が傷ついたら、どうなさるおつもりなんですか!!」


 えぇー!! 俺の命より、本の命の方が大事なんですか?

 ていうか、私の本達って……いや、ここにあるのはあなたの個人所有の本じゃないんでしょ?

 呆れるよりも驚きが先行するわけだが、同じほどの衝撃を与えられたであろうエンシェントは、経験の差なのかすぐに持ち直して彼を諭した。


「ヴィクトール、お主忘れとるんじゃないか? この幻文書図書館の中では、魔法やそれに関連する能力はすべて無効になるってことを。建物全体が強力な魔法で守られとるんじゃから、そんなことは絶対に起きやせんぞい。それにな、ここじゃから安心してこの子を連れて来れるんじゃないか」


 書籍数や安全性を考慮しても、ここ以外にはないとエンシェントが言い聞かせるも、彼はやはり怯まない。ていうか、ブレない。


「それでも私は、この子達を守ります!!」


 揺るぎねぇ。いや、うん、もうなんか、関わるの面倒くさそうだからいいや俺。

 しかもヴィクトールさん、若干泣きそうになってるし。どんだけ愛しちゃってるのよ、本を。


 持ち前の面倒くさがりが発動した俺と、哀れな者を見るような表情のエンシェント。多分だが、エンシェントもこんなヴィクトールさんは始めて見るのだろう。ここまで駄々をこねる子だとは思わなかったと言いたげだったから。

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