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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第三章
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 結論から言わせていただくと、あの美少年は石蔵正蔵さんで間違いなかった。だって、目の前で夢現界の時のお姿になってくれちゃったんですから、ねぇ。それで信じないなんて、ないでしょう。

 その際に正蔵さんにこの姿のままの方がいいかと聞かれたけども、どちらでも大丈夫ですよと返答して美少年の姿に戻ると、肩や首が凝った叔父さんがよくやるジェスチャーをしながら、老化って忍耐だよねぇなんて笑顔で言われ苦笑するしかなかった。自分、十代なもので、その気持ちはまだよく分からないのです。

 そんなやり取りが行われていた医務室に、控えめながらも堂々と入室してきたのは校長先生を筆頭に魔族の皆さん。因みに魔族の皆さんというのは、ヴェルモントさん、シュヴァリエさん、カヴァリエーレさん、リッターさんである。

 ヴェルモントさん以外のヴァンパイア御三方が、入った途端正蔵さんの姿を見つけて目を剥いた。ほんの一瞬の変化だったため見間違いかと思ってしまうが、確かに一瞬だけ彼等の雰囲気が変わったような。


「おや、正蔵くん。来ていたんだね」

「はい、先生。ご無沙汰しております」


 魔族さん達のことは置いといて、にこやかに交わされる挨拶。その光景は、どこからどう見ても教師と生徒にしか見えなくて……

 ふと、もしも夢現界での正蔵さんのままだったなら、と考える。いや、世の中、戦時中に学校に通えなかった方が、孫ぐらいの世代の人達に交じって授業を受けることだってありうるのだから、そういう光景も全くないわけでもないしなぁ。

 にしても、だ。見た目は若くても、口調に違和感がありまくるのですが。

 夢現界での生活の方が長いだろうし仕方がないことかと納得しつつ疑問に思うのは、ヴァンパイア御三方のご様子。正蔵さんの一挙手一投足に注目している素振りなのですが。明らかに御三方だけが緊張している気がするんだけど、なんで?

 そんな疑問も、校長先生と正蔵さん、そしてシュレンセ先生の間で交わされる会話に『潤しの源泉』のことが出て来たことで中断される。


「このようなことは前代未聞だよ。今まで、潤しの源泉が閉ざされるようなことはなかったからね」

「そうですねぇ。私の記憶の中にも、潤しの源泉を使うようになってからというもの、このような事例は起こったことがありませんから。他の道に問題が生じてからは、水の精霊達の作った道ほど安全かつ信頼の置けるものはなかったですからねぇ」

「えぇ、確実で安全な“道”としての役目を水の精霊達は心を尽くして行ってきたと思います。ですからこのような悲しい出来事が起こってしまったことがとても辛いです」


 空気がしんみりして、しばしの沈黙が流れた。俺も俯いて考え込んでいたわけだが、ふと、視線を感じた気がして頭を上げる。室内の視線という視線がすべて俺を向いているではないか。

 な、なんですか、と皆を見て慌てたわけだが、校長先生は焦らせることなく聞いてくる。俺を労わるように。


「分かっている範囲でいいからね。無理をしない程度に、今日あったことを話してもらえるかな?」

「はい…」


 と言っても、俺に答えられるものなんてほんのわずかな気がするけど。些細なことだとしても、この現象についての何かしらのヒントを掴むことは出来るかもしれない。

 ゆっくりと、思い出しながらすべてを話した。



 幻想界に入った途端、一瞬にして赤い視界に切り替わり、呼吸も出来ない苦しみの中で水の精霊達のユニゾンが近付いて来た。そして、背中を押されるようにして『潤しの源泉』から弾き飛ばされたのだ。

 その後、『潤しの源泉』は濁って消滅。そこにスヴェンさんが現れ、『潤しの源泉』の消えたところからスヴェンさんを狙うように黒い光が出て、それが俺にも向かってきたけどスヴェンさんに庇ってもらって助かった。もやもやした黒いものがそこから出て来たかと思うと、霧も立ち込める。

 このままでは危険だと思い、恐怖で立ち竦む生徒達を避難させてから皇凛の元に戻ると、黒い霧が「見つけたぞ」と話しかけて来た。それをスヴェンさんの力で追い払ってもらったかと思うと、一面に広がっていた闇までもスヴェンさんが薙ぎ払ってくれた、それがすべての出来事だ。

 そして……スヴェンさんは、消える瞬間に言った。


『力を鍛えて、彼等に立ち向かって……』


 どうして、彼はそんなことを言ったのだろう。非力で未熟な俺にあんな恐ろしいものと戦えるわけがないのに。ただでさえ、思い出すだけで震えが来るほど怖かったのだから。



 そっと、肩に誰かの手が乗せられる。意外だったのは、その手の主が正蔵さんだったこと。

 優しい眼差しで、彼は微笑んでいた。


「怖いのは私も同じだよ。だけどね、私は今度こそ逃げないと決めたんだ。もう二度と、大切な人達を失わないように」


 温かな眼差しの中に、仄かに悲しみが滲む。強い瞳で、どこまでも優しかった。

 その瞳をどこかで見たことがある気がする。とても暖かくて、優しくて、魔族にしておくには惜しいくらいの光り輝く笑顔の持ち主で……ふと、そこまで考えて我に返る。

 “魔族にしておくには”とは、どういう意味なのか?

 正蔵さんを見ていると、不意に押し寄せてくる既視感に少し頭痛がしてくる。何故?


 正蔵さんの決意した表情を見て、俺もまた、決断しなければいけないのだと悟った。それはとても大切なことで、きっと、夢現界、幻想界を守るために必要なこと。

 無力な俺に何が出来るのかは分からないし、もしかしたら何も出来ないのかもしれない。だけど、皆大切なものを守ろうと必至なのだ。俺だけが、その事実から逃げることなんて出来ない。

 すべての出来事が、俺を中心に起きているのだから。


「何が、起きているんでしょうか。俺は何をすればいいんでしょうか」


 何も出来ないことは、俺が一番よく分かっている。それでも、それを選択せざるを得ない状況だった。

 俺にも、とても大切だと思える人達がいる。それはこの幻想界にいる人達のことでもあるのだ。

 とても怖いけど、でも……俺が逃げていれば通り過ぎてくれるような、そんな状況ではないことはよく分かっていた。いつまでも否定し続けていくわけにもいかない。


 俺は魔法使いで、現夢界という非科学世界の住人。前世があり、何故か命を狙われている。





 それが分かったからと言って、事の真相を知っていそうな正蔵さんや校長先生は話してくれそうにはない。恐らく、俺自身がその答えに行きつかねばならないということなのだろうけど、知っていて教えてくれないというのは何故なのか。あくまでも推測の域だから話せない、とかだろうか?

 何故命を狙われているのかという部分のヒントはすべて夢の中にある。夢を見続けるしか、真相に辿り着けないということだろう。命を狙われている理由は前世なのか、あるいは記憶自体にあるのか、どちらにしても夢がカギを握る。

 ただ、それが俺の前世の記憶なのか誰かの記憶なのかを判断できない。まだ材料が足らないのだ。


 先生方が帰った後、友人達はしばらく俺の傍にいてくれた。夢の中で見たことやら、それ以外にも心配させないために言わなかったことを話すと、皆真剣に聞き入ってくれて、協力してくれると言ってくれた。

 その際純一が、シュウィンミルという名前に聞き覚えがある気がすると言っていたのだが……でも、本人もうろ覚えでどこで聞いたことがあったのかは覚えていないそうだ。皆は、しばらく安静にと言いつけられて医務室から出られない俺の代わりに図書館で調べてくれると言って、その日は帰って行った。

 今頃皆は、寮か自宅にいるだろう。帰りたくても帰れない俺としては、どことなくホームシックになって落ち込んでしまうわけだが。

 それを気遣って、マリア先生がそういえばエンシェントさんが呼んでいましたよ、と俺を学園の城壁の上に連れて行ってくれる。

 ここに来るのは、本当に久しぶりだ。二年生になってからはまったく来ていないから、どことなく懐かしさを感じてしまう。


 魔術学園の正門の城壁は、横に5人並んで歩いても余裕なほどに広々とした道が作られており、それ故にエンシェントが番竜としてこの上に跨るようにしていても余裕があったわけだが。エンシェントの身体がこの上に納まるには、やはり窮屈すぎるけどな。

 いつもここからの眺めが好きで、エンシェントに会いに来るついでに眺めた場所。それをこんなもの悲しい気持ちで見下ろすことになるなんて、思ってもいなかった。

 今日一日にあったことが壮絶だったせいで、どっと疲れが押し寄せる。久しぶりに人型になったエンシェントに朗らかな笑顔で迎え入れられると、その疲れも一瞬にして吹き飛んだ。

 ドラゴン族の中で最長老なエンシェントの、たっぷり蓄えられた口髭が口角の動きに合わせて持ち上がる様を見るのは本当に久しぶりである。


「大介、よう来たのぉ」


 もう体調の方は大丈夫なのかと心配されて、ずっとベッドの中だったら悪化してたよと答えた。そうかそうかと微笑みを浮かべながら、安心したような様子のエンシェント。


「ずっとお前さんのことが心配じゃったが、儂はそう簡単にここから離れられぬからのぉ。この時ばかりは、己の決意が口惜しいわい」

「心配をお掛けしました、エンシェント。もう、本当に大丈夫ですから」


 本当は家にも帰れないし、これからのことが分からなくて不安だけど。

 そんな心境を読まれたのか、エンシェントは目線を合わせるように少し屈んで言ってくれた。


「何も、一人で抱え込むことはないぞ? お前さん一人で戦っとるわけじゃないんだからのぉ」


 自分達もいるのだから安心しなさいと言われたようで、少し心に立ち込めた不安が軽くなる。

 しばらく沈みゆく夕日に赤く照らされる町並みを見ていた。とても美しい光景で、一番好きな風景。さすがにずっと見ていると冷え込んでくる。

 立ち話もなんだからと、数十メートル先にある城壁と一体となった塔へとエンシェントは案内してくれた。今まで一度も来たことがないので知らなかったが、エンシェントはここに住んでいるのだという。

 とても小さな外観からは、とてもじゃないが人一人住めるスペースは見当たらない。いくらなんでも小さすぎやしないかと目が点になっていると、エンシェントは中に招き入れてくれて……そこは、別世界でした。

 外観の造りからは想像できないが、どう贔屓目に見ても灯台程もない小さな所に思えたそこは、とにかく広さが半端ない。例えるならば、校長先生の部屋に匹敵するほどに広かったのだ。さすがに、あの縦長に広かった天まで届きそうな部分は含んでいないけど。

 そんなことより、外観からは想像できないこの内装はどうやっているんだ? これも魔法?


「まぁ、座ってお茶でも飲んでいっとくれんか。寂しい独り者のじーさんのわがままと思って、ゆっくりしていっておくれ」

「はい。では、遠慮なく」


 にこにこと、目尻にたくさんの皺を寄せて喜ぶ顔を見たら、こっちまで口角が上がる気がした。

 その後、まさかこんな部屋が用意されていただなんて全然知らなかったと話せば、まさかこんなご老体に鞭打って、冷えることも考えずずっと外で見張らせとくわきゃないぞいと、素っ頓狂な俺の疑問に盛大な笑い声を上げながら答えてくれた。確かにその通りですね。


 あっという間に楽しい時間は過ぎて行ったけど、帰る頃にはあらゆる不安も消えていて、今はただ、少しずつ頑張っていくしかないかと思えるまでに心が浮上していた。今日もしもあの夢を見れたなら、例えそれがどんなに辛い夢であっても、しっかり覚え、何かしらのヒントを掴もうと心に決める。

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