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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第三章
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「だっい、すけぇ~!!」


 ぼふんっと、皇凛がベッドにダイブしてきた音とうめき声。だが、その攻撃に対して潰されたヒキガエルのような悲鳴を上げたのは俺ではなくて……お隣さん、だった。

 うん、なんかごめん。俺のせいじゃないけど、とにかくごめん!

 お隣さんと区切っていたカーテンに手を伸ばし、開き様に一言。


「お前、人様に迷惑をかけるなよ」

「え? え!? えぇ!?」


 お前が押しつぶしてるのは俺じゃないから。そんな、何度見比べたって答えは変わらないから。

 それよりもまず、あたふたしてばかりの皇凛に代わって謝罪しておくべきだろうと、ベットから降りて皇凛を引っぺがしながら謝った。


「すみません。この馬鹿がご迷惑をお掛けして……大丈夫ですか?」


 医務室で寝ているわけだから、何かしら体調が悪くて寝ていたはず。そこにこの馬鹿が突っ込んでいったわけだから、そりゃあもう痛いやら驚いたやらで困ったに違いない。

 そう思って心からの謝罪をしたわけだが……布団から顔を覗かせた人物に驚いた。


「皇凛? あれ? え?」


 李先輩? なんでここに……って、いや、理解した。先輩の髪の色が、本来の黒からレインボーに変わっている。その上、体調が悪そうな顔をしているのだ。何があったのか一目瞭然。

 皇凛お前、またやらかしたのか。呆れるやら同情するやらの複雑な感情が湧き上がってくるわけだが、相手が李先輩だと気付けば皇凛の行動は目に見えている。


「飛鳴? 飛鳴だったの!? もう、ビックリしたよ!」

「え、うぐぅ!!」


 お前、どんだけ鬼畜なんだ。ただでさえ体調が悪いのに、再び飛び乗るとは。

 でも、相手が皇凛だと分かれば李先輩も嬉しくないわけはないらしく、いくら暴れられてもその顔には笑顔がこぼれていた。俺の方は、同情と尊敬の涙がこぼれそうになったが。

 だって、ねぇ?


「にしても飛鳴、全然その髪型似合ってないね。前の方がよかったよ?」

「う、うん……そうだよ、ね……」


 自分のしたことを棚に上げて、あまつ似合わないとか酷過ぎる。誰のせいでそんな似合わな……もとい、変な髪型になったと? もういいや、このバカップルのことは放って置こう。


「大介、もう大丈夫なのか?」

「ん? まぁ、なんとか」

「本当に? 本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫大丈夫」


 ちょっとびっくりしたけどなんて返しながら、純一に続いて心配げに尋ねてくる蒼実に苦笑して見せると、シャオファンが潤んだ瞳で服を掴んで見上げてきた。ホントに大丈夫だってと安心させるように返したんだけど、何故か皆の心配げな表情が変わることはなくて……

 お互いに目配せしたりして、なんだか様子がおかしい。どうしたんだろうと思っていたら、完全に気を抜いていたところに皇凛が突撃してきた。


「大介ぇ~!! ホントのホントに心配したんだからねぇ~!!」


 とか言いながら、締め上げるな!! 分かったから放せ!!

 首が絞まってるからと抗議しようとしたのに、その後に続いた言葉に虚を突かれ、言葉が出なくなる。


「潤しの源泉、消えたままなんだって!! 夢現界との繋がり、切れちゃったんだってぇ~!!」


 どうしようと、皇凛は抱き付いたままわんわん喚いている。けど俺は、その言葉を理解するのに必死で、もはや思考も停止していて……繋がりが切れたって、つまり?

 友人達を見る。彼らは一様に、視線を下に向けて辛そうにしていた。

 ひゅっと、胸に冷たい空気が入って来て痛い。皇凛が言っていることが事実であると、その表情が雄弁に語っていた。

 これから、どうなるんだ? 俺は? 俺はどうしたらいい? まさか、向こうに帰れないのか?


 一気に、鼓動が早くなる。競り上がってくる言い知れぬ不安に重なるように、両親や弟の顔が浮かんだ。

 いつもと変わらない日常、それは明日も続くと思っていたもので……

 笑顔で見送ってくれた父さん、母さん。今日の夕飯当番は兄貴だぞと、何度も何度も念押ししてきた慎介。僕も手伝うよと、笑顔でブランシェは言ってくれて……

 ドクンドクンと心臓が痛い。苦しくて息が詰まる。ぐらりと、視界が揺らぐような気がした。

 帰れない……家に、帰れないなんて……そんなこと……


 重苦しい空気が医務室を包む。俺の感じている恐怖や苦しみをどれくらい皆が理解しているかは分からないが、どう声を掛ければいいのか分からないのか無言だった。

 異世界である幻想界は、夢現界とは別の惑星だ。どういう風に二つの世界が繋がり、どういう風に行き来出来るようになっているかは分からないが、二つを結ぶ唯一の方法が『潤しの源泉』だけである以上、それを失えば二つの世界は断絶される。

 今まで、そんな当たり前のことを考えもしなかった。二つの世界が繋がっていることが普通だと、勘違いしていた。

 無性に、泣きたくなってきた。クウィンシーが心配そうにすり寄って来るが、それに反応できるほどの元気もない。呆然と、絶望感を抱えていたら、不安を和らげるような優しい声でシュレンセ先生は言った。


「大丈夫ですよ。潤しの源泉だけが、夢現界と幻想界を繋いでいる架け橋というわけではありませんから」

「それっ、本当ですか!?」


 縋るようにシュレンセ先生を見つめていたら、先生はそれを笑顔で肯定してくれた。いつの間にシュレンセ先生は現れたのか、なんて気にする余裕もない。

 先生曰く、実は『潤しの源泉』よりも前から使われている『道』があるのだそうだ。長いこと使われていないとはいえ、整備し直せばまだまだ使えるものではある、と。

 ただ、幻想界と夢現界を繋いでいた『潤しの源泉』を消し去ってしまうような事態なので、その道も充分に調査して、安全が確保されるまでは使用できないとのことではあるが。

 ふっと体から力が抜けて、危うく崩れ落ちそうになった。それを純一がいち早く気付いて、皇凛ごと支えてくれる。


「大介、大丈夫ぅ? でも、良かったね! 俺、もう夢現界に行けなくなっちゃったんだと思って心配しちゃったよ!」

「……Why?」


 思わず英語が出てしまう。行けなくなった、行けなくなった……だと?

 俺の背後から立ち上る不穏な空気に気付いたのか、皇凛は引きつりながら離れていく。家に帰れるか帰れないかの瀬戸際だった俺からしてみれば、お前のその発言は怒り以外の何物でもないぞ?


「こぉ~うぅ~りぃ~ん~?」

「う、うわぁ~~ん!! ごめんなさぁ~い!!」

「待てこら!! 謝って済む問題か!!」


 マジ怒りな俺に追いかけられる、マジ泣きの皇凛。医務室内で繰り広げられる大捕り物に、李先輩は心配げに、友人達や先生方は微笑ましく見守っていた。いや、そんなことよりも、不謹慎すぎる皇凛に皆からも怒ってやってくれよ!

 そんな時だ。医務室の扉が開いて、皇凛がそれに激突したのは。開けた本人はビックリ顔。扉に激突した皇凛は、痛いやら何やらで蹲って呻いている。

 いい加減、ここの扉の内開きをどうにかするべきだと思うんだ、とか皇凛のことはそっちのけで考えていた。いや、ちゃんと大丈夫かって聞いたけどさ。


「うぅう~」

「良かったな皇凛。ここ、医務室で」

「そんな慰めいらないよ!」


 酷いよ大介ぇと、痛む顔を抑えながら訴える皇凛。いや、お前も相当酷いこと言ったぜ?

 俺達を覗き込むように、扉を開けた人は謝罪を述べる。


「坊や、大丈夫かい? すまないねぇ。扉の前に人がいるとは思わなかったものだから、大丈夫かい?」


 心配そうに、申し訳なさそうに覗き込んでくるのは、とてつもなく美形な東洋系の少年。容姿の種類としては、日本人っぽい感じの小奇麗な美形さんで、身長は俺達よりもちょい高めな168cmぐらい。

 しかし、なんとも口調が年寄り臭い気がする……何で? と思っていると、美形少年さんは俺を見て破顔……再び、何で?


「大介くん、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「は…あ、はい……」


 いやいやいやいや、俺、貴方に会ったことありましたっけ? こんな美形少年さん、以前に会ったことがあったなら覚えていないわけはないのですが?

 不審げに見ていたことに気付かれたのか、美形少年さんは、おやという顔をした。すぐにその意味に考え至ったのか、そうかそうだったと言わんばかりの顔をする。

 俺に分かるのはそれぐらいだったわけだが、何処からともなく、じーさんという言葉が聞こえて来て、目の前の人物がそれに反応し……え?


「何してるんだ?」

「純一。いやぁ、私もたまたまこちら側に来ていてね。そうしたら、潤しの源泉が消えたと言うじゃないか。本当にびっくりしたよ」


 私の予知能力もまだまだだねぇ、なんて言ってくれちゃって……え!? 純一と、目の前の美形少年さんを交互に見る。え、や、まさか…まさか!?

 カラカラと笑っていた美形少年さんは、未だ混乱する俺に視線を流して、向き合うようにしてにっこり微笑んだ。


「この姿で会うのは初めまして。ディー・ビィー株式会社の会長、石蔵正蔵です」

「!?」


 えぇ!? 俺の中の正蔵さんと一致しないぞ!? 夢現界での正蔵さんは、そのお歳に見合うお姿だったはずですけども!!

 その疑問に対し正蔵さんは、夢現界では歳を取る魔法を使っているのだと仰った。そうしないと、向こうで生活する上で不自然だからと……

 いや、うん、まったくもってその通りだとは思うけども、しかし、なんだってそんなに見た目若いんですか? いくらなんでも、御年68歳にしては見た目年齢が低すぎると思うんですが。

 幻想界の人達だって、さすがにここまでゆっくりと歳を重ねていくことはない。ほとんどの場合、成人してから少しずつ年を取る速度が遅くなるのだから。

 色々な疑問が浮かんで言葉が出なくなっていると、シュレンセ先生が言った。


「取りあえず、今は皇凛くんの手当が先ですよ。それと大介くんは、もう少しベッドにいましょうね?」

「……はい」


 もう何が何やら……とにかく、頭の中を整理する時間が欲しい。

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