二十四
言わなければ殺される、そんな圧力を感じ、屈した。特に隠すことでもなかったし。
GPSで分かるのは俺の行動履歴だけなのか、随分遠出したみたいだねとか言われてそこから語らさせられた。宮田先輩のお家にお呼ばれした事を詳細に話すよう言われる。あえてここでは割愛させてもらうとして。
昨日の出来事として話したのは、『潤しの源泉』の前で、コンラッドさんを含むヴァンパイア御三方と会ったことと、ヴェルモントさんが秘書を務めている社長さんのお父さんに会ったこと、昨夜のこと、呪いの腕時計からの解放のことを簡単に話した。
夢のことは簡単にしか言っていない。詳しいことは校長先生に話してからの方がいいと思ったから。
「そうだね。僕もちゃんと、詳細を細部に亘るまで一切の嘘偽りなく事細かに聞いておきたいからね」
……どんだけ。もはや猟奇的。何もそこまでと思うわけだが、これがアルテミス先輩なんだから仕方がないだろう。慣れって、怖い。
俺の記憶力を過信してもらっても困るので、どうか普通くらいで勘弁してくださいとだけお願いしておく。
ラクター先生とアルテミス先輩と一緒に、校長先生の部屋へ。それにしても……なんか、前に来た時よりもバージョンアップしていないか?
校長先生の部屋は天井が高く、ここは図書館かっと突っ込みたくなるほどに本棚がずらりと円形状に設置されている。もはや天井も見えない。
驚いたことに、そんな縦長な上空を本達が羽ばたくように行ったり来たりして飛んでいるのだが……いつもながらに凄い光景だ。見上げてるのがきつくなってきた、よし止めよう。
視線を目線の高さの室内に戻し、ラクター先生に促されるままにソファーに腰を掛ける……のを躊躇うのだが、それはさっきとは別の意味である。何故ならこのソファー、めちゃくちゃ動物的なのだ。
コイツ何言ってんのって言われそうだが、そうしか形容できない。ソファーの形をした動物に座っているかのようなもふもふ感があるのだ。そう、あの有名な映画に出てた足がいっぱい生えてて猫の姿をしたバス的な。すごく羨ましがられそうな体験だが、実際座るのと憧れるのではえらい違いなわけで……憧れのままの方がいいと思うんだ俺は。
獣臭、動物のぬくもり、その上に座る罪悪感……故に、俺は今、全体重をかけられない!! 身を縮めて足に意識を集中する。太ももとふくらはぎの筋肉、死ぬかもしれない。
「大介、そんなに遠慮しなくていいんだよ? ほら、ちゃんと座ってごらん?」
「!?」
俺の肩を背もたれの方に押して努力を無駄にしてくれちゃうアルテミス先輩。う!! お尻が異様なほど沈む!! き、気持ち悪い!!
校長先生早く来てくださいという願いが通じたのか、部屋に備え付けられている5つの扉の内の一つが開いて、校長先生が出て来た。
「待たせてしまって悪かったね。それで? 話したいことがあるとのことだが」
「はい、あのですね!」
「まぁ、とにかく落ち着きたまえ」
つい、獣に座っていることの罪悪感からさっさと用件を済ませようと食い気味になってしまった。って、本当に獣の上に座っているわけではないけども。
「えっと、簡単に話しますと……昨日、ヴァンパイアの連絡係の方だという御三方をコンラッドさんに紹介されまして、その時にヴェルモントさんにもお会いしたのですが、家まで送って下さるということになり送ってもらう際に会社の社長さんも乗っていらっしゃって、何故かそのまま社長さんのご実家に連れていかれるということになったんです。そこで、会長さんの石蔵正蔵に会いまして」
うちの弟の病気の手術費を出して頂いたお礼を言いに行きましたと言うと、そうですか律儀ですねと言われた。いや、別に普通だと思うんですけどね? むしろ、今更感が否めないぐらいだ。
「そう、正蔵くんに会ったんですね。では、彼の能力のことは?」
「聞きました。予知と転生記憶の能力ですよね」
ていうか、やはりくん付けなんだ。分かってはいたけど。見た目年齢が逆転しちゃってるから違和感があるんだよなぁ。いや、そんなことはどうでもよくて。
「そうだよ。そうか、彼は君に話したんだね」
校長先生は、まるで孫を見守るような暖かな目で見つめる。けれど、その視線の意味が分からない俺にしてみれば、どういった意図を持って見つめられているのかは分からない。
「それで? まだ続きがあるのだろう?」
「はい。その日の夜、夢を見たんです。えっと、王様とシュウィンミルって人と、王様の部下の人が居て、王様はシュウィンミルって人にアルメシアの所に行けと言っていました。それって、光神アルメシアのことなんでしょうか?」
でも、どうして俺が王様の役だったんだろう? ていうか、この夢ってなんなんだろうか。
たくさんの疑問が浮かぶ、そして……
「その夢が終わりきらない内に、誰かの嫌悪感を含んだ、許さないって言葉が響いて、目が覚めたんです」
「その声は、今まで君が何度も夢の中で聞いてきた声なのかい?」
「はい」
一体何なのだろう。俺にそこまで憎しみを向けてくるのは。いや、俺にと言うべきなのか何なのか。とにかく分かることは、悪意を持っているということだけ。 おぞましい声を聞く度、どれだけ俺の精神がすり減ることか……
そんな俺を気遣うように、校長先生は優しく言う。
「元々君は、予知能力を持っているだろう? そういう能力を持つ人の中には」
「転生前の記憶を持っている可能性がある、というやつですか? でも、俺は転生前の記憶なんてないですし」
「本当に、そう思うかい? 今までの夢に意味がないと……本当に、そう思うかい?」
「それは……」
何故夢に見るのか、疑問を抱いてはいる。けれど、どれも記憶というにはあまりにも断片的で、何より、我が事のように感じるにはあまりにも感情の隔たりがあるというか、自分の体験だとはとても思えないのだ。
それに、以前にも他人視点でのがけ崩れを予知したことがある。その場に居ないはずの俺が、その人になりきってがけ崩れを見るなんて経験をしていれば、当然その可能性だってあるはずなのだ。だけど……
「その夢を見るようになったのは、コールディオンの後なのだろう?」
「……はい」
それ以後よく見るようになった。憎々しげに吐かれる言葉で終わる夢。何度、心臓に悪いと思ったことか。
「私の推測を語ることは容易い。けれど、今君の身に起きていることは、君自身が真実に辿り着かなければいけないことのように思うよ。そして、それこそが今起きているすべての現象の答えなのだと思う」
「でも、どうやって?」
不安ばかりが募る。だって、本当にどうすればいいのか分からないのだから。
「大丈夫だよ。君ならきっと、真相にたどり着くと信じているよ」
「校長先生」
本当に、そうだろうか? 俺に、出来るんだろうか。本当の本当に?
「大介、もう一つ、言わなければいけないことがあったんじゃない?」
神妙な空気が流れたその時、アルテミス先輩が言った。そう言えば、スヴェンさんのことを言ってなかったな。
「それから、その夢から飛び起きた時、部屋の中にスヴェンさんが居たんです。そして、俺は狙われていると言っていました。だから、魔封じを解くべきだと言っていまして……」
「魔封じを? けれど、それは君を護るためのものなのだよ?」
「はい。だけど、身を護るにはそれしかないと、スヴェンさんが言ったんです」
「彼が?」
はいと頷くと、しばらく思案した後校長先生は、シュレンセ先生と相談してみようと言った。やはり、事が事だけにすぐにというわけにはいかないようだ。
まぁ、すぐに解かれても力の制御ができるかどうか不安だけど。
「それで、スヴェンという人がどういう人物なのか、聞いたのかい?」
「それが……怖い夢を見た後だったので、聞くに聞けずで」
「そうかい。まぁ、君の身を案じて忠告しに来てくれるぐらいだから、君に危害を加える人物ではないだろう。私としては、彼が何者なのかに興味はあるがね」
それは俺も同じだ。ただ聞かなくても、悪い人じゃないとは思う。彼からは、近しい何かを感じるから。
「これからは、私の方で護衛を手配することにしよう。少なくとも、君が本来の力を制御し、君自身を護ることが出来るようになるまでは必要だろうからね」
「そんな、そこまでしなくても」
人員を割くなんて、そんな恐れ多い。というか、そんなことされたら窮屈な日々再びってなりそう。ドラゴン族みたいに、肩に乗るサイズに変化ってわけじゃないだろうし……
クウィンシーがいるから、これ以上は面倒を見れない。それに、ずっと人に張り付かれるっていうのはちょっと、遠慮願いたいなぁと思っていると、校長先生は宥めるように言ってくれた。
「大丈夫だよ。君に迷惑をかけるような人を護衛にしないからね。それで、是非とも君にお願いしたい人物がいるのだけど」
「護衛の人をですか?」
それにしては、お願いしたい人物って言い方が気になるけど。護衛ってことならむしろ、俺の方がお願いしなきゃいけないんじゃと思っていると、校長先生はさっき入ってきた扉の方を見て、入っておいでと言った。
え……すでに護衛は手配済み!? それって、俺の意思に関係なく決定事項だったってこと!?
扉が開かれ、おずおずとそこから出てきたのは……
「ブランシェ、くん?」
俺の呟きに、彼はコクリと頷いた。その人物は間違いなく、ユニコーン一族の長の息子さんのブランシェくん。何時ぞやの放課後に出会ったあの子だった。
えっと、これは……どういうことだろう? 思わず校長先生を見れば、にっこりを微笑まれてしまった。どういうこと?
てっきり、護衛の人を寄越されたのかと思ったのに、どうやら違ったらしい。俺に迷惑をかけない人を護衛にする、の話の流れから彼に繋がる意味が分からないんですが?
ブランシェくんを手招きして隣に座らせた校長先生は、衝撃的なことを口にした。
「今日から彼は、この学園の生徒だよ」
「……え?」
「よっ、よろしくお願いします!!」
ペコリと表現したくなるほどにお辞儀をするブランシェくん。
ていうかもう、どこに要点を置いて驚けばいいのか分からない。そして、護衛の話はどこに行ったのだろう? いや、俺的には護衛なんていらないんだけどさ。
「ブランシェくんはね、ユニコーン族の中でも特殊な能力を有していて、傍にいる人の能力を制御する力があるんだ。だから、君に打ってつけだと思うんだがね」
「えっと……それは、いつから計画されていたことなんですか?」
とても、たった今思いつきましたなんて作戦ではない気がするのだが……つまり?
にっこりと、校長先生は微笑んだ。
「君なら世話係として適任だと思っていたぐらいだったのだけど、今君の話を聞いて、正に君にこそふさわしい役目だと思ってね」
ということは、護衛云々以前に、世話係を押し付けられることは決定していたということか。最初から俺に拒否権はなかったということになる。しかもたった今、護衛という付加価値までついてしまったわけで……
食えない。この学園の人達、本当に食えない。
内心絶望しかけていると、校長先生に促されるままに、これからどうぞよろしくお願いしますと真剣な表情で頭を下げるブランシェくん。
うん、君は本当にいい子なんだね。それだけが、唯一の救いだった。




