二十三
どうも熟睡できてない。出来るはずもない。学校に行かないというわけにもいかないから、無理にでも起きるしかないけどさ。
いつもより早めに起きてしまったついでだし、朝食を作ろうかなと部屋を出る。珍しく寝入っているクウィンシーを抱えて降りると、すでに誰かが台所にいた。
誰かだなんて、もったいぶらなくても父さんに決まっているんだけど。
「大介、もう起きたのかい?」
「うん。なんか熟睡できなくて」
ほわぁっと欠伸をしながら冷蔵庫からお茶を取り出していると、無理はしないようにねと、事情も知らないだろうに頭を撫でてくれた。こういうさり気ない気遣いの出来るところ、本当に尊敬する。だからこそ、あの成り行き任せ、自由奔放、突っ走ったら戻ってこない暴走思考の母さんと何故結婚したのか不思議で仕方がない。
腕の中のクウィンシーが、大きな欠伸と共に目を覚ます。寝ぼけながら俺の肩に上り、いつもよりふわっとした発音で言う。
「ゴハン~ゴハン~」
「はいはい。もうちょっと待ってろ、な?」
頭を撫でて言ってやると、心地良さそうに目を細める。しかし、なんだか様子が変だな。
「ウ~…」
「寝言かよ」
起きたわけじゃなかったのか。まぁ、その方が静かでいいけど。無意識に肩に上るとは、習慣は凄いな。出来れば降りてくれるともっと良かったんだが。
肩に重みを感じながら朝食の準備を手伝う。
一時間ぐらい経ってから、慎介、そして母さんがやってきて、賑やかな食卓となる。いつもの朝の光景を過ごして玄関を開けた瞬間……デジャブのような、壁。壁ってのは、まぁ、いつものアレのことなんだけど。
しかし、今日の壁は見知らぬ人でも、大人でもない。
「純一? なんで居るんだ?」
「待っていた」
え? えぇまぁ、そうでしょうけどね。ていうか、皆なんでチャイム鳴らさないんだ?
むしろ鳴らしてくれていいから、そんな邪魔なとこで突っ立って待ち構えるの、いい加減止めてもらえないだろうか。心臓に悪いし。
玄関前で待っていた友人と一緒に登校する、そんなありふれた情景。ドゥルーシア学園に通うようになってからは、こういう登校は初めてだった。
友人と一緒に登校するなんてのは他の学校では当たり前のことなんだけど、その特殊性から、俺みたいな自宅から通うやつって他に居ないからいつも一人だ。その上特別クラスなせいで、他のクラスの生徒と仲良くなるどころか忌み嫌われる始末……そう思ったらなんか、これは感激するレベルだな。
しかし、例に漏れず純一も美形なわけで……視線が、刺さる。俺、本当に特別クラス以外で友人なんて無理なんだなぁ。まぁ、いらないけどさ。
「ところで、なんで迎えに来たんだ?」
「じーさんが、今度また家に来なさいって言っててな。その伝言も含めてお前んちに行った」
「へぇ~そうなんだ……でも、なんで純一のおじいさんがそんなことを言ってるんだ?」
純一のおじいさんに会ったことないんだが? なんで“また”来なさいなんだろ。どっかの別の人と勘違いしているとか?
頭にクエスチョンを浮かべてたら、純一がチラリと見てくる。
「俺のじーさん、石蔵正蔵なんだけど」
「……マジですか」
「嘘付く意味がない」
「ですよねぇ」
純一が嘘を付くはずないしな。しかし、まさかあの正蔵さんの孫だったなんて……ん?
「お前、金持ちだったのか!?」
「まさか、お袋がリーマンの親父と結婚したから、うちは普通の一般家庭だ」
でもその方が気楽でいいだなんて、贅沢な感想を述べる純一。確かに、下手に家が金持ちだといろいろ窮屈かもしれない。でも、羨ましいわ。
「昨日の今日で伝言って……学校じゃ駄目だったのか?」
その方が純一だって楽だったろうに。だって、純一は寮生活だろ? わざわざ早起きして友人を迎えに来るために夢現界にまで来るなんて、大変だったはず。
「じーさん、昨日直接寮に来て、大事なことを言い忘れたとか言って頼まれたんだ」
「大切なこと? また家に来なさいってこと以外に?」
「あぁ」
人の目が多い時に話す内容でもなかったから来たんだと言われて、一体どんな内容なんだと純一を見上げると、一度こちらを見て、俺の手を取った。その視線の先には、アルテミス先輩から貰ったあの呪いの腕時計ビェーザ。
取るに取れなくて本当に困っていたわけだが、取りあえずのところ盗聴機能だけは切ってもらっているので、まぁいいかとそのままにしていたものだ。本当は今すぐにでも取りたいけど!
そんなことを思っていたら、純一がおもむろに制服のポケットから何かを取り出す。
「それ、なんなんだ?」
「見てれば分かる」
なんだよ教えろよと思っている間に、ひし形の綺麗な石を腕時計にかざす。パァッと一瞬光った後、腕時計のカバーにヒビが入って……割れた。割・れ・た!?
「あっ、取れてる!? え!? どうやって!?」
「この石、魔道具の能力を相殺する力があるんだ。凄く貴重なものだから、ほとんど市場に出回ってないらしいけど」
「え、そんな貴重なものをどうして?」
「さぁ? 俺はじーさんじゃないから分からない。で、じーさんの伝言2ってのがコレ」
コレと言われた宝石ブルーダイヤモンド……ブルーダイヤモンド!? ちょっと、それ!! 一体何カラットあるんだよ!? 滅茶苦茶デカいし!!
「それで、伝言3なんだが」
「いや、その前に!! お前、そんな大事なものを何普通に制服のポケットにしまってんだよ!! 落としたらどうするんだ!?」
俺、無くしたからって責任なんて取れないぞ!? 言われた純一は、何が問題なのかさっぱり分かってないみたいで……何故か俺に渡してきた。いらねぇよ馬鹿!! 当然の如く、すぐさま突き返した。
お前、ダイヤモンドの価値が分かってないのか? 純一曰く、ピンク程じゃないだろ、だそうだ。いや、別に希少価値の問題じゃないから。ダイヤそのものが貴重だという話だから。しかもソレ、かなりデカいぞ。
そんな無造作にポケットにしてまって無くしたらどうするんだと詰め寄ったが、その時はその時だろと気にも留めない様子……そう、そうですか。もう、説得は諦めた。
俺のせいで止まっていた話を再び始めようとしていた純一だったが、その前に、なんでアルテミス先輩の呪い……もとい、ビェーザを外してくれたんだと聞いたら、正蔵さん、実はこの腕時計のことがずっと気になっていたらしい。俺が何者かに呪われていると思ったらしく、外してあげようと所蔵していた魔道具相殺の魔術具を純一に託したとのこと。いやなんか、その時にちゃんと説明してなくてすみませんって感じだ。
にしても、ちゃんと呪いを解く方法があったのか。何故皆、それを教えてくれない!?
純一が言うには、本当に貴重なものだからほとんど伝説みたいな存在になってて、無いに等しいらしい。正蔵さん、土下座します! むしろさせて下さい!!
俺のせいで、そんな貴重なものを使わせてしまうとは……いくら謝っても足りないくらいだ。一度使うと魔道具相殺には使えないとはいえ、宝石としての再加工は出来るみたいだから良かったけど……ごめんなさい。そしてありがとうございます!
一段落して、純一はまた話し始めた。
「3つ目だが、スヴェンを信じて下さいだと」
「……どうして、正蔵さんがスヴェンさんのこと知ってるんだ?」
「さぁな。俺も伝言を頼まれただけで詳しくは知らない。まぁ、聞きたければ、じーさんに直接会って聞いたらどうだ?」
ごもっとも。確かに、言った本人でしか意図は分からないか。
でも、今度なんて言ったってそんな簡単に行けるわけでもないしなぁ。友人のおじいさんとは言え、一度会っただけだしご年配だし金持ちだし……とにかく、庶民には敷居が高過ぎる。
次に会うことなんてないだろうなぁと、ただ漠然とそう思った。
魔術学園に着いてすぐ、シュレンセ先生の所に向かう。しかし、何度ノックしても応答はない。もうすでに研究室を後にしたのだろうかと思案していると、通路の奥の方からラクター先生がやって来る。
「どうした。もうすぐ授業が始まるだろう?」
「あ、いや……シュレンセ先生にお伝えしたいことがありまして」
校長先生かシュレンセ先生かのどちらに伝えるべきか迷ったが、校長先生は授業がある時以外はほとんど学園にいないからと真っ先にシュレンセ先生の所に来てみたのだが、どうやら今日は一日、出先での仕事があるとかで不在なのだそうだ。
やはり、校長先生の所に行ってみるべきだったかなぁと思っていたら、とにかく入れとラクター先生に招き入れられた。
ここ最近、通う機会が多かったおかげか勝手知ったるシュレンセ先生の研究室といった感じだけど、やはり一生徒である俺にとっては教員室という空間は居辛い場所だ。ソファーに座るのにも一々恐縮している姿に、ラクター先生が密かに笑って、楽にしろと言ってくれるが、そんな無茶なという気持ちでいっぱいになる。
ところで、何を伝えに来たんだと本題に触れたラクター先生に俺が口を開くまさにその瞬間、研究室の扉がノックされてタイミングを逃す。
先生が扉を開き、中に入ってきたのは……
「大介!!」
「え、アルテミス先輩?」
そんな血相変えてどうしたんですかと言うより早く、アルテミス先輩はほっとした顔をして俺の無事を確認する。いや、ちょ、どさくさに紛れてお尻を触ったり抱きしめたりしないで下さい!!
「ちょ、ちょっと!! なんなんですか!?」
「なんなんですかはないだろう? 君のことが心配で来たっていうのに」
「心配って、どうして?」
これといって変わったことのない一日だった気がするのに……なんて思っていたら、そう言えば腕時計!! ど、ど、どうしよう!? 無意識に腕を隠すようにしていたら、アルテミス先輩はにっこり笑った。
こ、この笑顔は!!
「君は、僕に隠し事ができると思っているの?」
「ハハハ~……出来ナインデシタッケネ?」
思わず片言になる。腕時計のせいで俺の居場所も何もかも知られているという恐怖を思い出した瞬間だった。
「ところで、どうして僕があげた腕時計をしていないんだろうね?」
にっこりと、これでもかとにっこりと微笑んで凄まれる。いやぁホント、なんか久々にこんな恐ろしい笑顔を見るなぁと心はすでに傍観者だ。
だってもう、現実逃避でもしない限り恐ろしくて恐ろしくて……逃げ出したい!!
「ちゃんと、説明してくれるよね?」
「はい……」
がっしりと捕まれた両腕を振りほどく勇気はなかった。




