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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第二章
52/141

二十一

 シュヴァリエさん達やカイザードと別れ、ヴェルモントさんと共に教職員用の駐車場に来た、のだが……ヴェルモントさんの愛車にもたれ掛っているあのグラサン男ってもしかして?

 俺の記憶違いでなければ、あの人なのではないか? いや、間違いなくそうだろう。

 こちらに気付いたサングラスの男性は、片手を上げて名前まで呼んでくる。名前を憶えられてるのか俺。


「やぁ、大介くん! 久しぶり!」


 ヴェルモントさんが秘書を務める会社のCEOにして、父さんの親友のあの社長さんだった。何故にグラサン? 今日、雨のち曇りだぞ?

 私服なところを見ると、仕事ではないようだが……とそこで思い出す。そういえば、極たまにプライベートの送迎もやるんだと聞いたような?

 一瞬にして、ヴェルモントさんへの同情レベルが上がった。


「お、お久しぶりです」


 ちょっとどもってしまったのは不可抗力だ。だって、あんな衝撃的な初体面を果たしたんじゃ、もうこの人のことをまともに見られるはずもない。変態な上に父とは友人で、それでもって……いや、思い出すまい。

 そう言えば、彼の名前ってなんだっただろう? 父が、むねなんちゃらさんと呼んでいた気がする。思い出せないなぁと首を傾げている横で、心の底からの不快感を露わにしたヴェルモントさんの刺々しい言葉が飛び出す。


「まだいらっしゃったんですか? 高坂宗則さん」


 ご自分で車を手配して帰ると仰っていませんでしたっけと、不愉快極まりないといった態度である。さっさと帰れよという副音声が聞こえた気がした。

 社長にして直属の上司に向かってのこの発言。本来、そんな口をきいた時点でアウトだと思うのだが。


「はははっ、やはり堪らないね。君のその鋭利な視線と冷淡な言葉。ぞくぞくするよ!」


 へ、変態!! やっぱ、変態!! 若干どころかかなり引く。どうやらヴェルモントさんも同じだったようで。


「一度、精神科へ行くことをお勧めしますよ。そして、二度と戻って来ないで下さい」


 一生入ってろと!? 気持ちは分かるが、非常に残念ながら彼ぐらいのレベルでは入院するまでには至らなそうだとか、見当違いなことを考える。

 しかし、それですら心地よいかのように恍惚とした顔をされたとあっては、現実問題として無理だとしても、出来ることならばそうした方が世のため人のためなのではとちょっと思った。まぁ、彼がMなのかどうかはさて置き、俺のせいでヴェルモントさんに迷惑をかけてしまったことには違いはない。

 俺より先に、誰かさんに迷惑をかけられちゃった後のようだが。


「本当にすみません。俺のせいでお仕事の邪魔してしまったみたいで」


 謝ることは至極当然のことである。実際には俺のせいで彼の手を煩わせたわけではないけど、間接的にはそうだし。

 いつも悠々自適に送迎してもらっていて、なんだか悪い気がする。今度、菓子折り持って挨拶しに行くべきだなという気持ちもあって、ついでとばかりに送ってもらっている車内にて会社名を聞いてみたところ。


「ディー・ビィー!? って、あのディー・ビィーですか!?」

「そうだよ」


 俺の驚愕に、高坂さんは頷いた。あの会社の社長さんって、マジかぁ。

 確か、ディー・ビィーを一代にして世界的大企業に押し上げた敏腕社長の石蔵正蔵さんは、現在ディー・ビィー株式会社の会長さんで、5年前の世界億万長者番付において堂々5位の位置におられた方だった気がする。

 会長さん何が凄いかって言うと、それらの資産のほとんどを寄付に充ててしまったということにある。本人曰く、年寄りがそんな大金を持っていて何の意味があるとのこと。

 社長職を退くと共に決断したその潔さをメディアは大絶賛していたということはまだ記憶に新しい。

 なんでそんなに詳しいのかというと、実は慎介もその寄付の恩恵に預かった一人だからだ。


 4年前、家族と一緒に出かけたキャンプ場で急に体調を崩し、急遽病院に運ばれた。その際、念のために行われたMRI検査で異常が出て、数日中に手術が必要だと言われたのだ。

 保険適応外の手術で、法外なその資金の目途が立たず困っていた時、児童の若い命を助けるためにと寄付されたお金があるということを友人から聞かされた父は、その慈善団体を訪ねてみることにした。

 結果、慎介の手術は無事行われ、多少のおっさん臭さを醸しつつも健康体な状態へと回復していったのだ。


 そういうことがあったと聞かされれば、感謝の気持ちを持つのは当然の結果。一応手紙を出してはみたものの、直接本人に言えたらとずっと思っていたのだが、まさかその会社の社長さんとこうして並んで座っているとは、なんとも不思議な気持ちである。

 今の健康体な弟があるのは石蔵さんのおかげだったわけだし、そこの社長さんということは会長さんとも会う機会があるだろう。

 なんとなく、人に伝言を頼むのは悪い気がしたけど、感謝の気持ちを伝えてもらいたくて経緯を話す。すると高坂さん、とても驚いた顔をしつつもすぐに優しい表情で微笑んだ。


「そう、そんなことがあったんだね。いいよ。伝えてあげる。きっと父も、喜ぶだろう」

「よろしくお願いしま……」


 ん? 今、父って単語が聞こえた気がするのだが? 俺のお父さんのことを言っているのか? いや、それだったらこの間は名前で呼んでいたはず。


「あの?」


 俺の疑問の意味に気付いた高坂さんは、あぁそうだったと説明してくれた。


「うちの会長さん、石蔵正蔵は正真正銘私の父親だよ。ただ、私は母の姓を名乗っているのでね。親子だと思わない人が多いんだ。実際、私は母子家庭で育ってきたから、高校に上がるまで父親の存在すら知らなかったんだがね」


 父も、私が高校に上がるまで私の存在を知らなかったらしいよと……なんとも、衝撃的なことを暴露されました。それを聞いちゃった俺は何て答えたらよろしいんでしょうかね?

 返答に困っていると、高坂さんは、はっと何かに気付いたような顔をして悪戯っぽい表情をする。


「今から、父の所に行ってみようか」

「え?」

「よし、そうしよう!」


 ヴェル、実家に急行してくれ、なんて言っていらっしゃいますけども……いや、ちょ、心の準備が!! あなたの衝撃過去からまだ立ち直ってないのに、とんとん拍子に進めないでくれ!!

 俺の心を置き去りに、車だけが走っていく。これってある意味誘拐だぞ!?

 しかし、誰もこの人を止めることは出来ない。ちょっと、今日の夕飯担当は俺なのに!

 俺の叫びは、誰の耳にも届くことはない。





 いつもながら、周りに振り回される運命。ただ今、大豪邸なお屋敷のお美しい庭園の真っ直中にいます。

 齢68歳の家主の石蔵正蔵さんは、高坂さんから事情を聞かされたのか、破顔と形容すべき朗らかで優しげな表情で出迎えてくれた。


「よく来てくれたね。わざわざこうして来てくれて、とても嬉しいよ」

「いえ、その節はどうもありがとうございました」


 そんなわざわざいいんだよ、いえいえ感謝の気持ちを述べたかったのでと、実に日本人的会話をしていたら、私のことは下の名前で呼んでくれて構わないよと言われた。さすがに初対面でそれはどうだろうと思ったのだが、孤児院の子供達にも正蔵おじいちゃんと呼ばれているから慣れているのだとか。本当に、本物の成功者とは懐が違うなぁと実感する。

 そんな会話をしている間に、高坂さんはいなくなっていた。どこに行ったんだろうと不思議に思っていると、ヴェルモントさんが戻って来て、あの人はまだ仕事が残っているので連行してもらいましたと告げられる。

 え、あの人、思いっきり私服だったけど!? スーツ着てないし、グラサンだし。

 嘘だろうというのが顔に出ていたのか、ヴェルモントさんは溜め息交じりにことの真相を教えてくれた。


「あの人、秘書が目を離した隙に仕事をサボりましてね。しかも携帯の電源まで切っていたらしく、捕まらないどうしようと私の所に電話があったのです。それで、仕方なく捕獲に……」


 駆り出されちゃったんですねぇ。まったくもって同情を禁じ得ない状況。

 それを聞いていた正蔵さんは、はっはっはっと豪快に笑う。


「いやぁ、あの子らしいねぇ」

「どうにかして下さいよ会長。あの人のせいで、皆困っているんですから」

「どうにもこうにも、あの子のいい所はそういう所だろう? 自由奔放だからこそ問題点に気付きやすく、それ故に真面目に采配を振るう姿を目の当たりにする度、皆引き締まるんじゃないか」

「私はただ、仕事だけを真面目にやってくれさえすれば文句は言いません」

「まぁ、諦めたまえ」


 なんだか、ヴェルモントさんの未来に幸あれ、とか言いたくなる。とても他人事とは思えない親近感を感じてると、ふっと正蔵さんの視線が俺に固定される。


「それにしても、まさか君に会えるとは……なんだが、感慨深いものがあるね」

「え?」


 どういうことだろう? 慎介の手術の経緯を知らない風だったのに、何故だか俺のことを知っているといった感じだ。何故?

 その答えは、正蔵さんの口から告げられる。


「私もね、魔法族なんだよ」

「え!?」


 なんですって!? 魔法族!? 俺と同じってこと!?

 今までの会話の中で魔法云々を一切口にしていない。ということはつまり。


「幻想界も知っている、と?」

「あぁ、私も魔術学園の卒業生だよ」


 ついでとばかりに、ヴィリウンセ校長は元気かねと聞かれた。はい元気です、なんて呆然としつつ答えたが、そうか、年齢的に言えば校長先生の方が上!!

 なんか、衝撃が大き過ぎて言葉が出ない。


「だからね、君のことは知っていたんだよ。まぁ、私が君を知っているのは人伝に聞いたからではなくて、私の能力のおかげでもあるのだがね」

「能力、ですか?」

「そう、予知と転生記憶の能力なんだが」


 予知能力かぁ……ん? 転生記憶ってなんだろう?

 聞き慣れない単語に疑問が浮かぶ。聞けば、転生記憶とは、読んで字の如く転生前の記憶を持っているという能力のことらしい。

どれぐらい前からあるのか聞いてみたら、あまりに多すぎて分からないと返ってきた。分からないほどいっぱいって、どれだけあるんだ!?

 一応50人くらいは記憶しているらしいが、それ以前のものはもう誰と誰の記憶なのかはっきりしないらしい。

 ただ、一番初めの記憶だけははっきりしている、と。とてもとても古い記憶なのだそうだ。

 しかし、よくもまぁそんな膨大な記憶を覚えていられるよなぁと思う。それに、それだけの人生を経験するということは、当然楽しいことばかりではなかっただろうから辛いだろう。大変だなぁ。


 転生前の記憶。記憶ねぇ……なんだろう、何か引っかかるものがあるんだが。


「予知能力を持つ者の中には、転生前の記憶を持つ者がいる。私の場合は正にそれだね。ただ、自分の人生のこととなると全く見えないんだが」


 だから、自分に息子がいることを知らなかったと苦笑交じりに語った。



 愛した女性と結ばれることが出来なかったのは、女性の方からの突然の別れだったらしい。当時、二人は将来を誓い合っていたのだが、親戚筋からの急な縁談話が持ち上がったとのこと。当然、正蔵さんは受け入れられないと断ったのだが、交際相手だった女性の方から別れてほしいと言われ、何度引き留めても女性は去って行ってしまったのだそうだ。

 しばらくは仕事に打ち込むことで悲しみを紛らわせていたんだけど、あの時の縁談話の相手が未だに正蔵さんとの縁談を望んで待ち続けていたことを知り、縁談を受けた。一番に愛した女性は後にも先にも交際相手だった女性だけだということを理解した上での結婚だったのだという。

 最愛の人ではないにしても、家族として共に生きることに決めた正蔵さんだったが、その後奥様は一人娘を産んで亡くなったのだと、辛そうに話してくれた。


 その後、どんどん会社が大きくなり、娘も成長していった折に、ふと交際相手だった女性は元気にしているだろうかと気になったらしい。ただ幸せな生活を送っていてくれさえいればいいと、もう関わってはいけないと知りつつも探したところ、イタリアの田舎で子供を抱えて暮らしていることを知った。年齢からして自分の子なのではないかと会いに行こうとしていたのだが、女性は1年前に病で亡くなっていたという。

 せめて子供だけはと会いに行き、息子かどうかの鑑定もせずに息子として引き取ることにしたそうだ。その部分は省いていたけど、きっと色々あったに違いない。今はこうして笑って過ごせているのだからいいんだろうけど、そこまでの過程は大変だったろうなぁ。



 正蔵さんは、自分と同じ轍を踏みたくないと、子供達には好きな人と一緒になりなさいと勧めていたらしく、娘さんはその教えのおかげか好きな人と結婚したそうだ。

 息子の高坂さんの方は……どの程度の愛だったか判断出来ないので何とも言えないが、父の言動から察するに気持ちに気付いていなかったっぽいよな。つまり何もなかったということだろう。鈍くて気付かなかったとかならありそうだから油断ならないが。


 予知の能力はほとんどなくて、転生記憶の方に能力が向いているから現世での自分の未来が見えないのだという正蔵さん。そこでふと、真面目な顔をして俺を見た。


「だから君も、そうなんじゃないかと思うんだけどね?」

「俺、ですか?」


 そうとは、一体何が? もしかして、俺も転生記憶があるんじゃないかってこと?

 まさかそんなわけ……と、否定しきれないものがある。いやでも、そうだとしたら俺は……

 困惑する俺に、いいんだよと落ち着かせてくれる。


「混乱させてしまって悪かったね。これはあくまでも可能性だから、皆が皆そうなるとは限らないんだ。転生前の記憶は、本来次の世には引き継がれない。どんなに辛い人生だろうと、どんなに楽しい人生だろうともね。記憶と同じで、忘れていくことが幸せな事だから。だけど稀に私のような例が出る。特に一番初めの記憶はいつまで経っても鮮明だ。強烈なイメージとして、魂に刻まれるのだろうね」


 まるでスポンジが水を吸うようにと、正蔵さん。そんな真面目な話をしながらも柔らかな微笑みを浮かべ、まるで懐かしむかのように見つめられる。なんだかくすぐったくて、居心地の悪さを覚えた。

 何故、胸がざわつくんだろう。悲しむような、そんな顔をしないでほしい。



 その日の夜、久しぶりに不思議な夢を見た。とてもとても、悲しい夢……

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