十八
息をつかせず話し続ける宮田先輩を面白そうに見つめるカイザードと、笑顔のシュレンセ先生。段々と演技がかったアクションが増えてきた辺りで、あぁこれはもう駄目だと思い始める。
完全に自分の世界に入ってしまったこの人を止める術はない。あっても止めないけど。
取りあえず、二人を促しこっそりその場を後にしようかなと思ったのだが。
「あ、そうだった!! 大ちゃんに用があったんだった!!」
急に話を振られてビックリする。用って一体何だ? 授業中のはずのこんな時間にわざわざ待ってたほどの用事とは。
そもそも俺がこんな時間にここを通るわけないのに何で……もしかしてニアミス? あの書記長さんの方が一歩早かったとかそういうこと? だとしても、そのまま待っていたのは何で?
色々と疑問に思うのだが、問う前にとんでも発言をされる。
「大ちゃん、日曜日は暇だよね? 12時頃に君の家に迎えに行くから、準備して待っててね!」
……またツッコミどころが増えた。いや、何で俺の予定を知ってるんですか。何で俺の家知ってるんですか。質問項目が増えちゃうからもう止めてくれ。
「日曜日に実家でお茶会があるんだけど、お友達も呼んでいいって許可を貰ったから、大ちゃんもおいでよ!」
「いやぁ…」
「用事はないんでしょ? だったら断る理由はないよね?」
なんで強制? というか、その流れでお二人のことを誘おうとしないでくれ。
「あ、宜しければお二人もどうで」
「ちょっと待って下さい! 俺にだって用事ぐらいありますって!! ていうか、お二人を巻き込まないで下さい!!」
あなたの思いつきに、とまでは口にしないまでも。そもそも、なんであなたと俺がオトモダチなんですか。どう考えても、同じ学校に通うほとんど接点のない先輩と後輩っていう関係なんですけど。
視線を俺に固定した宮田先輩は、何故かそんなわけはと言いたげな表情で見つめてくる。その当惑顔は一体?
「でも、聞いた話じゃ用事はないって」
聞いた話? 誰情報? 俺が日がな休日家でゴロゴロしているなんてこと、学園の誰にも言っていないんですが。
言い知れぬ不気味さに内心引いていたら、宮田先輩は話が違うなぁと首を傾げる。
「おかしいなぁ。誠之助が調べた情報だと、確かに予定はないはずなのに」
「し、調べた?」
わざわざ? それはそれは、ご苦労なことで……って違う!! 何をしてるんですかあんた。直接本人に聞けば済むことなのに……いや、直接来られてもさっきみたいに用事はあるって嘘言うかもだけど。
わざわざ調べるだなんて、その調べた人、ご愁傷様って感じだな。宮田先輩のせいで、そんなどうでもいいことのために労力を使わされたんだから……ん? 待てよ?
誠之助さんって名前、さっきの書記長さんと同じ名前じゃないか? 確か、常磐誠之助って名乗っていたもんな。なんとも豪華な名前だなぁなんて感想を抱いたから覚えてる。
俺の予定を調べたなんて言うから、わざわざ探偵でも雇ったのかと思いきや、あの書記長さんだったならばその線はなさそう。焦点は、誰が俺の個人情報を漏らしたのか、だな。
「一体誰に聞いたんです?」
あの書記長さんの言動を思い返すに、丁寧な物言いながらも終始マイペースだったに違いない。イケメンという特権を知らず知らず使っていたとしても、友人でもない学生相手になんでもかんでも話しちゃうノーセキュリティーな人なんて、果たして俺の周りにいただろうか。
「大ちゃんのお母さんだよ」
MAXノーセキュリティー!! しかもマイペース。
自分時間で生きる者同士の競演って、一体どんな空気が流れていたんだろう。ちゃんと会話は噛み合ったのだろうか。
ていうか、なんで教えちゃうんだ母さん! 一体どんな手を使って聞き出された!?
書記長さんのことだから、真面目に自ら名乗った上に関係性も話しただろうし、単刀直入に質問しただろう。普通なら、名乗ったと思ったら急に脈絡もなく質問を投げかけて来たよこの人となるところだが、母さんならついポロッと何の疑いもなく答えてしまうはず。そういう人なんだ、母さんって……
前にも、なんで俺がドゥルーシア学園に入れたのかって聞かれて、うっかりうちの子は魔法使いさんだったのよって言っちゃったもんな。母さんのことを頭逝っちゃってる人だと思って引いてくれたからよかったものの、他言無用の学園の秘密をうっかりばらしてしまう、それが母さんだ。
最近ではご近所さん相手に、うちにドラゴンちゃんが住んでるんですよぉなんて言っちゃったらしい。本格的にヤバい人に昇格する前に、頼むから口を噤んでくれ母さん!!
ご近所付き合いが大変になるから、そろそろ本気で自重してほしい。近隣住民に白い目で見られる高崎家だなんて、嫌だ!!
メルヘンな人だなぁと思われてる母さんに、俺と弟は苦労されている。俺のせいでもあるけども。
「じゃあ、大ちゃん!! 日曜日に迎えに行くからね! あ、服装とかは特に気にする必要はないから!! 普段着でいいからね!」
そう申されましても……いや待て、まだ行くとは言ってない!! 断る暇もなく、颯爽と去っていく宮田先輩。まるで逃げるかのようだった……俺の日曜日の平穏、ご臨終のお知らせ。
すでに時の彼方へと消え去った先輩を引き留められず、虚しく宙をかく右手。俺の休息がぁと項垂れる姿を不思議そうに見つめるカイザード。学校の友人と交流が図れるからいいじゃないかと楽観的だ。そりゃあ、カイザードみたいな性格だったらウェルカムでしょうけども、俺はこれ以上面倒事は嫌なわけですよ。
一方シュレンセ先生には、君はもっと人と交流を重ねていくべきだと思いますよと助言される。いやぁ俺だって何も、宮田先輩やらアルテミス先輩のような人達じゃなきゃ、あそこまで抵抗はしませんけどもね。
日曜日が憂鬱だ。それでなくてもクウィンシーのせいで平穏がないのに……
その後の俺のぐったり感は、恐らく過去最大級だったに違いない。
決して望んでいなかった日曜日の到来。来てしまったことはもう仕方がないと諦めるとしても……黒光りした高級感漂う車が、家の前にデーンと待ち構えている。この車、よくセレブが乗ってる車体が長いやつじゃないか?
普通の一般家庭で光沢のある黒光りした乗り物なんてあんまり見ることもないのだが、ここ最近、やたらと黒光りした乗り物を見かける気がする。黒光りした生き物だったら、阿鼻叫喚の恐怖体験として家で遭遇したりはするが。
それにしても、とんでもない存在感を放っているなぁ。
「大ちゃん!! 迎えに来たよ!」
白のタキシードに身を包んだ宮田先輩の方が、何倍もインパクトが強い。あなた一体どこの国の王子様? 笑顔も異常に眩しいし……色々とイタい。
ご近所さんの奇異の視線を一身に受け、俺の精神は擦り切れる寸前。そのまま大人しく護送されることになったのは言うまでもない。
しばらく、流れる景色を見つめて現実逃避をしていたわけだが、その間も宮田先輩のおしゃべりは止まらなかった。王子みたいな格好してるんだから、もっと気品を持って黙れよと心の中で毒づいてしまう。それを口にしない俺って、かなり偉いと思うんだが。
それから到着までは案外早く、高級住宅街の中でも特に厳重な警備員付きの門をくぐった先の更に最奥のとある邸宅の門前で車は一旦停車する。停車した車の傍に警備員がやってきて、さっと顔を確認した後、侵入不可な大きな門を開けてくれる。
「行けども行けどもゴールが見えないんですが?」
「ん? 何? どうかした?」
「あの正門からここまで、ずっと山道を走ってるようですが」
ゴールはどこなんだ? 案外早く着いたじゃんとの感想も吹き飛ぶほど、時間が経過してる。さっきの正門から見えた西洋風の屋敷をすっ飛ばし、この車は一体どこに向かってるんだ? 完全に山だぞ!?
「あぁ、もうすぐ着くよ」
さっきの屋敷は使用人達の宿舎なんだぁと宮田先輩。使用人の……なんだって?
普通に大きなお屋敷だったんですけど、あれが使用人用!? 規模が…規模が違う……俺の脳では処理しきれない容量のお家事情だ。
すぐ着くと言いながら、実際には山一つ分越えたので結構かかったわけだが、なんとか目的地に到着した。着いたら着いたで、宮田先輩の格好とのギャップが激しい格式高い日本家屋にご到着だったわけだが……和装に身を包んだ使用人らしき人達のお出迎えお辞儀行列。その中を颯爽と歩く宮田先輩。場違いにも程があるだろう俺。
というか、今更なんですが。
「宮田先輩、なんでそんな恰好をしているんですか?」
明らかに浮いているのに……
「あぁこれは、向こうの家でもお茶会があったから、そこでの正装なんだ。本当は着替えてから大ちゃんを迎えに行こうかと思ってたんだけど、それだと時間がかかっちゃいそうだったからね!」
「はぁ、そうなんですか」
向こうの家ってのは知らないが、知らない方が身のためのような気がするのであえて突っ込まない。白のタキシード着用って時点で普通じゃないのは分かりきっているから。
この家でもお茶会があるということなのですが、まさかまさかに厳格な作法のある日本伝統のお茶会だったりしませんよね?
作法とか知らないし、そもそも正座苦手だし。一応家にも和室はあるけど、正座とかほとんどしないから困るんですけど?
どうしよう、と一気に動悸が激しくなるのは人間として当然のこと。礼儀作法って、どんなのがあったっけ? 確か、畳と畳の間を踏んじゃいけなかったとかじゃなかったっけ? 上座ってどこだったっけ? お茶を差し出されたらどう飲めばいいんだ? 回して飲むってのだけは知ってる! 結構なお手前でって言えばいいんだよな? でも茶碗を回す回数と回す方向が分からん!!
「ちょっと、お尋ねしたいのですが」
「ん? なぁに?」
「俺、作法とか知らないんですけど、大丈夫なんですかね?」
「え? 作法?」
なにそれって顔で不思議がる宮田先輩だったが、俺の言っている意味に気付いたらしく、にっこり微笑む。
「そんなの気にしなくていいんだよ? だって、お茶会って言ってもただのお食事会だから」
立食パーティーだから気にしなくていいんだよ、と……名称が紛らわしいわ。この雰囲気でお茶会とか言われたら、普通に茶道だと思っちゃうじゃないか。
向こうの家で行われたお茶会ってのも、もしかしたら俺が想像したものとは違ってただのお食事会だった可能性があるのだろうか。もう、金持ちの頭の中は分からん。
宮田先輩が着替えるのを待って、その後を着いて行く。そこではまた、別世界が広がっていた。大概幻夢界で異世界ってものには慣れてたけど、和の世界から一気に西洋の世界に逆戻りってパターンは初めて見たよ。
あの日本家屋から、なんでまた西洋の建物が現れて広いお庭で立食パーティーなんだ? いや、西洋式の立食パーティーって言ったらこういう感じだけど、ここにいる人達が皆和装なんだよね、うん。
文明開化ってこんな感じだったのかなぁと、古に思いを馳せてしまう。違和感を払拭するため、あえてそう考えることにした。
だって、使用人の人達まで和装なんだよ。誰だって、なんじゃこりゃあってなるだろう。
因みに、そんな中でふっつーに普段着なのは俺だけだ。違和感に違和感が重なる……
宮田先輩の勧めるままに立食中なんですけど、本当にいいんですか? あえて皆さんに俺を紹介して回るわけでもないことにちょっとホッとする。そんなことをされたら、ただでさえ恐縮して食が進まないってのにもっと萎縮しちゃうからな。
俺の存在に気付いた人には紹介されちゃったけど、皆さんいい人達ばかりで、気さく大らかな人柄で受け入れてくれたから一安心。とはいえ、ただの立食パーティーではないのだろう。先程から宮田先輩は、引っ切りなしにあちらこちらから声をかけられ、皆に挨拶をして回っている。
一年に一回の親戚の集まりみたいなノリだなぁなんて、庶民目線で思う。完全に俺は場違いだ。今すぐ帰りたい。
残念なことに、どうやって帰ればいいのか分からない。何せ、山一つ越えたからな。どうすりゃいいんだと、フォークをくわえたまま肩を落とす。
華やかなパーティーには不釣り合いな陰気さを醸し出しつつ端っこにいたら、人がやって来た。
「いよ! なぁに、辛気臭い顔してんの? てか、君誰?」
あんたこそ誰? だけど俺の方が新参者なので、彼の反応は正しい。
宮田先輩は挨拶回りでいなくなってしまったから、名前を出していいものか迷う。ありのままの事情を言えばいいだけなんだろうけど、それを聞いてますますこの場に相応しくないと追い出されちゃったらどうしよう。もう自力では帰れないのに……
そもそも、友人を連れて来ていいという許可が下りて俺がここにいるっていう事情を皆さん知らないみたいなんだよな。まさかそこから俺が説明するっていうのも不信感いっぱいだろ。
「えっと…」
「あぁ! 自己紹介しないとな! 俺は宮崎春彦っつーんだ! みやざきじゃなくてみやさきね!」
「どうも、俺は、高崎大介です」
「おぉ!! 同じさきなのか!! じゃあ、さき同盟組まなきゃだな!!」
なんじゃそりゃ? 言動が意味不明なのは親類縁者の共通点だとでもいうのか、やはり宮田先輩よろしくノリが微妙である。
関わると碌なことがなさそうだが、だからと言ってお呼ばれさている身で無視というわけにもいかない。
「ところで君、宮がつかないところを見るとよそ者なんだろ? だよなぁ~。俺、宮乃院家の人間の顔は全員把握してるからさ。君は見たことないなぁって思ってたんだよね」
「はぁ…」
一人納得の宮崎さん。しかし全員把握ってマジですか? ざっと見た限り、軽く100人は越えてるようですけども。
小奇麗な格好をした、これぞセレブな方々の集まりのパーティーは、見渡す限り人人人である。テニスコート何面分だよってくらい大きな庭が、完全に人で埋め尽くされているのに。
ところで、その宮乃院家っていうのは一体なんだ? 宮がつくとかつかないとか、どういうこと?
その疑問を投げつける前に、宮崎さんは思いついたかのように面白いところに連れて行ってあげるよと俺の手を掴んで引っ張っていく。
いやいやいや、待て待て待て!! 俺まだ食べてるんですけど!?
拒否の姿勢を見せるも、完全拒否というわけにもいかないせいで引っ張られるがままに連れて行かれる。やっぱあんた、完全に宮田先輩の親類だ! 強引なところが完全一致!!
ずるずると、引きずられるままに整備の行き届いた日本庭園の中をあちらへこちらへと歩かされる俺。もはや、この迷路から一人で帰還するのは無理だと悟った。




