十七
へぇそうなんですかと型通りの返事をした後、そもそも一体何を宮田先輩から聞いているかと問われているのかが分からないのですがと答える。すると先輩、しばらく、本っ当にしばらく悩んだ末に、そうですかと言った。はい、終了ぉ~……って!!
半強制的に連れてきといて、まさかまさかにそれで終わりですか? 嘘でしょう?
あまりのことに言葉を失っていると、同じことを思ったらしい先輩がさすがにそれはないだろうと諌めてくれる。
「いくらなんでも横暴なんじゃねぇか?」
自分で呼んどいたくせによぉと嗜めたのは、ちょっと乱暴な口調だけど常識人らしい先輩。名前も分からず役職も分からないから呼称し辛いが、とにかく意外と常識人先輩って呼ぶことにしよう。
で、それに同調したのがさっきの犬属性後輩だ。
「そうっスよ。この間だって、放送使って呼び出したくせにメールで済むような用件だったんスよ?」
勘弁してほしいっスよぉと犬属性。どうやら彼等も、書記長さんの被害に遭ったことがあるようだ。
そこからはもう、俺なんか、もっと酷いのが、と被害報告の雑談が繰り広げられていく。
「授業サボって彼女といちゃついてたらたまたま通りかかって、授業に行くか生徒会の仕事をするかどちらかにして下さいとか言って去ってったんだよ。しかも彼女、キラキラした目でお前のこと見てたからな!! そしてフラれたからな!?」
おやまぁお可哀そうに……いやしかし、授業サボるのはどうなのか。真っ当なことを言っただけで、書記長さんは何にも悪くない気がする。ただ、その後の彼女さんの反応はなぁ。この無駄にイケメンな顔が相手じゃ、いくらあなたもイケメンだとはいえ勝てなかったかもしれない。
意外と常識人先輩への哀れだなぁという空気が流れる中、俺だってと手を上げたのは同級生っぽい人。
「俺が狙ってた可愛い子とやっと仲良くなれたと思ってたら、呼び止められて渡されたラブレターが先輩宛の物だったんです! 泣く泣くそれを先輩に渡したら、今は色恋に興味はないので返してきてくださいとか言って来たんですよ!? 分かります俺の気持ち!! 恋に玉砕した上にそれを渡してきた女の子に返せですって!! 俺、その子に最低って泣き喚かれましたからね!?」
俺じゃないのに、先輩が悪いのにと嘆いている。うん、まぁ、確かに酷いな。それを聞かされている本人は、そもそも人伝の好意なんて横着し過ぎですと淡々としている。恐らく、直談判しても無下にされそうなのだが。
俺だってそうっスよと、犬属性後輩も参戦。
「この間、サッカー部で遅れて生徒会の仕事が押しちゃったんですけど、先輩ったら手伝ってくれなかった上に俺が夜の放課後怖いって知ってて一人でさっさと帰っちゃいましたから!! 泣き縋っても、お前に憑く地縛霊なんて西棟の音楽室の幽霊ぐらいだろう、なんて言って俺を怖がらせましたからね!? 翌日の授業で音楽室行くのに!!」
もう怖くて近づけないよぉと泣くワンコ。ホラー系が駄目なタイプか……災難だったな。てか、この生真面目そうな人の口から地縛霊なんて言葉が飛び出すことがあるのか。意外である。
各々の話を聞くに、確かに可哀そうだなぁという感じはあるけども、彼らの主張には呆れるしかない。生徒会長さんに至っては、ニコニコと彼等を見守るばかりで止めようとはしないし、書記長さんもマイペースに紅茶を飲んでいる。紅一点の女性の先輩ですら、彼等にはただ呆れるばかりで放置している。
そうですか、そうですか……もう帰っていいですか? なんかもう、用はなさそうですし。俺はあなた達と違って、授業を受けなくてもいいっていう特権はないので。
そう思い始めた時、飲み終わった書記長さんが徐に口を開く。
「基春様が貴方に随分と目をかけているようでしたので、もしかしたら……と思ったのですが。どうやら、お話になってはいなかったようですね」
「はぁ」
何のことやらさっぱりだが、結局どういうことなのか説明する気はなさそう。だったら別にいいですけどねな俺と違って、他の方達にとってはそうではなかったようだ。
「ちょっと、まさかそれで話を終わらせる気か?」
「いくらなんでもそりゃあないですよ」
「てゆーか、それって宮田先輩に直接聞けば済む話だったっスよね?」
ここぞとばかりに総攻撃。もはや俺のためとかいう名目はかなぐり捨ててるな。しかも、それをどこ吹く風と受け止める書記長さんは、一瞬視線を向けるだけで動じない。むしろ、何でそんなに不満をぶちまけられているのか分からないといった顔をしている。
礼儀正しいようでいてマイペース、我が道を行くがゆえに他を省みないってことですか。なんだか大変ですねぇと思っていると、生徒会室の扉がドバーンッと。
「大介、行くぞ~! さっさと行くぞ~!」
せめてもっと静かに、ノックしてから入って来てくれないですかね? そんな勢いで開けたら扉壊れちゃうから。というか、一体何しに来たんだカイザード。
ふと、教師陣に不審人物として連れて行かれたことを思い出す。予測不能の事態が起きていたせいでちょっと忘れていた。解放されて良かったですね。
あまりにもこの学校関係者とは思えないお姿過ぎて、生徒会メンバーが硬直している。まぁ無理もない。皆さんにとってはご縁がないであろう人だからな……正確には人ではないし。
誰かがこの空気を納めねばならないわけだが、なんでそれを俺がやらなければならないんだと思った矢先、ほっと和むお方のお姿が。
「カイザードくん、そんなに焦らなくても大介くんを遅刻扱いにはしませんよ」
「あ、そうなんですか? ならよかった! よかったなぁ大介!」
そ、そうですねぇと返せた俺、偉い。こんな、先程よりも凍りついた空気の中で平然としていられるだなんて、どんな神経なんだあなたは。
生徒会の皆さん、驚きすぎて動いてないのが見えませんか? 誰も第一声が出ないんですよ。見て分かるでしょう?
奇抜な格好で私立学校に現れたカイザードと、特別クラスの教師として籍を置きしつつもほとんど学園には顔を出さないシュレンセ先生という、相反する存在の二人。一体どちらの存在に重点を置いて驚けばいいのか分からない、という彼等のお気持ちも分からないでもない。
普段頭の回転が速いであろう皆さんも、さすがに停止せざるを得ない状況。色々な言葉が浮かんできては定まらない彼等の中で、予想に反して第一声を口にしたのは犬属性後輩だった。
思わず声に出ていた、という風にポロッと。
「ウィリアス、シュレンセ……先生?」
「はい?」
「ウィリアス・シュレンセ先生、ですよね?」
「はい、そうですが」
何度も確認すると、疑いようのない現実を前にやっと真実味を得たのかキラキラと目を輝かせて喜び始める後輩。
「うっわぁ~!! マジ!? 本物!? ほんとに本物!? すっごい!! 本物だぁ~!!」
犬らしく、尻尾を振って大喜びし始める。いや、耳も尻尾も勿論俺の幻覚だけど。
まるで大スターを前にしたミーハーなファンの如くはしゃぐ彼に、普段は自分達がキャーキャー言われているのだからもう少し落ち着いてはどうかと思ってしまう。そう思ったのはどうやら俺だけではないようで。
「すごいよ! すごいよ! ホントにすごいよ!! 何コレ、夢!? すごいすごいすごいす」
「黙れ!!」
隣ではしゃがれて鼓膜が限界だったのか、犬属性にイラッと来て覚醒する意外と常識人先輩。バシッと彼の頭にチョップを入れた。それに続くように、ちょっと落ち着けよ~ともう一人も窘め、犬属性は落ち着いたようだ。
勢いを借りて一人一人に頭を下げる彼に俺が言えたことは、大丈夫ですよ、だけだった。そもそも、彼のミーハー心のおかげで皆さん覚醒できたんだから結果オーライだと思うんだけど。まぁ、それはいいとして。
普段お目にかかることのないシュレンセ先生のことはそれで一旦落着したけど、もう一人の気になる人物にどう声をかければいいか、皆逡巡しているようだ。
「話は終わったか? じゃあ帰るぞ!」
あえて空気読まない人、カイザード。というワードが咄嗟に頭に浮かんだ。そういえば、初っ端の出会いで思いっきり目の前で扉閉めちゃったのに気にしてなかったもんなぁ。空気以前に、人の心が読めないらしい。
そういう能天気さがヴェルモントさんの不評を買う理由なんだろうなぁ、きっと。悪い人ではないんだけど、時々疲れる。
ともあれ、迎えも来たことだしと席を立つ。シュレンセ先生が来たのに何のお構いも出来なかったとショックを受ける犬属性後輩を尻目に、流石生徒会長は傍にやってきて書記長さんの行動を謝ってくれた。
「すまなかったね。アレは、いつもああなんだ。他人の都合は考えないから」
アレが示す人物は勿論、書記長さんのことだろう。そのようですねという態度は表に出さないようにしつつ、びっくりしましたが大丈夫ですと言ってシュレンセ先生の所へ行く。
同じく傍まで付いてきた生徒会長は、簡単な挨拶をシュレンセ先生とカイザードにして送り出してくれた。生徒会室を出た途端、疲労感でいっぱいになる。
それほど個性が強いという気はしないけど、なんか全体的に疲れを誘発する人達だったなぁと、中でも一番の個性を放つあの人がいたら今頃どうなっていたのか想像するだけで恐ろしいと身震いする。いなくて正解とまで思う始末だ。
学園へと向かう道で、何故シュレンセ先生が来ていたのかという話題になる。こういう学園との繋がりを担うのは校長先生の役目だったはずなので、わざわざシュレンセ先生が赴くというのは一体どういうわけなのか。
「今日はダリアスが所用で出かけているので、私が校長職を代行しているのです」
あぁ、それで……で、カイザードを引き取りに来たついでに俺のところにも寄ってくれたってわけですね。
「いやぁそれにしても、なんで皆信じてくれないかなぁ。俺ってそんなに信用ならない?」
見た目がねとは言わないで置くが、部外者は本来立ち入り禁止ですからねと言って置く。俺部外者じゃないぜと何処か納得のいかない様子のカイザードだが、この学園に関係があるかどうかだからと説明すると、それじゃあしょうがないかと納得してくれた。
その際、ヴェルモントの時はどうだったんだと聞かれたけども、そう言われれば止められなかったなぁなんて言える空気ではないので、少し、なんて言って曖昧に答える。後でそのことを突っ込まれても、どうにかして下さいヴェルモントさん!
雑談を交えながら特別クラス校舎前の門へと向っていると、あの人の声が聞こえてくる。やっぱり、来た!!
「だぁ~いちゃん!!」
いや違う。空耳だ。絶対に空耳に違いない!!
そう思いたかったが、お隣さんがそれを許してくれなかった。
「ん? あいつ、前に大介に話しかけてた男じゃないか?」
「あぁ、宮田くんですね」
お二人共! その人に気付かなくていいですから! 早く行きましょう!?
先を急ぎたくても、お二人が足を止めてしまったので進むことも出来ず、諦める。振り返った先には、当然ながら宮田先輩のお姿があるわけでして。
「おっはよぉ~う、大ちゃん!!」
「……おはようございます」
朝から元気ですねぇ……疲れが押し寄せる。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね!!」
いや、奇遇ではないです。だって特別クラス校舎の正門前ですよ? どんな奇跡的偶然が重なればそんなことになるんですか? 有り得ない発言に、驚くことも面倒になる。
大手を振りながら傍までやって来た宮田先輩は、シュレンセ先生とカイザードの姿に微かに首を傾ける。
「何故、シュレンセ先生がいらっしゃるんですか? それにそちらの方……」
「私は彼の身元引受人として職員室に行ってきたのですよ。それと、彼は私の教え子のカイザードくんです」
って!! 今、思いっきり教え子って言いませんでした!?
外見的にはどう見てもカイザードの方が年上に見えるのに、この状況でその発言は不正解なのでは。
宮田先輩がその部分に引っかかっちゃったらどうするのかと危惧したが、その心配はご無用だった。
「そうなんですか! どうも、宮田基春って言います。特進クラスの三年で、生徒会副会長と演劇部部長を兼任しています」
「俺はカイザード・ルナパルト・ランジェスターという。バンドマンだ」
「バンドマン!? 凄いですね! しかもミドルネームがあるんですか!? かっこいい!」
危機は回避したが、宮田先輩の反応に呆れてしまう。ミドルネームにそこまで目を輝かせる人もまぁいない。大体、その前に聞いておくべきことがあると思うんですけど。
教え子ってどういうことですか!? ってな。
因みにジャンルはとか、インディーズですかメジャーですかとか、そんな質問必要ないから。しかもそれを聞く意味は何だよ。この人のジャンル、着ている装飾品から推測するにハードロックかヘビメタだぞ!? 俺もだけど、宮田先輩も気が合わないだろう。
着眼点にしても感性にしても、何一つ宮田先輩とは合わない気がすると再確認した。




