十六
何故かそのまま、カイザードを伴って登校という流れになってしまう。名門学校の学生とファンキーな成人という異様な取り合わせに、多くの通行人の視線は釘付け。
気にしたら負けだと思い込むことで彼等の視線をやり過ごしつつ、夢現界でのカイザードの素性を今更ながらに知って驚いた。
「バンドマン、なんですか?」
「あぁ、まだまだ無名だけどなぁ」
笑って話すカイザード。通りでなぁと、特殊な出で立ちであることに合点のいった瞬間。にしても、普段からその格好っていうのは正直どうなのか。
本人は好きでその格好を選んでいるのだろうが、せめて護衛の間だけは普通の格好でいてほしいものだ。これならまだ、気安さという面では劣るものの、ヴェルモントさんの方がまともで助かるなんて思いながら話は弾み、何故護衛の任を解かれたにもかかわらず家の前に現れたのか、という話になった。
「クウィンシーだ」
「え?」
「クウィンシーが、初期段階の警戒体制になってたんだ」
「クウィンシーが?」
思わずネクタイピンを見るが、そこには無機質なネクタイピンしか存在しない。まぁ、当然なんだけども。
「警戒レベルが威嚇じゃなくて警戒だったおかげで、相手がお前に対して危害を加える類のものではないことはすぐに分かった」
警戒レベルってなんだ一体って感じなのだが、つまり防犯ブザーとしての役割は果たせているらしい。しかも危険度に応じて強弱を付けられるというのだから、助かると言えば助かる話。
因みに、クウィンシーのこの警戒体勢は前にも何度かあったらしい。
「まぁそこんところは、クウィンシー自身の相手に対する好感度がどれくらいかで多少変わってくるからなぁ」
つまり、クウィンシーはアルテミス先輩と宮田先輩のことが嫌いということなのだろうか。今までのカイザード出現を思い出せば、クウィンシーを引き取ってすぐの頃、大抵その二人に関連するところでカイザードが現れていた気がしないでもない。
俺には見えないが、カイザード曰く、クウィンシーが得意満面としているらしい。警戒していたおかげで、俺を護れたと思っているのだとか。威張るほどの事態でもなかったけどもと呆れるも、クウィンシーのおかげでカイザードが来てくれたことには違いない。
とはいえ、警戒する必要のない人にまで一々警戒してたら、防犯ブザー代わりとしてはちょっと困ってしまう。あの人、そんなに悪い人ではなさそうだったのになぁ。
魔族な上に王族だから、魔力が強かったことを警戒していたのだろうか。
「いやぁ何にしても、たまたま近くにいたから飛んで来れてよかった!!」
飛んできたの意味をそのまんま言葉通りに飛翔して来たんだとは捉えてはいなかったのだが、近くにいたと言いながらしれっと口にした居所に耳を疑う。
「ホント、たまたま俺がモスクワにいなかったら、こんなに早くに来れなかったぞ」
「……」
「さすがにニューヨークからってのはきついしなぁ」
物理的距離をどうやって埋めたんですかなんて質問は、きっとしてはいけないのだろう。思いっきり気になるが、聞かなかったことにする。
とことで、夢現界にはたくさんのドラゴン族が人に扮して暮らしていると聞いていたんだけど、何故わざわざカイザードがモスクワから来たんでしょうか? 例えば、これまた物理的近さから言ってもヴェルモントさんが来ればよかったのではないか、と疑問に思うのだが。
特に危険な人でもないということが分かっていたのなら、なんでわざわざカイザードは来たんだ?
カイザード曰く、ちょうど暇だったから遊びに来た、とのこと。そんな理由かよと、げんなりしたことは言うまでもない。
変な外人を連れ立って、うっすら陰気なオーラを纏いつつ正門を通り抜ける。どんよりと肩を落とす俺の気持ちを察することが出来る者などいるはずもなく、今日もまた好奇と憎悪の視線に晒され疲労する。
あんたらいい加減、本気でそろそろんな事やめたらどうですか? 平凡学生を視線で殺そうと躍起になっている彼等に、無駄と知りつつ内心抗議した。
その後、なんでレイモンド殿下相手にはそんなタメ口なんですかと聞いたら、50年前に武闘大会があったらしく、その時に拳と拳で渡り合ったことがあるのだと言う。意外や意外、あの方は格闘家だったのか。
いやしかし、だったらなんでアシュリー殿下に対しては敬語で語るのだろうと思い聞いてみると、親しいわけでもないからしょうがないと返ってくる。親しいか親しくないかで判断していると? それはちょっと可笑しくないか?
第一王子にタメ口で、第二王子に敬語って変じゃないですかと指摘すると、そうなのかと逆に聞かれた。
常識何処行った? カイザードの行動基準が謎過ぎる。
そんなやり取りをしていたカイザードも、何故か学園に入った途端居なくなった。何故かというと……
「ちょっとよろしいですか?」
「はい?」
てか、あなたは誰? そうは思えど、丁寧な口調の誘導に断り辛い。どこかで見たことがあったような気もしないでもないんだが、誰だったか。記憶を辿るが思い出せない。
いやその前に、何故カイザードが居ないのかと言うとだな。正門を抜けて校舎へ向う途中、その出で立ちの不信感から教師に呼び止められてしまったわけですよ。本人はあくまでフレンドリーに対応していたのだが、それがまた不信感を煽ったらしく教師達に連行されていった。
勿論俺だって何もしなかったわけではない。それとなく助け舟を出して、ヴィリウンセ校長、勿論ここでは、先生と言い換えたけど、に聞けば身元ははっきりしますよと言ってみたのだ。しかし、それこそ教師陣の不信感をより一層高める結果に至り……そりゃあね、あのヴィリウンセ校長とカイザードだもんな、どう見ても知り合いだとは思われないですよねぇなんて悠長に見守っていたら、取りあえず職員室へという流れになってしまった。
もっとフォローすべきなのだろうと思い口を挟もうとしたのを教師の一人に教室へ行くよう強く言われ、断念させられる。そして已む無くカイザードを見送るしかなかった。
その際、あからさまにまたお前かみたいな顔で俺を見ていたのですがアリなんですか先生? 会話したことも見たこともない人にそんな顔されていい気分はしないのだが、そんなこと言ってもここの人達には常識通じないし、気にするだけ無駄。
カイザードのその後が多少は気になりつつも一人校舎へ向っていたら、見知らぬ上級生が特別クラス校舎の正門の前に立っているのを目撃する。この人こんなところで何しているんだろうと思いながら通り過ぎようとしたら……が先程の状況である。
未だに誰だったかなぁなんて思っている俺に自己紹介してくれ、その時になってやっと、彼が生徒会メンバーであったことを思い出す。名乗る時に彼がそう言っていたからなんだけど。
通りで、何処かで見た顔だなぁと思ったよ。何度か行事事で生徒会メンバーを見たことがあったからかぁと合点がいく。
しかし、なんだってそんな人がわざわざ俺を訪ねてきたのか。わけも分からぬまま、ちょっとお時間頂けますかと丁寧な口調で言われ着いて行く。
着いたのが、特別棟の最上階。ここって、生徒会室じゃないか?
堂々たるお姿で佇む扉。その上部にしっかりと刻印された生徒会室の文字。
いや、まぁね。ある程度は予測できてましたけどもねぇ……ここには、あの人も居るんじゃないんですかねぇ。だって副会長だし? それ以外に理由がないですよね?
特別クラスの中でも俺を呼ぶなんて、あの人しかいないじゃないか。こんな形でもまだ俺に害を及ぼすんですね。いつもながら疲れを感じている俺に振り返った先輩は、寡黙で無表情なまま扉を開けた。
まさかまさかに、宮田先輩関連ですか? 演劇部部長兼生徒会副会長の宮田先輩辺りが関わっていることは安易に想像できる。何せここは、先輩のテリトリーなのだから。
一体何が飛び出すのやらと溜め息を吐きつつ扉の向こう側を見てみると……そこに居たのは、宮田先輩を除く生徒会メンバーだった。一年生らしき人物はどうやら一人しかいない模様。
それにしても皆さん、本当に美形揃いですねぇ。いやホント、神々しいまでにキラキラと輝いていらっしゃる……って、輝いているのは生徒会室じゃないか!? どこの成金の部屋!? 金の装飾品ばっかりで、非常に落ち着かない。
何故にシャンデリアなんだ? そんなに天井高くないから、人の頭に突き刺さりそう。
ごちゃごちゃした上に目に痛い輝きを放つ内装。開いた口も塞がらず唖然とするばかり。
生徒会メンバーのことなど、完全に頭から吹っ飛んだ。
「だから言わんこっちゃない。こんな部屋に通すより、会議室の方が断然いいよって言ったじゃん」
「この部屋に来た人はまず、この部屋の異様さに驚いて固まるのが通例だしなぁ」
「分かってたくせにここに呼ぶなんて、可哀想じゃない」
「俺も未だに落ち着かないっスよぉ~」
飛んでた思考の向こう側からそんな会話が聞こえてくる。あんたらも落ち着かないんだったら、なんでこのまんまにしとくんだ? よく目を凝らせば、この装飾品のどれもがまがい物であると分かる。
偽者に踊らされたのか俺は……
「まぁ立ち話もなんだ。掛けるといい」
「はい」
生徒会長さんに促され、革張りのソファーに着席する。つい先ほど衝撃的なものを見たばかりだから、どこか心がふわふわしたような現実味のない感覚に襲われた。落ち着かない気持ちから縮こまって座ると、お向かいに座ったのは先ほど俺を連れてきた書記長さんだった。
あれ? 用があるのってあなたなの?
疑問を抱くのは当然のことだろう。だって、どう見たって俺を連れてきた彼は上に言われて連れてきた風だったのだから。
何か用があって呼んだんだよな? なんで俺をじっと見たまま無言なんだ?
不可解すぎて精神的重圧を感じていれば、生徒会メンバーの中で一番下っ端の、スポーツマンっぽいけどどこかチャラさのある一年生が紅茶と茶菓子を出してくれた。
「俺の入れる紅茶、マジ美味いっスから! 是非飲んでください!」
やたらとキラキラした目で言われてしまうと、お礼を言うのに若干の間とためらいが出てしまう。一体何を期待した目なんだそれはと疑心に満ちていくが、自慢の紅茶だから感想を聞きたいのかもしれない。はたまた、特別クラスという付加価値に興味を示しているのだろうか?
その辺の深読みは意味もないから、紅茶を飲む。確かに美味しい、美味しいのだが……熱すぎて、とても二口目がすぐに飲めそうにもない。
純粋に紅茶の良さを出すために熱湯にしているのか、はたまた悪戯目的なのか、やはりその辺の邪推には意味をなさない気がするので、とても美味しいですという趣旨の言葉を述べるに止まった。
その瞬間の喜びようからもやはり後者ではないことが伺えて、妙に愛嬌のある犬属性に一瞬だけ癒された。室内がごてごてしていなければもっと癒されただろうが。
それはともかく、生徒会メンバーの顔は大体知っているけど、名前の方はさっぱり。別段覚えておく必要性を感じなかったからというのが理由ではあるんだけど、その中で、たった一人だけ知っているのは書記長さん以外ではただ一人。
生徒会長の流石先輩だ。流石と書いて『さすが』と読む。学園内では、「さすがの生徒会長さん」とか、「さすが生徒会長」とか言われているわけだが、そんなからかい混じりの賛辞を嫌がることなく受け止め、もっと言ってもいいぞお前達、みたいなことが言える辺りが懐のでかさと言うか、変な人って言うか。
その変な人を筆頭に構成された生徒会メンバーの一人である書記長さんはというと、手馴れた仕草で、熱湯ばりに熱い紅茶を飲み続けている。マジですか? 俺なんて、ほんのちょっと飲んだだけで舌がヒリヒリしてるのに、それをなんでもない顔して飲むなんて一体何者?
一頻り飲んで満足したのか、書記長さんはカップを置いていきなり本題を持ち出した。
「貴方は、基春様から何か伺っていますか?」
何かも何も、それ以前に基春様って誰ですか? という顔が出ていたのか、さすがの生徒会長さんが察してくれた。
「宮田くんのことだよ」
「あぁ……って、様ぁ!?」
宮田先輩の名前だったことを思い出すと共に、今更ながらに様付けなことに驚く。生徒会メンバーのどなたかが、突っ込むとこそこなのと、笑った。
そこでこれまたさすがの会長さんが、補足してくれる。
「彼は、宮田家代々の家臣なんだよ。それは未だに変わらないらしくて、主従関係がそのまんまなんだ」
なんだその、次元の違うお話は。その宮田家代々って何? そんなご立派な家のお生まれなんですか、宮田先輩って。
どうご立派なのかは宮田家代々と家臣と主従関係という3つのフレーズだけだから測りかねるが、住む世界の違う人達ってことだけは分かった。
そんなこと言ったら、俺だって実は魔法使いなんですけどね、なんてことは絶対口にしないけども。




