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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第二章
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十三

 噂の真相を聞きたそうなクラスメイト達のことは無視すると共に、朝からずっとご機嫌麗しくないヴェルモントさんの存在にも悩まされてストレス値は確実に上がっていく。

 なんでこんなに悩まされなくちゃいけないんだと、心痛を抱えた一日がやっと終わる。さぁやっと帰れるぞと思ったのだが。


「申し訳ありませんが、この後お暇でしたら、シュレンセ様のところへ寄って頂けますか」

「あ、はい…」


 今日久々に聞いたヴェルモントさんの丁重なお願いで寄り道を余儀なくされた。私語厳禁は解除されたんですかと軽口も言えないので、静かに従うのみ。まぁ寄るだけだって言うんなら別に構わないし、拒否する必要もないからな。

 早く用事は済ませますのでと言われながら、友人達と別れてシュレンセ先生の書斎へと向う。ちょうど教材を抱えて書斎に入るところだったシュレンセ先生と遭遇したのは、運が良かった。俺と目が合うと、笑顔で迎えてくれる。


「大介くん、今日もドラゴンの卵を見に来たのですか?」

「え、いや…」

「実はシュレンセ様に用事があるのは私でして」

「ヴェルモントくんが? それで、どのようなご用件でしょう?」


 しれっと君付けだったなと思いつつ、二人で話し込みそうな雰囲気になっていたので俺は退散させてもらうことにした。

 別段俺が聞いてても構わない内容だったのか扉はオープンだったけど、ついでだからとドラゴンの卵を見に行く許可をもらって研究室に向う。

 そこはいつも通り書籍の多い、しかし理科実験室のような雰囲気があって、異臭ではないが変な匂いを放つものや不思議なものが点在していた。花びら自体が発光する淡いピンク色の可憐な花だったり、籠の中に飼われているキメラだったりと、明らかに理科実験室とは異なるものがあるけども。

 あまりに異形な姿形なので、目は合わせないでおこう。傍を通る時、キィーともギィーともギャーとも取れる声で威嚇されたがこの際無視だ。

 中世の装いを残すフラスコやビーカーの並ぶ実験台の前には、これまた中世の面影を残すお姿の男がなにやら作業を行っていた。以前、手の離せない実験を続けるためだけに作られたダミーなのだと聞かされたことがある。感情のないただの作業要因な人型だと思えば、傍を通ることにも躊躇はない。


 普段ならこんなに奥まで入らないんだけど、気になるものがあってここまで来てしまった。研究室の一番奥の、ガラス戸と見まごうほどの薄い膜に覆われた本棚に置かれた本。何故かそれに魅入られ、引き寄せられてしまう。

 理由は分からないが、その本に興味を持ってしまった。最奥にあるということはきっと、手に取ってはいけない代物なのかもしれない。でも、興味には勝てなかった。

 本棚の薄い膜は俺の手が触れると一瞬青白く光ったが、表面が水面のように波打つばかりで俺の侵入を受け入れる。目的の本を手にとって、その表紙を凝視。


「氷床のフランシス?」


 幻想界共通語で書かれたタイトルを読んでも何のことやらさっぱりだが、表紙の絵の感じからどうやら児童書のようだと推測する。しかしこの本には厳重に鍵が掛けられており、とてもこれを開けることは出来そうにない。

 変わりに背表紙を見てみても、やはり何が書かれているということでもなく、結局本の詳細は分からない。でも何故か、中身が読みたくて仕方がない……何故だろう?


「大介くん」

「!?」


 物思いにふけって完全に油断していたため、背後からかけられた声に心臓が飛び跳ねる。びっくりして振り返ると、驚かせてすみませんとシュレンセ先生が申し訳なさそうにしていた。

 そして、どこか困り顔で微笑んでいる。


「あ、ごめんなさい!! あの」

「いいんですよ。この本には、子供を惹き付けてしまう独特の魔法がかけられているので」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ。でも、あまりいい類の魔法ではありませんので、気をつけて下さいね」

「あ、はい。あ、どうぞ!」


 今更ながら、手元に持ち続けていたことに気付いて本を返す。しかし、子供を惹き付ける魔法って一体何なんだ?

 確かに、抗いようもなく引き寄せられた気がするけど。


「これがどういう本なのか、知りたいですか?」

「え」

「そういう顔をしてますよ」


 俺、そんなに顔に出ていただろうか? まぁ確かに、じぃっと覗き込んでは首を捻っていたかもしれないな。シュレンセ先生は、本を本棚に戻しながら弁解してくれる。


「大介くんは決して、顔に出るタイプではありませんよ。ただ、私に言わせれば非常に読みやすい思考なんですけどね」


 なるほど、年の功ってところですか。それならば回避不能で当然だ。

 その後、俺が手にとった本がどういう魔法をかけられた本なのか説明してくれた。


 簡単に言えば、この本には読者を本の中に引き込んでしまう魔法がかけられているのだそうだ。これは非常に特殊な魔法で、一朝一夕に使える魔法ではないのだが、この魔法のおかげで読者はこの世界の登場人物として入り込めるのだという。因みに、最後まで進まないと物語は終わらない。

 気持ちを引き込むだけではなく自身まで引きずり込む辺り、一歩間違えれば危険な魔法だとして現在その多くは封印されているらしい。その一つがこの本大介だった。

 何故この本だけがこんなにも厳重に管理されているのかというと、それはこの本が従来の短編ものではなく、長編ものだったことが原因らしい。短編ならば帰還も早いが、長編ものなら帰還が遅くなって危険になる。

 内容は比較的簡易で危険な内容でもないということで危険度は低いそうだが、それでも万が一のことを考えてここに保管しているのだそうだ。


 そんな厳重な管理の中、この本を手に取れること自体が問題ではなかろうか。シュレンセ先生によると、俺がこの本を手に取れてしまったのには、俺に張り巡らせている二重防護壁の一つが、ここの本棚のものと同じだったせいではないかという。

 性質の同じ防護壁は共鳴しやすく、反発しないことがあるのだそうだ。それも俺の場合、外側の防護壁がそれに当たるのだという。

 いや、そもそもなんでそんな防護壁とかいうのが俺に張り巡らせてあるのか、それ以前にそれって何なんだ? 聞きたそうにしていたことを悟ったのか、シュレンセ先生は話してくれた。


「実は、大介くんには入学当初の幻想界語翻訳力を与えた時に防護壁を張り巡らせていたのです。というのも、普通は各家庭の親御さん達が子供の安全のためにと防護壁を張るものですから」


 なるほど、それで先生が代わりにしてくれた、と。しかし、何故に二重なのだろう?


「二重なのにも意味がありまして、君や蒼実くんやロイドくんは魔力が強力だったので、未熟な魔力の放出を抑えるのと同時に、それに引き寄せられる邪悪なものを避けるために二重にしていました」

「では、俺だけではなく蒼実やロイドにもしているんですか?」

「えぇ、詳細は校長先生より直接親御さんに伝えられているはずですが、魔法のことをよく分からない方々にはそれを正確に理解することは出来てはいなかったでしょうね」


 まぁ、例え理解していたとしても、見えない一人用カプセルに囲まれているような状態とか思われているんだろう。自分で言ってて何ソレって思ってる時点でこの理解も有り得ない気がした。


 その後もシュレンセ先生と軽い雑談を交わした後、先生はあのドラゴンの卵を引き取りに来てくれる人と待ち合わせているのだとかで足早に研究室を後にした。その待ち合わせの人とは、ヴァルサザーなのだという。因みにこれは、ヴェルモントさん情報。

 結局、親が誰なのか特定することも出来ず、引き取り手も決まらなかったためヴァルサザーが引き取ることになったみたいだ。まぁ、それはファイアードラゴンの性格から安易に想像できるものではあったけど……って、そういえば確かヴァルサザーって。


「ヴァルサザーさんって確か、子供がいないんでしたよね? ベネゼフさんも?」

「えぇ、団長はご結婚はされていますが、気長でお気楽な道楽者なので、まだ子供は要らないなどと仰っていました」


 道楽者という部分にものすごく毒を感じずには居れないが、まぁそこは聞き流すとして。


「隊長はもとよりご結婚されていませんから、子供もいません」


 なるほど、本当に二人共いないのか。

 因みに、魔族の世界にも結婚制度がある。ただ、人間のように気が合わないから離婚をするなんてことはないらしく、一生涯のパートナーとして連れ添うらしい。そして一夫多妻制でもない。

 にしても、何故にヴァルサザーは結婚していないのだろうか。これは俺的偏見だが、なんとなくヴァルサザーみたいに真面目だと、それこそ古風でお淑やかで夫を陰ながら支えるような素晴らしい奥さんが居そうなものだが……と思った瞬間過ぎった。ファイアードラゴン族の性格上、それは難しい、と。


 魔族には、もとより異種間交配の概念はほとんどなく、同じ一族に分類されていてもファイアードラゴンはファイアードラゴン、キングドラゴンはキングドラゴンで婚姻するのが通例で、ほぼほぼその禁を犯すようなことはないそうだ。まぁ、そこでもやはり例外はあるんだろうけどな。

 生来が人であるヴァンパイア族や半獣なウェアウルフ族に至っては、異種間交配は禁忌ではないものの稀なケースではあるようだ。

 魔族内では淫魔的な分類が成されているヴァンパイア族は特にその概念が統一ではないらしいく、アルスター先生がシュレンセ先生を追いかけていても誰も異様だとは思わないんだと言う。異種間どころか同性なんですけども、誰もそのことを気にしないんだな。

 ただ、性格的な不一致からヴェルモントさんはアルスター先生のことが大嫌いなのだと説明文に付け加えてくれましたけども。いや、見てれば分かります。

 基本的に、そういう経緯で生まれた異種間交配のハーフの多くは、使用人として使えるか、兵士として重用されるのがヴァンパイア族での通例らしい。それだけ聞くと、なんだか極端に待遇が悪そうにも聞こえるが、血脈を重んじると同時に実力主義なヴァンパイア族には、実力さえあれば位を授けられるとかで今までにも優秀な人材が要人として雇用されているのだそうだ。

 それでも、王族絶対主義には変わりはないわけだけど。


 そんな話で盛り上がりつつ、さて帰りましょうかとなった時、ヴェルモントさんの携帯がバイブ音と共にその存在を主張し始めた。

 え、ここ電波入るの!? いや、さすがにアラームとか何かだろうなぁなんて否定したその瞬間、ヴェルモントさんは携帯に出た。

 え、マジですか!?

 しかも、サブディスプレイをじっくり見つめた時のあの嫌そうな顔ときたら……一体誰からの電話だったのか、その一瞬で理解してしまった。


「はい、ヴェルモントです」


 異世界で起こる、異常な事態。まさか携帯電話会社が異世界にまで電波塔を建ててくれているわけもなく、なにゆえこういうことになったのか、ただ唖然とするしかない。


「何か御用ですか、社長」


 普通に対応しているヴェルモントさん。そのまま、軽く混乱中の俺を置き去りに、研究室を出て行った。

 後で、じっくり、どういうことなのか聞かなくてはいけないと意気込む。


 さてどうしようかなぁと思っていたら、ドラゴンの卵がコツンコツンと殻を叩く音を響かせながら揺れ始めた。仕舞いには、一際大きな鳴き声を上げてクゥークゥーと。殻の中で、その存在を主張していた。

 それだけでなく、すでに卵には大きな亀裂が入っており……


「ちょっ!?」


 待て待て待て待て! 今はまずい! 今は非常にまずいから! まだ生まれちゃ駄目です!!

 そんな思いが伝わるわけもないが、思わずには居れない。

 どうしよう! どうすれば!? どうするべき!?

 一人の空間で、滑稽なほど混乱しながら頭を抱えた。

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