十二
微妙な空気が流れるが、それもほんの一瞬だけ。確認するような社長さんの問いが投げかけられたから。
「章介かい?」
「宗則?」
それに答えるような、父の問い。ということは、二人は知り合いだということなのだろうか。お互いを認識し合った二人は、久方ぶりの再会を喜び合っていた。
「いやぁ、まさか章介に会えるだなんて! もう何年振りだろう」
「本当に。君が院生を辞めてお父さんの会社に勤めて以来だから……もう、16年振りかな?」
「そんなに!? 通りで、私も年を取るわけだ」
和やかムードで外野を無視していくわけなんだけど、まぁ、それは別にいいんだけどさ。なんかこう、知られざる父の過去を聞いた気がする。
院生がどうのって言っているから、話の内容から察するに父も院生だったのだろうか。一体何の研究をしていたのかは分からないけども、頭が良かったんだなぁ。
ご存知でしたかと、お隣さんに目で尋ねてみる。一瞬の間を置いた後、深く頷かれた。かなり下調べしてたみたいだから、知っていて当然か。
にしても、さっきからヴェルモントさんの雰囲気に引っ掛かりを覚えずには居れない。一体何事かと思いつつ二人の会話に聞き耳を立てる。
「子供がいるとは聞いていたが、まさかあの子がそうなのかい?」
「あぁ、もう一人、小学生の子もいるよ」
「そうなのか。まぁ、いてもおかしくはない年だからねぇお互い。そうだ。克己に、君が大学を辞めたと聞いたんだけど、何故辞めたんだい?」
君ほどに優秀なら今頃助教授になっていてもおかしくないのにと社長さん。助教授とか、凄い持ち上げ振りだな。俺はよく分からないけども、そんなに優秀だったのかとお隣を見る。やはり頷かれた。そうか、そうですか。
ところでなんですが、ずっとさっきから気になっていることがあるんだけど。
「それにしても、こうしてまた君に会えるだなんて! 本当に、夢のようだ」
「夢じゃないよ」
「分かってるさ! でも、大学を辞めてからずっと会社経営のことばかり叩き込まれているうちに君とは完全に疎遠になって……本当に、寂しかった」
「私もだよ」
という会話が繰り広げられていた。いや、それだけならば感動的な旧友の再開シーンで終わるのだけど、その間中ずっと社長さんが父さんにベタベタと引っ付いてるのだ。
明らかにこれは、異常ではないか!? これは一体どういうこと!?
三度視線を送ったお隣さんは……
「知らぬが仏です」
という謎めいた返しをされた。いや、逆に気になるから!!
何? あの人、何? てか、あの二人は何!?
知らない方が余計恐ろしい想像しか出来ないのだがという必死さに折れたのか、ヴェルモントさんは重い口を開いてくれた。
「社長の片思いですから、どうかお気になさらず」
「片思いって……」
思わず復唱しながら、父さん達を遠くから見つめる。本当の本当に遠くに見えたのは、何故だろうか……
その後、離れがたいと言わんばかりに帰りたがらなかった社長さんを引っ張って……いや、説得して連れ帰ってくれたヴェルモントさん。おかげで家の前も静けさを取り戻したのだが……リビングに入った途端、しぶしぶ夕飯の支度をしていた慎介の恨みがましい視線をもろに受けてしまった俺と父。
そういえば、今日の当番は父さんと俺だったなぁなんて、罰の悪い視線を交わし合いながら思い出す。これはしばらく、慎介には頭が上がらないなぁと改めて思ったのである。
ドタバタした一日を終え、お風呂の後の勉強で実技以外の宿題を終わらせる。なんだかんだでここ数日は精神が休まることがなかったが、今日は案外穏やかだったはず。
ただ、慌てたようにシュレンセ先生が研究室を後にしたことだけが気がかりだったが……まぁ、それも特に俺が気にすることでもない。
とにかく早く卒業したい。早く学校を卒業して大学行って会社勤めして結婚して老後をのほほんと過ごすんだと思いながら意識を手放した。
スッキリ目覚めた頭で父と朝食の準備中、玄関のチャイムの音が鳴り響く。きっとカイザードだろうと思い玄関に出てみたのだが。
「おはようございますお迎えに上がりました」
硬い表情で早口の挨拶をしたのは……ヴェルモントさん。俺の記憶違いでなければ、暇ではないから交代で護衛することしかできないとか言っていた気がする。
「あ、おはようございま」
「車でお待ちしております」
挨拶を返し終える前に早口で言い残して踵を返すヴェルモントさん。どうやら、機嫌が悪いようである。
いや、なんでそのとばっちりを俺が受けることになるんだ、と思うのは当然のことだろう。せめて、そのとばっちりがメインで俺に向くことがないようにと、慌てて引き返しては朝食をかきこんだのは言うまでもない。
こんな余裕のない朝食、今まで経験したことがないよホント。その原因となった方の車に慌てて乗り込むが、父に見送りしてもらえないまま発進してしまう。
いや、まぁ、絶対に見送りが必要ってことではないけどさ。車内の空気が重いのだけは、勘弁してもらいたい。別にピリピリしてるわけじゃないけど、口を開くことすら出来ないというのはちょっと。
何故そんなに不機嫌なんですか、なんて聞ける雰囲気でもない。これ、本気でとばっちりだよね。
学校に着くなり、昨日と同じように駐車場まで突き進んでいく車。それを目で追う生徒達の視線を感じて微妙に頭を沈み込ませるも、どうやらほとんどの生徒達が特別クラスの平凡男が乗っていることを知っているらしい。奇異と怪訝と驚きの表情がそこかしこに見えていたから……
ほとんど交流がないから直接的な接触がないとはいえ、なんとなく嫌な感じ。まさか、こんな調子で駐車場まで続くようなら、きつ過ぎるぞ。
しかし残酷なことに、すでに駐車場には人だかりが出来ていた。何なんだあの塊は?
よく見れば、見覚えのある先輩とそのお取り巻き達が……あなた、なんでこんなとこにいらっしゃるんです?
車を降りないわけにもいかないが、降りると絶対火の粉が降りかかる気がする。ちょっと強引というだけもう一人の先輩に比べたらマシだとはいえ、その信者達が恐ろしいあのお方。諸に大手を振って、俺を呼んでいた。
気付かなかったですとは、もう言えない。
「だぁ~いちゃん!!」
俺をこんな風に呼ぶ先輩なんて、一人しかいない。てか、ヴェルモントさんの不機嫌指数が気になってる時に、なんで現れるかな宮田先輩。
「大ちゃん、奇遇だねぇ」
「いや、明らかに奇遇じゃないでしょコレは」
どう考えても待ち伏せだ。降りた途端傍までやって来た宮田先輩は、相も変わらず面倒臭い人である。
いやホント、都合の悪いことは全部聞き流しちゃうどなたかさんと同じくらい面倒臭いよ。
「それで、何故待ち伏せを?」
「え? やだなぁ~偶然だってばぁ」
そんなわけないだろ。生徒立ち入り禁止ではないにしろ、用のある生徒なんていない場所だよ? 待ち伏せでもない限り誰が好き好んでこんなところで徒党を組んでいると?
「あ! それとも、俺のこと待ち望んで」
「ません!!」
そんなキラキラした目で変な誤解をしないでくれ。
完全なる拒絶に宮田先輩は文句を言っていたが、ふとヴェルモントさんに目が向いた瞬間、一瞬彼はフリーズした。
「あれぇ~? なんかこの人、一昨日大ちゃんが持ってたファンキーなハンカチと同じ感じが」
「そうなんですよ! 実はこの人も霊感体質でして、時々悪い幽霊を引き寄せてしまうらしくてですね!!」
すぐさま誤魔化しモード全開!!
そうだった。この人、霊感体質なんだった!!
まさか真っ正直に魔族ですなんて言えるわけもなく、大慌てで嘘をつくしかない。これがアルテミス先輩だったら誤魔化されないところだが、幸いにして宮田先輩だったおかげであぁそうなんだと納得してもらえた。セーフ……
「そんなことより、大ちゃんいつから大富豪になったの? 養子縁組なの?」
「あの、どうして大富豪という言葉が出てくるのかが分かりませんが」
「え? だって、噂になってるんだよ? 大ちゃんが13歳にしてフィレンツェの大富豪に見初められて養子縁組した上に郊外に大豪邸を構えて使用人は二十人で、いくつかの優良企業の会長補佐をしているらしいって」
どこからそんな? 人の噂って、本当に怖い。
何気に現実味のあるようなないような内容に思わず脱力。妄想もいいとこなんだが、そういう奴は居そうな気もする。
しかも、まだまだ他の憶測もあるらしい。
「後、実は濡れ衣を着せられ没落した欧州貴族の生き残りの血を引いていて、この度復権して昨日は女王陛下に拝謁したとかどうとか」
「それ、物理的に不可能ですよね」
拝謁したのが昨日とか、弾丸スケジュールすぎるだろう。てか、なんでどっちも欧州? 俺は生粋の日本人だぞ。
頭痛くなって思わず額に手を当て溜め息。それに同情したヴェルモントさんからは、肩にそっと手を乗せられ慰められる。いや、そんな慰めいらないんですけど。
ともあれ、どうやら不機嫌は直ってくれたようである。その代わりに俺の中の何かが擦り減ったが。
それは全部誤解ですとだけ言い残し、俺達は幻想界へと急いだ。これ以上変な憶測が飛び出すのを恐れたから。
魔術学園に来れば多少マシになるだろうとか思っていたけど、そうは問屋が卸さなかった。ちくしょう、問屋め!!
「ねぇ大介! 実は王家の血を引いてるって噂はホント!?」
とか、教室に入った途端に皇凛が聞いて来た。てか声がでかい。皆が興味津々に聞き耳立ててるだろ。
「いや、あるわけないだろそんなこと。てか、そんな嘘くさい噂、まさか本気で信じてるのか?」
「う~ん…大介には花がないから、有り得ないとは思ってたよ?」
本人を前にして失礼な言い方だなおい。まぁ確かに事実その通りなのだが、何もそんなずばっと本音を言わなくったって……別にいいけど。
まさかこっちでもそんなデマが広がっているとはと、げんなりする。人の口に戸は閉てられないとは言うが、何も異世界にまで飛び火しなくてもいいだろうと思う。
そんな辛気臭さいっぱいな俺に、腕時計の向こう側から更に、実は神族と魔族のハイブリットっていう噂は本当かとにこやかな声で聞かれた。
いや、有り得ないでしょと思う傍らで、さすがに異世界的発想だなぁとか余裕の感想を抱いたのは、もう一々反応するのが面倒臭くなったからだ。
皆して俺で遊ぶな!!




