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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第二章
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 未だ混乱の抜けきらない李先輩を落ち着かせつつ、幻想界へ向かった俺達だったのだが、今更ながらヴェルモントさんを紹介するのを忘れていたと、彼をチラチラと気にする皇凛に気付かされる。


「ねぇ、あの人誰?」

「あぁ、新しい護衛の人なんだ」

「ふぅん」


 返答しながらも、不躾な視線でヴェルモントさんをガン見する皇凛。その瞳の中に見え隠れし……てすらいない溢れ出る好奇心から察するに、相当ヴェルモントさんに興味を抱いている模様。

 皇凛がこういう目をしている時、人の迷惑を顧みずしつこく食い下がってくるのだと知っているだけに、心中ヴェルモントさんに同情せずには居られなかった。

 案の定、興味の赴くままに自己紹介もそこそこに次々と質問を投げかけていく。何族なのか、出身はどこかと息つく間もなくあれこれ質問し、それに対しヴェルモントさんは淡々と答えている。

 案外、ヴェルモントさんもマイペースな人だったんだなぁ。俺だったら絶対耐えられないような質問地獄を前に、ヴェルモントさんは律儀に答えていく。


 その情報によると、ヴェルモントさんの一族はあのコールディオン山の名前の由来となったコールディオンの一族なのだそうで、名はゴルディモアドラゴンというらしい。更には、心優しい一族と言われているドラゴンの一つであり、カイザードと同じフライヤードドラゴンの次に人間に好意的な一族であるとのこと。

 一族の性格的特徴として、分析能力に長け、温和ながらも非常に慎重深い性格を持つのだとか。完璧に受け継いでいるようだな。

 その能力ゆえか、偵察部隊として現地に派遣されることが多いのだそうで、現在もその偵察の一環として夢現界に派遣されている。

 そんなことまで詳らかに話してしまうことに驚きつつ、一体何の偵察をしているのか気になってしまう。でもどうせ聞いちゃいけないことだろうし、あえて聞かないでおくかぁ……


「ねぇ、なんで夢現界にいるの?」


 という俺の配慮が一瞬にして無駄になる。さすが皇凛だ。葛藤を軽快に飛び越え、無自覚なまでの直球勝負を挑んでくる。そこには、大人の事情を考慮した素振りなど一切見受けられない。まぁ、それが皇凛らしいと言えばらしいけど。

 さっきまでの質問にはすぐさま答えていたヴェルモントさんも、さすがに言いにくいことなのか一瞬の間を空けてしまう。やはり、公には言いにくい内容なのだろうと、思われたのだが。


「現代の人間達の経過観察及び人間分析です。彼等の文明が及ぼす自然界への影響なども含んでいます」


 素直の答えてる! てことは、本当はそんなに重大な任務でもないのか?


「特に、彼等の技術がこの幻想界をも脅かすものになってはいないか、ということに至っては我々も全力を尽くして探っているところです」


 えらい事実をうっかり話しちゃってるなヴェルモントさん。いいのか、それで?

 というか、それは一体どういう意味だろう?


「幻想界を脅かすものにって、一体どういうことです?」


 さすがに俺も、その言葉は気になってしまう。会話に参入した俺に、これまたすんなりと答えてくれた。


「彼等の技術は、確かに革新的なものだと言えます。しかし、その技術は世界と世界とを魔法という自然エネルギーで繋いでいる我々の力とは相反するもの。魔法の自然エネルギーと化学エネルギーは、決して混ざり合うことなどありません。もし衝突すれば、お互いの世界に甚大な被害を及ぼすことになってしまいます。しかし彼等は、そのことに無頓着です。ゆえに我々が危機を回避するよう、密かに潜伏し誘導しているのです」


 そのために科学技術の最先端を行くであろう職場に潜り込み、危険行為を退けているのだそうだ。

 しかしヴェルモントさんが言うには、すでに縮小版ブラックホールの研究はなされており、そのことが幻想界と夢現界とを危険にさらしているのだと警告する。

 核兵器よりも威力のある兵器利用可能な技術までもすでに存在していると言って、疲れたような深い溜め息を吐き出す。それが本当ならば、技術の進歩が必ずしも文明の進化だとは言えないのだと言われているような気分だ。

 まぁ、地球温暖化、異常気象から察してはいけども。尚もヴェルモントさんは、残酷な事実を突きつけるように続ける。


「彼等の過ちはすでに、彼等自身の破滅へと向かっています。便利を追求した彼等の行いが、自分達の生命をも危険にさらすという諸刃の剣であったことに気付き始めているようですが……すべての者が、同時に立ち上がらなければ意味はありません。個々の努力だけではもう、どうにもならない問題となっているのです」


 確かに、努力する者のいる一方で、努力しない者がいたのでは意味がないだろう。だけど、便利さに溺れた者が、便利さを引き換えにしてまでも不自由な生活に戻れるわけもない。むしろ不自由が嫌だからこそ、手間のかからない便利なものを次から次へと作るのだから。

 とはいえ自滅だなんてそんなのは嫌だ。自分さえよければ、という考えをどうやったら変えられるのだろう。傲慢が染み付いた人間の心を変えるのは、とても一筋縄ではいかない。

 難しいなぁと悩む俺の隣で、皇凛は俺よりも悩んでいるようだった。不可解とでも言いたげな顔で悩む皇凛はついに、突然唸り出したかと思えば……


「もぉ~! わっかんなぁ~い!!」

「何だ。突然」

「だって俺、夢現界のこと知らないし! なんで俺達の世界にまで影響を及ぼすのか、分かんないんだもん!」


 分からないって、そこからかよ。ヴェルモントさんの話を聞いてたら大体分かりそうなものだが……まぁ、そもそも核兵器がどういうものなのか分からないって言われたら仕方がないかも。端から見たら、科学がそこまで危険なようには見えないのだろうしな。


 魔法の自然エネルギーのことを精霊のエネルギーだと考えるならば、それは自然のあるがままの姿でなければ存在し得ないエネルギーだと言える。しかし化学エネルギーの多くは、例え自然の力を利用して作り出したとしても自然を壊すものに使われることがほとんどだ。それゆえに、対局するエネルギーだとヴェルモントさんは言ったのだろう。

 ただ私生活を送っているというだけでもそうなのだから、兵器利用可能な力に至っては自然への氾濫とも言える。もし一度でもその力が使われたら、ただ事では済まされないのは容易に推測できることだ。

 それをどうやって皇凛に説明すべきか。どこか夢現界に夢を見ている節のある皇凛のことだ。わざわざ現実を教えて落胆させるまでもない。どう言えば分かるというのか?


「魔王復活に匹敵する、と言えば分かりやすいかもしれませんね」


 なるほど……って!!


「えぇ~!? ま、まお!?」


 サラリと言ってくれたヴェルモントさんだが、幻想界の人ならば普通、魔王という言葉自体あまり口にしたくはないはず。かくいう皇凛ですら、言葉を途中で区切っているわけだし。魔族である彼ならば、尚更なことと思うのだが……見かけによらず、大胆だな。

 度肝を抜いた発言は撤回されることなく、俺達の心が置き去りのままヴェルモントさんは、学園内をこの姿のまま歩き回るわけには行きませんねと勝手に話を終わらせた。子竜の姿に変わって俺の肩に飛び乗ると、彼は更に、教室に行かないのですかと至極普通の口調で尋ねてくる。

 俺ですらフリーズしているのに、問題発言に対して意に介さないあたり彼にとっては本当にただの例え話だったのだろう。なんだか、だんだんこの世界の人達の基準というものがよく分からなくなってきたよ。





 午前の授業も順調に進んでいく中、明らかにヴェルモントさんの雰囲気が変わった授業があった。その授業は何かと言うと。


「やぁやぁ諸君! 今日もこのヴァンパイア貴族、アルスター子爵家ヴァン様が、貴族家代々に伝わる秘伝の技を伝授しようではないか!」


 という、相変わらずなアルスター先生の授業である。多分、生理的に受け付けないレベルのアレだろうと推測。実は俺もだけど。そもそも代々伝わる秘伝を簡単に人に教えちゃ駄目だろう、というのは置いといて。

 授業が始まると途端私語を慎んでしまうヴェルモントさんだけども、さすがに今回のような人を相手しにしては、不愉快だオーラを出さずには居れなかったのだろう……気持ちは分かる。

 ヴェルモントさんのようなタイプの人は、おうおうにしてナルシストとは合わないだろうから、あからさますぎるこの不機嫌放出も致し方ないことと言えなくもないけど、そのせいなのか何なのか、アルスター先生に見つかっちゃったわけでして。


「おや? そこにいるのは、ヴェルモントではないかい? そうだろう?」

「……えぇ」


 ものすっごい間を開けつつ諦めの返事を返すヴェルモントさん。具体的説明は一切せず、ただ短く返答するだけだなんて……必要最低限以上関わりたくないと言ったも同然だろう。

 しかし、一方のアルスター先生の方はというと。


「いやはや、やはり君なのかい。驚いたよ。何故ここに?」


 深く追求する気満々である。彼を不機嫌にさせるだけなんだから、そこは黙って受け流すべきだと思うんですけどねぇ。多分アルスター先生、ヴェルモントさんが嫌悪感を抱いていることに気付いていないんだと思う。なんともかわいそうな人だ……どっちも。

 そんな鈍すぎアルスター先生に対して一体どう出るのか、ヴェルモントさんのこの後の対応が気になる。


「それより授業を始めたらどうですか? 貴族家代々の技を教えてあげるのでしょう?」

「あぁ、そうだったね! 私としたことが、危うく本職を蔑ろにするところだったよ!!」


 前回の授業では思いっきり蔑ろにしていましたけどねぇというのは言わないでおくにしても、興味を自分から逸らすためとはいえ、秘伝の技を教えると豪語する問題児を放っておくのは果たしていいことなのだろうか?

 ヴェルモントさんの気持ちが痛いほどよく分かるだけに、静かに苦痛な授業が終わるのを待った。





 午後の授業も滞りなく進んでいく中、密かな…しかして重要かつ不気味な疑問が込み上げて来る。それは何かというと。


「おかしい……いや、これが普通なんだけど……いや、やっぱりおかしい!」

「ん? 大介? どうかしたの?」


 仕切りに辺りを気にする不審行動に首を捻る皇凛や友人達は、ブツブツ呟く俺に疑問符を浮かべていた。俺が怯えている理由を知らなければ、確かに不思議に思うのは普通のことなのだが……って!! 待て皇凛!!


「どうしたのって聞いてるだろぉ~!!」

「わかっ、分かったから! 言うから、首を絞めるな!!」


 無知なる攻撃で息の根を止めようとするな! まさか皇凛の奴、首を絞めると死ぬってことを知らないんじゃないだろうなぁ。

 未だのど仏辺りに違和感を感じ揉み解しながら、白紙の用紙に文字を書いていく。何故かというと、それは書く内容を見れば一目瞭然なのだが。

 一枚目に書いた内容で皆の理解の頷きを得たところで、二枚目に本題を書く。


『何かといつも俺を振り回すアルテミス先輩が今日は一度も現れないんだ! おかしいだろ? 不気味だろ!?』


 因みに一枚目には、口には出さずに読めと書いた。深刻そうな顔で悩んでいた内容がその程度のことだったからか、いや俺には充分な悩みだったけど、皇凛は途端興味をなくす。

 俺の心労の意味するものまでは理解しないまでも存在自体が心労であることを理解する友人達は、さすがにそんなに頻繁には無理だろうとあえて主語を濁して慰め励ましてくれた。

 そのやり取りを傍観していたヴェルモントさんもすでに俺のことは調査済みなのか、気苦労が絶えないようで心より同情致しますと一言気遣いを。

 あらゆる励ましと慰めで多少は浮上したのもつかの間。和みムードで、さぁ帰ろうかと帰り支度を始めようとしたまさにその瞬間。


「あれ? 僕がいなくてそんなに寂しかったのかい?」


 と、手の中にあった二枚の紙が掠め取られた。振り返ることは……出来ない。

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