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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第一章
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 校舎に向かう途中、洋館の手前で人だかりを発見する。その中に、見覚えのある二人の先輩がいた。彼等がいることによって、この一団が何の集団なのかが分かる。

 初々しい反応と、期待と不安に揺らぐ瞳…とくれば、一つしかない。新入生、と引率だ。

 はしゃぎたい衝動をひた隠しにしながら、素直に先輩達の指示に従う新入生。まとまりのない彼等に指示を出して慌ただしく列を整えているのは勿論、俺のよく知る先輩方である。

 大変そうなその姿を見るに、簡単な挨拶だけですませて早々に通り過ぎた方がいいのだろうと、先輩方を気遣おうとするそのお隣で、蒼実は大きな声で挨拶を…って、なんて余計なことを。先輩方に気を使ってというよりも、さっと彼等の脇を通り過ぎたかったんだけど。


「おや? 蒼実にロイドに大介じゃないか。おはよ~う」


 俺達に気付いたサンダース先輩は、朝からテンション高く諸手を振ってそれに答え…って、オーバー過ぎるだろう。

 明るい外人、シロエ・サンダース先輩。彼は、特別クラスの代表という役職についていて、魔術学園という組織内においては、生徒会長という立場の人だったりする。気さくで面倒見のいい性格から、生徒達に慕われ好かれてはいるが…少しばかり横柄で大雑把な点があり、それがなければなぁと称される残念な人。

 日本人的感覚の生徒会長、という観点からはかけ離れているが人柄はいい。


「おはようございます。サンダース先輩、アルテミス先輩」


 深々とお辞儀しながら言うと、サンダース先輩とその隣にいたアルテミス先輩は見事なまでに対照的な笑顔を浮かべて傍にやってくる。

 てか、仕事はいいのか。先輩達が俺達の方に来てしまったために、後ろの少年達が困惑しているではないか。

 それを知ってか知らずか、アルテミス先輩はにこやか過ぎて不気味としか言えない笑顔で挨拶してきた。


「おはよう、大介。それに蒼実にロイドも」


 そう言って人のいい笑顔で笑いかけてはいるが、数多くの武勇伝を持つアルテミス先輩の笑顔にはなにかしらの裏がありそうで恐ろしい。しかもさっきから、ほとんど視線が俺に固定されているんですけど…それがまたどんどんと、笑みが深くなっていくんですけど。

 まるで思考を読まれているような、薄ら寒い恐ろしさを感じて背筋が凍る。それとなく、アルテミス先輩から視線を逸らした。


 この、底の知れない裏を抱えていそうな先輩の名は、シェスカ・ヴィーン・アルテミス先輩。聡明がゆえに気難しく、気に食わない相手にはとことん精神が病むまで痛めつけるというとんでもない本性を内に秘めた鬼畜腹黒な先輩だ。

 もしも彼が絶対的な権力を持っていたらと思うと、あまりの恐ろしさに体が震え上がってしまう。しかしながら残念なことに、サンダース先輩の友人という時点で絶対的権力を持ったも同然だったりする。

 実際、サンダース先輩がアルテミス先輩に上手く誘導されているのでは、と感じる時が多々あるのだ。そんな対照的なお2人は、どうやら入学式を迎えたばかりの生徒達の引率を任されているようである。


「引率ですか?」

「あぁ、今年の新一年生だ。お前等! こいつ等二年だから挨拶しとけ」


 そう声をかけられた新入生達は、サンダース先輩に促されるまま俺達に挨拶。それに答えるように俺達も挨拶を返して、先輩達の方に向き直った。

 にしても、こんな引率までせねばならないのかと、改めて代表という立場の面倒くさ…いや、大変さを思い同情する。


「代表って、新入生の引率もするんですね。大変ですね」

「まぁな。でも、来年はお前が代表だから」

「……はぁ? 俺が、ですか?」

「そう、お前が」


 笑顔でサンダース先輩は爆弾投下。邪気ない笑顔できっぱり言い放つサンダース先輩に、ちょっと殺意が芽生えた瞬間だ。

 てか、そんな面倒事誰がやるか。


「辞退させていただきます」

「認めません」


 即答に即答で返したサンダース先輩。先輩の様子からは、もう既に決まったことだという雰囲気が漂っていた。

 冗談じゃない! 断固として拒否せねば!


「俺には荷が重過ぎます」

「そんな事はないよ。今年の二年の中で、君ほど次期代表に向いた生徒はいないからね」

「アルテミス先輩まで、よして下さいよ」


 頑として譲らない俺に、サンダース先輩は仕方ないなぁという顔をして、アルテミス先輩に目配せする。その様には、ほらなっていう意味合いを含んでいた。


「大介がそう言うだろうとは思ってたけど。まぁ、荷が重いかどうかは今後のお前の動向を見て決めることにするから安心しろ。さぁ、もう時間がないぞ? このまま直接講堂に行け」


 誰が安心など出来るものか。俺の今後など見なくていいから、さっさとこの場で諦めて欲しい。てか、あのアルテミス先輩の雰囲気からして、ほぼ俺に決定してるんじゃ?

 まだサンダース先輩を丸め込めばなんとかなる可能性は高いが…

 そう思うと、今すぐにでも言いくるめてしまいたかったが、本当に時間が差し迫っていたので、この場は諦め、慌てて校舎へと急いだ。





 校舎の中は、その外観に見合う中世イタリアの内装で統一されており、清潔に整えられた室内には素晴らしい装飾品が点在し、この建物自体がイタリアから移築した建物であるということを彷彿とさせた。ぱっと見でも分かるのは、明らかに日本人規格よりも大きく造られているところだろうか。窓から覗く室外の草木までもが、まるでここが日本ではないかのように異国情緒を演出し、見ていて飽きない。

 とはいえ、さすがに急いでいる今この瞬間にそんな悠長に見ている暇はないけども。急ぐ俺と、ちょこちょことついて来る蒼実。その後ろで、マイペースについて来るのに追いついているロイド。

 なんだろう…思わず殺意が芽生えるのだが。その、長いおみ足が憎くて堪らない…なんて、ついついどうでもいい嫉妬心が芽生えてしまう。

 日本人の血を本気で恨む瞬間だ。


 入ってすぐ目の前の大きく口を開けた階段には見向きもせず、その左脇正面の扉に手をかける。どうしてそんなところに、と疑問を持たれそうだが、用があるのは間違いなくここである。

 制服の左胸に縫い付けてあるものと同じエンブレムの付いた扉に手をかざすと、仄かに扉が発光し、徐々に光が納まったかと思うと、扉がすぅっと透けて、最後には姿を消した。消えたそこには地下へと続く階段が、底が見えないほど長く続いている。

 それを下りて行くと小さな地下室に辿り着くのだが、その地下室には、寂れた場所にはそぐわない、ロココ調の華々しい装飾が施された額縁が立て掛けられていた。少々お高そうな額縁ではあるが、それ以外は特に変わったことのないように思われるその額縁こそが、何を隠そう、異世界への扉なのである。

 我が耳を疑うような事実だか、そういうものなんだと諦めるしかない。




 額に近づいて手をかざすと、額縁から七色の光が現れ、それらがすべて中央に集まって溶け合う。徐々にそれが色を変えて全体に広がり、鏡のようになる。

 満遍なく行き渡った後、中央部分から波紋のようなものが沸き起こり、水のような薄い膜となって鏡の中を揺らめく。その変化を見届けると、右手の人差し指を鏡に向け、指先に意識を集中し呪文を唱える。


「幻想の創主…我等に等しく愛を注ぎし創世の父。その御霊が認むる限り、我等をその同胞にかき抱きたまえ」


 その瞬間、指先から凄まじい光が放たれ、鏡にそれが衝突したと思うと、室内は眩い光に包まれた。光の衝突の振動で鏡の表面も激しく水面を揺らし、一時的な増光は、徐々に納まりながら鏡の中に彩かな緑とシックな建物が点在した壮大な景色を映し出す。

 長閑なオランダとスイスの広大さを併せ持つ、幻想的な光景。その景色の中に、躊躇うことなく入って行く。

 もう一つの世界、幻想界へと…





 入る瞬間に水のたぷんとした感触が一瞬皮膚に触れるのだが、不思議なことに、服はまったく濡れていない。しかも、この中を通過している間に着ていたブレザーがその形容を変え、いつの間にかローブに変化する。

 多少ファンタジックながらも、一応は現代的な格好、だろう。



 こんな不思議な現象が、極当たり前のことのように起こるのがこの世界、幻想界。魔法族と呼ばれる、魔法や錬金術を使える者達の住んでいる異世界だ。

 因みに魔法族とは魔法使いのことであり、呪文などや持って生まれた魔力によって非科学的な現象を起こしてみせる人達のことである。そして錬金術師とは、俺達の世界の認識にある錬金術師…つまりは科学者に、持って生まれた魔力とを融合した新たな業を生み出し、有から有へと科学的理論を念頭に置きつつ作り変える人達のことだ。


 まぁ、どちらもあえて言うまでもなくな感じは否めない。

 とはいえ、この世界の科学者達は魔法族寄りなので、現代の科学とはかけ離れている。現代科学の現状を知らず、中世辺りで止まっているのがこの世界の錬金術師の特徴だ。


 しかし、そんな科学者であった彼等のおかげでこの幻想界では不老長寿が多いらしく、軽く2000歳を超えている人までいるのだから馬鹿には出来ない。勿論、この世界が比較的平和だからこその長寿とも言えるだろうけど。

 魔術の使い方次第で長命になれるということを発見した功績は、今も高く評価されているという。


 他にも、幻想界にはあらゆる生き物が存在しており、空想上の生き物だと思っていたものまで普通に存在している。

 例えば、ドラゴン・ユニコーン・フェアリー・ヴァンパイア・ウェアウルフ・ケンタウルス・ペガサス・フェニックス・マーメイド等々、人の姿になれるものとなれないものとを合わせても、どれだけの数がいるのかは解明されていないほどいるらしい。

 しかし、彼等は幻想界においても普通に暮らしていたら出会うことはない者達。

 それも、近年では大分交流が増えてよく見かけるようになってきた、ということだそうだが。その近年というのが、ここ200年前の話だというのだから一体全体どういう感覚なんだと頭を抱えたくなる。


 そんな幻想界には、魔力という特殊な潜在能力を持つ者だけが来ることが許され、その世界を知ることができる。たまに俺のように普通の家庭に生まれながら魔力を持つ者が現れることがあるそうで、俺の友人にもおじいさんの世代から魔法使いだという奴がいる。

 ということは、俺の世代から魔法が使えるようになるかも知れない、ということだ。

 普通の家庭に普通の妻、普通の子が生まれてきてくれることを心の底から祈り倒して置きたい。まぁ、まだまだ先の未来のことだけど。

 濡れない不思議な水を湛えた『潤しの源泉』から出て蒼実達を待つ。巨大にして神秘的な美しさを放つ門を見上げ、本当にここは異世界なんだなと改めて認識した。



 『潤しの源泉』と呼ばれる、高さ6メートル・横幅4.5メートルの水で出来た門。幻想界と夢現界との出入り口である、異世界への扉は、門の形容をしていながら水で出来ているため、晴れの陽気に照らされた時などは水面をキラキラと煌かせてとても綺麗だ。

 それを見に、シャオファンと二人でのほほんとお茶をしに来ることもあるほど。ゆらゆら揺らめく水中では優雅に小魚達が泳ぎ回り、涼やかなその姿には本当に癒されるのだ。

しかし、今日は休み開けということもあってか、生来の非科学的要素否定派の概念が甦っていて、それゆえに目に映るあらゆるものが気分を降下させる原因になっている。いつもなら癒されるのに…今はまったく癒されない。

 げんなりと、深い溜め息が漏れる。それでも、これが俺の受け入れた現実じゃないかと憂鬱な気持ちを吹き飛ばした。

 気分を変えるために、この門について習ったことでも復習してみるとしようか。


 『麗しの源泉』、とは水の精霊の力によって作られている門であり、他にも火の門『業火の洗礼』、風の門『疾風の癒し』、土の門『魔神の后土』、緑の門『聖歌の蒼然』などがある。その他にも光の門と闇の門もあるが、その門を出現させられるのは光の精霊と闇の精霊それぞれと盟約を交わした上で、精霊との間で上級契約を交わした特殊な魔法使いだけだという。

 しかも、現存する資料には歴史上そのような人がいた記録はなく、本当に存在するかどうかも疑わしい。まぁ、他の門があるんだから、光や闇にもそういう門があってもおかしくはないとも思うけど。

 ただ、あったとしても光の精霊と闇の精霊と盟約を交わすこと自体非常に難しく、必ず精霊との盟約を交わすことが出来る他の属性とは違って契約成就は不可能に近い。特に光の精霊との盟約は。

 でも、そんな盟約を既にやっちゃってる人がいる。困難と言われた難関を突破したのはなんと…蒼実。

 現魔術学園校長以来の、約200年振りの快挙である。というか、校長、あの人200歳以上?

 見た目は英国真摯なおじ様風で、全然ヨボヨボでもないのに…なんだか末恐ろしい。


 ともあれ、200年振りの逸材も、さすがに光の門を出現させたことはないとのこと。闇の属性の俺もまた、闇の精霊とすら盟約できていないのだから、出来ただけで凄いわけで…いや、その前になんで俺が闇? そりゃあ、どう見ても光ではないけども。

 闇って…俺、そんなに暗そう? いやなに、性格の問題じゃないのは分かっている。だが、なんか納得いかない。

 とは言え、シュレンセ先生という例外がいるわけだから俺もあり、なのだろう。あの方はどう見ても光属性にしか見えないのにな。不思議だ。



 そんなどうでもいいことを考えていたら、蒼実もロイドも既にこちらに来ていた。首を傾けどうしたのと言わんばかりの蒼実の視線に居た堪れなくなり、早く行かないと時間が…なんて誤魔化して魔術学園正門へと足早に向う。

 既に閉じられた正門を見て、あぁやっぱり…なんて思っていたら、門の上から楽しそうな老人の声が降ってきた。


「おぉ~や坊ちゃん方、随分と遅い登校じゃのう」


 声をかけてきたのは、魔術学園の正門を守っている守番の年老いたドラゴンのエンシェント。見下ろす黄金の双眼は爬虫類独特の鋭利で威圧的な瞳なのに、まるで孫を見守るおじいさんのように優しさを帯びて温かい。

 元は七色の鱗であった表皮は、今や見る影もなくくすんだ色に落ち着いていて、背中に背負う大きな翼手目の翼も飛ぶには問題はなさそうだがどこかくたびれている。

 その巨大な胴を荘厳な正門の壁上から外側へと跨がせ、壁面には両前足や後足を器用に引っ掛けしがみ付いていた。ドラゴン族独特の長い首をしならせ、実に2000もの人語含む言語を理解する番人ならぬ番竜は、軽い口調で優しく問いかける。


「今日は始業式じゃというのに、随分とのんびりした登校じゃのう。もうすぐ始業式が始まってしまうぞ?」

「分かっていますエンシェント。ちょっと厄介な先輩に絡まれて遅れてしまいました。開けていただけますか?」

「ほっほっほぉ、勿論開けてあげますとも。今日は特別、講堂に直接繋いで進ぜよう。皆には内緒じゃぞ?」


 悪戯しようとしている少年のような口調で、エンシェントは己の顔を門の正面に向かい合うように向けてその黄金の目を発光させた。その瞬間門は眩く光り出し、ゴゴゴという音と共に観音開きになる。


「講堂の扉と直通じゃ。さぁ、行かれよ」

「ありがとうございます」

「エンシェントさん、また後でねっ」


 蒼実の言葉ににっこりと、表情筋の薄い顔の筋肉をフル稼働させてエンシェントは微笑んだ。エンシェントの好意を受け、俺達は光の中へと進んだ。


 空間と空間を繋ぐ特殊な魔力を持つエンシェント。それだけに止まらず、2000を越える言語を解するドラゴンなんて、この幻想界においても非常に珍しいとのこと。エンシェント以外には存在しないとさえ言われているのだ。そんな珍しいドラゴンを番竜にしようとは、ここの校長は恐いもの知らずである。

 実際、ドラゴン族からの反発も相当だったらしいのに…まぁ、エンシェント自身が楽しんでやっているからいいんだろうけど。もっと自分の価値を知った方がいいような気がする、と思いながら、目に痛い光の中を抜けた。

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